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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第一章  雷神娘と黒鉄の人形
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第一話 渡来者  (イラスト有)

 男は山林を息を切らしながら走っていた。危うく捕まりそうになったが、どうにか囲みを突破し、馬を駆って逃げ出したが、途中で馬が潰れてしまった。目的地まで距離がまだあったため、街道を避けて山道で向かおうとしたが、そちらにも手を回されていた。

 山林に逃げ込み、道なき道を突き進むが、それでも追跡の手は緩まなかった。闇夜に紛れて逃げようとしても、松明を掲げて山狩りをする兵士が幾人も見えた。

 もう二日は飲まず食わずの逃避行を続けており、すでに体力も限界に達していた。

 暗い足場に傾斜、そして、限界の体力。男は足を滑らせてしまい、転げ落ちた。

 何度も木に打ち付けられ、体のあちこちに傷を負ったが、どうにか止まることができた。と同時に人に気配と明かりに気づき、腰に帯びていた剣に手を伸ばした。

 体中が疲労と打ち傷で悲鳴を上げているが、意識を集中して最大級の警戒を行うが、すぐに杞憂であると判断した。

 光源は松明ではなく、焚火であった。つまり、山狩りしている連中ではなかった。

 さらに、その焚火を囲っている顔ぶれだ。男性一人、女性二人。装備は鎧ではなく、ただの旅装束。つまり、兵士ではないと判断した。

 警戒心は薄れるが、別の感情も生まれた。「なぜこんな場所に?」と。

 旅人なら野宿くらいするだろう。だが、ここは街道から大きく外れている。ならば、狩人だろうかというと、そうでもなさそうだ。弓を始めとする狩猟道具が一切見えない。少なくとも、男の視界に入っている三人組の武装は、曲刀一本しか見当たらない。

 となると、答えは一つ。冒険者だ。


「ん? 何、野盗かなにか? にしちゃあ、間抜けもいいとこね」


 三人組の内の女性の一人が転がり落ちてきた男を軽く観察しながら話しかけた。

 男は話しかけてきた女性に注意を向けた。よく見ると、女性というよりは少女と言った方が適切なほど小柄な体をしていた。巻癖のある金髪は肩の少し下くらいまで延び、旅の汚れも相まって、かなりボサボサだ。焚火に照らされた瞳は髪と同じく金色。少し瘦せ気味ではあるが愛らしい顔立ちで、ちゃんとした格好をすれば、おそらくは美少女と評してもいいくらいだ。

 ちなみに、先程男が確認した三人組唯一の武装である曲刀(サーベル)はおそらくこの少女の物だろう。少女の体格に合わせて、小振りになっている。

 そして、男はさらに少女を凝視した。そして、確信する。この三人組で一番強い、いや、一番厄介なのは少女である、と。

 三人組は冒険者なのだろうが、武装が軽すぎる。旅装束越しだが、その下には鎧の類は身に着けていないのも分かる。武器もほぼない。つまり、三人とも術使いの類だ。

 そして、少女が首から下げている首飾りだ。金鎖に赤い宝玉と飾り気のない作りだが、そこからなんとも言えないビリビリとした何かを男は感じ取った。相当強力な術法増幅器と判断した。


「野盗ではありませんね。どこからか逃げてきた、どこかの誰かさんでしょう。ほら、危ないから目をあわせてはいけませんよ。あ、そろそろいけそうですわ」


 もう一人の女性が少女をたしなめ、気をそらすために焚火で焼いていた肉を手渡す。

 こちらの女性は闇夜の空をそのまま溶かし込んだほどの純粋な黒い髪と瞳の持ち主であった。髪は一切の癖がなく、真っすぐでしかも長い。旅しているとは思えないほど汚れを感じさせない顔立ちだ。煌びやかなドレスでも着せれば、貴族令嬢と言っても誰一人として疑う者はいないであろう。

 また、男は黒髪の女性の首飾りにも目が行く。車輪に鷹の顔をあしらった首飾り、男はそれを軍神マルヴァンスの聖印ホーリーシンボルであることを知っていた。

 同時に、女性からどす黒い何かを感じた。少女からはビリビリとした魔力なら、女性からは血の匂いだ。もちろん、見た目には一切血の汚れがない。そう、見た目はきれいであっても隠し切れない血の匂い、女性はそれを身にまとっているのだ。

