第二話 『酒造国』レウマ王国
暗い山林をかき分け、道なき道を進む中、湧き水を見つけ、その側で再び野宿の準備に取り掛かった。といっても、焚火を囲み、湧き水でのどを潤すだけであったが。
移動の際、フロンは三人をよく観察したが、やはり伝説の英雄に自称魔王は格が違った。一応、追っ手に警戒して明かりもなしに進むのだが、まるで見えているかのように進んでいく。先頭はセラで、女性二人が中、後ろにフロンという順番だ。セラが歩きやすそうな場所を歩き、その後ろの二人がある程度踏み固め、それをフロンが後追いする。
一応、契約を結んでフロンが雇い主ということにはなっているが、女性に先導されるのはなんとも言い難い複雑な心境であった。フロンは領地経営のため学問を収めると同時に、治安維持のために各地を巡察し、問題があればそれを解決してきた。当然、解決の一手段として力の行使も考えており、武芸の鍛錬も怠ったこともない。自分でも割と優秀だと自負していたが、ここ数日の出来事はフロンの自信を喪失させるのに十分すぎた。
謀反を未然に防げなかったこと、兄をむざむざ殺されてしまったこと、配下の者達を犠牲にして逃げ出してしまったこと、追っ手を倒したのも女子供というありさま。
「まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないわよ。前向きに生きていきましょう」
そう言うと、フリエスは焚火であぶっていたキノコをフロンに差し出す。セラが道すがら回収していたささやかな食材だ。図鑑を見た時の記憶からそのキノコは食用であったと思われるが、念のためにフィーヨは毒消しの浄化を行い、それから食べることにした。
水にキノコ、貴族の晩餐としてはささやかに過ぎるが、色々とあった最近のことを思い浮かべると、フロンにとっては何よりの御馳走だ。それに、孤独な逃避行であったが、今は目の前の三人組がいてくれる。もちろん、あくまで契約内での話だが、一人でいるよりかはずっと良い。
「手紙のことは悔やめ」
「アーアー、聞こえなぁ~い。あたしは前向きに生きる」
セラの突っ込みに、フリエスはそっぽを向いてごまかした。年齢のことさえ聞いてなければ、兄と妹の和ましい喧嘩と見えなくもないが、英雄と自称魔王の会話である。
「あれは必要な犠牲だったの。いい? 分かった?」
「簡単に回避できる損害は“犠牲”とは言わん。“浪費”と言うのだ。まして預かっていた宅配物だ。お前の言い分は論外にも程がある」
「ぐぬぬ・・・」
セラに正論を吐かれて、何も言い返せないフリエスは頬を膨らませてセラを睨んだ。セラは子供じみた態度をとるフリエスを鼻で笑い、フリエスはさらに機嫌を悪くした。
「ねえねえ、フィーヨさん、こいつ魔王を称してる癖に正論なんか吐いちゃってますよ」
「まあ、あれですね。アホな女神には正論で殴り飛ばした方が効果的だ、ってことでしょう。魔王は相手の嫌がることをしますから」
フィーヨがクスリと笑い、フリエスは口を尖らせて不機嫌ぶりを見せつけた。
「フィーヨさんひどいです。私、アホじゃないし」
「さて、どうでしょうか。ああ、先程の言葉はセラの心中を音声化しただけですから、異議申し立てはそちらの方に」
「むう・・・」
フリエスの甘えにフィーヨは突き放して応じた。フリエスは拗ねてしまい、指で地面をいじり始めた。
「二人ともひどい・・・。私が何したって言うのよ」
「「手紙を燃やした」」
反論の余地のない一言。二人そろって親指を立てながら言い放ち、フリエスは益々いじけてしまった。ぐるっと体を動かして背を向けてしまい、しつこく地面を指でいじくりまわした。
「仲が随分とよろしいようで。羨ましい限りです」
フロンは他愛無い三人のやり取りを見て素直にそう思った。フロンは領主の弟として領地を走り回ってきて、それなりに慕われているという実感はある。しかし、部下や領民とはどうしても自分が統治者側ということで身分の壁があるし、領主である兄は当然目上ということになる。対等な仲良し、という存在がいなかった。
