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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第一章  雷神娘と黒鉄の人形
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第十五話 女神の戦い方

 先に動いたのはフリエスだった。強化された足運びは凄まじく、ゴーレムが目測を誤るほどの速度であった。想定外の速度にゴーレムは慌てて正拳を繰り出してきたが、フリエスはそれをスレスレでかわして走り抜け、体を捻りながら相手の脇腹に斬撃を加えた。浅いが、間違いなくその体に切れ込みが入った。


(よし、いける!)


 素材が同じであれば、魔力が付与されている分、曲刀(サーベル)の方が強い。あとは、いかにして核を貫くかどうかだ。

 それからもフリエスの猛攻は続いた。ゴーレムも負けじと拳打や蹴撃を繰り出してくるが、フリエスの速度に対応できていない。すべてがかわされ、すれ違いざまに斬撃や刺突が繰り出され、体が少しずつ傷ついていった。

 フリエスの剣技は母親から伝授されたものだ。母親は《二十士》の一人で、名をヘルヴォリンと言う。『鋼鉄国』エルドール王国に仕え、代々将軍を輩出してきた名門軍人一家の出で、《英雄王の三将》にも数えられる。類まれな剣技の使い手でもあり、《剣の舞姫(ブレードダンサー)》との二つ名で知られている。なお、この二つ名を「もっと相手を威圧する厳ついのが望ましい」と言って嫌っている。

 ヘルヴォリンは英雄の一人であるが、実は魔王軍と戦うことがほとんどなかった。魔王側に与した人間相手に戦ってきたからだ。と言うのも、彼女は自身の得物として曲刀(サーベル)細剣(レイピア)を多用していたためだ。騎乗中は馬上槍(ランス)を使用することもあったが、基本的に軽めの剣を使う。そのため、魔王軍の怪物を相手にするには威力が弱すぎたのだ。

 人間相手であれば、鎧の隙間を狙う刺突武器が有効であるが、竜やら巨人やら大型の相手には有効とは言えない。そういう怪物相手には、重量武器を叩き込むのがよいのだ。また、腕と足が二本ずつというのも人間相手だからこそ言えることで、怪物相手ではその常識が通用しないことが多い。

 ヘルヴォリンも自身の剣技ではそういう相手に厳しいと考えていたので、なるべく戦わないようにしていた。

 とはいえ、そういう事情であることから人間相手では誰よりも働き、他の追随を許さない武功を築き上げた。対人戦なら最強の英雄《剣星(スターブレード)》よりも強いのではないか、との評が出てくるほど対人特化の強さを誇った。


「お前の母親は最強だぞ。私も何度も手合わせしたが、一度も勝ったことがない」


 フリエスは《英雄王》が頭を撫でながら母の強さを語ってくれたのを思い出した。魔王と死闘を繰り広げた《英雄王》ですら勝ったことがないと言い切ったのだ。その強さがどれほどのものか、推して知るべしだ。

 そして、フリエスは母親からその剣技を伝授されている。もちろん、本職の戦士としてではなく、あくまで護身的な意味合いが強いが、それでも並の腕前では相手にならないほどだ。

 ヘルヴォリンより伝授された剣技は、突きと払い抜けを多用するのが特徴だ。舞踊と見紛う程の華麗な足運びで相手の空振りを誘い、一瞬の隙を突いて急所や鎧の隙間に刺突を入れる。あるいは、相手の横をすり抜けながら払う。

 ヘルヴォリンは特に〈指切〉という技を多用している。文字通り、指を切断する技だ。切っ先で指を狙い、切断して武器を持てなくしたり、失血を狙ったりする。速度と先読み、間合いを瞬時に読み取る正確な攻撃があっての技だ。


「指は隠れた急所だ。二本も失えば武器をまともに握れず、また握れたところで力が入らない。実体験できているので分かるであろう?」


 訓練中のヘルヴォリンは娘であっても容赦しなかった。その剣技は、痛みと共にフリエスの頭と体に刻まれてきた。何度も打ち込まれ、何度も返され、何度も叩きのめされてきた。

