第五話 ワーニの温泉村
その道は馬車で通るにはかなり過酷であった。道幅はギリギリ通れる程度しかなく、傾斜もかなりきつい。少し操作を誤れば、崖下まで真っ逆さまだ。
小型の馬車なら、あるいはすんなり通れたかも知れないが、今この山道を進んでいるのは二頭引きの大きめの馬車だ。荷物はそれほど積んでないとはいえ、それなりに重いのだ。
「かなりきつい山道のある秘湯の温泉村だってのは聞いてたけど、この馬車は失敗だったかな」
ぼやくフリエスはすでに馬車から降りており、馬の轡を直接掴んで引っ張っていた。フリエスは馬術を習得してはいたものの人に自慢できるほどではなく、狭い山道を進むのには不安があったのでやむを得ない措置であった。
「そうですわね。できれば軽くしたいので、中の“お荷物”を崖から放り投げたいところですわ」
フィーヨもぼやきながら、三番目の馬と化して馬車を後ろから押していた。神々の遺産《真祖の心臓》を用いて身体強化しているとはいえ、きついものはきつい。元皇帝が文字通り馬車馬のごとく汗水たらして頑張っていた。
なお、魔王を自称する“お荷物”ことセラは、全く手伝う気もないようで、荷馬車の床に転がっていた。せめて歩けとフリエスは怒鳴ったが、頭上に輝く太陽が目障りなので、幌を日除けに日光を浴びないようにしておきたいのだ。
「ったく、この馬車を使うようになってから、こいつがますます動かなくなったわね。いくら日光が苦手とはいえ、半分は人間だろうに」
フリエスがぼやくのも無理はなかった。そもそも、セラは人族、人狼族、吸血鬼の三種族の混血児なのである。母親が人族と人狼族の混血児、父親が人族と吸血鬼の混血児なのだ。血の濃さで言えば、人族が半分を占めていていいはずなのに、その様子が一向に見られない。見た目で言えば人族に一番類似しているが、中身は吸血鬼が色濃く出ている。日光が苦手なのもその影響だろう。
「まあ、今回の仕事は夜勤ですし、今怠けてる分、しっかり働いてほしいですわね」
フィーヨの言う通り、今回の仕事は不死者の討伐である。不死者は日を嫌い、その活動は曇天か夜間ということになる。当然、それを迎え撃つわけであるから、こちら側も動くのは夜が主体となる。
現在、三人の滞在する『崋山国』ヒューゴ王国は八年に一度の奇祭“不死者の祭典”の真っ最中である。百の満月の夜を経る毎に、国の中心にあるイーサ山から大量の不死者が湧き出し、山の周辺の村々を襲うのだ。普段は観光地であり、温泉村が各所に存在する。それを守るのが仕事というわけだ。
そのため、現在この国には大陸中から冒険者が集まってきていた。なにしろ、期間中は村の防衛にあたることを条件に、宿も温泉も無料なのだ。しかも、皆が集まっているということはここで活躍しておけば、名声を得て武名を大陸中に広げれる可能性がある。そうなれば、高額での契約や仕事の依頼にも繋がるので、野心的な冒険者はこの八年に一度の好機を逃さないのだ。
三人もそれが目当てなのだ。現在、三人の目的は戦力の増強である。そのためには、情報収集が不可欠であり、より良い情報に触れるのには、組合内部において等級を上げていた方が有利なのだ。全等級対象の上に一気に加点を狙えるこの仕事は、まさに打って付けとも言えた。
もちろん、集まっている冒険者の中から猛者を見出し、勧誘できればなおよいのだが、それは高望みというもので、さほど期待してはいなかった。
そうこうしているうちに、どうにか狭い山道を抜けることができ、目的地であるワーニ村が見えてきた。イーサ山北側の中腹辺りにある村で、数ある温泉村の中でも一、二を争う良質な温泉があることで知れ渡っていた。温泉村の中では一番標高が高く、きつい山道を登らねばならないので訪れるのは大変であるが、それゆえに“通”には人気があり、辺鄙な場所にある割には人の出入りが多い。
村に入ると、フリエスは早速村人から出迎えられた。基本的には祭典の最中は不死者に襲われる危険があるので、退避している村人も多いが、防衛にやって来る冒険者の歓待をしなければならないので、残る村人もそれなりにいる。ワーニ村でも、子供や老人は避難しているが、他の大人達は村に残り、宿泊施設や温泉の掃除や手入れ、あるいは食堂での料理の提供など、忙しなく働いている。
