第十六話 告白
「勝ったわよ!」
高らかと勝利宣言した二人であったが、見た目的には敗者としか思えないほどボロボロであった。フリエスは体の各部が欠損しているし、そのための出血で肌も服も赤く染まっていた。
フィーヨの方はというと両腕が折れていた。二枚の盾でフリエスをかばった際、ゴーレムの打撃を盾で受け止めたのだが、その時の衝撃で腕の骨にヒビが入った。さらにフリエスを抱えて飛び退いた際に、それが完全に折れてしまったのだ。普段なら〈真祖の心臓〉で肉体を強化しているのだが、今回は補助術式をフリエスに回していたため、自身の強化が不十分で、ゴーレムの打撃に腕が耐えられなかったのだ。そして、フリエスの自動放電の影響下にあったことから、それによるダメージも受けており、フリエス程ではないにせよ、フィーヨもかなりの重症であった。
そして、勝ちを確信したフリエスは気絶した。ゴーレムを停止させたことでの気の緩みもあったが、なにより全身から律儀なまでに伝わってくる激痛に耐えられなくなったのだ。
それを見たフィーヨも安堵のため息を吐いたが、いつものように抱きしめたり撫でてやることもできなかった。両腕が骨折していたからだ。また、全力で補助術式をかけ続けたので魔力が枯渇していた上に、緊張の弛緩により疲労感が一気に降りてきたのだ。
「お疲れ様、フリエス。でも、ちょっと重たいわ」
フィーヨはふと漏らした安堵の言葉であったが、その直後に事態は激変する。疲労感からぼやけていた視界が、何かの影が動いているのを捉えた。一瞬、ゴーレムが再稼働でもしたかと思ったが、それにしては小さかった。
そして、その影の主はコレチェロであった。
「私が参戦しないとは言っておらんぞ」
コレチェロは剣を逆手に持ち、それを地面に転がる二人に突き刺そうとした。フリエスは気絶し、その下敷きになっているフィーヨも苦痛と疲労から動けなかった。
「兄上!」
少し離れた所から戦いを眺めていたフロンの声が耳に突き刺さった。慌てて止めに入ろうと駆け出してはいるが、それは間に合いそうになかった。
だが、コレチェロの剣が二人に突き立てられることはなかった。コレチェロが勢いよく振り下ろした剣は寸前のところで止められた。いつの間にか駆け寄っていたセラが、その剣を指で摘まんで止めたのだ。
セラは驚くコレチェロを睨み、自分の顔をコレチェロに近づけた。吹きかければ、息すら届くほどの至近だ。
「いい戦いだった。これ以上の延長戦は無粋と言うものだぞ。なにより、ゴーレムが敗れた時は負けを認める・・・、という約束に反する。剣を引け」
低く、そして、重たいセラの言葉であった。
コレチェロは動かない。臆してもおらず、そうかといって怒りもしていない。ただ、純粋に目の前の男にどう返そうかと悩んでいるのだ。
そして、口を開いた。
「・・・そうか、私は負けたのか」
「負けたのは、あくまでそこの人形ではあるがな。だが、それに賭けたので、お前はそれに引っ張られただけの話よ」
コレチェロはその一言に観念したのか、剣を引き、鞘に納めた。全てが終わった、そう考えるともうどうにでもよくなり、ただなんとなしに空を眺めた。今日は雲一つ見えない見渡す限りの青空で、昇っている太陽は天頂まであと少しといったところであった。
「なあ、なぜ私は敗れたのだろうか?」
コレチェロは空を見上げながらなんとなしに、セラに質問してみた。名前すら知らない男ではあるが、先程の動きや先日の一撃からとんでもない実力者だと理解していた。今の空虚な自分に、何かを埋めてくれるのではと期待した。
「戦とは、力と力のぶつかり合いであると同時に、意志と意志のぶつかり合いでもある。にも拘わらず、お前は自らの意志を持たぬ人形に己の未来を賭けた。負けて当然だ」
