第十九話 氷の魔女
ミリィエが持つ羽筆が輝きと共に周囲から魔力を集め始めた。特に、地中を走る竜脈からの魔力の流れ込み方が尋常でなかった。
桁外れの魔力にフィーヨは気圧され、思わず身を下げてしまった。かつて見た、覚醒したフリエスに匹敵するほどの膨大な魔力量であった。
あの時の記憶が蘇った。三人の英雄が神に挑んだ戦いだ。神は倒れ、英雄の一人は死んだ。そして今、その生き残った英雄の一人が神の座に手を掛けようとしている。
それゆえに、セラは歓喜した。想像以上の対戦相手が目の前に現れ、それが今にも自分に襲い掛かってきそうであったからだ。戦争が終わり、平和な時代になってからというもの、本気で戦うことなどなかった。しかし今、それが終わりを告げようとしていた。
「どう、魔王? 満足してくれるかしら?」
ミリィエの戦闘態勢は整っていた。右手には杖を持ち、その先端には氷雪系の術式と思われる魔力がすでに展開されていた。さらに、左手には羽筆が握られ、その先端部は黒鉄のゴーレムに向けられていた。跪いていたゴーレムは立ち上がり、壁になるようにミリィエの前で立った。
セラはもちろん満足であったが、同時にミリィエの戦術をしっかりと読み取ろうと、周囲の状況も含めて観察を始めた。
(先程フリエスを氷に閉じ込めたことや魔法陣の展開を見るに、あの筆は術式構築の補助装置といったところか。もっとも、補助と言っても詠唱破棄どころか陣構築を一瞬で終わらせるほどのぶっ飛んだ性能だがな。そして、畑の下を流れる竜脈から魔力を吸い上げている。これだけでも十分に強いが、ゴーレムまで壁役として展開している。なるほど、これはおふざけで戦える相手ではないな)
セラは久方ぶりの強敵登場にやる気を漲らせ、同時にフィーヨとフロンにさっさと離れるように促した。
それで察したフィーヨとフロンはコレチェロの遺体の所まで走り、それを抱えて畑から出ようと急いだ。
「フィーヨ殿、これからどうなりますかね?」
「分からないですわ。分かっているのは、最低でも畑の外に出て遮蔽物にでも隠れてないと、巻き添えを食らうってことです。あの膨大な魔力に加えて、陣構築すら時間消費なしでできるのですから、その気になれば、長時間の儀式を必要とする大規模魔術すら連射が可能でしょう。巻き添えでどこまで吹き飛ぶか分かったものではありません」
そう考えたフィーヨであったが、同時に懸念も生まれた。先程のミリィエの仮説が正しかった場合、古代の統一国家の崩壊のきっかけは羽筆の暴走によるものだ。大出力で使い続ければ、ミリィエが使っているそれも崩壊するということでもある。
(つまり、ミリィエの狙いは羽筆が壊れる前に決めてしまうこと。問題は、セラに、魔王相手に、短期決戦で押し切れるかということよ)
フィーヨは実際にかつて復活した魔王と戦ったことはない。だが、フリエスを始め、魔王との決戦に赴いた面々から、戦いの壮絶さは聞かされていた。今のセラは完璧な状態とは言えないが、それでも魔王を名乗るだけの実力があるのは疑いようのない事実だ。
それゆえに、ミリィエがどういう策を以て戦うのか、興味に尽きない。
「では、始めましょうか」
ミリィエの筆の一振りが合図であった。
動いたのは黒鉄のゴーレムであった。ゴーレムにはすでにそれを動かす術の構築式はない。先程までは自分で考え、学び、動いてきた。それが可能であったのは、羽筆によって常に新しい経験が上書きされ、それに基づいて行動していたからだ。
だが、今のゴーレムにそれはない。数日とはいえ、蓄積されていた経験は羽筆とともに抜き取られ、元の金属の人形へと戻っていた。魔術師の操り糸に絡めとられ、自らの意思を持たない人の形をした鉄の塊に過ぎないのだ。