「いらっしゃい、冒険者さん。よく来てくれた。しかし、この大きさの馬車なら大変だったろうに」
村の入り口で出迎えてくれた初老の男は笑顔で応対し、軽く会釈してきた。フリエスも笑顔で返した。
「どうも初めまして。村長さんはいらっしゃいますか?」
フリエスがそう言うと、横にいたフィーヨがマーベから受け取っていた手紙を見せた。組合の印が入っていたので、村人はすぐに察してくれた。
「組合からの連絡だね。村長なら、町の広場にある食堂にいるよ。他の冒険者が集まって賑わってるから、すぐにわかる。馬車は木にでもくくりつけとけばいいよ」
「そう、ありがとう」
そう言うと、フリエスは懐の財布から金貨を一枚取り出し、指で弾いて村人に投げ渡した。さすがにいきなり金貨を渡されたので、村人は目を丸くして驚いた。
「おいおい、お嬢さん、御駄賃にしては奮発しすぎだよ」
「あら、冒険者は無料で宿泊できるとはきいてるけど、馬まで無料とは聞いてなかったんでね。あとでこの子達に水桶と何か食べ物をお願いできるかしら?」
「ああ、そういうことかい。分かった、あとで用意しとくよ。金を払ってくれるんなら、馬だって上得意だよ」
フリエスは笑顔で別れを告げ、馬を広場の方へと進めていった。ちなみに、路銀はフロンにかなりの額を渡されており、懐事情はよかった。
(まあ、こういう立場を狙ってる冒険者も多いしね)
冒険者と一口に言っても、その目的は千差万別である。遺跡の調査を行って未知なるものに触れたいと考える人もいれば、強くなるための手段と考える者もいる。あるいは、後々の時代まで語られるような英雄に憧れ、名声を求める者もいる。
そして、金だ。遺跡の探索などで財宝でも見つけることができれば御の字だが、そういう例は極めて稀だ。遺跡という難しい金脈よりも、専属雇用という別の金脈に飛び付く者が意外と多いのだ。
貴族の専属雇用となると、組合を抜けねばならないが、それを補えるだけの報酬を得ることができる。
フリエスは現在、あろうことか一国の王を後援者としているに等しい状態だ。もちろん、契約によるような縛りがあるでもなく、先方が“勝手に”財布の中にお金を投げ入れてくるのだ。フリエスが望んだことではないが、女神に捧げる“お布施”と言う名の集金だ。
他人が聞けば、間違いなく羨むであろう。国王を契約者とする冒険者など、そうそうはいないのだから。
そして、村の中心にある広場にやって来ると、そこはさすがに賑わっていた。現在は夕刻前ということもあって、そろそろ日没に備えて出現準備をしておく時間であり、装備の点検をしている者や、食事を取っている者など様々だ。
フリエスは馬車を食堂の横に移動させ、そこに生えていた木にくくりつけた。あとは放っておけば、先程の村人が餌や水を持ってきてくれるであろう。
そうこうしていると、荷台に寝転がっていた役立たずの“お荷物”がようやく動きだし、姿を現した。
「あら、ようやくお目覚めですか。か弱い女二人に働かせて、見ている夢は心地よかったですか?」
「加齢?」
「あら大変。村の中にもう不死者が侵入してますわね。駆除しないと」
フィーヨの両腕の袖口から赤い蛇が顔を出し、大きな口を開けてセラを威圧した。兄ヘルギィと夫ルイングラムの魂が宿る蛇であり、妹が、あるいは妻が戦う雰囲気をまとい始めたので、それに刺激された格好だ。
「二人とも、バカやってないで、早く行くわよ。不死者相手なら夜に動くし、時間はあんましないから」
フリエスとしては、早く村長と話を付けて、少なくとも寝床の確保はしておきたかった。本番となる百の満月の夜まではまだ数日はあるのだが、それでも既に不死者の群れは山から下りつつあるとの情報が入っていた。
敵の強さ、周囲の冒険者の実力、更には地形など、本番までに確認しておきたい事はいくらでもある。そう考えると、身内でいつもの殴り合いしているわけにはいかないのだ。
フィーヨとセラは渋々ながら矛を納め、代わりに懐から組合の所属員の証しである身分証を取り出した。手で持てる程度の金属板で、表面には、名前と現在の等級、職業が書かれていた。術式で調べれば、こなしてきた仕事の情報など細かい情報も見ることができる。
組合の関連施設や目の前の食堂のように、冒険者が多く集う場所では素早く確認できるよう身分証を見える場所に出しておくのが礼儀とされていた。