例外として、かつて通っていた塾での学生生活で、師の下で身分の隔たりなく机を並べて学んだ時くらいだ。
「さて、女神様も多少は反省しているみたいですし、話を始めましょうか。フロンさん、事情の説明をお願いします」
フィーヨに促され、フロンは自分や国のことを語りだす。
フロンが仕えているレウマ国は『酒造国』の異名で呼ばれるほど葡萄酒の産地として名高く、それによって栄えてきた。と言ってもかつては定まった国があるわけでもなく、レウマ地方は周辺国の政治的な駆け引きの道具となってきた不遇な歴史の場所でもあった。そんな中、五十年ほど前についに独立国家として独自の道を歩みだすこととなった。
きっかけは酒税の大幅な値上げであった。これに激怒したレウマ地方の酒蔵主や商人、農民が蜂起、たちまち大規模な一揆へと発展した。当然、一揆鎮圧のために軍が派遣されたが、一揆勢は「やれるもんならやってみろ。酒蔵を破壊し、葡萄の木も全部引っこ抜いて、ここを不毛の地にしてやる。そして、それをお前らがやったと大陸中に喧伝してやる」と自爆覚悟の脅しをかけたのだ。
が、これが意外なほど効いたのだ。なにしろ、大陸一の美酒とも歌われる葡萄酒の産地が失われ、その汚名を着せられるかもしれないと、二の足を踏ませたのだ。
その後は酒造組合、商人組合、農民互助会が団結して方々の国々に交渉して回り、葡萄酒の上納を条件に大幅な自治権を認めさせ、そのままなし崩し的に国へと変じた。
国となったレウマ地方は十四の地区に分割された。元々いた地域の顔役的な地主がそのまま十二の伯爵となり、そこの管理運営を任された。さらに王の直轄地と商人組合が管理する商業区画が設けられた。
伯爵は各地の管理を行い、農民互助会と協力して葡萄を収穫し、酒造組合が葡萄酒の醸造を手掛け、商人組合がそれを他国に輸出して利益を得る。そして、国王がそれらのまとめ役となる。これがこの国のおおよその内情であった。
ちなみに、国王は世襲ではなく、十二ある伯爵家の輪番制となっている。
「なんとも奇妙な国家体制ね。輪番制の王権なんて初めて聞いたわ」
フリエスが率直な感想を述べる。フリエスが東大陸において住んでいた場所は王制国家で、男子優先式世襲制が当たり前であった。フィーヨも皇帝として帝位にあったが、兄が早死にしてしまい後継の男子が一人もいなかったので、女帝の誕生となった。
他にも選挙が導入された共和制国家もあったが、大半は世襲である。小さな町や村では立候補者からくじで選ぶ所もあったが、どっちにしろ圧倒的少数派だ。
(と言っても、白鳥の躍進第一歩もくじで選ばれた村長なんだけどね)
手紙の件はほんとごめんなさい、とフリエスは心の中で謝った。
「でも、輪番制だと、候補者が十二家いるんじゃ、なかなか回ってこないのでは?」
フリエスの疑問は最もであった。順番に王位を回すという変わった制度ではあるが、それだけ候補者がいれば、なかなか回ってこないのは必然だ。それに、まかり間違っても王様である。地位に関わる利権も存在しよう。こうした地位とそれに伴う利権は揉め事の温床であり、争いごとの発起点は往々にしてこういうところから出てくるのが常だ。
「そろそろ一巡しますよ」
「建国五十年で十二家の候補いるのに一巡? 四年くらいで交代しちゃうの?」
「なんというか、ゲン担ぎが盛んとでも申しましょうか。不作だの天候不良だの、悪いことが起こるとすぐに、仕切り直しだとか言って王様を変えてしまうです。元々、玉座に頓着しないので。王様の仕事も対外交渉が主で、酒樽担いであちこちの国に出かけては頭下げて、本年もよろしくお願いします、ですからな。ようは面倒くさい、ということです」
フロンの言葉にフィーヨは何度も頷く。自身も皇帝として日々の雑務に追われる日々にうんざりすることもあった。これなら戦場で好き放題暴れまわってる方がどれだけ頭使わなくていいか、と。
