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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第一章  雷神娘と黒鉄の人形
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第二十八話 新月の夜 かつての英雄達

 バカバカしいやり取りが続く中、東大陸側で動きがあった。画面に映っていたトゥルマースが押しのけられ、代わりに巨大な白い竜の顔が画面いっぱいに映りだしたのだ。


「二人だけ楽しむのはズルいのだ~。あちきも混ぜるのだ~」


 大きいが気の抜けた声。目の前の白竜からの声だ。それは完全に会話の流れをぶった切る声となり、フリエスは心の中で万歳した。


「デカいわね、ヴァニラ。お久しぶり」


「おお、フリフリなのだ~。本当に会話できるのだ~。凄いのだ~」


 フリエスにとっては久方ぶりの元相棒との再会であった。長らく旅をしてきた者同士、話は尽きないものであったが、相変わらずの空気の読まなさっぷりに、今は感謝した。


「それよか、ヴァニラ、あんた大きくなってない?」


「皮がむけて、大人の階段を上ったのだ~」


「言い方に気を付けて。誤解されるから。せめて脱皮と言いなさい、脱皮と」


 竜にとっての成長とは、脱皮をすることと同義であった。卵から孵ると幼竜(ドラゴンパピー)となり、そこから脱皮する度に大きくなっていき、小竜(レッサードラゴン)成竜(ドラゴン)老竜(エルダードラゴン)古竜(エンシェントドラゴン)となっていく。幼竜(ドラゴンパピー)小竜(レッサードラゴン)の時は獣程度の知性しかなく、親以外の言うことを聞かず、勝手気ままに過ごすのだが、成竜(ドラゴン)以後は高度な知能を得て会話はもちろん、魔術の行使すら可能になってくる。

 鉄よりも固い鱗で覆われ、翼で大空を飛び、炎を浴びせ、魔術まで使用する。成長し老成した竜を相手にすることは死と同義で、腕利きの冒険者が束になっても相手にすることができなくなる。それゆえに“竜殺しドラゴンスレイヤー”の称号は英雄にのみ許された最高の栄誉となるのだ。

 脱皮の期間も長く、早くても五十年、長ければ百年、二百年は優に超える。竜の成長は人間に比べてあまりにも遅いのだ。

 そして、目の前の白竜は特別であった。なにしろ、小竜(レッサードラゴン)になった段階で会話どころか高度な魔術すら行使できるようになり、さすがは竜王の実子だと竜の社会で大いに話題になったほどであった。

 竜王に大切に育てられすぎたため外の世界を知らずにいたが、ルイングラムとの出会いがすべてを変えた。竜王の許可を得て彼に自身への騎乗を許し、大戦中は大陸各所の戦場を所狭しと暴れ回ったのだ。《天空の騎士(スカイ・ワン)》と《白鱗の竜姫(ホワイトプリンセス)》の組み合わせは、その片割れが失われようとも今なお人々の記憶の中に鮮明に残っていた。

 大戦後はしばらく大人しくしていたが、フリエスが久方ぶりに会いに来た際に竜王に内緒で抜け出し、一緒に方々を旅して回った。特にこれと言った目的があったわけでない気楽な旅路であり、たまに妙な事件に巻き込まれたりはしたが、神と竜の旅はそれぞれに見聞を広げる結果にも繋がり、今でもその思い出は色あせてはいない。


「脱皮したってことは、強くなったのかな?」


「おお~、強くなったのだ~。〈竜気光線(ドラゴンレーザーブレス)〉を一人で撃てるようになったのだ~」


 どんなもんだと言わんばかりに鼻を鳴らし、ドヤ顔を見せつけてきた。だが、それはフリエスにとっては朗報であった。先頃のネイロウとの戦いにおいてルイングラムが使用した技が〈竜気光線(ドラゴンレーザーブレス)〉だ。体内で魔力を圧縮し、口から打ち出す竜族の必殺技だ。竜の膨大な魔力を圧縮したその力は、直撃すれば山をも吹き飛ばすほどの威力がある。それだけに老竜(エルダードラゴン)でも使える者が限られており、それを成竜(ドラゴン)の段階で使用できるということは、やはりこの白竜が竜族の中でも特に優秀であることの証左であった。

