第六話 混ざりし者
太陽の高さが徐々に低くなり、山の頂にその輝きが隠されようとしていた。まもなく夕刻、そして日没といった時間帯で、ワーニ村にいる人々の動きも慌ただしくなってきていた。
現在ワーニ村のある『崋山国』ヒューゴ王国は祭りの真っ最中であった。“不死者の祭典”と称されるその奇祭は、百の満月の夜を経る毎に、国の中心にあるイーサ山から大量の不死者が湧き出すのだ。遥かな昔にかけられた魔王の呪いであり、不死者を狩りたてるために大陸中から冒険者が集結し、八年に一度のお祭り騒ぎとなるのだ。
ワーニ村も普段は温泉村として観光客が足を運んでくるのだが、今は武装した冒険者で溢れていた。百の満月の夜まであと数日であり、そろそろ山頂からあふれ出た死の気配に誘われて、先走る不死者が増え始めるころだ。そのため、集まってきた冒険者達も迎撃の準備に余念がない。
そんな村の喧騒とは裏腹に、その家に集まっている七人は静かなものであった。その家は祭典に際して避難した村人の家で、滞在中は好きに使っていいと許可をもらって使っていた。現在机の上には近くの食堂から運ばれてきた夕食が並び、暖かそうな湯気を上げていた。
なお、椅子は四つしかなかったので、それに腰かけているのはフリエスとフィーヨで、それに向かい合うように先程食堂で知り合った弓使いと神官が腰かけていた。セラはフリエスの後ろに背中を壁に預けながら腕を組み、向かい合う四人組をじっくり観察していた。一方で人虎族もセラと同じように背中を壁に預けて腕を組み、人犬族は緊張しながら背筋をまっすぐ伸ばしていた。
全員が所定の位置に着くと、神官がフードを外し、隠していた顔をあらわにした。金糸のごとく真っすぐで癖のない髪に透き通った碧眼、さらには均整の取れた顔が印象的な美人であった。何より目が行くのが、尖った耳と犬歯だ。
「ほう、半吸血鬼か。しかも、森の妖精の血まで混ざっているようだな。隣の大きいのも半吸血鬼だな」
沈黙を破ったのはセラであった。セラは恐ろしく鼻が利き、相手の強弱を匂いと気配である程度測れてしまう優れた探知能力を有していた。
「そうです。私は母が森の妖精で父が吸血鬼なのです。父の血が濃いのか、犬歯が随分と大きいので、怖がられないように、普段は顔を隠しているのです。申し遅れましたが、私の名前はイコと申します。麗しきお姿を持つ全知全能なる愛の女神セーグラ様にお仕えする者です」
これだから愛の女神は嫌なんだと、いつもの三人組は顔には出さずに思った。セーグラの信者は自由気ままで独善的な者が多い。そして、神官ともなるとそれが病的なまでに強くなり、基本的には周りの話を聞かず、自分の信念をこれでもかと強く推してくる。雰囲気を感じ取ると、目の前のイコと名乗った神官はまだマシな部類に入りそうであるが、油断はできない。
「で、こちらの赤毛の弓使いがジョゴさん、後ろの人虎族の女性がユエさん、人犬族の男の子がラオ君。部隊名は混血種や亜人だけで編成されているので《混ざりし者》と名乗っています」
他の三人もイコが紹介し、それぞれ手を軽く振ったり、会釈したりしてそれを挨拶とした。どうやら他の三人は無口なのか、あまり喋ろうとしなさそうだ。あるいは、対外交渉を口達者なこの陽気な神官に任せているだけかもしれないが。
そうならばと、フリエスはフィーヨに目線を送って合図を送った。こういう場合は交渉の窓口を一本化してしまった方がいいので、基本的な話し合いはフィーヨに任せることにした。フィーヨもすぐに察したので、頷いて応じた。