 その卓越した技術を母に教え込まれ、ある程度ではあるが物にしてきた。

 父トゥルマースと母ヘルヴォリンの仲は奇妙な関係であった。主君である《英雄王》から結婚を命じられ、フリエスの養育を任されたのだ。ヘルヴォリンは軽薄なトゥルマースを毛嫌いしていたし、将軍としての職務から結婚して子供を持つことなど考えたこともなかったので、いきなり夫と娘ができてしまったことに当初は困惑尽くしであった。養育しろと言われても子育てなど無縁の生活であったので、フリエスは当初は兵士の訓練のような感じでヘルヴォリンに鍛え上げられた。

 それが意外とはまったのだ。フリエスは過去の記憶がほとんどなく、何もないからこそそれを埋めるために必死になり、父母が仕込む知識と技術を瞬く間に吸収していった。フリエスは親子と言うよりかは師弟関係として父母を敬愛しており、二人もまた娘としてではなく弟子として鍛え上げ、可愛がってきた。

 仮初の夫婦であり親子という変わった関係が三人の間にずっと続いたが、それが終わったのは“弟”が生まれてからだ。戦争が終わり、情勢が落ち着くと二人は引退し、僻地で隠遁するようになった。そして、本当の夫婦になり、その間に一子を得たのだ。

 三人の中に入って来た異物、フリエスは当初弟の事をそう見ていた。だが、よくよく考えてみると異物とは自分自身の方ではないかと思うようになった。仮初から本当の夫婦親子となった養父母と弟を見ていられなくなり、居場所を求めて旅に出たのだ。

 といっても、やっていることは白鳥の事業の手伝いや遺跡の調査などで、一人で旅することもあれば、当時の相方である《白鱗の竜姫(ホワイトプリンセス)》と大陸中を旅してまわったこともあった。

 家を飛び出してから数年、ふと実家の様子を見に戻ったことがあったのだが、フリエスの帰宅に養父母は優しく迎えてくれた。妹が増えていたことには驚いたが、二人はそれまでと変わらぬ魔術と剣術の訓練を施してきた。


「「遅れた分は取り戻さないとな」」


 父母の笑顔が怖かった。頭と体が旅の道中遭遇したいかなる困難な出来事よりも痛かった。だが、とても楽しかった。フリエスは改めてこの二人の側こそ自分の家であり、この二人が訓練の必要なし思えるまでに強くなろうと誓ったのだ。

 だからこそ、フリエスは目の前の人形ごときに負けるわけにはいかなかった。

 目の前のゴーレムはフリエスにとって相性のいい相手であった。体の構造は人間と同じ姿をしており、攻撃の仕方も人間の拳術士と変わりない。つまり、身に付けた剣技が通用する相手なのだ。

 先日の戦闘において、ゴーレムが指を伸ばして突き刺そうとしてきたこともあったが、今は腕に〈完全対魔障壁(アンチ・マジック)〉を展開しているので、〈指刺突(フィンガーショット)〉が使えない状態だ。つまり、体の構造がそのまま間合いとなるのだ。

 とはいえ、斬撃を何度叩き込んでも致命傷にはならない。人間相手ならばすでに失血死してもおかしくないほどの傷をいくつも付けているが、相手はゴーレムだ。血が流れ出るわけでもなく、やはり核を破壊するしかない。


「〈電撃(ライトニング)〉!」


 フリエスは指先から雷を放つが、これに対してのゴーレムの反応は早かった。障壁を巻いた腕が飛び込む電撃を握りつぶした。

 それだけではなかった。フリエスは単純に電撃を繰り出すだけでなく、斬撃の合間に、あるいは離れる一瞬に、指先から雷を迸らせる。だが、そのどれもが、異常に速い対処でかき消されていった。


(考えるゴーレムねえ。こいつの狙いは持久戦か)