セラははっきりと言い切った。そう指摘されたコレチェロは妙に納得する点があり、負けを指摘されながら笑いが込み上げてきた。だが、どうにか笑いそうになるのを堪え、セラの次の言葉を待った。
「王たる者は下々の者へ示さねばならん。力、智慧、あるいは勇気、そういったものをだ。だが、お前は何を示した? 何も示しておらん。そんなやつに誰が付いてくるというのだ。仮に、今日の勝利を得られたとしても、そう遠くない未来に破綻しただろうよ。借り物の人形で得られた、仮初の栄光では王冠は輝かない」
妙に刺さる言葉だと、コレチェロは感心した。そして、その言葉を発した目の前の男からにじみ出る威厳や風格と言うものを感じた。
「仮初の栄光か・・・」
「それにだ。こいつがいつまでもお前の操り人形で収まるような小さな器だとでも?」
セラの見つめる先には、息を切らしながら駆け寄ってきたフロンがいた。離れて決戦を見守っていたが、コレチェロがフリエスやフィーヨを刺殺しようとしたのを見て、慌てて駆け寄ってきたのだ。
「兄上、どうかそこまでにしてください。すべては終わりました。だから、もう短慮なことはなさらぬよう思いとどまってください」
まだ呼吸が乱れて喉の奥から絞り出した声で、フロンは兄をなだめようとした。その目は怒りでも哀れみでもなく、純粋に兄の心配をしているそれであった。
マルチェロは思わず笑ってしまった。あれほどのことをしでかしながらも、なお自分のことを心配するなど、お人好しにもほどがあるからだ。
「兄上・・・」
「ああ、すまんすまん。こういう場面では、先に笑ったりしたら負けよな。おとなしく私の負けを認めよう、フロンよ」
マルチェロは持っていた剣をフロンの足元に放り投げた。フロンはそれらを拾い上げ、ようやく片付いたと安堵のため息を漏らした。
そして、フロンは我慢できず、兄につられて笑いだしてしまった。結局、この二人はやり方に相違があっただけで、以前のままに仲の良い兄弟であることを再認識できた。
「もしもーし、麗しい兄弟愛はいいにしても、早く治して」
倒れていたフィーヨが自分の事をすっかり忘れそうな二人に対して抗議の声をあげた。フィーヨは両腕の骨折と体内の魔力の枯渇による憔悴感程度だが、フリエスは重体であった。体中どこを見ても怪我や欠損していない場所を探す方が難しいほどの状態だ。
いくらフリエスが自己治癒能力に優れているとはいえ、これでは時間がかかりすぎるというものだ。
フロンは慌てて二人に駆け寄り、自身の外套を下敷きにして、ゆっくりとフリエスを動かしてその上に乗せた。実際に間近でみると、目を背けたくなるほどのボロボロの状態だ。
「フィーヨ殿は大丈夫ですか?」
「ええ、そっちのに比べれば問題ないわ。今は〈真祖の心臓〉を調整して、治癒の方に振り分けているから・・・。折れた骨、切れた神経や筋肉をつなぎ直してるところよ。あと少し休めば、立って歩けるくらいにはなれるわ」
フィーヨは横になり、目を閉じながらそう答えた。また、両腕の蛇も腕を動かさないように副木の代わりとなり、いつも以上にしっかりとそれでいて丁寧に巻き付いているようであった。
そうなると、問題なのは目の前の少女の方であった。神であるがゆえに死ぬことがないとはいえ、この傷を癒すのにどれほどの時間がかかるか知れたものではない。
「下がっていろ、巻き込まれるぞ」
心配するフロンに声をかけてきたのはセラであった。セラは切断されたフリエスの腕を持っており、それを跪いて本来あるべきフリエスの右肩の所へと置いた。そして、二つの手を肩の切断部と貫かれた胸に添えた。
「汝の傷もて、我が傷を癒せ、〈反転する苦痛〉」
セラの発した力ある言葉により術式が完成すると、その効力が現れ始めた。フリエスの腕がみるみるうちに繋がり、胸の傷もあっさりと塞がった。代わりに、セラの腕が落ち、胸の辺りから服に血が染み出してきた。
