第二十三話 偽りの祝宴
トゥーレグ伯爵領の城館にて、領内の主だった面々が集まり、フロンの新たなる門出と、レウマ国の新体制を祝う宴が催された。
宴の開始はフロンの演説から始まった。
演説の内容はまず兄であるコレチェロの追悼の辞から入った。皆でその死を悼み、中には涙を流す者もいた。
また、ベルネを始め、勇敢に戦いながらも“賊”に討たれた者達への冥福も忘れなかった。もちろん、本当の事を話すわけがなく、事前に用意されたそれらしい作り話を皆に語り、名誉の戦死を遂げた兵士らの遺族には十分な慰労金を支払う旨も示された。
その悪逆非道な“賊”であるフリエスには頭に痛い話であったが、そんなことを表情に出すわけにはいかず、ひたすら平静を装わねばならなかった。
(あくどい事をする、フロンさんの言葉は間違いないけど、あたしに流れ矢を何本刺す気よ! すでにハリネズミも同然だわ)
演説の内容を耳の穴を素通りさせて、頭に残らないように努めねばならなかった。
次にアルコについても言及された。アルコはレウマ国の領民であれば知らぬ者がいないほどの著名人である。この宴席の中にいる人間の中にも、彼の塾で学んだり、あるいは助言を求めたりと、世話になった者も多い。老齢故に引退していながら、国難にあっては真っ先に駆け付け、賊の操るゴーレム軍団を次から次へと屠る様を、“実際に見てきた”ようにフロンは語り、列席者を沸かせた。
無論、これも大嘘だが、アルコに関する事こそ隠しておかねばならない事実が多いと、フリエスは考えていた。何しろ、アルコはとっくの昔に死んでいて、中身は頭のぶっ飛んだ魔術師に入れ替わっていて、しかも『金の成る畑』から神々の遺産をかっさらって逃亡したなどと言えようもなかった。
(あいつとは決着をつけないといけない。でも、今のあたしじゃ力不足だわ。神の力を宿した人間、人の身で神の領域に到達した人間、後者の方が優れているなんて認めてなるもんですか。絶対に討ち取って、過去との完全なる決別を図ってみせる)
フリエスは憎ったらしいあの男の顔を浮かべ、決意を新たにした。そして、さらに研鑽を積んで強くなり、世界の在り様を知らねばならないとも考えるようになった。
そして、フロンはアルコの死を悼み、その名誉と勇気ある行動を讃えた。列席者も涙し、あるいは口々にアルコの功績を讃えた。
最後に、今後の方針についてフロンは語り出した。これについてはおおよそ、コレチェロが事前に用意していたものであった。コレチェロは死に際してフロンに今後の事を書き記した指示書を残しており、フロンはそれを元にして今後の計画を立てた。
コレチェロが会議の席で無視され続けた国内の流通や作業工程の改定案、あるいは販路拡大のための企画書であり、その中身はフロンを唸らせるほど理に適っている内容であった。改めて兄の優れた先見性を証明する置き土産であったが、フロンはこれにあえて修正を加えた。
というのも、コレチェロの案は他の伯爵との衝突を極力避ける案ばかりで、少し消極的に映る部分が多々あったからだ。そこでフロンはそれらに修正を加え、強硬的な案を加え、他の伯爵との衝突にもなりかねない物を打ち出したのだ。なにしろ、現在の国内状況はボロボロであり、他の伯爵家は当主の突然の死によってまだ揺れている状態なのだ。損害が少ないトゥーレグ伯爵家のみが頭一つ抜けた存在となっており、これと現段階で対峙するのは得策ではないと考えるはずだからだ。
実際、領地に戻る前にこの案を他の伯爵家の代表に提案したら、多少のいざこざはあったものの渋々ながら承認を得たのだ。また、出るであろう損失分も、ワウン伯爵家から切り取る算段であり、それもワウン伯爵家以外の家には密かに伝えておいたことも承認手続きが手際よく進んだ理由でもあった。
