第二話 冒険者組合
フリエスが魔術師組合に赴いている同時刻、その仲間二名は冒険者組合のレウマ支部を訪れていた。田舎の小国の支部とあって、さすがにこじんまりとしており、活況を呈しているとは言い難い雰囲気を出していた。
「地方の役場ってところですわね。とはいえ、初めてですわ、こういう場所は」
未知なる体験を前に、フィーヨは少し嬉しそうであった。
フィーヨはフリエスの旅仲間であり、軍神マルヴァンスの神官でもある女性だ。長い黒髪と同色の瞳が印象的で、その見目麗しい姿に行きかう人もつい視線を向けてしまうほどだ。東の大陸にいたころは皇帝として一国を治め、《慈愛帝》の二つ名で民衆から慕われている名君であった。
今は子供に譲位した後、兄ヘルギィと夫ルイングラムを復活させるためにフリエスと共に旅に出ているのだ。その兄と夫は、フリエスの両の腕に巻き付いている赤い蛇で、死後にフィーヨの持つ強力無比な魔術の道具である神々の遺産《真祖の心臓》にとりついており、ずっとフィーヨに引っ付いて見守っているのだ。
「強者との邂逅は期待できそうにないが、まあ、手続きとやらをさっさとすませてしまおう」
いかにも退屈そうな雰囲気でセラが述べた。
セラは人族、人狼族、吸血鬼の三種族の混血児であり、絶大な力を有する魔族だ。灰色の短めの髪に貴公子然とした均整の取れた顔立ちであるが、人並外れた高い背丈に加え、その腕は丸太のように太く鍛え上げられており、見る者を驚かせている。なにしろ《十三番目の魔王》を自称するほどの実力者であるからだ。
セラは冒険者組合には一切興味もないし、登録にも消極的であったが、強者との邂逅や情報収集には不可欠だとフリエスに押され、やむなく足を運んだという状況だ。
「まあ、東大陸にはなかった組織だしな。話のタネに覗くだけ覗いてみるか」
「そうですね。あっちにはこんなものできる要素がなかったですから」
二人の言う通り、東大陸には冒険者組合など存在していなかったのだ。
というのも、東大陸においては百年に及ぶ戦乱が続いていたので、悠長に冒険だのに人材を回す余裕などなかったのだ。また、各地の遺跡の管理や調査は魔術師組合が管轄しており、冒険者などという者が入り込む余地などなかったのだ。
逆に東大陸において活況を呈していたのが傭兵組合だ。傭兵団を独自に結成する場合もあるが、そうではない単身や少人数の傭兵は組合(ギルド)に所属し、仕事を斡旋してもらっていたのだ。戦場での戦闘行為はもちろんのこと、護衛や警護など、大陸中で戦が起こっていたのだから仕事にあぶれることはない。
むしろ、戦乱の終わった現在こそ、傭兵の失業対策が求められていたが、海運が盛んになったことで沿岸警備の仕事が増えたのでそれを回したり、あるいは今まで人手が足りなくて放置されていた場所への入植者兼屯田兵として派遣したりと、職にあぶれる者が出ないように組織を作り替えていった。
そんなわけで、冒険などというものはある程度の平和な状態にあるか、あるいは人手に余裕がある状態でこそ成り立つ商売と言えた。余裕がなければ、未開地へ旅立とうなどと考えれないからだ。
二人は門をくぐり、敷地内に足を踏み入れた。まず目についたのは簡易なものではあるが、訓練施設があったことだ。標的となる人形が並べられ、それに向かって剣や槍を繰り出している者が幾人もいた。年も若く、いかにも成り立てほやほやと言わんばかりの腕前といったところだ。
「あれでは小鬼すら仕留めれるのかどうか怪しいところだな」
などと、訓練風景を見ながら、セラは呟いた。やはり強そうなのが全然いないので、退屈の二文字が彼の頭の中を支配し始めていた。
フィーヨとしても同感で、あまり実りある出会いはなさそうだと考え、手続きだけでさっさと終わらせて帰ろうと、足を速めた。
建物の中に入ると、そこは酒場のような雰囲気の場所であった。入り口付近にカウンターがあり、受付係と思しき者が椅子に腰かけ、大あくびをかいていた。壁にある掲示板には組合からの広報のほかに、いくつかの仕事の依頼の張り出され、そして、伝言と思しき書き込みがあった。いくつか円卓や椅子が並べられ、その中の一つに数人のグループが集まり、地図を広げてなにやら作戦会議でも開いているようであった。