セラが使った術式は本来、自分の受けた傷を相手に移し替える、という効果のあるものであったが、それを逆転させて使用した。つまり、フリエスが受けた特に重篤な箇所を自分自身に移したのだ。
そして、落ちた右腕を左手で拾い上げて傷口に引っ付けた。すると、すぐにそれが繋がり、繋がったことを確認するため、右手を何度か動かして確認した。
「俺は体力も魔力も消費しとらんからな。この程度の傷なら即時再生可能よ。フリエスも他の傷ならそこまで深くないし、あとは自力で治せるだろう」
そう言うと、セラはフリエスの頬を何度か軽く平手打ちした。ぺチンぺチンと言う音が響き、同時にセラが何度か呼びかけた。とても死にかけの重篤者への扱いではなかったが、セラはお構いなしに続けた。
その回数が十に届くかと言ったところで、フリエスが目を覚まし、軽く呻き声を上げながら意識を取り戻した。全身から律儀に痛みを伝えてくるので、損傷はしていても、神経が切れていたり、欠損していたりしているようではなかったのは確認できた。意識が戻ったところで、さらなる一撃が頬に叩き込まれたことにはさすがに怒った。
「くぉらぁ、これがか弱い乙女に対する扱い!?」
フリエスはセラを恨めしそうに睨みつけた。だが、口調はいつもの通りだが、顔色は非常に悪い。血が全然足りていないからだ。
「それだけ口が動くなら大丈夫そうだな。ああ、胸部に穴が開いてたんで、閉じといたぞ。残念なことに、埋めるための肉を近くから寄せざるを得なかったんで、なけなしの膨らみがますます控えめになったがな」
「・・・今すぐ一発殴らせなさい」
フリエスの左手がゆっくりと持ち上がり、セラの頬に拳が刺さったが、まったく威力がなかった。怪我に加えて血液不足、自己治癒能力で徐々に回復はしているが、それでも失われた血は簡単には戻りそうになかった。
「フィーヨさん、“輸血”はできる?」
フリエスは同じく横になっているフィーヨに声をかけた。とにかく血が足りてないのなら、血を入れてしまえばいいとの発想から出た言葉であった。だが、フィーヨは首を横に振り、フリエスの要請を拒絶した。
「万全な状態だとできますが、今はこの状態ですし、魔力もカラカラ。そこら辺に飛び散った血を集めて、洗浄して、体に入れ直す、悪いけどそんな大掛かりかつ精密な作業はできないわね。自然回復を待った方がいいわ」
フィーヨの返答はフリエスを億劫にさせたが、やむなしと諦めた。結局、フィーヨもフリエスも横になって、自己治癒にしばらく専念せざるを得なかった。
まあこれならいいかとセラは思い、改めてフロンの方に視線を向けた。フロンはその意を察し、兄コレチェロに歩み寄った。
二人の治療を終え、兄弟は改めて向き合った。コレチェロはこっそりと逃げるようなまねはせず、その場に立って姿勢を崩すことなく倒れている二人の治療が終わるのを待っていた。改めて、兄の生真面目ぶりを目の当たりにし、フロンとしては安堵する点であった。
それだけに、今回の事件をなぜ起こしたのか、じっくり聞かねばならなかった。
「しかし、君は凄まじいな。どうやら、人形ではなく、君を味方につけておくべきであったな。その点では弟に完敗か。巡り合わせの悪い事よ」
先に口を開いたのは、コレチェロであった。だが、事件のことではなく、セラへの称賛で、先程の人間離れした術や技に素直に感心して拍手した。
「俺は魔王だ。自称だがな。そんな奴と巡り合わせがいい方が問題だぞ」
「邪神の眷属に続いて、今度は自称魔王か! 弟よ、お前の巡り合わせの運とやらは、本当に凄いなあ。ああ、これは負けたのも納得よ」
随分と上機嫌に笑う兄に、フロンは若干引いているが、コレチェロはお構いなしに笑い続け、そして、拍手も続けた。
「巡り合わせは偶然の産物だ。縁も偶然の産物だ。運命もまた、偶然も産物だ。敢えて理由をつけるのであれば、縁を司る愛の女神の呪いだな」