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。私は軍神マルヴァンスにお仕えするフィーヨと申します。で、隣にいる小さいのが魔術師のフリエス。後ろにいる不愛想で、バカで、役立たずなのが拳術士のセラです。邪神を打ち倒すことを掲げ、《神々への反逆者》と名乗っています」
「おい、説明」
セラは抗議の声を上げたが、フィーヨは無視することにした。実際、あの険しい山道をごろ寝しながらやり過ごしたお荷物は、谷底へ投げ捨てればよかったと思っていたので、無視くらいで許してやる寛大さに感謝してほしいくらいであった。
邪神を倒すといったところに感心したのか、ユエがおもむろに口笛を吹いた。
「まあ、軍神の神官でしたか! ならば、ともに愛の力をもって、汚れた偽りの命を持つ不死者を天へと召し上げてしまいましょう!」
イコは勢いよく立ち上がり、フィーヨの手を掴んだ。キラキラと目を輝かせて、汚れなき崇高なる使命を果たしましょうと宣ってきた。フィーヨは引きつりながらも笑顔で応じ、他の三人にも視線を向けたが、揃いも揃って首を横に振り、諦めろと目が語っていた。
やはり、愛の女神の神官はやりにくいと感じた。
「イコ、話が進まん。少し抑えろ」
イコの横に座っていたジョゴがイコの肩を掴み、椅子に引き戻して座らせた。そして、申し訳ないとばかりに軽く頭を下げた。
「ああ、そうでした。夜も近いですし、早く話を進めましょう。先程も申しましたが、我々とあなた方、合計七人で臨時編成ではありますが、部隊を組みませんか?」
イコがまた前のめりに話しかけようとしたので、再びジョゴがそれを抑えつけた。いつもこうなのだろうか、フィーヨは保護者っぽいジョゴになんだか同情的になってきた。
「組むのは構いませんが、なぜ、我々のような低等級と組むと仰られるのですか?」
フィーヨにしろ、フリエスにしろ、それが引っかかるところであった。なにしろ、あの場には他にいくらでも冒険者が揃っていたのだ。組むのであれば、相手は不自由しない。まして、名の知れ渡った特等級がいるのであれば、なおのこと断る理由もない。すぐに編成できたであろう。
にもかかわらず、あの場で最弱の看板を掲げている三人組に即断で組むことを持ちかけてきたのだ。不思議に思わない方がおかしかった。
「そりゃあ、その身分証があなた方の本性を現してないからですよ。セラさんは人族と人狼族と吸血鬼が絶妙な均衡を保って混ざり合ってますし、フリエスちゃんは何かの降霊術でもしたのか、強力な何かが降りてきていますね。フィーヨさんに至っては、生と死が同居している不思議な感覚を感じます」
イコの放った言葉はほぼ正解であった。探知系の魔術でじっくりと調べ上げられたかと思うほどに正確であったが、使った様子が一切なかったので驚くしかなかった。
「座っている二人に質問だ。お前らの“産着”は何色だ?」
突然セラからの質問が飛んだ。内容がよく分からなかったので、フリエスもフィーヨもなにそれと言わんばかりにセラを見つめた。
「私は白でしたね、“産着”は」
「俺は赤だったな」
この訳の分からない質問に、イコとジョゴの二人はあっさり答えてしまった。それだけに、理由の分からぬ他の面々は首を傾げた。
「半吸血鬼ってのは高い能力を持って生まれてくることが多い。大きく分けて二種類に大別でき、それを判別するのが“産着”の色だ。まあ、生まれてくる際にまとわりついてくる膜を便宜上そう呼んでるだけだがな。白が探知特化型、赤が戦闘特化型、という具合にな」
「なるほど、そういう意味でしたか。また一つ賢くなれました」
いかにも学生っぽい言葉を発したのは、ラオであった。それはよかったなとユエがラオを頭を軽く撫でてやり、ラオは小さな尻尾を嬉しそうに振った。