「ですが、一つだけ、有益な特権が王に付与されています。王の直轄地として『金の成る畑』の使用権があります。まあ、王の仕事の経費をこれで賄えってことで、建国時に決まったそうなのですが」
「『金の成る畑』? なかなかそそられる名前の畑ね」
フリエスは興味津々とばかりに瞳を輝かせ、話を急かす。本当に金ができる畑であるならば、是非にも拝んでおきたいと思った。
「『金の成る畑』とはレウマ地方の葡萄酒作り発祥の地とされる場所です。はるか数百年昔から存在し、決して枯れることのない悠久の葡萄の木々があります。周囲が不作の時であっても毎年豊作で、しかもそこの畑で採れた葡萄で酒を造ると極上の味わい深い酒になるのです。かつては、そこの酒を巡って戦になったことすらあったとか」
「お酒巡って戦争とか馬鹿じゃないの?」
「一樽の最低価格が金貨五百枚だとしてもですか?」
値段を聞いて、フリエスは絶句した。一樽なら酒瓶で二百本くらいは作れる。つまり一本で金貨二、三枚、今まで見聞きした酒では格段に高い酒だ。そこまでの価値で取引されているなら、奪い合いで戦にもなるし、高価な貢物としての価値もある。先程の話に出てきた『葡萄畑を潰す』という文言に脅しや交渉の材料にもなるというものだ。
「美味しいだけではありませんよ。病気の者に飲ませると元気になったとか、老いで衰えた者に飲ませたら杖いらずになったとか、失われた毛髪が再び生えてきたとか、それはもう各所で大人気でして」
「それ本当にただの酒? もはや霊薬酒と呼べる次元よ」
フリエスは効能の話には驚いたが、それが本当なら高額で取引されているのも納得であった。いくら金を積んでも惜しくはない酒だ。
フリエスは父親の持つ工房で霊薬酒を作ったことがあった。材料や精製するための魔力量などによって効能は千差万別であるが、とにかく時間がかかって面倒くさい。それが通常の酒造りで同等の物が出来上がるというのであれば、画期的と言わざるを得ない。魔術師ならば興味を惹かれない方がおかしい次元の話だ。
「レウマ地方が葡萄作りに懸命なのも、第二の『金の成る畑』を作れ、という目標を先祖代々続けてきたからです。未だに達成できていないのはなんとも悔しいものですが」
「なら、謀反だなんだとか言ってたのは、その畑が目的ではないか? それだけの富をもたらす場所なら、手荒な真似をしてでも手に入れる輩がいてもおかしくない」
セラの意見に全員が頷く。それが一番わかりやすい理由であったからだ。
フリエスも実際、先程の話が本当ならばぜひとも欲しいと思っている。霊薬酒が作り放題の畑など、欲しがらない方がおかしい。
「ご意見はごもっとも。誰が企んだにせよ、この国を乗っ取られてたまるものか」
「意気込みは結構ですね。まあ、こちらもあなたに雇われているわけですし、微力を尽くしましょう。では、次に謀反の経緯を話してもらいましょうかしら。でも、その前に」
フィーヨは両手を広げ、フロンに向けた。そして、神への祈りを捧げる。
「偉大なる軍神よ、我は汝の忠実なる信徒なり。汝の持つ千里彼方を見つめる真実の眼と、声なき声を聴き分ける魔法の耳を授けたまえ」
神への祈りは届いたのか、フィーヨの体へ何かがドンっとのしかかり、少し遅れて目と耳がほんのり熱を帯び始めた。
「〈真実看破〉ですか。しかも、堂々と使っているところを見せつけ、雇い主に対して牽制するとは」
「可能性の一つとして、一連の謀反の話があなたの作り話やお芝居では、というのもありますのでね。無礼を承知で使わせていただきました」
術式による聴取を受けるのは確かに屈辱的ではあるが、フロンはそれを容認した。嘘をつくつもりなど最初からないし、それによって目の前の英雄達を味方に完全に引き入れれるならどうということはない、と判断したからだ。
「事の起こりは、一週間前から始まった会議になります」
フロンは苦々しい記憶を呼び起こし、三人に説明していった。