とはいえ、その動きは滑らかだ。通常のゴーレムは動きが遅く、単純な命令しか受け付けない。だが、羽筆より膨大な魔力が流れ込み、かつ魔術師自身が見えざる糸で操作しているのだ。動きは先程と変わりなく、人間の格闘家の動きと同じだ。
セラには少々意外であった。てっきりゴーレムを壁役にしつつ、術を主体にして攻めてくると考えていたからだ。しかも、ゴーレムの操作をしながら、何かの術式を用意しているのも確認できた。ミリィエの持つ杖に何かしらの術式が付与されているのか、白く輝いているからだ。
(並列思考か。器用な真似をする)
セラは素直に感心した。ゴーレムの操作をしながら、何らかの術も同時に用意する。これは二種類の術式を同時に使用していることを意味していた。
通常、並列思考で作業をすると、どちらかの精度が落ちるのが常だ。だが、目の前の魔術師は二つの作業をどちらも完璧にこなしていた。ゴーレムの動きは先程のそれに遜色なく、杖に構築されている術式にも無駄な揺らぎを感じない。
どう来るのか、セラは構えもせず、あえて受けるつもりで棒立ちにて迎え撃った。
「泥よ」
ミリィエがボソリと呟くと、セラの足元が急に水浸しになり、泥沼のようになった。立っているのは元々畑である。普通に踏み固められた大地よりも、遥かに水が染みやすく、すぐに泥沼になってしまったのだ。
セラの巨躯が重みによって僅かに沈み、膝の近くまで沈むくらいにまで泥にはまった。そこへゴーレムが飛び掛かり、空中からの回し蹴りがセラの顔に飛び込んできた。僅かに後ろに飛んでかわすつもりであったが、泥沼で動きが僅かに鈍り、飛び退けないと判断して腕で回し蹴りを防いだ。
ゴーレムは全身が金属製であるので、回し蹴りは金槌の一撃と大差ないが、セラは軽々と止めた。速度の乗った金槌の一撃も、セラにとっては軽い攻撃であった。
だが、セラが驚いた。ミリィエの持つ杖がまだ先程の術を発動してなかったからだ。
(三重並列思考か! これは正直驚いたぞ)
セラが感心し、驚いたのも無理はなかった。ゴーレムを操作しながら、杖に術を展開し、さらに口から発せられた言葉でもう一つ術を使ったからだ。つまり、ミリィエはその気になれば、三つの術式を同時起動できるということでもあった。
だが、驚くセラを他所に、ゴーレムの動きは止まらない。蹴りを受け止められた態勢のまま、今度は指を伸ばしてきたのだ。〈指刺突〉、高速で指を伸ばし、槍のように突き刺してくる技だ。先程の戦闘では使っていなかったが、それは〈完全対魔障壁〉を使って近接戦闘のみで戦っていたからで、今はその縛りもないのだ。
伸びてきた左の人差し指はセラの太ももに突き刺さった。セラはそれを手刀で切り落とし、さらに筋肉で刺さった指を押し出した。
一度仕切り直しのため、泥も計算に入れたうえで後ろへ飛び退こうとした。
「凍れ」
僅かに早く、ミリィエの術が発動した。足元の泥沼が今度は凍り付き、セラが飛び退くのを妨げた。ただ、今度は本気で飛び退こうとしたので、氷の足場もセラの跳躍を止めることはできなかったが、思ったほど下がることはできなかった。
そして、当然のようにゴーレムが距離を詰めてきた。ゴーレムもセラの動きに合わせて、大きく飛び込んできたのだ。しかも、右腕は刃物のように変形しており、それを突き刺さんと繰り出してきた。
これに対して、セラは迫るゴーレムに対して、左手を繰り出した。それで相手の右腕を掴んで捻り上げようとしたのだ。
「代われ」
再びミリィエの術式が発動した。今度はなんと自分とゴーレムの入れ替えてしまったのだ。ゴーレムはミリィエがいた後方に移り、セラに飛び掛からんとしたゴーレムがミリィエへと変わった。そして、突き出す右腕には何かの術式を取り巻いた杖が握られていた。
(〈転換〉だと!? しかもこの術式は・・・!)