「妙な言い回しね、“産着”なんて。で、セラ、あんたはどっちなの?」
「赤も白も混じっていたそうだ」
「マジ・・・? そんなとこでも特別性ってか」
セラの相変わらずな出鱈目ぶりに、フリエスは苦笑いせざるをえなかった。つまり、目の前の自称魔王は探知も戦闘もどちらもずば抜けているということだ。実際、それは正しいことを、今までの言動によって示していた。
「物のついでに言っておくが、吸血鬼ってのは吸血行動によって吸血した相手の魂を汚し、同胞を増やす思っているだろうが、それだけではない。人間同様、性的行為によって増やす場合もある。吸血鬼になりたての奴は人間であった頃の癖が抜けず、吸血鬼化する以前の行動をとってしまう場合が往々にしてある。性的行為がまさにそれだ」
「ああ、なるほど、それで吸血鬼そのものを増やすだけじゃなくて、人族と吸血鬼の混血種なんてのができるのか」
魔術的な融合実験の産物ではなく、ごく自然に人族と同じように事に及び、子を成すということを行っていたのかと、フリエスは感心した。怪物と呼ばれる存在であっても、やることをやっているということだ。
「つまり、あんたがあたしの体を貪るのも、人間としての本能に従って、ということか」
「そうだよ。まあ、肉付きがよろしくなくて、食べ応えはイマイチだがな」
「なら、二度と食うな。そのまま餓死しろ」
フリエスとセラの間で火花が飛び散り、いつもの喧嘩でも始まりかねない雰囲気になった。だが、反対側に立っていたユエが手をパンッと鳴らし、二人の注意を逸らして止めた。
「すまんが、これ以上は限界だ。勘弁してやってくれ」
ユエが本当に困った感じの顔をしたので何事かと思ったが、そちらに視線を戻すと、その意味がすぐに理解できた。
ラオが顔を真っ赤にしてふらついていた。まあ、このくらいの年頃であれば、性的行為云々の話になれば落ち着かなくなるのも分からないではなかったが、ここまで初なのも珍しい。しかし、もう一人の方は大惨事になっていた。イコは机に顔面から倒れこみ、ピクピク痙攣しながら鼻から血が噴き出していたのだ。机の上を血で染め上げ、このままでは血が足りなくなるのでは、と思わせるほどに流れ出ていた。
「ほほう。処女の生血は旨そうだな。いただいていいか?」
セラの一言がとどめの一撃となった。“いただく”という単語を間違った方向に解釈したのか、イコの鼻からさらに流れ出る血の勢いが増していき、本気で危なくなってきた。
「セラ、あんたは黙ってて。戦う前に、猥談で死亡なんてのは洒落にならんから。フィーヨさん、さっさと“輸血”お願い」
「はいはいっと」
フィーヨは両手を倒れているイコに向かって広げ、そして念じた。すると、両手が赤く輝くだし、流れ出た血が一か所に集まったかと思うと空中に浮かんで球状にまとまった。さらにフィーヨが魔力を注ぎ込むと、球状の血球が淡く輝きだし、そして、イコの鼻の中へと吸い込まれていった。
以前、黒鉄の人形と戦った際、大量に流れ出た血を戻してくれとフリエスはフィーヨに頼んだが、フィーヨ自身も深手を負っていたためできなかった。そして、今見せたものがあの時やってほしかったことで、流れ出た血を集め、浄化し、体内へと戻す“輸血”であった。
輸血によって血の気が戻り、イコはすぐに意識を取り戻した。
「私は血を操れましてね。それを利用して、イコさんの流れ出た血を戻して差し上げました」
「おお、なるほど。やはり、私の目に狂いはなかったですわ。こんな高等技術が、七等級の神官にできるわけがありませんからね。麗しきお姿を持つ全知全能なる愛の女神セーグラ様に感謝を」