レウマ国では年に一度、十二伯爵家とその領内の農民互助会の代表者、さらに酒造組合の代表者、商人組合の代表者が一堂に会し、会議を行うこととなっていた。議場は《金の成る畑》の傍に設けられ、そこの管理者たる国王が議長役を務め、今後の方針はこの会議でおおよそ決定するというのが、長年の慣習となっていた。
そして、会議において、警護や給仕の差配は輪番制によって次の国王となる伯爵家が担当することになっていた。議題に国王の交代の話が出ることもあるので、もし交代となった場合は即位の儀式を執り行わなければならなかった。そのため、準備のために新国王の手勢を揃えておいた方がいいからと、これも前々から習慣化していた。
そして、フロンの所属するトゥーレグ伯爵家が次の国王の番であった。そのため、フロンは兄である伯爵家当主のコレチェロとともに会議に参加していた。コレチェロは伯爵家の当主として会議に出席し、フロンはその補佐として、警備や給仕の差配を滞りなくこなしていた。
今年の会議の議題は特にこれといった問題もなく、各地の葡萄や酒造の出来栄えの話題ばかりとなった。そうなると、利き酒と称して葡萄酒を皆で飲み、会議がいつの間にか宴会へと様変わりしていった。これもお約束的な出来事だ。
こうなると、酒と料理の手配の方が忙しくなるので、フロンは警備の方は自家の兵士長たるベルネに任せ、自身は会場、酒蔵、調理場を忙しなく行き来した。
そして、事態は激変する。会場となる城館に轟音が鳴り響き、館全体が震えた。何事かとフロンは宴会場と化した会議室に飛び込んだ。舞い上がった粉塵が収まり、視界が開けてくると、壁に大穴が空き、そこには人間の倍近い大きさの鉄の巨人が立っていた。また、穴の箇所から最も近かったコレチェロが仮面をつけた剣士にすでに刺殺されていた。
フロンは倒れた兄に駆け寄ろうとしたが、鉄の巨人が暴れまわって次々と列席者を潰して回り、仮面の剣士も巨人の攻撃に巻き込まれないように注意しながら、会場にいた者を次々と切り伏せていった。
恐慌状態の列席者が我先にと扉に殺到し、フロンもその人波に押されて会議場の外へと押し出された。そして、廊下の窓から外をみると、外でも鉄の巨人が数体暴れているのを確認できた。
バラバラに戦っては各個撃破されるだけだと判断したフロンは、兵士の詰め所に急いだが、ここでも意外な状況が展開されていた。頭巾を被った一団が逃げ出してきた列席者を次々と殺害していたのだ。それらに指示を出していた者は、顔こそ頭巾で隠していたが、動きや体格からベルネであることはすぐに分かった。
特に痛かったのは、ベルネの寝返りによって指揮系統が崩壊したこと。そして、真っ先に駐留していた魔術師が全員殺されてしまったことだ。並の兵士と魔術師では魔術師の方が強いのだが、不意を突かれて術を行使する前に殺されてしまったのだ。
勝ち目がないことを悟ったフロンは、生き残った列席者を逃がすために奮戦し、その後どうにか囲みを破って落ち延びた。
そして、飲まず食わずの二日間に及ぶ逃避行の末、三人組と邂逅することとなった。
「・・・とまあ、こういった感じです」
「ふむふむ、嘘はありませんね。見たままを話した、ということで間違いありません」
フロンが一通り話し終えた後、フィーヨが他二人にそう告げた。神の目と耳の判断では、フロンは完全に白。嘘は一切ついていないことが確認された。少なくとも、見たままの事をそのまま口から出したのだ。
「随分と大がかりね。聞いた分だと、金属製のゴーレム軍団か~。魔力で動く巨大な人型の魔術兵器、並の兵士じゃ対応できないわね。いきなり現れたとなると、〈瞬間移動〉で飛ばしてきたか、もしくは〈隠形〉で姿を消して近づいてきたか、ね。数を揃えたゴーレムといい、相当な腕前の魔術師がいないと成立しないわ、この奇襲は」
「あと、警備担当者を寝返らせておく事前準備の周到さ。さらに、初手で魔術師を皆殺しにした手際の良さ。見事なもんだな。切れ者だぞ、計画者は」
フリエスもセラもフロンの話を分析し、素直に感心した。同時に、厄介な相手と戦うことになりそうだとも確信した。
「ああ、それともう一つ。ゴーレムに奇妙な点が」