 二人に警戒しながらも、男は最後の一人に目をやった。

 三人組の最後の一人は男だ。木を背もたれにして腕を組み、そして目を閉じている。髪の色は灰色だ。そして、かなりの長身であった。背丈高めの優男、というのが男へ抱いた最初の印象だが、それを否定するかのような腕を見つめた。相当鍛え上げられており、武装がないことから拳術士と推察した。

 ただ、左腕に装備された腕輪が気になった。黒く塗られた何かに、黒い石がはめ込まれた、およそ芸術性とは皆無な黒一色の飾り気のない造形だ。

 奇妙な三人組ではあるが、背に腹は代えられなかった。男は両手を広げ、軽く上げる。何かする意思はないことを示した。そして、ゆっくりと近づいた。


「晩餐を邪魔してすまない。そして、邪魔したついでに食べ物を分けてくれ」


 とにかく男は腹がすいていた。丸二日近く飲まず食わずのうえに、寝ることすらしていない。今こうして立っているだけでも相当厳しかった。少女の持っている肉は、男にとってどんな豪華な食事よりも食らいつきたかった。


「はっは。それは残念。これはあたしのお肉、分けてなんか上げないよん」


 少女は見せびらかすように肉にかぶりついた。形状から何かの鳥肉であろう。

 少女のあまりにもおいしそうにほおばる姿に、男はごくりと喉を鳴らした。さらに、腹の虫まで追い打ちをかけ、ますます空腹感が増幅されていった。

 そして、女性が焚火で炙られていた肉を掴んだ。軽く削られた木の枝に串刺しにされたいたウサギの肉だ。


「それで、逃亡者の御方、お金はございますか? タダで恵んで差し上げるほど、私達は優しくありませんわよ」


 女性は右手に肉、左手の指で輪を作り、支払いを催促した。

 まあ、これは当然といえば当然だ。いきなり乱入した挙句、食べ物よこせでは盗人もいいところである。金銭を要求する行為は当然の権利であった。


「はっは。兄さん高いよ、高いよ、お肉。共通金貨1枚でいいわ」


 少女がピンと指を立ててニヤリと笑う。提示された金額はとんでもなく高い。共通金貨1枚、庶民なら一家族の一月分の食費を余裕で賄える額だ。


「父さんからの教えでね。『困っている奴には高く売れ。死ぬほど困っている奴にはタダでやれ』ってね。お兄さん、困っているみたいだけど、死にそうになさそうだから」


 少女が肉をむしゃむしゃしながら男に歩み寄り、馴れ馴れしく背中をポンポン叩いた。

 どういう教育してんだ、と男は少女を見つめたが、まあ、意味は分からないではない。金を搾り上げる奴と恩を着せる奴を見極めろ、ということだろう。


「残念だが、持ち合わせがない。だから、後で支払おう」


「それなら、腰に下げてる剣をちょ~だい。見たこと、結構な業物みたいだし」


「こ、これは困る。曾祖父の頃から我が家に伝わる宝剣だ。これを失ったら、先祖に顔向けできん」


 男は剣をしっかり掴みながら後ずさりをする。そして、意を決して告白する。


「申し遅れたが、私は『酒造国』レウマのトゥーレグ伯の弟・・・、あ、いや、今は私が伯爵か。トゥーレグ伯爵家の当主フロンと申す者だ。訳あって追われる身となっている。食事とは言わず、君らごと雇い入れたい。領地に戻れば、礼金ははずむ」