 何度か攻撃を繰り返しているうちに、フリエスは気付いた。ゴーレムは攻撃が単調なのではなく、単調にならざるを得ないのだと。腕が必ずどちらか胸の前にある状態でしか攻撃してこない。両腕で連撃乱打してくるような行動は一切ない。蹴りの時も、拳の位置が必ず胸の前にある。

 つまり、ゴーレムは電撃以外の攻撃は受ける覚悟で戦っているのだ。電撃さえ注意すれば戦いが長引く。長引けば、〈真祖の心臓(トゥルーハート)〉を使った〈全身強化(フルチャージ)〉の反動がくることを、昨日の戦いで学んだということでもあった。

 フリエスはそれでも斬撃と合間の電撃を止めないが、電撃だけはきっちりと止められた。ゴーレムの拳は相手を引き裂く剣であると同時に、攻撃を防ぐ盾でもあるのだ。


(ほんとよくできてるわ、このゴーレム。どんな遺産が入ってるか知らないけど、人間と同じく思考するゴーレムがここまで厄介とはねえ)


 フリエスに若干、焦りの色が出始めた。自己治癒能力があるので、全身強化(フルチャージ)の反動はまだマシであったが、決定打を打ちに行けない状況に焦りを覚えていたのだ。

 思考は人類の英知の源だ。考え学ぶ、それこそ人を人たらしめているものだ。

 だが、目の前の“黒鉄くろがね人形ゴーレム”はなんなのだろうか。人と同じく自分で考え、他の行動から学び取り、次へと繋げていく。形が不格好なだけで、人そのものではなかろうか? 生殖活動はさすがにできそうもないが、圧倒的な強さがあるのでそれの必要ないであろう。それ以外は、本当に“人”なのだ。

 人に対しての嘲笑か、あるいは人を作った神への冒涜か、このゴーレムを作った者のいやらしい性格が見え隠れしていた。


(余計な思考は捨てなさい。頭の中を戦術で埋め尽くせ。最適解を導き出せ)


 フリエスは飛び回るのを止め、ゴーレムとの距離を少し空けた。そして、後ろにいるフィーヨの方を向き、一瞬だけ視線を合わせた。“決め”に行く、その合図だ。

 フリエスは一度深呼吸をして気を静めると、右手の曲刀(サーベル)を改めてしっかりと握り、左手には雷を発生させた。バチバチと音を立てるその雷を球状に練り上げ、それをゴーレムにわざとらしく見せつけた。

 ゴーレムの方も警戒してか、構えを変える。体を斜に構えて、左半身を後ろに下げ、左手を胸部の前に据え、右手を広げて前に突き出した。核のある心臓部を下げつつ、右手を盾のように構えた防御偏重の体勢だ。

 そして、フリエスはゴーレムが構えを変えたのを確認してから、手に持っていた球状にまとめた雷をゴーレムに投げ渡すかのように軽い勢いで投げた。ふわりとゆっくりした勢いでゴーレムの顔面に向かって飛んだ。

 ゴーレムは構えを変えず、飛んでくる雷球をそのまま突き出した右手で握りつぶそうと、その雷球に向けて手を動かした。


拡散(ブレイク)!」


 パチンッとフリエスは空いた左手で指を鳴らすと、途端に雷球が弾けた。眩い光とともに電撃が八方へと飛び散った。

 フリエスはゴーレムがどのようにして、周囲の状況を認識しているのかが判断できないでいた。人間と同じく目から光の刺激を受け取って見ているのか、あるいは探知系術式を常時展開して魔術的感覚で感じているのか、判断するための材料がないからだ。

 ゆえに、フリエスはどちらでもいいように、両方を狂わせる方法を採用した。目の前で突如として電光が発生すれば目くらましとなり、強烈な電流は術式による探知を妨害するのに最適であった。

 視界と探知を狂わせたフリエスは、ゴーレムに向かって一気に駆け寄った。

 だが、ここで駆け寄るフリエスがゴーレムの予想だにしない行動に出た。腰に付いていた鞘を掴み、それに電撃を流し込んだ。そして、右手の曲刀(サーベル)を下げ、電流をまとった金属製の鞘を突き出した。