「奇妙なことって?」
「体のどこにも魔術文字がなかったことだ」
ゴーレムは魔力を付与され、命令された範囲内で自動的に動くのが一般的だ。そのため、魔力を込めるために、体のどこかに魔術文字を打ち込んだり、あるいは魔法陣も用いたり、呪符を張り付けたりする。そして、その魔力を定着させる印字が失われると、体を維持できなくなって崩壊するのだ。
しかし、フロンが今回遭遇した鉄のゴーレムは、それに該当するものがなかったのだ。
「一撃一撃は重かったですが、動きはそこまで早くなかったので、懐に飛び込んで攻撃をかわしながら印字を探してみたのですが、胴体、背中、腕、足、そして頭、どこにもそれらしい物がなかった」
「へぇ~、ゴーレムへの対処法もしっかり知ってるなんてね」
フリエスは素直に感心した。戦士は体を鍛えはするが、頭の方まで鍛えているのはかなり少ない。戦闘集団を組んだ場合、頭脳担当は全体を見渡せる後衛の者が担当することが多い。前衛が脳筋であっても、後衛がしっかりと必要な時に助言を飛ばせばよいからだ。
だが、戦士単独での戦闘だとそうはいかない。いかに腕利きだろうが、敵の策や術中に陥るのは目に見えている。
魔術の類が使えなくても、魔術的な知識の有無は大きい。相手がどう仕掛けてくるか、どう対処すればよいか、分かっていれば反応が速くなる。
分かっていることだが、そこまで頭の回る前衛というのも、意外なほど少ないのだ。
「学問の師が魔術師だったものでね。『たとえ魔術が使えなくても、知識としては持っておけ。魔術師と戦うに際して、魔術の知識の有無で対処に差が出る』と」
「いい先生に恵まれたね。腕のいい戦士は、武芸だけじゃなくて、そうした色々な知識も必要よ」
フリエスは父に鍛えられた日々を思い出す。父からは魔術のみならず、ありとあらゆる知識を授けられた。『お金と知識は間違ったものでなければ、あるだけあっても困ることはない』というのが持論の人であった。そんな父に鍛え上げられたので、フリエスは専門外のことにも結構博識であった。
「そうなると、術具内蔵型のゴーレムね」
「ふむ・・・。それはいかなる物なのでしょうか?」
「通常、ゴーレムはフロンさんの言った通り、魔術文字や呪符で動きます。正確には、刻印から周囲に漂う魔力を吸い込み、それを動力として半永久的に稼働します。なので、刻印を損傷させると体を維持できなくなり、崩落します。・・・で、内蔵型というのは、刻印と動力源となる魔力媒体を内側に埋め込みます。魔力源を内蔵しているので、定期的に魔力を補充しないといけませんが、通常の対処ができないので、初見では苦労しますね」
フリエスの説明を聞き、フロンは冷や汗をかいた。ゴーレムへの対処を誤り、危うく死にかけたということだ。警備担当でありながら多くの人を死なせてしまったことも重くのしかかる。もう少しやりようがあったのではと無念の思いが強くなっていく。
「まあ、初手で魔術師全滅させらてたんじゃ仕方ないわよ。内蔵式のゴーレムは内側にある“核”を破壊する必要があるけど、金属製の体なら破城槌でもないと壊すのは無理。そうなると、魔術師が〈命令解除〉で強制停止させないとダメ」
「ベルネが魔術師らを優先的に殺したのはそれか・・・。奇襲、そして、対処できる手札がことごとく潰された」
「そ。これは相当練られた作戦よね。聞く限りの状況では、対処しようがない」
だから気負う必要はない、とフリエスはフロンを慰めた。フロンも冷静に思い返すと自分の力量不足ではないのは理解できるのだが、それでも兄コレチェロと国家の重鎮の多くを失う結果になったことは、警備を行っていた自分の責となる。まして、警備していた自家の兵が謀反に加担していたとなればなおさらだ。
「ま、それはそれとして、問題は誰が仕組んだか、だろ? これだけの大事を起こして、誰が得をするのか、利を得るのか、犯人の姿はそこにある」
セラの言葉に、フロンは思考を巡らせた。