遅かれ早かれ、ワウン伯爵家は搾り取られて消えゆく運命にあるだろうが、そんなことはフロンにとってどうでもいい事であった。“国家転覆を謀った悪辣な一族”が滅びるのは当然であり、誰も心を痛めることはないだろう。
「以上が今後の方針だ。賊による思わぬ襲撃によって国内は荒れており、その復興には時間がかかるであろう。だが、我々はそれに屈してはならない。成し遂げねばならない。そうでなければ、志半ばで無念にも死んだ者達に笑われてしまう。だが、今宵くらいは気を緩め、楽しく語らうことも許してくれよう。さあ、好きに飲み食いしてくれたまえ」
フロンの合図とともに、控えていた演奏隊が音楽を奏で始めた。笛や太鼓、弦楽器が場を盛り上げる音色を会場中に響かせた。
宴は立食形式で、特に定まった席などはなく、いくつか置かれた円卓の上に酒や料理が並べられ、それを勝手に飲み食いするという形式だ。とにかく酒を楽しく飲むというのがこの国の形式で、席に座っていては誰ともなく語り合い、杯を交わすことなどができないからというのがその理由だ。
もちろん、改まった会合や宴席などでは事前に決められた席が着く場合もあるが、今日の宴は立食形式を選択した。フロンは出席した者達に気軽に声をかけて回りたいので、席に座していては時間がもったいないと考えたからだ。
もっとも、酒があらゆることの中心という流儀が今回の騒動の引き金になったとは、裏の事情を知る人間以外は知る由もなかった。いずれはこのやり方も変えねばとフロンは考えていたが、根付いた文化や流儀というものを変えるのは難しく、長い時間を要するだろうとも考えていた。
宴が始まると、フロンは忙しなく列席者一人一人に声をかけて回り、今回の騒動でなにか困ったことになってはいないかと聞いて回っていた。また、国王即位に対しての祝辞を聞かねばならず、その手に持つ杯が口に運ばれることがないくらい話し続けていた。
フリエスはあくまで他国人ということで目立たないようにしていたが、それでも東大陸からの渡来者ということで、物珍しさから話しかけてくる者も多く、猫の毛皮を被って控えめな応対に努めた。それを繰り返しながらチラリとフロンの様子を眺めながら、昔の事を思い出していた。
(そういえば、こんなに着飾って宴に参加するなんて、何年ぶりかしら)
フリエスは頭の中にある記憶を辿っていくと、本当にこういう席に出るのが久しぶりであったと思い出してきた。そう、最後にドレスを着て、宴席に出たのは《英雄王》の最後の誕生日の宴の時だ。
《英雄王》は魔王を倒し、次元の狭間へと追い落としたのだが、最後の悪あがきとして強力な呪いを受けてしまい、日増しに衰弱していくこととなった。フリエスはもちろんのこと、他の生き残った英雄達もその解呪方法を探したり研究したりしたが、結局は徒労に終わり、最大の英雄を救う手立てを得ることができなかった。
だが、そこは英雄の中の英雄である。魔王の呪いに屈するわけにはいかないと全身を焼かれるような激痛に抗い続けた。だが、ついに命の炎を燃やし尽くし、魔王討伐から三年後に息を引き取ることとなった。
その少し前、《英雄王》の誕生日の宴の席に、生き残った英雄の多くが集まって来た。おそらくはこれが最後になるであろうと察し、誰となしに集まって来たのだ。
その顔ぶれたるや、錚々たるものであった。《五君》からは《英雄王》を始め、《炎帝》《学術大統領》《慈愛帝》が集まった。《二十士》からは《小さな雷神》《全てを知る者》《剣の舞姫》《鉄巨人》《武神妃》《砂煙の血刃》《風渡の弓手》《死出の調律》《新風将軍》《皇帝の料理人》《白鱗の竜姫》、そして白鳥・・・。