 鞘をゴーレムが突き出した右手に添わせるように突き出した後、それを左に向けて払った。すると、ゴーレムの右腕がそれに引っ張られ、吸い寄せられるように鞘に引っ付いた。


(磁石! 雷を帯びた金属は近くの金属を引き寄せる、って父さんが教えてくれた)


 予想外の力に横へ引っ張られ、ゴーレムの体勢が崩れた。フリエスの普段の腕力なら逆にゴーレムの体に引き寄せられるであろうが、今はフィーヨからの補助術式がかかっているので、ゴーレムの体勢を崩すことができたのだ。

 しかし、これでは不十分だ。引き寄せられた腕部には〈完全対魔障壁(アンチ・マジック)〉が展開されている。電撃系の術式はすぐに無効化され、磁石と化した鞘は元に戻る。

 だが、その僅かな時間だけでも、フリエスには十分だった。

 フリエスは右手の曲刀(サーベル)を突き出し、心臓部めがけて体ごとぶつかっていった。狙い違わず心臓部へ切っ先が飛ぶが、それが刺さることはなかった。体勢が崩れたとはいえ、ゴーレムの左手は空いていた。突き出された曲刀(サーベル)を掴み、左胸に刺さる直前で止めたのだ。

 フリエスはこれも予想していた。今度は曲刀(サーベル)を右に払い、ゴーレムの左手を弾いた。曲刀(サーベル)を手放し、勢いそのままにさらに踏み込んだ。

 左右の腕が弾かれ、ゴーレムは「大の字」で立っている状態だ。阻む障壁はもうない。だが、時間はない。ほんのささやかな時間稼ぎで、左右の腕が開いているだけだ。

 その一瞬だけでも、フリエスには値千金の時間だった。距離は詰まった。相手の懐に飛び込み、右手がゴーレムの左胸に添えられる。金属越しに魔力の波動が伝わってくる。人間でいうところの心臓の位置に核がある、このセラの言葉だけが核の情報であったが、ここに核があるのは間違いなかった。

 確証は得た。あとは雷を打ち込み、電流負荷で核を焼き切るだけだ。

 だが、フリエスが電流を流そうとしたとき、ゴーレムの方が速く動いた。


 “グチャリ”


 嫌な音が辺りに響く。フリエスの頭が潰されたのだ。フリエスの頭に振り下ろされた物、それはゴーレムの頭であった。左右の腕が弾かれ、距離が詰まり、逃げられないと判断したゴーレムは唯一動かせた頭を振り下ろしたのだ。要は“頭突き”だ。

 このゴーレムの体は金属製である。体のどこであれ、それをぶつけられるということは、金槌で殴られるのと同義である。電撃を加えようとそちらに意識が行っていたフリエスは、脳天に落とされる頭突きへの反応が遅れたのだ。

 フリエスの頭から滝のように血が流れ落ち、危うく意識が飛びかけた。フリエスは『被ダメージ時の自動放電』と『雷属性吸収』のスキルを持っている。そのため、非常に高い再生力を持ち、それに裏打ちされた優れた継戦能力を有していた。だが、あくまで傷ついても自動回復するだけだ。“痛覚”があり、激痛から意識を絶たれて“昏倒”することもあるのだ。

 フリエスの意識が混濁し、無意識にフラフラと二歩、三歩と後ろに下がる。その度に血が滴り、大地を赤く染め上げた。

 そんなフリエスにゴーレムは容赦なく追撃を加える。意識が刈り取られそうになり、フラフラと後ろへ下がるフリエスの首に向けて手刀を叩き込んだのだ。踏み込みながら右手を伸ばし、フリエスのか細い頸部を払った。狙い違わず命中し、フリエスの頸椎が破壊された。普段なら曲がらない角度で首は曲がり、口からはさらに血が噴き出した。

 だが、ここで再びゴーレムにとって予想外過ぎることがフリエスに起こった。フリエスの背中から心臓を槍が貫いたのだ。貫いた槍からは血が滴り、さらに周囲を赤く染め上げた。