イコはフィーヨに感謝を述べつつ、それ以上の感謝を自身の信じる女神へと捧げた。いちいち枕詞が壮大な女神の呼びかけに、フィーヨは苦笑いせずにはいられなかった。
「まあ、イコさんは探知が得意で、我々の中身をあっさり看破したのは分かりました。しかし、我々を勧誘する理由が分かりません。手数が欲しいのでしたら、他にいくらでもいたでしょうに」
そこがフィーヨの感じる疑問点であった。不死者の大群を迎撃するのであれば手数が必要なのは当然としても、なぜ自分達の部隊を積極的に取り込もうとするのかが見えてこない。
「そうですね~。ここからは私の推察なんですが、狙ってるんじゃないかと思いましてね、百の満月の夜に火口湖への突入を。どうでしょう?」
イコの質問は実際当たっていた。百の満月の夜に火口湖へ到達したことがあるのは、過去に一例しかない。しかし、その一例の情報で、呪いの大元が間違いなくそこにあることだけは知られていた。呪いを解くためには、不死者の軍勢を突破できる力と、《剣星》でさえ破壊できなかった呪いの大元を浄化できる術の力が必須だ。
「なるほど、つまり、《混ざりし者》の方々も祭典の幕引きを考えられていたと」
フィーヨの回答は、イコの質問への全面肯定を意味していた。互いに、“迎撃”ではなく“突破・殲滅”を考える部隊がいたことへの驚きと喜びが入り混じった感情が場を埋め尽くした。
「ああ、麗しきお姿を持つ全知全能の愛の女神よ、あなた様のお導きは正しかったです。感謝を、圧倒的なる感謝を!」
イコは聖印の付いた錫杖を何度も撫で、自らの報じる神を讃えた。
「騒々しくてすまんな。そいつの神様が言うには、『ワーニ村に着いたら偽りの看板を掲げし三人組を探し出せ。そうすれば大願成就の大助となろう』だそうだ。偽りの看板、つまり、本当はめちゃくちゃ強いのに弱そうなフリをしている奴ってことだな。そして、三人組。つまりはあんたらってことだ。イコの目なら、強いか弱いかすぐに判断が付く。イコが感じた相手の強さと、身分証の等級を比較すれば、偽ってる奴なんざすぐに知れるしな」
お祈りで頭の中身がどこかへ吹っ飛んでいったイコに代わり、ユエがちゃんと説明してくれた。説明の内容を聞き、成程と三人組は納得した。と同時に、イコの探知能力の高さや判断力の正確さは素直に凄いと感じた。お祈りですぐにイってしまう点を除けば、ここまで頼りになる者もなかなかいないであろう。
「まあ、訳あって最近冒険者として登録したばかりで、それで等級が低いのです。で、この祭典のことを聞きつけてやって来た、という次第です。もし、火口湖の謎を解き明かせれば、問答無用で“等級外指定”としての名声と待遇を一気に狙えるかな、という発想ですね」
フィーヨの説明に四人組の方も納得したようであった。なお、イコはまだ神の国からお戻りになっておらず、なにやら妙なことを口走りながら妄想妄言を方々に垂れ流していた。
「我とユエがいれば突破は可能だと思っているが、それだとイコとラオが付いてこれそうになくてな。どうしても腕利きの神官を火口湖まで連れていくとなると、頭数を増やしておかんとどうにもならん。幸いなことに、突破を狙う者が他にもいて、しかも我らと同等かそれ以上の猛者と出会えたのは嬉しい誤算だよ」
ジョゴは後ろに控えているセラに視線を投げつけた。どうやら、セラが特等級の自分以上の実力者であると感じたようで、その力を出してもらえるように期待しているのだ。
しかし、セラは肩を竦めて薄ら笑いを浮かべた。
「あまり期待せんでくれよ。俺はお荷物で、役立たずで、戦力外で、今日も危うく崖下へ捨てられそうになったくらいだからな」