セラは相手を掴もうとした左腕を下げつつ、今度は右に跳躍した。だが、僅かに遅れてしまい、左手がミリィエの術式の干渉を受けることになった。認識できないほどの速さで左手が冷え込み、そして、砂塵のごとく消えてしまった。
セラは着地と同時に無くなった左手のことを無視して飛び掛かろうとしたが、すでにミリィエは〈瞬間移動〉でゴーレムの所へ飛んでおり、反撃もできなかった。
ほんの僅かな時間の攻防であったが、その高度なやり取りは見ていたフィーヨやフロンを圧巻させた。
「凄い・・・。というか、セラ殿が押し込まれている!?」
今の攻防は明らかにミリィエが主導権を握っていた。セラがまずは受けの姿勢で臨んだせいでもあるが、ミリィエは先手先手で動いてセラの反撃を封じ、左手すらもぎ取って見せたのだ。魔王を相手にしてこうまで魅せてくれるとは予想をはるかに超えていた。
「羽筆の入手、竜脈からの魔力供給、ゴーレムの壁、魔王にも通じる氷雪系の術式、全部が目論見通りってことかしら。そして、なにより・・・」
フィーヨが見上げる空には、太陽が輝いていた。熱く眩しいそれは、地上のすべてを照らしていたが、セラにとってそれは呪いの類でしかない。なにしろ、セラには吸血鬼としての能力が備わっているため、陽光への耐性がないのだ。
吸血鬼は夜に愛されし種族であり、日の下での活動は制限される。吸血鬼が日の光を浴びると燃え尽きて灰と化す。高位の吸血鬼ともなると陽光を浴びても耐えれる技が存在するが、それでも夜に活動するのとでは発揮できる力に大きな開きがある。
(セラに聞いた話だと、日差しの強弱にも左右されるけど、おおよそ三割か四割は陽光避けに力を使うはず。実力が逼迫している相手には厳しいでしょうね)
フィーヨの見るセラの顔は特に焦っている様子もない。むしろ楽しんでいる風すらある。久々の本格的な戦闘に気分が高揚しているようであった。
セラは消えてしまった左手の傷口に右手を当て、強く念じると、あっさり左手が再生してしまった。この程度の傷は修復するのにも時間も労力も必要としないのだ。
「見事だな。直撃していたら危うかったぞ」
「勘のいいことで。あのまま杖を掴んでくれたら、“半分”は持っていけたのに」
ミリィエは杖で何度も地面を叩き、追い込み切れなかったことを悔しがった。
そして、気を取り直して杖を軽くなぞり、再び先程と同じ術式を杖にまとわせた。できれば初見で致命傷を与えておきたかったが、さすがに魔王は勘もよかった。
「それはお前の作った術式か?」
「ええ。〈絶対零度〉と言うの。どういう原理でそうなるのかは知らないけど、温度を下げて、下げて、さらに下げていくと、そのうち結合する力が失われるというか、物体が物体として存在できなくなるようなのよね。その下がりきった冷気をまとわせて、殴りつけたというわけよ」
「ほほう。それは興味深い」
物体が物体でなくなると言うのであれば、自身の腕など消えて当然。セラは先程の一撃を理解し、同時にさらなる高揚感を覚えた。目の前の魔術師が“やる”のは分かっていた。だが、自分の予想の上を行って、こちらを消しに来ているからだ。全力で応えねば、礼を失するというものだ。
「まあ、本当はこれを飛ばしてぶち込みたいところなんだけど、威力を下げずに打ち出す術の構築式がまだ完成してないのですよね。それだと、ただの冷たい一撃で、消せる一撃ではありません。ですから、杖にまとわせて殴りつけるという、少々不格好な術式になってしまいましたが」
「先程のが遠距離でも使えるのであれば、戦術の幅が大いに広がるな。正直手ごわい」
セラは掛け値なしに目の前の魔術師を褒めた。直撃すれば肉体的に大打撃を受けるのは明白であり、久々に背中がゾクゾクするのを感じていたからだ。寒いのではなく、命のやり取りをしているという実感が、セラに身震いをさせていたのだ。