 この白竜を呼び込んで戦力に加えようと考えていたので、半年会わないうちに脱皮による成長を行っていると知れたのは朗報であった。


「ヴァニラ、あんたにはこっちの大陸で暴れてもらうことになるわよ。次の便でこっちに渡って来てほしい」


 西大陸への渡海の際、フリエスはヴァニラを厄介者扱いしていた。とにかく、自重を知らず、強烈な知識欲や好奇心を満たすために後先考えずに動き回る癖があった。そのため、西大陸でいらぬ騒動を起こさないようにと、この白竜を置いてきてしまったのだ。

 そもそも、白鳥の依頼で手紙を届けるのが当初の目的であり、そういう意味では厄介事を拾ってきそうなヴァニラは不要であった。

 それが安定性を第一に考えて渡海したというのに、完全に裏目にでてしまったのがネイロウとの再会であった。もし、ヴァニラを連れてきていれば、黒鉄(くろがね)のゴーレム程度ならさしたる労なく倒せたはずだ。


「了解なのだ~。またフリフリと旅できるのは嬉しいのだ~」


 ヴァニラは嬉しそうに首を縦に振り、画面外に引っ込んでいった。代わりにまた顔を出してきたのはヘルヴォリンであった。


「フリエス、白竜の援護を求めるということは、厄介事でも起こったな?」


「ええ、そりゃあもう。びっくりうんざりする案件が。ちゃんと皆の顔見て話したいし、意見も聞きたいから、父さん、全体映像いける?」


 フリエスの問いかけは形となって現れた。映像の範囲が一気に広がり、集まっていた面々の姿が映し出された。そして、フリエスはそれを確認すると驚いた。集まっていたのが、自分と同じくかつて英雄と呼ばれた者達ばかりであったからだ。


「え、この顔ぶれ、死んでる人や行方知れずの人を除けば、《炎帝》以外揃ってるじゃん。こりゃまた驚いたわ」


 正面手前にいるのがフリエスの両親で、その少し後ろに控えていたのは、左から順番に、《皇帝の料理人(インペリアルシェフ)》、それに抱えられた白鳥、《新風将軍(ジェネラルシルフィード)》、《鉄巨人(アイアンジャイアント)》、《武神妃(アーツクイーン)》、《風渡の弓手(ゲイル・ボウ)》、そして、その後ろに白竜の巨体が鎮座していた。


「統一国家『魔導国』の崩壊以来、初の大陸間長距離通信だからな。実際に見ておきたいと物好きどもが集まってきたというわけさ」


 話しかけてきたのは、白鳥を抱えた初老の男であった。《皇帝の料理人(インペリアルシェフ)》の二つ名で知られるスヴァ帝国の元宰相グランその人である。スヴァ帝国最大の大貴族メギルド公爵家の当主で、卓越した政治手腕の持ち主であり、ヘルギィがただ一人“友”と呼んだほどの人物だ。元々は公爵家の分家筋のさらに末席にいる程度の目立たぬ存在であったが、長年交友関係にあったヘルギィの簒奪に合わせて方々で策を巡らし、公爵家を乗っ取ってしまったのだ。その他の貴族への懐柔から粛清まで硬軟合わせたやり方で力を殺いでいき、皇帝の絶対的優位を確立させた。その功を以て宰相となり、数々の改革を実行に移し、今日のスヴァ帝国を形作ったという帝国最大の功労者とも言えた。