「あんたがサボって働かないからでしょうが! 働かない駄犬なんかに、餌をあげるとでも!?」
「なら、自給自足の生活をせなばな」
再びフリエスとセラの間に火花が飛び散り始めた。セラの食事を自給自足に切り替えると、毎月一度は災厄が西大陸に襲い掛かることとなるため、とてもではないが容認できない。といっても、ここ最近のだらけっぷりにもうんざりしているので、放逐も考えたいところであるが、本当に最後の切り札でもあるので、易々と手放せない葛藤もあるのだ。
そんな二人のやり取りを後目に、フィーヨはやれやれと思いながら話を続けた。
「火口湖には呪いの大元になっている髑髏があると伺っています。解呪は神に仕えし者の役目。私とイコの二人がかりならば、あるいはできるかもしれませんね」
「うむ。イコ一人では心配だが、フィーヨ殿がいるのであれば心強い。よろしく頼むぞ」
ジョゴは軽く会釈してフィーヨに期待する旨を伝えたが、それに対して猛抗議したのが、ようやくあちら側から戻ってきたイコであった。
「ジョゴさん、ひどいですよ! 私に何か不満でも!?」
「むしろ、不満しかないのだが? 少しでいいから、空気を読むことを覚えることだ」
「空気は読むものではなく、引っ搔き回して搔っ攫うものだと、麗しき姿を持つ全知全能なる愛の女神もそう仰っておられます!」
迷惑この上ない発言を臆面もなく堂々と言い放つイコに、他の面々も半ば諦めが漂う表情で首を横に振った。やはり愛の女神の神官は癖がありすぎると思い知らされたフィーヨであった。
「つかぬことをお伺いしますが、ジョゴさんとイコさんは恋人同士ですか?」
「その通りです!」
「保護者と被保護者だが?」
明らかに二人の間には温度差が生じているようであった。素っ気なく答えたジョゴに対し、イコは信じられないといった顔で隣に座るジョゴを見つめ、袖を強く掴んでグイグイ引っ張った。
「ジョゴさん、私をそういう風に見てたんですか!」
「他に表現しようのない完璧な言葉を選び取ったつもりだが、不服だったか?」
イコは立ち上がってジョゴの襟首を掴み、ブンブン力任せに振り回した。ジョゴは付き合ってられんと言わんばかりのダルそうな顔で、振り回されるままに頭部を揺らした。
「いつまで私を子ども扱いするつもりですか! そりゃ出会った頃はまだ子供でしたよ、十三歳でしたから。あれから十年近く立ってるのんですよ!」
「そうか、もうそんなになるのか。一目惚れしただのなんだの言って、無理やり付いてきた挙句、恋人だの伴侶だの運命の人だの、よくまあ恥じらいもなく堂々と言えたものだ。体は多少成長したかもしれんが、精神年齢の方はむしろ後退した感が強いな。ここ最近特に」
「ひどいひどいぃ!」
イコは絶叫しながらジョゴの首を絞め上げようとしたが、その細腕で太い首を絞め上げるのは無理であり、ジョゴが何事もなかったかのように溜息を吐くだけであった。
「恋人だってんなら、あたしとこいつだな」
今度はユエがラオを抱き寄せ、笑顔でヘタレている犬耳をいじくりだした。
「ゆ、ユエさん、な、なにを・・・!」
「お前、ついこの前に十五になったんだし、そろそろ大人の階段上っとくか」
ユエはペロリと舌を出し、ラオを捕らえた獲物のごとく眺めた。ラオの方も捕まった獲物のごとく、ビクビク体を震わせて、顔を真っ赤にしていた。
「まあ、今は仕事中だし、これが終わってからにするか。うむ、そうしよう。ラオ、この仕事が終わったら一発やるからな。打ち上げの酔った勢いで」
「は、はひぃ」