死ぬのは怖い。セラほどの実力者でも、その感情を克服できてはいない。だからこそ必死で強くなり、己を鍛え上げていくのだ。
いつの日か、名も知らぬ邪神を倒し、あらゆる恐怖から解放されるために。
「さて、涼しい顔をしているけど、けっこう厳しそうね。主に日差しのせいで」
「ああ。今日ほど太陽が忌々しいと思ったことはない」
今のセラには全力で戦えないというもどかしさがあった。相手の魔術師は全力を出してくれているというのに、自分は陽光に抑えつけられ、全力が出せないようになっている。今ほど自分の体を恨めしいと思ったことはない。
「もちろん続けるつもりだけど、卑怯ってのは言わないよね?」
「言うわけなかろう。魔術師相手に、術を使うな、知恵を絞るな、などと言えんわ。剣士に向かって、剣を使わず戦え、と言いているようなものだ」
状況としては、セラに厳しいのは事実だ。太陽は吸血鬼にとって致命の弱点であり、しかも今は正午で太陽が最も強く輝いている。一方で、ミリィエは羽筆によって魔力を無尽蔵に竜脈から吸い上げ、しかも詠唱破棄まで付与されている。護衛のゴーレムも思いの外有用だ。
これもまた、ミリィエが用意した状況操作と言う名の“陣”によって成しえた、極めて有利な条件での決闘だ。
セラはこれを卑怯とも反則とも思わない。そういう状況作りもまた戦いの一環であり、力、智慧、魔術、それらが複合されての決闘なのだ。少しでも有利な状況作りをしなかった方が悪い、それがセラの考えだ。
無論、セラはそうした小賢しいのも含めて、相手を叩き潰すことに至上の喜びを感じており、相手が厄介であればあるほど、それを退けた時の達成感も一入なのだ。
そう言う意味においては、目の前の魔術師は極上の相手であった。有利な条件を作り出し、魔王相手に一人で善戦している。強力な道具を使ってはいるが、それも有限の性能であり、神のごとき理不尽な術や技などではない。どちらにも状況次第で勝ちが転がり込んでくる、絶妙な配材である。
セラの求めるギリギリで、勝ち負けがどちらに転がるか分からない戦いが今ここにある。
「では、再開するとしようか」
先程は仕掛けられっぱなしであったが、今度はこちらから仕掛けようと、相手に飛び掛かれるよう前傾姿勢を取った。
ミリィエも迎撃の態勢を整えた。杖には先程と同様、〈絶対零度〉をまとわせた。セラに対して有効打を与えるには、これで殴りつけるのが一番だからだ。
だが、セラも馬鹿ではない。先程は初見の奇襲効果もあって、どうにか当てることができた。次はどう出るかは分からないが、必ず掻い潜って反撃の一打をお見舞いしてくるだろう。それらを防ぎつつ、再度当てねばならない。
ゴーレムにも指示を飛ばした。セラと自身の間に立たせ、迎撃態勢だ。
再び、場に緊張が戻った。セラから発せられる肌に焼き付くような感覚を覚えさせる魔力の波動。ミリィエからは凍えて感覚が鈍るような冷気が漏れ出す。それらがぶつかり合って、無言の鍔迫り合いが始まる。
見ているフィーヨもフロンも激突する瞬間を見逃すまいと、瞬きすら惜しんで凝視する。
その時、天から強烈な雷が轟音と共に降り注いだ。緊迫した空気に割り込んできた天からの一撃はフリエスが下敷きになった氷塊に直撃し、それを粉々に打ち砕いた。
そして、電光と冷気が収まると、そこにはフリエスが立っていた。先程の雷を吸収し、体に電気をまとわしていた。体の各部を動かし、稼働状況を確認した。
「よし、復活!」
腕を振りあげ、勢いよく放電し、それを指先に集中させた。そして、指をミリィエに向けて構えた。
「さて、もういい加減に茶番は終わりにしましょうか」