フリエスもまた、魔術師組合の所属である腕輪を既に身に付けていた。魔術師は一応立場上は“出向”扱いとなっているのだが、冒険者の群れに混じると、同列に扱われるのが常だ。誰もその辺りは気にしないのだ。
そうして、三人連れ立って店に入ると、そこは冒険者で溢れかえっていた。いくつもの机や椅子がところ狭しの並べられ、そのどれにも武装した人々が腰かけていた。出撃前の腹ごしらえをしている者から、すでに食べ終わって今夜の作戦会議を行っている部隊まで様々だ。
そして、三人組はすぐにからまれた。なにしろ、ここのいる面々の中では、明らかに等級が低すぎたからだ。
「おいおい、あんたら、来る場所間違えてんぜ」
「おぉ~い、どこの部隊だよ、荷物持ちを組み込んだのは?」
「こいつら自身がお荷物にならなきゃいいがな!」
入ってすぐの机を占有していた部隊が露骨なまでの煽りを入れてきた。フリエスはざっとメンバーの顔ぶれを見てみると、四等級五等級に加え、上級導師も混じっていた。場数を踏んだ中級者といった風情で、もうすぐ上級者の仲間入りくらいな立ち位置だと感じた。
下品な笑いが店内に広がっていったが、フリエスは特に気にしないどころか、逆に腹を抱えて大笑いしだした。
「いやぁ~、こういうノリは初めてだから、逆に楽しいわ! ここまで典型的なクソザコの台詞を耳にできる日が来ようとは! あんたら、じきに死ぬわ~」
フリエスはあからさまな挑発的な台詞と視線をぶつけ、先程のお返しと言わんばかりに煽り返した。
フリエスは部隊を組んで戦う場合、今の今まで英雄級の面々としか組んだことがなかったのだ。護衛任務は別としても、側にいたのは誰もが知ってる猛者ばかりで有名人。つまり、煽ってくるのは明確な敵対者だけで、敵とも味方とも言えない連中から煽られるのは、かえって新鮮なのだ。
東大陸では押しも押されぬ英雄達だが、西大陸ではまだまだ無名であり、こういう表面の情報しか掬わないバカが煽ってくるのは仕方ないことであった。
「んだと、こんガキゃ、テメェこそ死にてえのか!」
フリエスから一番近くにいた男が立ち上がり、小柄な少女に掴みかかろうとした。
「おいおい、ワシの店で暴れるのは勘弁してくれ」
一騒動ありそうな雰囲気を察して、店の奥の方から店長と思われる声が飛んできた。それに反応してか、男は掴みかかる腕を止めた。
そこへすかさずフィーヨが割って入り、マーベから渡された封書を見せつけた。組合の印が入った封書であり、その効力は組織内では公文書扱いとなる。それを見るなり、突っかかってきた男は手を引いた。
「チッ、組合からの連絡要員かよ。要件済ませて、暗くなる前に帰んな」
男は不機嫌さを隠そうともせず、荒々しく元いた席に戻った。さすがに組合からの連絡要員ともめ事を起こして、重要な情報の伝達を阻害したとなると、あとでどのような罰則が課せられるか知れたものではない。そう考えると、引き下がった方がいいと判断するのは間違っていなかった。
なによりも間違っていたのは、目の前の三人組がみすぼらしい看板を下げているとはいえ、中身は半神(下級導師)と英雄(七等級)と魔王(七等級)である。命拾いしたのは、突っかかってきた男の方なのだが、それに気づいたのはこの店内の集団の中でもほんの数名だけであった。
道が空いたフリエスはゆっくりとした足取りで、周囲を見回しながら奥まで進んだ。一応、この場にいる顔ぶれの実力を知るために、見えている身分証を確認するためだ。確かに、マーベの説明通り、五等級が最低階級のようで、全員がそれ以上のようだ。中には、一等級、二等級の者までおり、間違いなくこの村が激戦地になろうことは疑いようのない状況であった。
そうして、奥のカウンターの所にいる老人の下へとたどり着いた。食堂がこの活況である。料理の提供で大忙しで、厨房や給仕に指示を出しつつ、自身も飲み物の準備に勤しんでいた。
「忙しいところを申し訳ございません。村長さんでしょうか?」
フィーヨが封書を見せながら老人に尋ねると、笑顔で頷いて応じてきた。
「いらっしゃい、これから我が村の英雄になる予定の方々よ。マーベの兄さんからの使いだね。おっと、申し遅れたが、私が村長のウーノだ。丁度そこが空くからお座りなさい」