顔ぶれを思い出していると、フリエスは危うく吹き出しそうになった。慌てて口に手を当て、中身を噴出さないように堪えた。周りに丁度誰もいないときだったので助かった。
(そ、そうだった。あの宴の席、あたしの舞踊の相手は白鳥だった)
その宴の席でフリエスは舞踊を踊ることになったのだが、くじ引きで相手を決めることになった。そして、フリエスは相手が誰なのかと周囲を見回してみたら、白鳥がくじをクチバシで加えながら歩み寄ってきて、翼を片方広げてフリエスに差し出してきた。
「お嬢さん、一緒に踊りませんか?」
どう踊れと? という疑問がフリエスの頭をよぎったが、まあ取りあえずは踊るかと白鳥を脇に抱えて進み出て、クルクル回ったり、頭の上に乗せながら跳躍したり、抱きかかえながら宙返りしたりと、舞踊というよりかは何かの曲芸の様相を呈し、列席者を爆笑の渦に沈め込む結果となった。
なお、《英雄王》も笑いながら拍手し、息がぴったりだからと一人と一羽に夫婦となるように君命が出された。もちろん、一人と一羽は丁重にお断りした。
「「他に好きな人がいるので、お断りします」」
白鳥の想い人は一目惚れしてから、ずっと変わらず《虹色天使》だ。その情熱をもって、数百年にわたって閉ざされた世界をもこじ開けたのだ。その恋慕は筋金入りであり、いくら他に魅力的な女性が現れようとも、脇見をすることなどあり得なかった。
フリエスにも想い人はいる。白鳥のような心身を焦がす情熱的な恋慕ではなく、見た目相応の少女の淡い恋心、憧れ程度のものだ。
お相手は呪いに犯され、瘦せ衰えている《英雄王》その人だ。
(そうよね。あたしはいつもあの人の、いえ、あの人達の背中を追いかけていた)
フリエスは今回の騒動で改めて自分の未熟さを改めて痛感させられた。英雄などと祭り上げられていたことが気恥ずかし限りであった。
自分の実力など高が知れている。英雄の中に数えられているのは、あくまで神の力を降ろしているからであって、自分自身が優れた戦士や魔術師でもなければ、策士や将軍でもないのだ。見た目通りの少女でしかない。
だからこそ、“本物”の英雄に憧れた。目の前にいる大人達に憧れた。己の身と頭脳を極限まで研磨し、魔王軍とそれに与する者達と戦う勇姿はフリエスを魅了した。
《英雄王》への想いもその延長だ。大きくなったら“四番目の”お嫁さんになるなどと言って、周囲に笑われたのも今は昔。すでに想い人はなく、結局自分は大きくなれなかった。身体も心も、どちらもだ。
しかし、それは最初の別れに過ぎない。神の力を宿し続ける限り、このような別れは何度でも起こる。愛する人が現れようとも、その人は老いて朽ちていく。自分は変わらぬ姿を晒しては生き続ける。否、存在し続ける。
人は意志を持ち、思考をしてこそ人なのだ。死なないだけで、生きていると言わない。自分の心がどこまで持つか、正直分からない。だからこそ、それまでに、自分が壊れるまでに自分を殺してしまいたい。
(なんと言うか、億劫なのよね。このままだと、見知った顔がセラとあのイカレだけになりかねないし、どっちも片付けたい)
自分は女神としてこの世がある限り存在し続けるだろう。セラは女神の生き血を啜り、これからも生き続けるだろう。ネイロウは〈輸魂〉で体を入れ替えて生き永らえるだろう。どうしようもない三人組だけが残ってしまう。
そんな未来が訪れる前に決着したい。あのイカレを倒し、セラを封印し、自分を殺す。道は長い。どこまで続くか分からないが、そこまで辿り着かなくてはならないのだ。
せっかくの宴だというのに、思考が脇道に逸れて気分が滅入って来た。フリエスはなんとなしに夜風に当たろうと、宴の会場から外のバルコニーへと向かった。
~ 第二十四話に続く ~