何やら哀れにも思える組み合わせだと、フィーヨは思った。ユエの剛腕で抱きしめられたら、ラオの細身では全身の骨という骨がバキバキになってしまいそうであり、そうならないように祈るだけだ。
「そういう、後ろのお二人さんは恋人かね?」
ユエがラオを弄びながら、未だに睨み合いを続けていたフリエスとセラについて尋ねてきた。ユエの言葉に反応したのか、二人は視線をユエに向けた。
「主人と飼い犬よ。駄犬過ぎて、そろそろ放逐したいと思っているところよ」
「抜かしおるわ。餌と捕食者の間違いだろ」
そして、二人は再び睨み合い、またかとフィーヨは溜息を吐いた。仲が悪いとは言わないが、とにかく両者とも意地を張るので、なかなか引っ込みがつかないのだ。
(なんてことかしらね。この空間で理知的な常識人は私だけか)
感情的にジョゴの首を絞め上げるイコ、子犬を弄ぶ大虎、そして毎度お馴染みフリエスとセラの睨み合い、一人取り残されたフィーヨは妙な孤独感と、同時に安堵を得ることとなった。
「フィーヨ、お前さんは一人なのかい?」
「いえ、私の場合は・・・」
ユエの質問に、呼び出すまでもなくフィーヨの両の袖から二匹の赤い蛇が顔を出してきた。
「左手の方が兄のヘルギィで、右手の方が夫のルイングラムですわ」
《混ざりし者》の四人は動きが固まった。まさか蛇を二匹を仕込んでいた上に、それを真顔で兄と夫だと言って紹介してきたからだ。
(実は、この人が一番危ない人なのでは?)
四人の偽らざる感想であった。
しかし、二匹の蛇はご丁寧にペコリと頭を下げて挨拶をしてきたので、四人も思わず頭を下げた。
「か、変わってますね、フィーヨさんは」
どうにか虎の剛腕から逃れたラオは、興味深そうに二匹の蛇を見つめた。召喚士であるラオには目の前の蛇に違和感を感じたのだ。なにか魔力的な要素が重なり合って、ありうべからざる存在としてこの世界に留まっているのではと推察した。
「フィーヨさんがお持ちの術具か何かに、魂が定着しているようなものですね。個人の魂を定着させ、揺らぎのない高性能な依り代を用意するとは、正直驚きです。自分も召喚士として色々と呼び出せますが、自然体でずっと物質世界に存在させ続けるのは無理です」
「愛の為せる業です」
フィーヨはきっぱりと答えた。実際、フィーヨは二人のためならいかなる外道な行いも肯定するつもりでいるし、そこに躊躇いもない。兄と夫への敬意と愛情は不動のものなのだ。
「素晴らしい! 大変素晴らしいです、フィーヨさん! あなたとは心の底から分かり合えるような気がしてきました! 愛こそすべて! 愛はあらゆる困難を打ち破る! そう、最後には愛によって勝つのです!」
目を輝かせながら手を掴んでくるイコであったが、フィーヨは笑顔で取り繕いつつ、分かり合いたくないと考えていた。この押しの強さと近視眼的行動さえなければいい娘なのだろうが、いかんともしがたい空気の読まなさは致命的であった。
信仰とはそれを理解できない者にとっては、ただの狂気としか認識できないからだ。
その時であった。鐘の音がうるさいくらいに響き渡り、村中に警告を発し始めた。
「現れたぞぉ! やつらは西側の緩やかな傾斜部を下ってきているぞ!」
見張り役の声が耳に入ってきた。外も慌ただしくなり、集まっていた冒険者達が次々と現場へ駆けていく気配が伝わってきた。
「やれやれ、早速現れたか。イコ、どの程度だ?」
ジョゴが尋ねるまでもなく、すでにイコは意識を集中させ、気配を探っていた。先程までの締まらない表情は消え失せ、歴戦の雰囲気を漂わせていた。やはり特等級部隊の看板は見かけ倒しなどではないということだ。
「そうですねぇ~。ざっと探ってみたところ、掴みですが、千は下らないかと」