ウーノと名乗った老人は、すぐ近くの一団が食事を終えて引き上げるのを見て、手早くその机の上にあった皿や杯を片付け、濡れた手ぬぐいで綺麗に拭きあげた。そうしてフリエスらは促されるままに椅子に腰かけたが、セラは腰かけずに壁に背を預けて腕組しながら立ったままだ。。
マーベからはこの村の村長は従兄弟だと聞いていたのだが、随分と気易い感じがしたので、それだけ二人の仲が良いのだと素直に感じた。
ウーノは封書を受け取り、その中身をササっと読み取った。
「なるほど。看板は見せかけだけで、中身は上級者ってことか。うむ、兄さんからの紹介なら間違いないだろうね。この村の近辺は毎回激戦になるから、低級者や頭数の少ない中級部隊はご遠慮願うんだよ。ゴロゴロ死体を増やされても困るからね」
ウーノの言葉も最もだとフリエスは頷いた。部隊ごとにばらけているとはいえ、この戦いは大規模な集団戦を想定して行われる任務だ。そうなると、士気というものが重要になってくる。いかに腕利きであっても、すぐ隣の部隊が全滅したとなると、どこかしらで浮足立って焦りが生じるものだ。その焦りが綻びや見落としを生み、それが敗北に結び付くことになるのだ。
そう考えると、先程突っかかってきた連中も、“お荷物”はいらないという明確な意思表示に他ならず、あくまで自分達のために隣に立つなと言っているのだと理解できた。数は少なくとも精鋭で固めておきたい、というのがここにいる全員の総意なのだ。
「それで、村長さん、現在の戦況はどうなんでしょうか?」
「まあ、本番までまだ数日あるから、余裕も余裕よ。だいたい今の時期に山から下って来るのは屍人や骸骨兵が大半で、数は多くとも弱い不死者ばかりですな。昨日は大物が来ましたが。魂喰いが十体ほど現れたそうですが、それもここの連中が撃退しましたぞ」
魂喰いはとり憑いた相手の魂を喰らい、どんどん強くなっていく怪物だ。低級者ならば餌食になる他ない相手であるが、数を揃えた中級者ならば問題なく対処できる相手だ。貪食なる者まで成長されると面倒な相手ではあるが。
「日増しに強くなっていくようですが、ここにいる面々だけでも村長さんは心配でないと?」
「ああ。ここにいるのは自分の腕前を理解して、それでここに集っておる連中ばかりよ。だから心配しとらん。百の満月の夜には死人が幾ばくか出るかもしれんがな。なにより、まだ特等級部隊が来とらん。毎年、一つか二つは来るんじゃが、そいつらが来れば戦況も一気に好転する」
ウーノは豪快に笑ってフリエスらに語り掛けたが、目の前の三人が“等級外指定”に含まれることにはさすがに気付いてはいなかった。
「さて、マーベの兄さんの紹介だし、君らには一戸建てを用意しよう。と言っても、家の者が祭典に合わせて避難して空き家になってるだけだがね。この食堂の二軒隣の家がそうだ。食事はここに来れば朝昼夕に加えて二回の夜食の五食となってるから、気の向いたころに食べに来るといい」
祭典の最中は昼夜逆転の生活を送るのがこの村の常であるが、物資の搬送や設備の修繕などの仕事もあるため、実質は一日中村が働いている状態であるのだ。そのため、村人も交代しながらそれぞれの仕事をこなすようになっており、八年に一度とはいえ、眠らない一月を過ごすことになるのだ。
「わざわざ戸建てを用意してくださるとはありがたいです」
「なぁに構わんよ。兄さんの紹介してきた方々を下手な扱いにはできんよ。ああ、それと温泉なんだが、村外れにあるから、好きに入ってもらって構わんぞ。普段は男女の別を設けておらんが、さすがに荒くれ共とご一緒するのはアレじゃから、この期間だけ男女を分けておる。小さい方が女湯で、大きい方が男湯に指定しとる」
これを聞き、フィーヨは安堵のため息を漏らした。貞淑なる淑女として、身内以外の異性に肌を晒すようなことはしたくなかったのだ。最悪温泉は諦めようかと思っていたほどであるので、これは朗報であった。
そうこう話していると、入口の方が何やらざわつきだし、それが徐々に広がりを見せ、フリエスの席の隣まで騒がしくなった。何事かと思い、入口の方に視線を向けると、そこには四人組が丁度入ってくるのが確認できた。店の全員がその四人組に釘付けとなっていた。
フリエスはすぐに感じ取った。“できる”奴が来た、と。
「セラ、あんたの見立てはどう?」