あとは、人もまばらで、受付係があくびをかいていることからも、暇なのだろう。
(これは期待できそうではありませんね)
明らかに空気が弛んでいる。弛んでいるということは、仕事もなければ、それに対する熱意もないということだ。フィーヨは皇帝在位中に、お忍びで傭兵組合の見学を行ったことがあるのだが、あそこは殺気と熱気が渦巻く緊張感のある空間で、今目の前に広がる光景とは真逆の空間であった。
もちろん、別系統の組織を同じ目線で眺めるのは無理があるが、それでも熱意を感じない職場というものは、どういうものであれ好ましく感じないのがフィーヨであった。
「受付係の方、よろしいでしょうか?」
フィーヨは寝ぼけ眼の受付係の男性に話しかけた。男は言葉の主に視線を向けると、この場には不釣り合いなほどの美女が目の前に立っており、眠気が一気に吹き飛んだ。
「こ、これは失礼を。今日はどういった御用でしょうか?」
どうやら、男はフィーヨの風貌から、仕事の依頼に来たお貴族様だと誤解したようであった。
「冒険者の登録に参りました。その前に、こちらの紹介状を渡すようにと」
フィーヨが差し出したのは、フロンの書いた紹介状であった。フロンは事前に面会予約をとってくれていたようで、すんなり話が進むようにと支部長宛の紹介文まで持たせてくれたのだ。
受付係は著名欄にフロンの名が記されているのに気付き、大慌てで奥の部屋へと駆けていった。フロンは東大陸との交流開始以降、その情報を得ようと度々冒険者組合に足を運んでいたので、彼を知っている者が多いのだ。しかも、この一ヶ月で肩書が“伯爵の弟”から“国王”に変わっており、その応対も最上のものへとなっていた。
当然、その新国王の紹介状を持って現れた二人組である。受付係がどうこうできる案件ではないので、支部長の下へ駆け込んだのだ。
程なくして、案内係が奥から戻ってきて、二人を応接室へと通した。二人は案内されるままに奥にある応接室に入ると、そこには一人の初老の男が出迎えてくれた。中々に偉丈夫な男で、現役は引退しているであろうが、それでも数々の修羅場を超えてきたであろう歴戦の戦士を雰囲気を漂わせていた。
「ようこそ、お二方。私は支部長のカミンと申します。フロンさ・・・、あ、いや、国王陛下から多少は事情を伺っております。どうぞ、そちらの方へ」
「急に肩書が変わってしまいましたからね。知己の方は大変でしょう」
「いやはや、まったく。こんなことになるなら、もう少し愛想よく媚びでも売っておくべきでしたな」
冗談を飛ばしあいながら、長机を挟んで対面で椅子に腰を降ろした。すぐに“葉の茶”が運ばれてきて、三人の前に置かれた。
「さて、では、早速ですが、本題に入りましょう。紹介文を見た限りでは、冒険者に登録をしておきたいとのことですが、それでよろしいでしょうか?」
「はい、その通りです。こちらは三人組でして、一人は魔術師組合の方へ行っています。で、我々二名が冒険者組合での登録というわけです。支部長へのお願いとして、できうる限りの高待遇で、という条件で頼みます」
「ふむ・・・」
カミンは顎に手を当てて、しばし考え込んだ。
「先に組合における階級分けについて説明しますと、新規に登録された場合、十等級から始まります。仕事をこなしていくと加点されていき、等級が上がっていく仕組みになっています。等級に合わせて受けれる仕事が変わってきたり、各地の支部や関連施設、提携している商店などでの割引率も等級ごとに設定されています」
「なるほど、そういう仕組みですか。ならば、十等級ではなく、できるだけ上の等級からの開始というわけにはいきませんか?」
「それができないのですよ」
そう言うと、カミンは懐から一枚の金属板を取り出した。支部長の身分証であるらしく、名前と階級が記載されているのが確認できた。