まず、真っ先に思い浮かぶのは、十二伯爵家のどれかだということだ。他の伯爵家を潰し、レウマ国の利権を独占しようとする企てだ。思い当たる理由としては、これが一番説明がつけやすいと言える。
とはいえ、誰か、という特定はできない。殺された兄と、さらにゴーレムの剛腕で潰された者が幾人かいたのは覚えているが、誰が死んで誰が生き残っているのか、現段階では分からないからだ。
次に考えられるのは、周辺国のどこかだということだ。レウマ国上層部を殲滅し、国ごと飲み込んでしまおうということだ。ただ、これは可能性は低いと、フロンは見ていた。レウマ国はすべての周辺国と友好的な関係を保っており、もしその内の一国が抜け駆けしようものなら、その他の国々と敵対することになる。いくら大陸屈指の名酒の産地とはいえ、そこまでして手に入れるか、となると疑問の残ることだ。
「やはり、十二伯爵家の誰か、と考えるの自然でしょうが、どうもしっくりきません。なにしろ、自分も含めて、よい葡萄作りや酒造りにしか興味のない面々なので」
つまり、犯人像が浮かばない、とフロンは三人に告げた。
どのみち、慌てて落ち延びて、そのままひたすら山野をかき分けての逃避行だ。色々と判断するには、情報が少なすぎた。
「あと、気になるのは、ええとベルネでしたか、先程の隊長。あのとき、フロンさんを生け捕りにしろと指示を出していましたわね。つまり、敵方の頭はあなたに生きていてもらわないと困る、ということでしょう。その点でも心当たりは?」
フィーヨの指摘を受け、フロンは再び思考する。
自分の身を案じてくれるというのであれば、真っ先に思い浮かぶのは兄コレチェロだ。もし、兄が犯人だとすれば、ベルネの行動も納得できる。ただ単に主君の命に従っただけだからだ。
だが、兄は仮面の剣士に刺殺されているのを目撃していた。思い出したくもない光景だが、ゴーレムが巻き上げたであろう粉塵がまだ収まりきらぬ宴会場で、仮面をつけた剣士がその手に持つ得物で兄の体を貫いていたのだ。あれでは生きてはいないと、フロンはやるせない気持ちを拳に乗せて地面を叩いた。
そう考えると、やはりわからない、としか答えようがなかった。
「結局のところ、情報不足としか言いようのない状況です」
フロンにとってはため息しか出ない状況であった。
「なら、これから行くあてはあるの?」
「私の学問の師であるアルコ師の下に行こうかと考えています。かつては宮廷魔術師を務めてましたが、今は隠居して僻地の村で薬草採取をしながらのんびり過ごされています」
フロンの説明によると、アルコは国一番の魔術師にして賢者であり、国王は次々と代わるこの国において、その歴代の王から絶大な信頼を得ていた。誰からも助言を頼まれるご意見番として重用され、長らく宮廷魔術師を続けてきた。また、《金の成る畑》の傍で私塾を開き、伯爵家の子息から一般庶民に至るまで分け隔たりなく学問を教えてきた。そのため、多くの国民から尊敬されており、老齢を理由に引退を表明したときは誰からも惜しまれたほどだ。
「特に、師が十数年前に考案された蒸留酒は凄いの一言です。今まで作っていた葡萄酒とは違って喉が焼けるほどに強烈で、癖になる者が続出してしまいましてな。今では新たな名物品として、量産化を進めているところです」
「蒸留酒ねえ。東大陸だと当たり前のようにあるけど、西大陸だと物ができてたったの十数年しかたってないんだ。面白いわね!」
東西の大陸が分断され、往来がなくなって数百年が経っていた。その間、独自の進歩を続けていた。それゆえに、どちらかにあって、もう片方にはない、そんな技術等があっても不思議ではない。
「おお、東大陸にはすでに蒸留酒があるのですか! 交換して飲み比べでもしたいものですな。それにしても、師はやはり偉大だ。こちらの大陸で先駆けて蒸留酒を考案されるとは! 他にも師が考案された物がありましてね・・・」
などと、フロンがにこやかに語り、矢継ぎ早に師の偉大さを褒めたたえた。余程、慕っているのだろうという思いが、誰にでも伝わってくるほどだ。