「ほ~、そいつはすごい、すごい」


 貴族であることを明かしたのに、少女の反応はお茶らけていた。女性の方も興味なさそうに肉の焼き加減を見ていた。


「んで、フロン伯爵さんね、残念だけど、ちょっと遅かったみたい」


 少女が手に持っていた骨をフロンの背後に向けると、傾斜から兵士が幾人も飛び出してくるのが見えた。さらに、遠巻きに弓兵も数名確認できる。

 フロンは慌てて振り向き、そして、剣を鞘から抜いて構える。


「くっ、もう来たか!」


「大人しくしていただきたいものですな」


 取り囲む兵士の間から、隊長格の者が出てきた。そして、それに向かってフロンは切っ先を向け、怒りと共に威圧する。


「ベルネ、貴様、気でも狂ったか! 我が伯爵家の兵士長を務めながら、謀反に加わるなど、どういうつもりだ!」


「フロン様の知るべきことではありませんぞ。少なくとも、今のところは、ね」


 ベルネと呼ばれた隊長格の男は軽く手を挙げ、それに連動して兵士達も身構える。


「間違っても、殺さぬようにな。上からの指示は生け捕りだ。怪我も極力避けよ」


 ベルネは手を振り下ろして周囲に合図を送ろうとしたが、手が止まる。周りにいた旅人風の三人組のことを忘れていたからだ。

 視線を向け、威圧と値踏みを同時に行ったが、それを察した少女をわざとらしく身震いして、焚火の側に座り込んだ。


「あぁ~、お気遣いなく、そのまま続けてください。その人とは“まだ”なんの契約も結んでないので、赤の他人ですから。そして、食事の邪魔をしないでください」


 少女は舐めるように骨までしゃぶりつくし、ポイっと投げ捨てた。そして、水筒を手にして中身をごくごくと飲み始める。これからおこるであろう捕縛劇を鑑賞するかのようなふるまいだ。

 最早、他に手がないフロンはやむなく絶叫する。


「聞いての通りだ、旅の者達よ。私は本物の伯爵だ。礼金の件も本当だ! だから、私に雇われてくれ!」


「礼金は結構ですので、その手にした剣をください」


 反応があったのは女性の方だ。女性はフロンの手に持つ剣を指さし、言葉を続けた。


「今、神よりの啓示が舞い降りました。『その者に付いていけば興味深いことになる』と。ならば、私としては、神よりのお言葉を尊重しなくてはいけません。あなたにとってその剣は何よりも大事な物のようですから、それを抑えておけばよろしいかな、と」


 女性はスッと立ち上がり、天に向かって祈りの印を組む。自らが信仰する神の名を唱え、何度も何度も感謝の言葉を述べた。

 フロンは迷った。先祖伝来の逸品を手放すのは、一族や先祖に対して心苦しい。だが、この危機的状況を脱するには選択の余地はなかった。それに事が落ち着けば、金なりなんなりで取り戻すことも可能なはずだ。

 決断すると、さすがに早かった。手にした剣を鞘に納め、後ろに放り投げた。剣は女性の足元に落ちた。


「御三方、契約は?」


「もちろん、契約成立ね」


「では、参りましょうか」


 少女と女性がふわりと跳躍し、フロンとベルネの間に割って入る。そして、少女は曲刀サーベルを鞘から抜き、女性の方は特に何の構えもなく棒立ちだ。


「「さあ、かかってきなさい!」」


 二人同時にやる気十分な気勢を上げる。そして、その場の全員が混乱する。

 フロンはこの三人組の組み合わせを、拳術士グラップラー魔術師ウィザード神官プリーストと見ていた。そうなると、拳術士が前衛、他二人が補助や援護となるのがお決まりだ。しかし、飛び出してきたのは後衛と思っていた二人で、拳術士の方は寝たまま微動だにしない。

 一方のベルネら捕り手の方も驚いていた。ろくな武装もしていない細腕の少女と女性が何をしようというのか、と。


「ご心配なく、前衛が大好きな魔術師です♪」


「むしろ、前衛の方が得意な神官ですわ」


 だが、少女も女性も余裕の笑みすら浮かべ、曲刀の切っ先を揺らし、目の前の男達を挑発。狩るべき相手を値踏みすらしていた。

 少々、意外な状況に呆気にとられはしたが、軽く深呼吸をして気を落ち着け、ベルネが尋ねてきた。


「お嬢さん方、邪魔立てするのであれば容赦はしませんよ。黙って、そちらの御仁をこちらに引き渡して、目と耳を塞ぎなさい。こちらも色々と立て込んでますので」


「その言葉はそっちにそのまま返すわ。命を惜しむなら、さっさと消えなさい」


 少女とベルネとありきたりなやり取り。しかし、少女は鼻息荒くたたみかけた。


「この姿を見て、気付かないとはどいつもこいつも痴れ者揃い! いいでしょう、名を聞け! そして、平伏しなさい! そう《二十士》が一人、《小さな雷神(リトルサンダー)》フリエス=ムドールとは私のことよ」