 現在は宰相職を辞し、調停官という新設された部署の統括を行っていた。これはフィーヨが皇帝を譲位し、二人の子供にそれぞれの帝国を分配した際に、その間を取り持つ役職として自身が就いていたが、旅立つのに際し、グランを後任に指名していたのだ。役柄は、両帝国の間に立ち、揉め事がないように調停することだ。なにしろ、統一されたとはいえ、百年も戦争していた国同士であったので、そのわだかまりという物は中々消えようがなく、不満の種は尽きないのだ。その種が芽を出す前に枯らすのが調停官というものであり、グランはその職を見事に全うしていた。

 そして、この男の二つ名《皇帝の料理人(インペリアルシェフ)》には二つの意味が含まれていた。一つ目は、グランは宰相という地位にありながら、日常的に料理をしていたことだ。子供の頃に食事に毒を盛られて死にかけたことがあり、それ以来口にする物は必ず自分で用意していた。例え水であろうとも口にせず、安全が確認された物でなければ決して飲まなかった。例外はヘルギィとフィーヨが勧めてきた酒を飲んだだけであり、この二人への信頼と忠誠の表れであった。二つ目は、二人の皇帝の無茶ぶりに、どれも完璧に応えてきたことだ。歪な問題を引き受けたと思えば、見事な手腕で解決して見せ、「不味い食材で美味なる料理に仕上げるがごとし」と人々から讃えられた。これが二つ名の由来である。

 この野心少なく、能力高めの男がいなければ、スヴァ帝国はとっくに破綻していたであろうと、その上司たる二人の皇帝は思い知っていた。

 その功労者に対して、ささやかながら永遠なる名誉を付与するために、フィーヨは骨を折ったことがあった。かつての大戦を題材にした英雄譚『主なき地の伝説』において、グランの出番はほとんどなかった。それどころか、現在では《二十士》とされる英雄も、草案においては十八名となっており、欠けたる二名の内の一人がグランであったのだ。

 おおよそ一般的な英雄像としては、勇敢な戦士であったり、あるいは大軍を指揮する将軍であったり、絶大な魔術を行使する魔術師であったりと、戦場で戦う者が想像された。つまり、その基準では戦場に出ないグランはお呼びでないということになる。それに対して異議申し立てしたのはフィーヨであった。この基準はおかしいと猛抗議して、作品を作り直させ、大幅加筆したことにより《二十士》となった経緯があった。

 こうして、後方での職務ばかりで華々しい武功とは無縁の男が、英雄と呼ばれる存在に列することとなり、現在に至っていた。

 そして、もう一人、ではなくもう一羽、加筆されて英雄の列に加わったのは、グランに抱えられている白鳥であった。白鳥も肩書は村長、港湾組合(ギルド)の理事、というなんとも冴えないものであったが、物資の調達とその輸送において完璧に職務をこなし、フィーヨの親征を支えた。白鳥がいなければ兵站が上手く構築されず、あれほどの快進撃はなかったであろうと言われていた。こちらも後方勤務の地味な仕事ぶりで、当初は目立った存在ではなかったが、ルイングラムがその手腕を激賞したことにより徐々に名が売れ始め、戦後の活躍も相まって、現在では《英雄王》に準じるほどの英雄として皆の尊敬を集めていた。

 姿が白鳥なのもご愛敬というもので、それ込みで皆から慕われていた。


「白鳥、お久しぶり」


「久しいな、フリエス。手紙はちゃんと届けれたか?」


 案の定、真っ先に手紙の事を尋ねてきた。予想していたこととはいえ、フリエスは焦る表情を隠しきれてはいなかった。なにしろ、自分の不始末で消し炭にしてしまったなど、口が裂けても言えなかったからだ。


「ええっと、その、ですね・・・」


「あばずれ女神がしでかしたか。あやつめはそういう奴だ」


 白鳥は大きく羽ばたき、グランの手の内から離れ、映像の最前線に躍り出た。明らかに不機嫌であり、発された女神という単語にびくりとしたが、どうやら自分の事ではなく、愛の女神の事を指しているのが分かり、フリエスは安堵した。