 刺したのはフィーヨであった。フリエスがゴーレムに突っ込むのと同時に自身も駆け出し、そして、血まみれのフリエスに更なる一撃を加えたのだ。


「待っていたのですよ、この瞬間を!」


 勝ち誇るフィーヨの言葉がゴーレムには理解できなかった。


 “ドウシテ仲間ヲ刺スノカ”


 それも当然である。ゴーレムに内包されている情報には、“自爆”や“自殺”などという概念が現段階では存在していないからだ。

 戸惑うゴーレムを後目に、フィーヨは次の一手を打った。


「軍神よ、彼の者に加護あれ! 幾度なりとも立ち上がり、屈することなき勇気を授けたまえ! 〈勇敢なる心(ブレイブハート)〉!」


 フィーヨが発動した神の奇跡は、対象者に対して勇気を奮い起こし、恐怖と気絶への耐性を強化するものであった。フリエスは頭蓋が砕かれ、頸椎を折られ、さらに心臓を貫かれていている。普通の人間ならば、確実に死んでいるほどの肉体の損傷である。だが、フリエスは死なない。“人”ではなく“神”であるからだ。

 そして、フィーヨの使った神術により、フリエスは飛びかけた意識を呼び覚ました。

 だが、それは肉体が受けた損傷による苦痛をすべて受け取るということでもあった。余りの激痛に再び意識が飛びそうになるが、付与された神術がそれを押しとどめた。

 潰された肉体と高い再生力、飛びそうになる意識とそれを呼び戻す軍神の激励、破壊と再生のせめぎ合いがさらに強化されて、フリエスの中でぶつかり合った。

 一方、フィーヨの方もタダでは済んでいない。なにしろ、フリエスは『被ダメージ時自動放電』のスキルがある。これと『雷属性吸収』の合わせ技で自動回復しているのだが、フィーヨはフリエスに槍を突き刺している状態なので、放電された電流がフィーヨにも襲い掛かっているのだ。

 フィーヨの全身を駆け巡る電流に、苦痛で顔を歪めつつ絶えていた。そして、“決め”の一手に向けて詰めていかねばならず、すぐに次の一手を打った。


「放てぇ!」


 フィーヨの叫びと同時に、刺した槍の先端部から血が噴き出した。それはフリエスの心臓から槍を伝って放出された物で、黒いゴーレムが赤に染まった。

 フリエスは更なる失血でまた意識が飛びそうになる。体の感覚が薄れ、動きが鈍くなっていくのを感じていた。痛い、苦しい、頭の中はこの二言で埋め尽くされるが、頭に響く軍神の激励と自身の意志力で堪えた。


「集いて絡め!」


 流れ出た血がフィーヨの声に合わせてフリエスとゴーレムを絡めとった。まるで、フリエスの心臓から無数の赤い触手が伸び、両者を締め上げるようなものだ。


「捕まえたぁ♡」


 フリエスは不気味な笑みを浮かべ、混濁する意識の中、全力で放電を始めた。自分とゴーレムが眩い電光に包まれ、電流が両者の体内を所狭しと暴れ回った。

 フリエスにとっては雷を浴びせられるのは快楽と同義である。電撃系のあらゆる事象を吸収できる体質のおかげだ。だが、黒鉄(くろがね)のゴーレムはそうではない。体の構成物質が金属であり、電気の伝導率が高い。大した抵抗することなく全身を駆け巡った。

 しかし、フリエスはすぐに火力不足を悟った。ゴーレムの動きが若干鈍った程度にしか感じられず、核への電流負荷が弱いと判断した。ただの放電程度では、先日のような極大化と一点集中による電撃と比べられるものではなかった。

 何より、ゴーレムの体内には何かしらの神々の遺産(アーティファクト)が搭載されていると考えていた。遺産は防護の術式が当たり前のように付与されており、それ自体が頑丈で簡単には潰れないようになっているのが常だ。フリエスの攻撃は電流負荷によって破壊、ないし魔力伝達の阻害が目的であり、それを成すための高威力の電撃を用意しなくてはならなかった。