「同じく、《五君》の一人、《愛の溢れる神の信徒たる優しき皇帝》フィーヨ=スラムドリン=ドゥ=スヴァニル」


「長い長い、フィーヨさん、長いって。《慈愛帝》でしょ、二つ名は」


「なんか、優雅さが感じられないから、それ、いや」


 少女と女性がやいのやいのとやり取りしているが、周囲はさらに混乱していった。

 取り囲む捕り手達も、お互い顔を合わせ、そして、首を傾げる。全員が頭上に“?”を浮かべている状態だ。ベルネも呆れたように首を横に振る。そう、誰も知らないのだ。


「なんで反応薄いの? こんな危険な奴と敵対したら、普通慌てて逃げるでしょ。んで、その逃げる背中に向かって電撃浴びせるのが、私の何よりの楽しみなのに!」


「芸術性がありませんね。『どうせそっくりさんとかだ!』とか言って襲い掛かってきたのを返り討ちにして、地べたに這いずって許しを請う相手を無慈悲に始末する。これが一番ですわ」


 周りの怪訝な視線など気にもかけず、二人はそれぞれの妄想を続けた。


「少しは頭を使え、お前ら」


 先程まで眠っていたはずの男が二人の傍に立っていた。フロンもベルネも兵士達も驚く。気配もなく、音も立てず、いきなり視界に入ってきたのだ。驚くのは当然だ。


「なによ、セラ。文句あるの?」


「気づいてないようだから言っておくが、お前らが有名なのは東大陸のことであって、西大陸では無名だぞ。白鳥が東西大陸の定期航路を開始して、まだ一年程度だ。一部の情報通くらいだろう、知ってるのは。まあ、こいつは知ってるみたいだが」


 セラと呼ばれた男はフロンに視線を送る。フロンが二人の大仰な名乗りの際、他の面々とは違う雰囲気を出していたのを、しっかりと見ていたのだ。


(では、この三人は東大陸からの“渡来者”か! しかも、あの伝説の英雄!)


 フロンは驚愕の眼差しで、目の前にいる二人の女性を見つめた。なお、その二人は顔を見合わせ、「どうしよう」と頭を抱えた。英雄とは思えぬ間抜けな面構えにて。

 そんな茶番もあっさり終わることとなった。ベルネの合図とともに、少し離れたところにいた弓兵から矢が放たれたのだ。矢は三本、狙いは三人組の頭だ。

 飛んできた矢の軌道は正確だった。狙い違わず、矢は三人の頭に向かって飛ぶ。だが、その矢は射手の思惑とは違う結果が生じた。フィーヨの服の袖から二匹の赤い蛇が飛び出し、フィーヨとフリエスに刺さろうとしていた矢を噛みついて止めた。セラにいたっては、避けることも防ぐこともせずにそのまま矢が眉間に命中するものの、刺さるどころがかすり傷すらつけられず、弾かれてしまった。


「あ、わざわざすいません」


 フリエスはフィーヨににこやかな笑顔を向けるが、その首に短剣が突き刺さる。矢が防がれると同時に、ベルネが投げつけたのだ。

 今度はしっかりと突き刺さり、少女の細い首から血が次々と流れ落ちた。

 だが、少女は倒れない。フリエスは突き刺さった短剣を引き抜くと、さらに血が勢いよく噴出したが、それを無視して短剣をベルネに投げ返した。平然と投げ返した少女に一瞬驚いたものの、わずかに体をひねり、飛んできた短剣をかわした。

 ベルネは態勢を立て直し、さらに剣を抜いて切りかかろうとするが、すぐに足が止まる。フリエスから電光とともに膨大な魔力があふれ出し、その手は天に向かって真っすぐと伸びていた。


「〈轟雷(ロアーボルト)〉!」


 フリエスが地を震わすほどの力ある言葉が響き、天から眩い光とともに雷が打ち付ける。天に向かって伸びるフリエスの手にその雷が飛び込み、受け止める。


挿絵(By みてみん) 


極大化(マナ・レイズ)! 範囲拡大(ワイデン)!」


 続けて発せられた力ある言葉とともに、フリエスの手中の雷がさらに輝きを増していった。耳を突きさすけたたましい轟音、まともに目視できないほどの眩い電光、そして、荒れ狂う魔力の奔流、その場の兵士達を怯えさせるのには十分すぎた。