「女神の加護や奇跡ではなく、呪いと言うか! 面白い奴だな、君は。さすがは魔王」
「神の力が作用した場合、その事象に利があるなら加護、害があるなら呪いとなる。結局、人間の主観よ、そんなものは。見る者、受ける者の感じ方でどうとでも取れる。それに付け込んで、我が意に従わせようとする神などと言う存在は、いずれ漏れなく拳を叩き込んでやるつもりだ」
堂々と神をぶちのめすと宣言したセラに対し、コレチェロは妙に共感するようになった。魔王の持つ特有の惹きつける力にやられたのかもしれないな、とコレチェロは考えたが、それもよしと思えるほどに目の前の男に惹かれ始めた。
コレチェロ自身、神に向かって唾を吐きかけてやりたい気持ちも抱えており、そう言う意味でセラの堂々たる宣言に、喝采を送ったのだ。同時に、それを実行できそうな実力を持っていることにも羨ましく思った。
それをフロンはいささか嫉妬じみた感覚で眺めた。
(師もそうであったが、兄も普段見せないこの表情。本心を表に引き出す才能というか、セラ殿にはそういう魔王としての何か、こう・・・、魅力とでもいうのか、そういうのがあるのかもしれんな)
フロンは二人のやり取りを見てそう感じたが、今はそれよりも事件の真相を聞くことが先決と考え、頭の隅に追いやった。
「兄上、歓談もよろしいが、今回の一件、包み隠さずお話ししてください」
弟の指摘に、コレチェロは頭をかいてごまかすしかなかった。負けた側として、勝った側に従うと約していたにも拘らず、脱線して楽しくお喋りなどと度し難い真似をやってしまったからだ。
「あぁ~、うむ、そうだな、無論そのつもりだ、弟よ。敗者は勝者に従わねばな。なんなら、縛り上げておくか?」
コレチェロの冗談めいた提案に、フロンは却下された。抵抗の意思すら見せない兄を縛る気にはなれなかったのだ。なにより、周囲には知人縁者しかいないので、尋問めいた強い姿勢で臨むつもりはなかった。
セラはフロンの横に立ち、腕を組んで見守る構えを取った。
コレチェロは一度深く呼吸をしてから、フロンとの対話を開始した。
「フロンよ、一つ聞いてみたいのだが、もしお前が何かしらの病や障害を抱えているとしよう。その一事を以て、自身のすべてを否定されるとしたらばどう思う?」
フロンはコレチェロの突然の質問に驚いた。その質問内容でなく、兄の静かだか怒りをたぎらせた雰囲気にである。コレチェロのそんな気配にフロンは気圧され、真面目に答えなければ、へそを曲げられかねないと真剣に考えた。
命に関わる何かの事情がある、との事前情報があったので、この質問はコレチェロの経験からくる質問だと察することができた。それがこの事件の根幹であることも、目の前の兄の雰囲気からも感じ取れた。であるからこそ、しっかりと答えて兄の次の言葉を引き出さねばとも考えた。
「病の症状によりますね。日々の執務に支障が出るほど重度のものであれば、引退して静養なさるのがよろしいかと」
フロンの回答は当たり障りのない無難な回答であった。まずは様子見、フロンはそう考えたが、それはマルチェロにも伝わったようで、無言で何度か頷いた。
「では、その症状が特定の条件下でのみ発生するもので、日々の執務や生活に支障が出ないものであったらば?」
「でしたらば、その特定の条件とやらを回避すれば問題ないでしょう。どういう条件かは分かりませんが、日々の業務に関係ないのであれば、回避はできましょう」
実際、フロンは兄が命に関わる何かを抱えていることなど、先日執事のコルテから聞かされるまでは知らなかった。つまり、コレチェロはその特定の条件をちゃんと回避していたということであった。
「兄上、その特定の条件とは一体なんなのですか?」
「酒」