 愛の女神は白鳥に呪いをかけた張本人である。「他人に好かれるが、想い人にだけ好かれない」という面倒な呪詛を受けてしまった。うっかり愛の女神の祭壇を潰してしまった白鳥に原因がなくはないが、それにしても神たる絶対者が鳥一羽にここまでするなど、器の小ささを見せてしまっているのではと、フリエスは考えざるを得なかった。


「愛の女神は運命とやらに悪戯する。吾輩が愛と全てを捧げし天使殿への恋慕を邪魔し、せせら笑うのが目的であろうが、そうはいかん。いずれあの高慢な態度を改めさせ、遥かな高みにいるあのバカ神を吾輩がくちばしにて落としてやるわ」


 何度も羽をバタバタさせて憤る様は少々滑稽であったが、当鳥は大真面目である。女神と白鳥の根競べだ。女神が飽きるのが先か、白鳥の心が折れるのが先か、どうなるかはフリエスにも分からなかったが、もちろん白鳥を応援するつもりだ。


「それに、手紙の予備など、いくらでもあるしな。吾輩が進む愛の道に障害はあれど、諦めの文字はない。それを女神は理解しておらんわ」


 どこから取り出したのか、何枚もの手紙が宙を舞っていた。どこまでも用意周到で、曲がらず折れない精神力を持ち、それに裏打ちされた圧倒的な行動力や実行力、まさに英雄に相応しいと言わざるを得なかった。姿が白鳥で、その心の熱量をすべて恋愛に捧げて、大陸間航路の開拓もその“ついで“だということさえなければ。

 その荒ぶる白鳥をなだめるかのように、その純白の羽毛を撫でる小柄な男がいた。


「アールヴさん、お久しぶりです。お元気そうでなにより」


「うむ。雷神殿もな」


 フリエスの挨拶に答えたのは、背丈がフリエスよりもさらに低い小男であった。子供かと見間違うほどに背丈が低いが、これでも英雄の一人である。《新風将軍(ジェネラルシルフィード)》アールヴだ。スヴァ帝国の将軍であり、帝国軍の実質的な最高責任者であった。元はヘルギィの近侍であり、皇帝の即位後に僅か十六歳で将軍位を得るという、門閥貴族でもないというのに破格の待遇を受けた。ヘルギィをして天才と言わしめ、「攻めるに速く、逃げるになお速い、吹き抜ける風のごとし」と称えられた。フリエスの母ヘルヴォリンが重装騎兵を使う天才であるならば、アールヴは軽装騎兵を使う天才であった。戦場の空気を読むことに関しては右に出る者なく、素早い動きで敵を翻弄する戦い方を得意とした。しかも、小柄で物静かな性格であり、普段は存在感すらないほどのに目立たなかった。

 とはいえ、軍事に才能が傾き過ぎており、《慈愛帝の四名臣》すなわちグラン、ミリィエ、ルイングラム、アールヴの中では最年少ということもあって、いつまで経っても慣れない仲裁役に終始し、ある意味で一番の苦労人とも言われていた。

 次にフリエスが視線を向けたのは、アールヴとは真逆の存在感がありすぎる男であった。


「ラムバール将軍もお久しぶりです。相変わらず大きいですね。ほんと少しは分けてほしいものですよ。羨ましい」


「そうは言うがな、ちっこいの。年を取ると、この巨漢も動きがますます鈍くなくなってくる。昔の感覚でいると、怪我しかねんわい」


 アールヴの隣にいる真逆の存在感を放ち、巨石のごとき威圧感を出しているのが、『鋼鉄国』エルドール王国の将軍で、《鉄巨人(アイアンジャイアント)》の二つ名を持つラムバールだ。大戦中は二つ名の由来にもなる分厚い全身鎧フルプレートを着こみ、盾を構えながら重い斧槍ハルバードすら片手で振り回しながら前進していった。一度の戦場で最低でも百回は剣で切られたり、槍で突かれたり、弓矢で射かけられるのが当たり前であったが、それらを物ともせず前進を続け、必ず敵を押し返してきた。