 その段階で、フィーヨとセラが動いた。フィーヨは大きく後ろに跳躍し、フリエスとの距離を取り、セラもフロンの腕をつかみながら後ろに跳躍する。フロンは急に引っ張られたことと、大人一人を軽々掴んで跳躍できるセラの身体能力に驚いたが、驚く暇すらなくさらに事態が動いた。

 フィーヨは着地と同時に少し遅れて着地したセラに寄り、バチバチ輝くフリエスから陰になるようにセラの背中側に隠れた。セラも掴んでいたフロンを後ろに落とすと、黒い腕輪のはめられている左腕をフリエスの方に向けた。


「虚空よ」


 セラから発せられた言葉に腕輪が反応し、黒い煙のようなものが周囲を飲み込んだ。それにセラ、フィーヨ、フロンの順番で包まれた。

 何事か思った次の瞬間には、フロンは虚無に包まれた。森の中にいたはずなのに、周囲は完全な暗闇で視界はない。傍にいた二人の姿が見えない。それどころか、自分の体すら見えない。いや、見えないどころか感覚すらない。指を動かそうと念じても、体がどうなっているのかがわからない。完全な“無”だ。思考しか残っていない。

 このまま闇に飲まれて消えてしまうのではとフロンは心配したが、次の瞬間には先程いた森に戻っていた。

 だが、周囲の状況は劇的に変わっていた。

 周囲の木々が雷でなぎ倒され、そして、燃え上がっていた。ベルネを始め取り囲んでいた兵士達は一人残らず黒焦げの躯となり、あちこちに転がっていた。

 そして、その只中にフリエスは何事なかったかのように立っていた。


「死亡確認 ヨシ! 黒焦げ、ヨシ! 全滅、ヨシ!」


 丁寧に確認をとり、フリエスはすっきりした感じで笑みを浮かべて。ちなみに、先程まで血が噴き出していた首の傷は完全に塞がっていた。


「はっはっは! 見たか、知ったか、愚か者さん達よ。言われた通りに引き下がっていれば、こんな森の中で躯をさらさなくてよかったのにねぇ~。いやぁ、残念残念!」


 勝利をぐるぐる回って踊ってフリエスは喜んだ。

 フロンはあまりの桁外れな強さに驚くと同時に、周囲に転がっている死体を見て複雑な感情を抱く。つい数日前までは自分の家に仕えていた者達だ。謀反に加担したとはいえ、そこまで割り切れることとも言い難かった。なにより、ベルネは自分を生け捕りにしようとしてたので、何か裏があったのではと思考できる余裕も出てきた。

 とはいえ、危機的状況はこれでひとまずは回避できたので、色々とため込んでいた物を深呼吸とともに吐き出した。


「フィーヨ殿、それとセラ殿、助かりました。ありがとうございます」


「いいのよ、別に。契約ですから」


 そう言うと、フィーヨは足元に転がっていた宝剣を拾い上げる。幸い、フリエスの放った電撃は地面に転がっていたせいかほとんど影響もなく、傷もなかった。


「しかし、フリエス殿はお強いですな。あれほどの電撃を繰り出すとは」


「『電撃系術式魔力消費なし』『電撃系術式補助付加魔力消費なし」『電撃系術式詠唱破棄』『被ダメージ時自動放電』『電撃系吸収』、フリエスの持ってる特殊能力はこんな感じね。けっこう強力でしょ」


 さらりと言うが、とんでもない能力だとフロンは驚く。先程の電撃を魔力消費なしで繰り出し、傷もそれによって塞いでいるということだ。攻防一体の隙のない能力編成だ。

 かつて聞いた『主なき地の伝説』と題され、旅の吟遊詩人が歌っていた英雄譚。まさにその伝説の英雄が目の前に現れたのだ。

 東大陸では魔王の復活という未曽有の危機に見舞われた。しかし、その危機的状況に立ち上がり、魔王軍と数々の激闘を繰り広げる《五君・二十士》と後に呼ばれるようになる五人の君主と二十人の英傑の活躍で平和な時代を迎えることとなった。