 そのため、フィーヨは次なる一手を打った。フィーヨは槍をフリエスの心臓から抜くとそのまま切り上げて、脇から肩にかけてフリエスの右腕を切断した。勢いよく切り上げたので、斬った腕も風車のごとく回りながら飛び上がった。ゴーレムはそれに注意が行ったのか、顔を見上げる格好となった。

 だが、それは何の変哲もない切断された腕で、重要であったのはその切り口の方であった。


「走れぇ!」


 腕が亡くなったフリエスの右肩口から噴き出した血が鞭のようにしなり、フィーヨの声に合わせて大きく回り込み、ゴーレムの背中へと素早く飛んで行った。。


「〈電撃鞭(サンダーウィップ)〉!」


 フリエスが叫ぶと、右肩口から雷で出来た鞭が飛び出し、フィーヨが作り出した血鞭と混ざり合うように走った。本来、この術式は相手を雷で編んだ鞭で絡めて拘束しつつ電流で攻撃するものなのだが、血と混ざり合うことにより血中の鉄分と反応し、本来曲げるのが難しい電撃に対して、血液を導線として屈折させることができた。

 血と混じる赤い雷がゴーレムの体を回り込み、その背中に突き刺さった。場所は当然、核の有る心臓部だ。

 ここへきて、ようやくゴーレムも動き出した。放電によって動きが鈍った事、宙を舞った腕に注意を取られた事など、意識を逸らせ、判断を鈍らせることが重なったためだ。

 この黒鉄(くろがね)のゴーレムは通常のゴーレムと違い、高度な学習能力と、学び取った事を戦術に落とし込める応用力を持った稀有な存在であった。これが逆に徒となった。フリエスにしろ、フィーヨにしろ、このゴーレムが情報として持ちえず、判断に悩む行動を連発することによって、情報処理に大きな負荷をかけたのだ。

 無論、二人は意味のない行動をとっているわけではない。事前に話し合い、作戦を組んだ上での行動だ。互いの手札を理解し、どう切っていくか、大胆に見えて実際のところは理で詰めていっているのだ。

 だが、ゴーレムにはそれが理解できない。情報や概念がないからだ。要は、“経験不足”なのである。生まれたばかりで、性能は高くともその性能を活かし、応用するための経験と言う名の情報が足りていないのだ。

 そのために、仲間に槍を突き刺すという同士討ち、あるいは自爆ともとれる行動に混乱し、放電と続いて反応が遅れてしまった。だが、ついにゴーレムは気付いた。一連の行動を一手で解決する方法を導き出したのだ。


 “目ノ前ノ小サイ方ヲ潰セバ良イ”


 考えがまとまると、行動は早かった。両の腕が目の前のフリエスを掴みかかろうと動いた。先日も、今も、“決め手”を放ってくるのは目の前の少女で、それを処理するのが最適解だ、と判断したのだ。

 不可思議な術の数々も〈完全対魔障壁(アンチ・マジック)〉を展開している両の腕で掴めば、消し去ることも簡単だ。

 だが、その腕がフリエスを掴むことはなかった。フリエスを掴む前に、突如として遮蔽物が現れ、壁となってその腕を止めたからだ。

 それは真っ赤な盾。フィーヨが再び〈真祖の心臓(トゥルーハート)〉を変化させ、両腕に盾を持ったのだ。フリエスを覆うように二枚の盾が展開され、小さな少女を掴みかからんとする黒鉄(くろがね)の腕を防いだ。

 だが、すぐに腕に展開されていた〈完全対魔障壁(アンチ・マジック)〉が効果を現した。魔力の流れを強制的に断ち切るこの腕は、行く手を遮った盾を消し去り、元の蛇に戻してしまった。当然、魔力の流れを絶たれたため、かかっていた補助術式もその効力を失った。