「カイネスさんもお元気そうでなによりです」


「うむ、チビも相変わらず元気そうだな。妻もよろしくと言っておったぞ」


 集まっている面々では最年長の老人が元気に答えてきた。すでに髪も髭も白一色であったが、真っすぐ伸びた背筋とまとっている雰囲気はいまだに老衰を感じさせない。また、よく見ると耳が尖っているのが見えるので、森の妖精(エルフ)の血が混じっていることが分かる。この老人は名をカイネスといい、《風渡の弓手(ゲイル・ボウ)》の二つ名で知られる弓兵であった。カイネスの妻は《英雄王》の姉であり、その姉君と結ばれているカイネスは《英雄王》の義兄にあたる人物だ。元々はただの狩人であったが、城を抜け出して森を散策していた際に魔物に襲われた姉君を助けた縁で恋仲となった。王家の長女が一狩人、それも半妖精(ハーフエルフ)と駆け落ちするという前代未聞の事件が発生した。紆余曲折あってこの結婚は認められることとなったが、その弓の腕前を不本意ながら戦場で使うハメになり、《英雄王》の下で弓兵として活躍した。

 風の精霊の声を聴くことができ、弓矢に風をまとわせて撃ち出す〈風渡の射(ゲイルショット)〉という技を身に付けていた。威力、飛距離ともに通常の射撃では考えられないほどにあり、ゆうに五百歩は離れた位置にいた敵将を馬上から射落としたこともあった。同じく弓を使う英雄には白鳥の想い人である《虹色天使(プリズムエンジェル)》ペリエルがいるが、純粋な弓の腕前であればカイネスに軍配が上がる。


「おうおう、フリエス。私への挨拶が最後とは、随分な対応ね」


「いえいえ、エレナさん。主役は最後で登場するもんですよ」


「ふむ・・・。ならばいいでしょう。元気そうで何よりだわ、私の可愛い女神ちゃん」


 フリエスになれなれしく話しかけてきた女性は、《武神妃(アーツクイーン)》の二つ名を持つエレナカーラであった。《英雄王》の第二妃であり、『鋼鉄国』現国王の実母だ。好き嫌いが激しく、そうした態度を隠そうともしないので、人によっては大きく評価が分かれる人物だ。個の武を尊ぶ武神マルコシアスの神官でもあり、常日頃から鍛錬を欠かさず、余程の腕自慢でなければ相手にすらならないほどの武芸巧者であった。自由奔放でかつ女性でありながら武将としての気質が強く、大戦中は周囲が止めるのも聞かずに《英雄王》と共に戦場を駆け巡り、数々の武功を上げてきた。

 国母とは思えないほどの数々の過激な言動ぶりに廷臣達はいつもハラハラさせられるものだが、その性格は実直そのものであり、困った人を助ける優しさもあって、国民からは慕われていた。

 かつてフリエスが侍女として仕えていたこともあったが、侍女というよりかは妹分的な立場に置かれ、エレナカーラは何かとフリエスを可愛がってきた。愛称のエレナで呼ぶことも許可しており、事情を知らぬ者が見れば、仲の良い姉妹にでも見えることであろう。


「こうしてみんなと顔を会わすのも随分久しぶりですね。あの宴以来か」


 フリエスがしみじみと口に出したが、それは居並ぶ面々にとって楽しくもあり、苦々しい思い出の一幕であった。

 魔王討伐から三年後、その最大の功労者たる《英雄王》が亡くなった。魔王が放った最後の呪いに蝕まれ、三年もの間耐え抜いた末の崩御であった。その直前の誕生日に皆が集まり、痩せ衰えていく英雄への最後の別れとして顔見せを行った。