「それなりの数は揃えてきたか。手こずりそうなのは?」
「今のところはなし。反応が弱いですから、下位の不死者ばかりだと思います」
数は多いが、雑魚ばかり。まずは小手調べか、とその場の全員が判断した。
「ゆっくり飯食う時間もなかったな。まったく」
ユエはそうぼやきながらも、適当に一皿料理を掴んで掻きこみ、さらにパンを一つ掴んで家から飛び出していった。ジョゴ、イコ、ラオもそれに倣い、パンだけ掴んで出ていった。
残されたいつもの三人組も椅子から立ち上がって、軽く準備運動を始めた。
「さて、それじゃあまあ、こちらも頑張るとしますかね。せっかく声かけてもらったんだし、少しばかりは格好いいとこ見せとかないとね」
「おう、頑張れや」
まるで他人事のような態度に、さすがにフリエスが腹を立てた。右手に電光が迸り、いつでもぶつけれるようにセラに向かって構えた。
「おいおいおいおい、七等級の魔王さんよぉ、昼間あんだけグ~スカ寝てたくせに、夜も働かないとかどういうつもりかしらぁ? 真面目にやる気あんの?」
「俺はいつでも大真面目だぞ」
「どこが!?」
フリエスを取り巻く電光がさらに激しくなり、魔力の奔流で周囲の家具がガタガタと震え始めた。さすがに危ないと感じたのか、フィーヨが割って入って、二人の喧嘩を止めた。
「フリエスも落ち着いてください。そもそも、情報収集が目的で、等級上げをやっているのですからね。それと人材確保。幸いなことに、あっちからこちらに興味を持ってくれたのですから、この好機を逃さず友好的に接するべきです。こちらの戦力を見せ、あちらにとっても有用であると考えてもらわないことには、今後の話もできません」
「わ、分かってますよ、フィーヨさん。あのバカ魔王が突っかかってこなかったら、あたしもこんなには言いませんよ」
不満はあったが、フリエスはひとまずは矛を収めた。電光が収まり、気を静めるために、目の前にあった水をグイっと一飲みにした。さらに、パンを掴んで口に運び、それに噛り付いた。
「セラも本当にいい加減にしてくださいね。討伐対象が雑魚ばかりで気乗りしないのもいつものことでしょうからその点は諦めますが、とにかく今後のためも少しは点数を稼いでください。それに、山頂にはおそらく神々の遺産かそれに類する何かがあるはずですから、ハズレってことはないんですし、少しは働いてください」
フィーヨはセラを睨みつけて厳しく言い放ったが、セラはそっぽを向いて上の空だ。やはり、目の前の魔王は戦力と考えるのは難しいと、改めて思い知らされることとなった。
もういいやと考え、フィーヨもパンにかぶりつき、一気に口に押し込んだ。元皇帝とは思えない食べ方であったが、色々と苛立っていたので、その程度の事などどうでもよくなっていた。
「やれやれ、常識人の私がいないと、すぐにケンカするのはどうにかしてほしいわ」
「それをフィーヨさんが言いますか!? この前、レウマ支部の訓練場で周囲そっちのけでセラと決闘してたのに!?」
「まったくだ。どいつもこいつも血の気が多くてかなわんな。俺のような理性的かつ冷静な対応はできないのかと、半日くらい問い詰めたいところだ」
残念なことに、この三人の頭の中には、目糞鼻糞を笑うという言葉が記載されておらず、自分こそ、いや、自分だけがまともな思考を持つ常識人だと自負しているようであった。
こうして、慌ただしい食事が終わり、三人は先に飛び出した《混ざりし者》を追って、家を飛び出した。《不死者の祭典》の本番はまだであるが、前座はすでに始まっている。村々に襲い掛かる不死者に向かって、集結せし冒険者が一斉に駆けていった。
~ 第七話に続く ~