 その後、東大陸の住人は戦災の復興と西大陸への航路開拓に乗り出し、つい先年に定期航路が開始されるに至った。白鳥と呼ばれる英雄の手によって。

 吟遊詩人が歌っていた伝説は、かつて東大陸全土を巻き込んだこの『死刻大戦』が元になっていると聞いていた。そして、大戦が終結したのが二十年近く前だとも。

 そうなると、目の前の英雄達はあまりにも若すぎるのだ。


「失礼だが、皆さんのお年は?」


「あたしは三十路入ったところだよ~」


「私は四十になったところですわ。子供も大きくなりましたので譲位しましたわ」


 倍は年齢サバ読みしてるだろう、とフロンは思った。

 フリエスは背丈や体つきから十代前半としか思えないし、フィーヨも二十歳前後にしか見えない。これで三十路だの、四十過ぎた経産婦だの、とても信じられなかった。


「セラ殿、あなたは五十過ぎとか言いませんよね?」


「俺か? 百までは数えてたが、途中で面倒になったんでやめた。千は行ってないはずだが、五百は下回らないはずだ」


 もはや言葉も出てこない。伝説の英雄達は何から何まで規格外ということか。


「ええっと、セラ殿、あなたも伝説の英雄ならば、どの二つ名を」


「あ~、ないない。こいつは二つ名ない。英雄でもなんでもないから。私の飼い犬。強いて言うなら自称『十三番目の魔王(ナンバーサーティーン)』かな」


 フリエスがポンポンとセラの背中を叩き、ゲラゲラ笑いだした。軽口であっても言っている内容は衝撃的だが。

 かつて世界を混乱に巻き込んだ魔王は十二体存在したとされている。数々の災厄をもたらしたが、古の時代の大盗賊トブ=ムドールとその仲間たちによって捕らえられ、世界の各所に封印されたと伝えられている。『死刻大戦』で復活した魔王もその中に含まれており、かつての封印が緩んだ結果の惨事だ。

 そして、目の前の優男はその十三番目を自称しているとのことだが、フロンはセラの姿を見つめる。長身で端正な顔立ち、今少し愛想よくできればさぞもてるだろうが、その衣服の下は相当に鍛え上げられているのは先程の一連の動きで分かった。矢を眉間に食らってもはじき返し、大人一人を軽く持ち上げ、気配を消して近づく。並の拳術士ではこうはいかない。

 何よりフロンが気になるのは、先程雷をかわした黒い煙の正体だ。あんな魔術は見たことも聞いたこともなかった。魔王を自称しているのなら、魔族が使う特殊な術だろうか。


「おい、飼い主様よ、さっきの電撃で荷物が黒焦げだが、いいのか?」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 セラの指さす先には先程まで自分達が野宿をしていた焚火、今では完全に消し炭だ。その側に鎮座する荷物袋の成れの果て。フリエスはそれを掴もうとするが完全に炭化しており、中身ともども夜風とともに吹き散らされてしまった。


「ど、どうすんの! 預かってた手紙、ボロボロよ!」


「自業自得だな。無駄に強力な電撃食らわせて、自分達の荷物まで黒焦げにするとは」


「あらあら。私達の旅路は早くも終了ですわね」


 地面に突っ伏し、頭を抱えるフリエス。それに対して容赦なく畳みかける二人。しかし、フリエスはジタバタしながら困り果てているが、二人は全然困っている様子が見えない。むしろ、楽しんでいる風すらある。


「俺は元々あのクソ天使にわざわざ会いに行くなんざ、願い下げだからな。これで自由な旅を満喫できるというわけだ」


 嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てるようにセラは言い放った。

 自称魔王と天使である。そりゃ仲も悪かろうとフロンは思った。かつて、至高神と邪神が相争い、その後はその躯を苗床として天使や悪魔が姿を現した。遥かな太古より敵対してきたのだ。平穏になったからと言って即握手とはいくまい。むしろ、表に光あふれるからこそ、影が濃くなり、裏で手を回すというものだ。