「これが組合員全員に新規登録時に配られる登録証兼実績表です。これは一種の魔術具でして、仕事の依頼を受けて、それを達成すると、この札に依頼終了の記録と加点の情報が入ります。情報は魔術師が〈魔力探知〉で調べるか、各地の支部に照会すれば確認ができます。つまり、依頼をこなしてないのに加点することは違法行為となります。違法な加点や情報の改竄は処罰の対象です。なので、どなたであろうとも十等級からの開始となるのです」
「それならば致し方ありません。ですが、あまりにも階級と実力に差が出てしまっている場合はどうなのでしょうか?」
フィーヨとしてはそこが不満であった。なにしろ、今ここにいるのは英雄と魔王である。最上位の等級でも不足かもしれない実力を持っているのだ。
先程見た掲示板には『小鬼がうろついてたので退治してください。推定5、6匹』という依頼が張り出されていた。これが九、十等級への依頼の内容だ。はっきり言って、働いている気分すらわかないほどの作業である。
「まあ、国王陛下からの紹介状をお持ちの方だ。実力は十分なのでしょうが・・・。ああ、一つだけ抜け道があるのですが、どうでしょうか?」
「お伺いしましょう」
「簡単です。私からの仕事の依頼を受けてください。内容は“訓練教官”です。要するに、先程ご覧になったでしょうが、冒険者に登録したばかりの新人らがおりますので、それを鍛える名目であなた方の実力を披露してもらおうというわけです。私も立ち合いますので、その内容によって依頼達成とし、加点するという形になります。私の出しうる加点ギリギリ限界まで出しますと、一気に七等級くらいまでなら上げれるはずです」
分かりやすく実技で判断する、ということだ。フィーヨとしては反対する理由もないし、なにより支部長がどうにかこうにかひねり出してきた譲歩案である。受けるという選択肢しかなかった。
「では、その話に乗りましょう。どの程度の技を見せればよいでしょうか? 小鬼の群れを蹴散らす程度ですか? 亡霊術師を消し去る程度ですか? 古竜を仕留める程度ですか? 魔王を退治する程度ですか?」
「いえ、ごく普通にしていただいてください」
フィーヨとしてはどれも実行可能な内容であったが、カミンな冗談だと受け取ったようで、笑って流されてしまった。
「では、私は訓練場の方へ行っていますので、受付の方で登録をしてください。名前の記入と簡単な手続きで登録できますので、終わったら表の訓練施設の方へ」
「わかりました。では、後ほど」
カミンは軽く会釈してから執務室を出ていき、フィーヨとセラもそれに続いて部屋を出た後、先程の受付まで戻っていった。カウンターのは先程の受付係がおり、すでに登録のための準備を進めているところであった。
「受付係の方、先程はどうもありがとうございました。支部長から許可が出ましたので、二人分の登録をお願いいたします」
「はい、伺っております。まずは、こちらの方にお名前や必要事項をお願いします」
受付係はフィーヨとセラに紙を渡し、名前やその他諸々を書くように促した。二人は置いてあった筆を執り、スラスラと書き込んだ。
「ちょっと待ってください」
受付係がセラの書いた書類を凝視し、戸惑いながら言い放った。
「何か問題か?」
「職業“魔王”てなんですか!?」
「書いたままだが、ダメなのか?」
無論、そんな職業は冒険者組合の登録職業の中にはない。組合も時代に対応するために、新しい職業が生み出されると、それで登録できるように何度も改正されてきたのだが、さすがに“魔王”と堂々と職業欄に書ける者は、今日この瞬間までいなかった。
「正直に書かないでください。拳術士にしてください」
「嘘をつくのは趣味ではないのだが」
セラは嘘をつかない。なぜなら、自分に正直に生きているからだ。嘘とは即ちまやかしであり、真っ向勝負を是とする心情であるため、その手の行動を嫌っているのだ。ただし、嘘はつかないが情報を秘匿することは頻繁にあったりする。
「まったく、支部長の指示がなきゃ叩き出してるぞ、こんな輩・・・。て、おい、なんで名前の中に魔王の名が二つも入っている!?」
「父方の祖母の名と、母方の祖父の名だ。それと、じきに二つではなく三つになるから、記念品としてその紙は貴重な品になることだろう。厳重に保管してろよ」