たった一言。コレチェロの発した言葉は不快感で満ちていた。それすら生ぬるく、憎悪を感じ取れるほど、“酒”という言葉を嫌っている雰囲気であった。
そこでフロンは思い出した。自分は兄が酒をまともに飲んだところを見たことがない、ということに気付かされた。
酒蔵の視察で試飲を勧められても仕事中だからと断り、領内の宴席でも給仕の差配があるからと飲んだことがなかった。領主を継いでからも、皆の労いがあるから酔わないようにしている、と言って手に持っていた盃を口に運ぶことはなかった。
一連の行動を兄の生真面目さからくるものだとフロンは思っていたが、本当に飲めないのだとすれば大きな問題となる。なぜなら、ここレウマ国は『酒造国』とも呼ばれるほどの国で、全てが酒を中心に回っていると言ってもよい国だ。その国の重臣たる十二伯爵家の当主が飲めないとなると、色々と不都合なことになるだろう。
まして、次の国王はコレチェロで確定している。酒造りの国の王が、酒を一切飲めないとなると、体面的によろしくない。
「酒とは盃に注がれた毒だ。節度を守らねば、たちまち精神を蝕む。理性と言う名の仮面をはぎ取り、人間の獣性を呼び起こす。だが、時として、獣性どころか死すら呼び寄せる」
コレチェロの口調は穏やかであった。だが、その言葉には殺意すら感じ取れるほどに冷めきった雰囲気を漂わせていた。フロンは滅多に見ない兄の感情むき出し言葉に驚き、同時に耐えがたい苦痛を味わったのだろうと感じた。
「まあ、たまにいるわな。酒が全然飲めない奴が。ひどいのだと、酒を一口飲んだだけでひっくり返る奴もいる。お前はその口か。それじゃあ大変だろうよ」
セラは半ば同情の混じった口調で話し、コレチェロは無言で頷いてその内容を肯定した。
「なあ、フロンよ、酒を飲めないことは罪なのだろうか? あれほどの仕打ちを受けねばならぬほどの罪科なのだろうか?」
コレチェロの口調はいよいよ棘をまき散らすがごとく痛々しいものへと変わった。フロンとしては、どう答えるべきか迷った。だが、答えないわけにもいかず必死に考えた。
(兄がここまで怒るのだ。余程のことがあったのだろうが・・・。だが、だからと言って皆殺しにするのはいくら何でもやりすぎでは?)
フロンは答えに窮した。生真面目な兄がここまでのことをやってしまうほど追い詰められていたのであれば、それに気付くことも汲み取ることもできなかった自分が恥ずかしくなる。だが、法的には立派な殺人罪を犯している。
私情を挟むか、法を順守するか、フロンの頭の中では思考が渦を巻いて吹き荒れた。
そんなフロンの肩にセラが手を置き、不敵な笑みを浮かべ、それから再びコレチェロに視線を戻した。
「コレチェロよ、お前が正しい。そいつらは死んで当然のクズだ。気に病むことはない」
セラの口から発せられた全面肯定の言葉にフロンは驚き、目を見開いて横に立っていたセラを見つめた。迷いもない、相手を煽ったりからかったりする雰囲気もない。ただただ、純粋に肯定し、コレチェロの行動を認めているのだ。
驚いたのはコレチェロも同様であった。まだ、事件の詳細を話していない。ただ、酒の席での恨みからの犯行ということは伝えたが、それすら詳しい中身を話していない。にも拘らず、目の前の男は自分の行動を受け入れると断言したのだ。
「先程お前も言っただろう? 『酒は毒だ』と。おおかた、飲めないお前に無理やり飲ませて・・・、てとこだろう。ならば、毒を無理やり飲ませたのと同義だ。毒を飲ませて殺そうとしたのであれば、ゴーレムに殴り殺されたとて文句はあるまい。そいつらも今頃あの世とやらで悔いているだろうよ。『おちょくっていたのが猫ではなく獅子だと気付かなかった』とな。自業自得と言うものだ」