「私も私で旅の目的はありましたが、天使へのお届け物はついででしたから。ついでの方がなくなっただけで、本来の目的には支障なしですわ」


 大事な手紙をついで扱いするフィーヨであったが、彼女は元皇帝である。譲位してまで自ら旅に出るほどの何かがあるのだろうと、フロンは考えた。


「二人はそうでも、こっちは問題大有りよ! ああ、まずい、白鳥に怒られる。荷止めされたら、実家が干上がる!」


「いやいや、さすがにそこまではないから」


 悶えるフリエスをフィーヨは優しく撫でて宥める。

 その光景をみながらセラはニヤつきながらフロンに話しかける。


「信じられるか? あれが吟遊詩人の歌に出てくる伝説の大英雄様だぞ。いや、それ抜きにしても、三十路であの醜態を公衆の面前でさらせるのはないぜ、くっくっく」


「いやはや、なんと言うか・・・」


「ちなみにな。特殊能力の構成上、アホ女神は無敵だ。一撃で魂も肉体も吹っ飛ばすくらいでもしないと死にはしない。だが、それでも今まで二回も負けてんだよ。敗因はどっちも精神攻撃な」


 なるほどと、フロンは納得してしまった。どれほどの猛者であろうとも、精神がそれに追いついてなければナマクラも同然か、と。

 無論、フリエスはナマクラなどではないことは、先程の一撃を見れば分かる。だが、人間相手と魔王相手では、天地ほどの差があるのは当然だ。悪魔というやつは、まこと心の隙に入り込んでくるのが上手い連中だ。精神攻撃などお手の物であろう。


「まあ、次の新月までになんとかいい方法考えとくしかないわね」


「新月の日になにかあるので?」


「毎月一回、新月の夜にだけ父さんと連絡とれる方法があるのよ。手紙のことはそこで考えるしかないわね。さて、どういう言い訳にしようか・・・」


 フリエスは顎に手を当て、色々とブツブツ呟きながら行ったり来たりした。それを横目にフィーヨとセラは黒焦げを免れた荷物をまとめ始める。といっても、武装は基本的にないも同然なのでその手の損害もなく、着替えや保存食がダメになったくらいだ。路銀は腰の袋に入れていたので無事だし、損害らしい損害といえば、依頼品の手紙だけだ。


「さて、とりあえず移動しましょうか。さすがにもう追ってはこないでしょうが、死体がごろついてるところで野宿再開とはいきませんしね」


 そういうと、フィーヨは胸元にぶら下げてある聖印を左手で握り、右手をフロンに向ける。同時に、その体からなんだか心地よい魔力の流れが漂い始めた。

 神官は神の従僕であり、奇跡という名の神力を代行することができる。もちろん、それ相応の魔力、何より神への信仰と献身が必要ではあるが。


「偉大なる軍神よ、戦いの最中に傷つきしこの者に加護あれ。傷を癒し、再び戦場に立つ勇気と活力を与えたまえ。《完治(リザレクション)》!」


 神の奇跡が白い光となり、フロンの体を包み込む。坂を転げ落ちた際にできた傷はその痛みを消し去り、極度の疲労感もなくなるどころかやる気すら湧いてきた。最上位の神官が行使できる神の奇跡《完治(リザレクション)》だ。傷の回復はもちろんのこと、精神にも作用して気力をも回復させる。


「といっても、飢えや渇きをどうにかするものでもないですから、移動しながら水も探しましょう。鼻と耳のいい狼もいますから、じきに見つかりますよ。」


 こうして、四人は凄惨な殺戮現場と化した野営地を後にした。

 ただ、フロンはほんの数日目まで自家の兵士として仕えていた者達を野ざらしにすることに躊躇を覚えたものの、どうすることもできなかったので、放置せざるを得なかったことを悔やんだ。歩きながらも何度か振り向き、彼らの冥福を祈ることにした。



               ~ 第二話に続く ~



挿絵はリズさんよりの頂き物です。


感謝!

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[良い点] 天真爛漫のフリエスさんにフィーヨ奥様。女性が元気な物語は大好きです。過度によらず想像力を刺激するには十分な場面描写は本当に秀逸としか言えません。特に動きがあるシーンは読んでいてとても楽しめ…
[良い点] まだここまでしか読んでいませんが、キャラクターの発言がとても自然だと感じました。 フリエスは天真爛漫、フィーヨはおっとり系、セラは無愛想、といった性格でしょうか? 個性が言葉に現われてい…
[良い点] 読みにきました。 緻密に練られた設定で、読み進むに従い凄いと感心します! 先が楽しみです。 [気になる点] 第二部分だけで4日かかりました。 自分が小説を書くときは一話3000文字…
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