 また、血を操る力も消されたため、フリエスから伸びていた赤い触手がなくなり、ただの血のりへと戻ってしまった。ボロボロの体をそれだけで支えていたフリエスは崩れ落ちそうになるが、フィーヨが素早くフリエスの体を羽交い絞めにして、そのまま後ろに倒れた。

 そして、僅かに遅れてゴーレムの両手がぶつかり合った。ほんの数瞬前までフリエスの頭があった空間だ。ガァンと金属がぶつかり合う音が響いた。

 地面に背中から倒れこんだ二人だが、それが奇妙であった。フィーヨは苦痛に呻く顔ではなく勝ち誇った表情をゴーレムに向けていた。そして、フリエスはニヤリと笑った後、ゴーレムに向かって舌を出した。

 そして、その舌の上には宝石が一つ。正確には魔晶石だ。

 魔晶石は周囲に漂う魔力を結晶化した物だ。魔力は強弱の違いはあれどどこにでも漂っているものだ。しかし、そのために止めどなく流れていき、魔力を固着化させることはかなり難しい技術を必要としていた。


「魔力は河となって世界を循環している。河から魔力と言う名の水を汲み上げる行為が魔術で、それを即使用せずに水を氷に変える、つまり固着化させるのが魔力の結晶化、すなわち魔晶石の生成だ」


 フリエスは父親から魔晶石の生成についてこう教わっていた。そして、生成に必要な術式も伝授されていた。だが、結晶化のためには膨大な魔力を消費するので、フリエスは魔晶石を作るようなことをしなかった。なにしろ、フリエスは電撃系術式を無尽蔵に使え、さらにそれを吸収もできてしまうのだ。わざわざ面倒な結晶化の儀式を執り行って、魔晶石を生産しておく理由が薄いのだ。

 だが、今回の決戦に際して、手数を増やすために、あえて用意したのだ。と言っても、一晩で、しかも結晶化に必要な道具もほとんどない状態での精製であったため、小石程度の大きさの魔晶石が一つ精製出来ただけであった。

 フリエスは精製した魔晶石を飲み込み、いざというときの隠し玉としておいた。そして、今がその時だと判断し、反芻して表に取り出したのだ。

 すでにフリエスの体はボロボロだ。頭蓋が潰され、心臓が貫かれ、右腕が切断され、頸椎が折られている。普通なら確実に死んでいるはずの重症だ。

 自己治癒能力で少しずつ回復はしているが、まだまともに動ける状態ではなかった。電撃系の術式ならば詠唱破棄で発動できるが、詠唱破棄できない術式だと途中で激痛によって集中力が途切れてしまい、術を発動することができない。

 だが、魔晶石ならば問題はない。すでに術式の刻印は魔晶石に刻み込んである。あとは魔力を開放し、術式を発動するだけだ。

 《真祖の心臓(トゥルーハート)》が解除されたため、血鞭はすでに形を失っているが、それと並行して走っていた〈電撃鞭(サンダーウィップ)〉は健在だ。あくまで解除されたのは〈真祖の心臓(トゥルーハート)〉であって、フリエスの繰り出した雷の鞭はまだ解除されていなかった。

 そして、それはフリエスの右肩口から伸びており、フリエスと繋がっている。その終着点はゴーレムの心臓部。つまり、フリエスとゴーレムの核は繋がっているのだ。

 連結された女神と人形。女神は人形の糸を容赦なく切った。


「〈命令解除(オーダーキャンセル)〉!」


 術式の発動と同時に魔晶石が砕け散り、その効力は魔力の波となって雷の鞭を伝わり、ゴーレムの頭脳であり、心臓でもある核に突き刺さった。

 ゴーレムは地面に転がっていた二人を追撃しようと、掴みかかろうとしていたが、そのままの体勢のまま動かなくなった。〈命令解除(オーダーキャンセル)〉が効力を発揮し、自らの意思を持たぬ人形は動くことを止めてしまった。

 完全な機能停止を確認してから、フリエスとフィーヨは安堵のため息を漏らし、そして、絶叫した。


「「勝ったわよ!」」


                ~ 第十六話に続く ~

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