やられたことをやり返しただけ、セラははっきりとそう断言した。セラは魔王であり、法に縛られた存在ではない。唯一の法は力であり、実力者は何をしても許されると考えていた。フリエスと組むようになってからは、多少人間社会にも馴染んできたとはいえ、根本的な部分は変わっていない。あくまで、徹底的な実力主義の考えの下、行動していた。
「そうだ。私は酒が飲めぬことに前々から知っていたが、どうすることもできなかった。だから、酒は飲んだフリをして、飲まないようにしていた。そんな時だ。病気がちだった父の代理として、定例会議に初めてトゥーレグ伯爵領の代表を務めた。その席で列席者に無理やり飲まされ、そのまま意識不明で運び出された。フロン、お前がこの件を知らないのは、コルテら随員に黙っておくようにきつく命じていたからだ」
苦い思い出を口にしたため、コレチェロの表情は険しかった。だが、弟や目の前の男にすべてを話さねばならないとの思いが、話をどうにか続けさせた。
「そして、その後に父が亡くなり、私が伯爵家の当主として、正式に定例会議に出席するようになった。以前の代理出席のときから二年経っていたが、もちろん酒を飲めないままだ。前回の失態もあったから、今度こそ酒を飲まないようにと注意したが、またしても無理やり飲まされ、気絶してしまった。しかも、随伴していたベルネがワウン伯を殴り飛ばして騒ぎが大きくなってしまった」
「ベルネがワウン伯を!? どうしてまた・・・」
これもフロンには初耳であった。コレチェロが当主になってから初めての定例会議は、次期国王をトゥーレグ伯爵家が務めることになっていたため、フロンも兄の補佐や給仕の差配のため参加する予定だった。しかし、折り悪く体調を崩してしまい、コルテが代役に充てられたため、不参加であった。
「無理やり酒を飲ませたのがワウン伯だったからというのもあるが、それ以上に気絶した私に対して『まだ酒が飲めんのか。どうしようもない愚図めが。こんな能無しが次の王とか勘弁してほしいわい』などと言ったらしくてな。気絶した私を介抱していたベルネがそれに激怒し、ワウン伯を殴り飛ばしたのだ」
「それは大問題・・・ですね」
フロンは言葉を詰まらせた。なにしろ、ベルネはトゥーレグ伯爵家に仕えており、それが他の伯爵家の当主を殴打したのだ。戦争になりかねない問題行動だ。
「そのときはアルコ師が間に入って事なきを得た。師は引退した後だったが、熟成させていた蒸留酒ができたからと、わざわざ酒樽ごとやって来てな。その酒が絶品だったようで、列席者は私の事など“忘れて”しまったのだ。後で、ワウン伯には見舞金として結構な額を払ったがな。この件も口止めしていたから、お前の耳には入ってないはずだ」
実際、この件もフロンは初耳であった。なにか騒動があったことは知っていたが、随伴していた者は誰もそのことを話さず、「領主様に直接お聞きください』としか答えなかった。当然、兄にも聞いてみたが、「少し手違いがあってワウン伯に損害が出てしまって詫び金を払った」とだけしか答えなかった。
後にアルコにも尋ねてみたが、「詮索せんほうがよい」と止められる有様だ。
「その後はひどい有様よ。酒を飲ますアホはいなくなったが、同時に私の席もある意味でなくなった。私は度重なる失態を取り戻そうと、必死で働いた。国内の問題を洗いざらい調べ上げ、他領の権益をなるべく犯さない範囲で問題を提起し、改善案も同時に出した。また、酒の販路の拡充とその工程表も作成し、さらなる利益確保に努めた。だが、全部拒絶された。『酒もまともに飲めん愚図の戯言なんぞ聞く気にもならん』のだそうだ。話の内容よりも、話している奴が酒を飲めるかどうかだけが、あの場の人間には重要なんだとさ」
呆れ半分、諦め半分といった、コレチェロの吐き捨てるような言葉であった。真面目過ぎる性格が災いして、働けば働くほど疎外感と絶望感が蓄積していき、そして、ついには激発してしまったということだ。