フリエスはミリィエを睨みつけた。殺意と焦りが入り混じった複雑な表情で、目の前の魔術師を殺したいけどどうするべきか迷っているようであった。
そこへ、強烈な光線がフリエスに向かって飛んできた。フリエスは素早くそれに反応し、指先の雷で光線を受け止めた。互いにぶつかり合い、強烈な光が目の前で炸裂し、お互いの威力を相殺して消えてしまった。
光線を放ったのはセラであり、明らかに不機嫌なのがすぐに分かった。
「おいこら、アホ女神、せっかく楽しくなってきたとこだ。邪魔をせんでもらおう」
セラはフリエスを睨みつけ、第二撃の準備も出来上がっていた。これ以上妨害するなら、もう一度眠っていてもらうぞと言わんばかりの明確な殺意と苛立ちが溢れていた。
フリエスはこの反応を予想していたとはいえ、ままならない現状に頭を掻きむしった。
「あんたも気付いてるでしょう! いつまでこんな茶番を続けるの!?」
「無論続ける。どちらかが死ぬか、あるいは飽きるまでな。茶番であろうが、真面目であろうが関係ない。偽物本物も問題にすらならん。重要なのは、“俺”が楽しいかつまらないか、それだけだ」
セラに一切のブレはない。あくまで自分本位。自分が楽しめればそれでいい。そして、今は間違いなく楽しいひとときなのだ。長らくご無沙汰していた戦うに能う者と出会い、命をすり減らす駆け引きを繰り広げているのだ。楽しくないわけがない。
ゆえに、邪魔しようとするフリエスへの苛立ちを隠そうともしていない。
「もう一度言うわ。“気付いて”いるんでしょう?」
「お前こそ聞いてなかったのか? “真贋”は問題にすらならん」
はっきりとした言葉として出てはいないが、両者の間には共通の認識が成立していた。だが、それを問題であると捉えているかどうかは別議であった。フリエスはその問題を片付けたい、セラは問題などどうでもいい、そう互いが認識していることも理解しており、両者の歩み寄りもまた成立しそうになかった。
「で、続きやんの?」
フリエスとセラのやり取りを見ながら、ミリィエはあくびしながら尋ねてきた。杖に付与していた術式も解いてあるし、ゴーレムも直立して待機状態だ。明らかにやる気を殺がれた風であった。
「続きもなにも、もう茶番は飽きたってことよ。ったく、なんで気付かなかった。気付いていたら、真っ先に雷をぶち込んでやったのに!」
「気付いていたでしょ、実際。時として、理詰めの思考よりも最初の直感が正解を引き当てることもあるのよ」
「気持ち悪い! 喋るな!」
ミリィエの指摘は当たっており、フリエスとしてはますます苛立ちを募らせるしかなかった。最初、アルコと出会ったとき、フリエスは言い表しようのない拒絶感に襲われた。その瞬間こそ、電撃を叩き込む好機であったのかもしれないが、らしくなく探知系術式で相手を調べることにしてしまった。
最初の直感のままに拒絶を全面に出していれば、ここまでこじれなかったかもしれなかった。フリエスはそう悔やまずにはいられなかった。
そして、思い出したのだ。あの魂の奥から湧き上がるような拒絶感。あれを抱いたことのある人物は、たったの一人しかいないことを。
「ええ、まったくその通りだわ。殺されたはずだから、生きてたらおかしいもの。なら、死んでなかったって考えなかった自分が愚かしい。生きているという可能性を無視して、作戦を立てたあたしの失策だわ。ねえ、《狂気の具現者》」
「ようやくその名を出したか、我が娘よ」
ミリィエがニヤリと笑うと、その足場を中心に強烈なつむじ風が巻き起こった。砂埃が舞い、視界を遮られたが、程なくそれは収まった。そして、姿を現したのは、またしても別人に変わっていた。
~ 第二十話に続く ~