フリエスは四人をじっくり観察しながらセラに尋ねた。セラには強者を嗅ぎ分ける嗅覚が特に優れており、こういう初見の相手にはセラに聞くのが一番であった。
「後ろの二人はまだまだだが、前の二人は相当できるな。特に左のガタイのいい男だ。あれは確実に英雄級と言ってもいい」
セラの声も心なしか弾んでいるようにフリエスには聞こえた。英雄級の猛者を探しているが、まさか一発で引き当てるとは思いもよらなかったからだ。
「おい、あれって、特等級の《八岐大蛇》じゃねぇか!?」
「ああ、間違いねえ。腰に六つも弩を吊るしてるし、絶対そうだ!」
「てことは、隣にいる人虎族の女、《剛腕の猛虎姫》か!」
「そうすると、後ろにいる神官が《天眼》かな」
「人犬族の奴は知らんな。新規加入した奴か?」
店内は入ってきた四人組のことですっかり空気が変わってしまった。皆が四人のことで談義を始め、あちこちでざわついていた。
そうした話を聞く分には、本当に当たりだと確信し、フリエスはさらに注意深く四人を見つめた。
まず、注目したのは当然、セラが英雄級と太鼓判を押した大男だ。背丈はセラと変わらないくらいの長身で、髪は血を溶かし込んだかのように赤く、瞳は黒であった。体も相当鍛えているのか筋骨隆々といったところであるが、なにより目立つのは腰のベルトから下げた六つの弩であった。見えている身分証には一等級、弓使いとあるので、あれが主力武器で間違いなさそうだが、どう使うのかまでは分からなかった。
次に視線はその隣の人虎族の女性に向いた。頭の上についた耳、太い腕に強靭な爪を持ち、尻尾は邪魔にならないように腰に巻いていた。フリエスは文献で“虎”なる黄色と黒の毛が折り重なった四本足の大型獣がいることを知っていた。そして、それと人族の中間種である人虎族なる種族も、西大陸に存在することも知っており、初めて見る種族に興味津々となった。身分証には一等級、拳術士とあり、二つ名の由来と思われる丸太を思わせるような両の腕が見る者を威圧していた。
次に視線は後ろに控えている神官と思われる女性に向いた。白い長衣を身に着け、顔を隠すように深々とフードを被っていた。顔を隠しているのになぜ女性だと認識できたかというと、手にしている錫杖の先に握手を交わす手を模して造られた聖印があったからだ。それは縁を司る愛の女神セーグラの神官であることを示し、セーグラ教団は女性しか神官になれないという特殊な事情があるからだ。身分証には二等級、神官と書かれていた。
最後に最後尾の少年に視線を向けた。ヘタレた耳が頭の上にあり、しょぼくれた尻尾が地面に向かって垂れている人犬族の少年だ。杖と分厚い本を持ち、なにやら、ビクビクしている感じのする術士であった。身分証はフリエスと同じく魔術師組合所属を示す腕輪が身に着けられており、その形状から中級導師であることがわかった。
(なるほど、セラの言う通り、前二人は別格ね。いわゆる“等級外指定”ってやつでしょうよ。後ろにいる神官もかなりなものね。・・・愛の女神の信徒ってのはいただけないけど。で、犬の少年だけは明らかな格下。育ててる最中ってとこかしら)
フリエスは愛の女神セーグラに対して基本的にいい印象を持っていなかった。白鳥に呪いをかけ、愛の暴走をさせている張本人であるからだ。とにかく、東の大陸では三指に入るほどに大きな影響力のある教団のご本尊であり、はっきり言って好き放題わがまま放題にやっている女神だ。
人犬族の少年だけ等級が低いのは、まだ加入して日が浅いからなのかもしれない。だが、十代半ばくらいにしか見えないのに、すでに中級導師へと到達しているということは、場数が足りてないというだけで、才能はあるということなのだろう。
そうこうしていると、後ろに控えていた神官が前に進み出て、店内にいる冒険者達を嘗め回すように見回した。そして、フリエスと目が合った瞬間に錫杖を投げ捨て、勢いよく走り寄ってきた。
何事かとフリエスは困惑したが、神官はフリエスの目の前に立ち、その手をしっかりと掴んだ。
「初めまして! 私達の部隊と組みませんか?」
嬉しそうに弾む声でいきなりの勧誘である。
「「「・・・え?」」」
神官の申し出は、フリエスを含む店内にいた全員が目を丸くして驚いた。そして、店内はさらなる困惑へと落とし込まれることとなる。