フロンは兄の絶望感がいかほどのものかは計り知れなかった。どれだけ必死になって働こうとも認められず、貶され続ける日々を送ったのだ。しかも、職務上の失態ではなく、無理やり飲まされた酒での失敗でである。怒り、苦しみ、絶望し、そして、すべてをひっくり返そうと動くのも分からないではなかった。
だからこそ、フロンは激怒した。なぜ、一言でも自分に相談してくれなかったのかと。
「結局・・・、誰も彼も私を除け者にしただけでは?」
フロンの言葉には明らかに怒りが満ちていた。周りの者達が知っていて、自分だけが情報を遮断され、何も知らない状態に置かれていた。しかも一言の相談もなく激発し、国をひっくり返す大騒ぎを起こしたからだ。
「フロン、お前が怒るのも分かる。だが、お前が知ったところで何ができる? あるいは、事件の現場にいて、何ができたというのか?」
「そ、それは・・・」
コレチェロの指摘通り、仮に知ったところで何かできるわけではなかった。また、現場にいたらば、間違いなくベルネ同様にワウン伯を殴り飛ばしていたであろう。結局、知ったところで何もできないのだ。
「お前が現場にいなかったのは良かった。お前まで無用な悪評を受けなくてよかったからな。前にも言ったが、私を含めたすべての十二伯爵を殺し、お前の下で再統合を図って国を作り替えるつもりであった。・・・だが、私は敗れてしまった。残念ではあるが、こうなっては致し方あるまい」
すべてを語り終えたコレチェロはようやく毒気が抜けたのか、随分と落ち着いた表情と雰囲気に変わっていた。空を見上げ、大きく深呼吸をしてから再び視線を二人に戻した。
「さて、魔王殿は全てを聞いたうえで、どのような感想を述べられるか?」
「先程の回答と変わらん。お前は現状を打開し、改善するために戦ったのだ。そこに非はない。敢えて非と言う言葉を使うのであれば、お前が弱いから負けたという一点のみだ。研鑽が足りなかった。準備が足りなかった。猛省しろ」
コレチェロには、セラの言葉は優しすぎた。魔王の発した言葉は“次は頑張れ”であったからだ。誰も彼も自分を拒絶しながら、目の前の出会ったばかりの魔王は自分が行った数々の愚行を受け入れると断じた。思わず涙が溢れそうになったが、そこはグッと堪えて気持ちを落ち着かせ、フロンの方へと視線を向けた。
「さて、フロンよ。選択権はお前にある。今後はどうするつもりか?」
コレチェロの問いかけに、フロンは返答を用意できなかった。兄のやらかしたことは重大なことだ。国家の重臣を皆殺しにし、さらに酒造りの象徴であった『金の成る畑』まで枯らしてしまったのだ。到底許されるものではない。
一方で、兄を虐げていた事は、言い表せないほどの憤りも感じていた。フロンは兄を高く評価していたし、実際数々の行動で名君の才と器を示していた。それを酒の件だけで相手にされなくなり、そのすべてを潰されてしまうのは許しがたいことであった。
そして、一つの答えに行きつく。兄の犯した罪を清算し、その上でその才をも活かし、国を復興させる。これらを満たせる案は、『自分が王として混乱を収め、国をより良い方向に作り替える』しかないのだ。
「兄上、どちらが勝っても結局は同じ結論になるように仕組まれましたな?」
「ああ。お前は頭がいいからな。個人の感情と順法精神の間で揺れて、途中気持ちがぶれることがあっても、最終的には用意した道を選ぶであろうと、な」
互いが認め合っているからこそ、導き出された結論。やり方や発想に多少のずれがあるだけで、この兄弟は相手をよく見て、知っているという証であった。
「だが、けじめはつけよう」
コレチェロはそう言うなり、懐に隠していた短剣を取り出し、鞘から抜くと自分の腹にそれを刺した。
鮮血が滴り、崩れ落ちるコレチェロ。何が起こったのか、フロンは理解が遅れてしまった。
~ 第十七話に続く ~