「なるほど。で、そのお師匠さんに知恵を借りに行こうというわけね」
「はい。すでに引退された身ではありますが、その知性に衰えを感じさせません。半年ほど前に兄と一緒に師の下へ訪れた際も、夜通し語らったものです。もっとも、私は途中で師がとっておきだと勧めてきた蒸留酒に潰されてしまいましたが」
フロンの楽しそうな思い出語りに、フリエスも惹かれ始めた。ともかく優先して会うべき人物だと認識した。
「それで、その方はどちらに?」
「国外れの山の中にある小さな村におりますよ。なんでも、師の故郷だとか。街道が使えればここから一日ほどで着けるのですが、このまま山林を抜けていくとなりますと、距離的には近くなりますが、二日はかかると思います」
「なるほど。そうなると、先回りされる恐れがあるわね」
フリエスの指摘にフロンはハッとなった。よくよく考えてみれば、国中に名声を轟かせる賢者にして魔術師である。誰が騒動を起こしたにせよ、師を捨ておくとは思えない。自分の逃げ道から師の下へ走っていることも分かるであろうし、先回りして捕らえるなり、あるいは罠を張って自分を待ち伏せることも考えられた。
「・・・最悪、山村で一合戦となりかねませんね。まあ、殺してもいいのでしたら、百人程度の兵卒ならどうとでもなりますが」
フィーヨは問題なしと言い放つが、フロンとしてはなるべく避けたい状況であった。結局殺すことになってしまったが、ベルネにしろ追手の兵士達にしろ元々は自分の部下であるし、同国の人である。甘いと分かっていても、なるべく穏便に済ませたいという思いは強かった。
「まあ、師のことですからむざむざ捕まるようなことはないとは思いますが、できれば犠牲なしで済ませたいものです」
「それはあくまで理想ですが、決断するべき時に決断できなくては犠牲を増やすだけですわよ。私もそれで随分と苦労しましたわ」
フィーヨはかつての苦い経験を思い出す。直系皇族が自分一人しかいなかったとはいえ、偉大過ぎた兄の跡目をいきなり継ぐことになり、皇帝としてしっかりと差配できるようになるまで随分と側近達に迷惑をかけたものだ。頑張りが猪突となって危機に陥ったこともあれば、迷っている間に事態が悪化して苦境に立たされることもあった。今から思えば、よくもあの戦乱を生き残れたものだと身震いする思いだ。
「・・・いざともなれば、知人縁者でも切り捨てろと?」
「ええ。謀反人なら、容赦の必要もないでしょう。すでに、幾人も殺されているのですから。覚悟がなければ、この先命がいくらあっても足りませんし、誰もついてはきませんよ。上に立つ者が堂々たる態度で臨むからこそ、下々も安心してついてくるのですから」
元皇帝からの重い言葉。フロンとしてはまだ煮え切らない思いもあったが、これからはそんあ態度は微塵も見せるべきではないと奮い立った。
「んじゃま、さっさと寝て、体力を回復させましょう。日が昇るまでまだ時間もあるしね。セラ、周囲を警戒しといてね」
そう言うなり、フリエスはゴロンと横になり、寝入ってしまった。フィーヨもそれに倣い、木を背中に預けて目をつむった。
「セラ殿は本当によろしいので?」
「ああ。お前もこの数日気を張り詰めっぱなしで、まともに休んでないだろ。さっさと眠った方がいい。色々とあって日が昇るまでそう長くはないが、少しは眠っておいた方がいい。俺は“今日”は眠る必要がない。“明日”は必要かもしれんがな」
とても魔王を自称する者とは思えない優しい言葉に、フロンは妙な感覚に襲われた。また、なんとも意味深な言葉が含まれていたが、フロンは詮索もせずに横になった。この数日緊張尽くして休む間もなく、体も心も限界が来ていたのだ。
横になった途端に猛烈な睡魔に襲われた。緊張の糸が緩み、今まで溜まっていた眠気が解放されたからだ。
こうして、フロンと旅する三人組の出会いとなった一夜目が過ぎ去っていったが、事件の解決は遠く、暗闇に染まる夜のごとく、その先はまだ見えない。
~ 第三話に続く ~