 英雄と称えられし王の中の王が一人では歩くことも叶わず、衰えた身体を晒していた。しかし、気高き魂はそれを感じさせない輝きを放ち、別れなど永遠に来ないのではと人々を感嘆とさせた。


「あれから更に減ったな。《学術大統領》は元々高齢だったからやむなしにしても、《炎帝》は病床にあって起き上がれず、そろそろ危ういかもしれん。そうなると、《五君》で残るのはフィーヨだけか。《二十士》も五名が死亡確定。行方知れずが二名。これから先、どんどん数が減っていくのだろうな」


「世の中に数多くの悲劇があれど別れに勝るものなし、といったところか」


 フリエスの両親は互いの顔を見てそう嘆息した。かつて英雄と呼ばれた二十五名もすでに八名がこの世を去り、残りも確実に死が迫っていた。互いの顔を見れば、肌の皺や白髪が混じり始めた頭髪など、かつての若々しさが衰えを見せていることなど、すぐに分かった。老いとは無慈悲なまでに時間の経過を見せつけてくれる。


「御二方とも、勝手にヘルギィとルイングラムを殺さないでいただきたいですな。我が麗しの“元”陛下とともに、いまだ健在です」


 二人に抗議の声を上げたのはグランであった。世間一般ではヘルギィもルイングラムも死んだことになっているが、一部の人々には蛇に姿を変えてこの世に留まっていることを知らされていた。友と同輩が生きていたことはグランにとっては朗報であり、これの復活のためにはいかなる労力も惜しむつもりはなかった。

 実際、西大陸へ渡るための大型船建造には彼の私財がかなり投じられていた。未知なる世界で何かしらの展望があれば、という希望的観測に基づく先行投資だ。


「それはそうと、先帝、先々帝、ルイングラム殿は?」


 アールヴが三人の姿が映像に映らないことに怪訝に思い、尋ねてきた。


「いつも通り、三人でいちゃこらしてるわよ。今日は早めに切り上げてこっちに合流することになってるからじきに来るわよ」


 フリエスは魔法陣の調整をしながらも、魔力で聴力を強化し、きっちりと倉庫内でやりあっている三人の会話を聞き取っていた。ヘルギィとルイングラムが毎度喧嘩腰なのはお約束であったが、普段は押し黙ってなりゆきに任せているフィーヨが珍しく仲裁に入っているようなので、そのうち来るだろうと判断した。

 それからしばらく、一同は談笑して過ごした。話しておきたい本題はあるのだが、フィーヨが合流してからだと先に断っておき、それぞれの近況報告を行った。

 そして、気が付けば第二の本題とも言うべき、大陸間交易についての話に移った。これについてはフロンと白鳥が激論を交わした。フロンの治めるレウマ国は内陸国であり、直接航路を開ける立場になかったが、商人組合(ギルド)を通じて広い販路を有しており、そこから沿岸国と交渉していくことも可能であり、ある程度は食い込んでいける自信はあった。

 また、問題になると考えていた貨幣の価値の差についても話すことができた。現在東西大陸では金貨の価値は同等であるが、銀貨の価値は倍ほど差があり、これを処理しないことには混乱をきたすのではと、フロンから白鳥に問題提起した。

 これに対し白鳥は、当面の間は大陸間交易に使用できる貨幣を金貨、もしくは宝石に限定し、物品の取引はこれに限定。銀貨の使用を控えるよう御触れを出すことを提案した。いずれはゆっくりとだが銀貨の価値を同水準まで均一化する必要はあるが、とりあえずはこれで当面は凌ぐことにする旨を伝えた。

 また、これを西大陸の商人や沿岸国に交渉するため、しかるべき人物を人選し、送り出すことも伝えた。ヴァニラを送り出すためにそのうちまた船を西大陸に向けて出港しなければならず、人選を急がねばならなかった。


(根っこの部分は商人だなって、改めて思ったわ。今ままで見てきたこの人の横顔の中でも、一番生き生きしているもの)