セラの言葉に呆れ返る受付係に対し、自称魔王は尊大に応じた。ちなみに、セラの書きこんだ名前は“セラ=モロパンティラ=ヴァゴドラク”となっており、それを見たフィーヨも驚いた。
「え、あなた、“真祖の魔女”と“毛皮職人”の血統なの!?」
「知らん。だが、血筋を遡っていけば、そのうちぶち当たるのではないか?」
「また、いい加減なことを・・・」
フィーヨはやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。受付係が呆れかえるのも無理なかった。
伝説の時代、世界を混乱に貶めた魔王は十二体いたとされ、それらはことごとく伝説の大盗賊トブ=ムドールによって封印されたとされる。モロパンティラとヴァゴドラクもその中に含まれる。
モロパンティラは“全ての吸血鬼の母”、“魔導を極めし闇夜の女王”、“真祖の魔女”などと呼ばれている吸血鬼の王である。魔王の中でも最強の魔術師と言われ、闇の支配者と恐れられていた。トブと伝説の大剣豪ヴィッチェロの手によって敗れ去り、その体を使っていくつもの術具が作られたと言われる。フィーヨの持つ神々の遺産《真祖の心臓》もそのうちの一つだ。
ヴァゴドラクは“野獣王”、“百の顔を持つ獣”、“毛皮職人”と呼ばれる獣人族の始祖とも言われる存在だ。血肉を食らうとそれに変身でき、同時に桁外れの身体能力があり、腕の一振りで山が裂けたと伝説では謡われている。姿形の変わる魔王の本当の姿を見た者は、この魔王を退治したトブと森の妖精の始祖と言われるレイオスだけと言われる。ちなみに、この魔王を倒した相手の血肉を食らい力を増していくが、頭部だけは決して食さず、丁寧に皮をはいで住処に飾っていたと伝説には残っている。そうした皮剥ぎの収集家ぶりが“毛皮職人”と言われる所以である。
セラは人族、人狼族、吸血鬼の三種族混血児であるので、この二体の魔王と繋がっていても不思議ではない。もっとも、そんなことを言い出したら、人族全てはトブの子孫となるので、さしたる意味はないであろうが。
「まったく、冒険者は本名でなくても登録できるからいいですけど、魔王の名をつけるなんて聞いたことないですよ」
「ほう。では、おかしな名前を付ける奴もいると?」
「明らかな偽名ならばいくらでもいますが、ひどいのになると、自分で考えた二つ名を載せる人までいますよ。登録に来る新人冒険者なんて、だいたい十四、五歳ですから、勢いで書き込んで、数年後に恥ずかしい目に合うのが見えているというのに」
などとぼやきつつ、セラの書類を受理した。次にフィーヨの書類も受け取ったが、内容を確認する受付係の手が再び止まった。フィーヨから受け取った書類を凝視し、書類とフィーヨを交互に見やった。
「なあ、あんた、西部の出身かい?」
「いいえ、東の出身ですが、なにか?」
東どころか、東大陸からの渡来者である。フィーヨはなにが問題なのか分からなかった。
「なら、別人か。見た目も違うし、なにより五十年は昔の話だ」
なにやら意味深な発言をしつつ、受付係はフィーヨの書類を受理した。ちなみにフィーヨが書き込んだ名前は“フィーヨ=スラムドリン"である。本来ならこれの後に“ドゥ=スヴァニル"が付くのだが、皇帝を辞めたので帝国の尊称を使って冒険者登録するのをはばかったのである。
「では、これで登録完了です。本来は登録料ということで一人につき銀貨十枚をいただくところですが、支部長より免除せよと指示が出ておりますので、そちらは結構です。身分証は少し時間がかかりますのでお待ちください」
そういうと、受付係は書類を持ち、置くお部屋へと言ってしまった。
「では、“訓練教官”とやらをこなしに行くとするか」
「ですわね。セラ、一応釘を刺しておきますが、あまり新人冒険者が腰を抜かすようなことはしないでくださいね。そのまま冒険者辞めますなんてなったら、支部長の顔を潰しかねません」
「なあに、そこらの道端でひょっこり魔王と遭遇したときの心得くらいは教えておくことにするぞ」
冗談なのか本気なのか判断に悩む言葉を交わしながら、二人は表にある訓練場へと向かっていった。
~ 次話に続く ~