 フリエスは自分のすぐ隣で白鳥と商談や意見交換を行うフロンを見ながら思った。

 一緒に旅していた時のフロンはどちらかというと、職人気質が強かった。いかに良い葡萄を造り、いかに良い酒を造るか、これを思考の中心に据えているのが言動からうかがい知ることができた。しかし、それは兄の補佐役としての自分を前面に出していたため、本来の自分を心の中に潜めていたからだということは、今のフロンを見れば分かることだ。

 現在のフロンは一切の縛りがない状態だ。仕えるべき兄がいなくなり、唯一頭の上がらない師も消え去り、同輩となるべき他の十二伯爵家の面々も格下扱い。そうした現状が潜めていた本来のフロンを表に出すこととなったのだ。

 フロンは酒杯神エウルと酒宴の席でまみえることになり、神の登場が戦乱の呼び水となると敏感に感じていた。であるからこそ、自国を富ませ、国力を増大させ、他国の干渉に備える必要に迫られていた。その為の、金、すなわち経済力だ。

 レウマ国は酒の生産に関しては腕のいい職人が揃っているので、その点では抜きんでた存在であるが、それ以外の工業力はないに等しい。せいぜい、樽作りのために林業が程々に盛んで、樽職人が多い程度だ。食料も他国から買い付けている物が多く、武器や防具、馬に至ってはほとんどが輸入品だ。

 そうなると、とにかく経済力を高めて金銭を得て、国力を高めていかなくては戦乱を生き残ることはできないのではないか、それが現在のフロンの懸念であった。

 白鳥とのやり取りは、まさに今後の国家の浮沈にかかわりかねない内容であり、フロンとしては手を抜くことなど許されない。勤勉という言葉の奴隷と化していた。

 そこへ、フィーヨが二匹の蛇を抱えて駆け込んでいた。蛇はいつもの姿であったが、魔力が充足されたことでそこに宿る二つの魂が活性化され、その意識があることがはっきりとわかるくらいに流暢に話してきた。

 早速、三名の映像も新たに加えて遥か彼方の地にいる仲間の下へと飛ばした。久々の際かに皆口々に挨拶や冗談を交わし、互いの健在ぶりを喜んだ。特に、グラン、アールヴ、エレナカーラの喜びようは、祭りでも始まったのかと見紛う程に賑やかであった。友、あるいは同輩、あるいは兄妹、形こそ様々であるが、苦楽を共にしてきた中であり、固い絆で結ばれたかけがえのない存在だからだ。

 そして、この光景こそ、フィーヨが求めてやまないものなのだ。だが、これは完璧ではない。ヘルギィもルイングラムも姿は蛇であり、人の形を取ってはいない。しかも、言葉を交わせるのは一月にたったの一晩だけである。二人を解放してやらなくては、本当の意味での夢が叶ったなどとは言えなかった。

 和やかな雰囲気となったが、ここでフリエスがこの幸せな一時に水を差した。フィーヨとしては大いに不満があったが、決して避けては通れない重大案件を抱えているので、渋々ながらフリエスに従った。

 フリエスとしても楽しい雰囲気をぶち壊すのは心苦しかったが、それでも全員に知ってもらわねばならない現実を口にしなくてはならなかった。

 皆の注目がフリエスに集まる中、フリエスは何度か深呼吸をして気持ちを落ち着け、その知らせるべき内容を口から吐き出した。


「あいつが生きていた。あたしの神の力を降ろした張本人であり、皇帝ヘルギィを失う結果になったあの事件の首謀者、《狂気の具現者(マッドメーカー)》ネイロウが。西大陸で蠢動を始め、レウマ国にあった神々の遺産(アーティファクト)を強奪し、こちらを狙っている」


 衝撃の内容がフリエスの口から放たれ、沈黙が世界を包み込んだ。



               ~ 第二十九話に続く ~

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