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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第一章  雷神娘と黒鉄の人形
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第十四話 朽ちたる畑

 『酒造国』レウマ。数百年の歴史を誇る葡萄酒の産地であり、西大陸一の美酒と誉れ高い。かつては定まった国はなく、周辺国の勢力争いに巻き込まれることも多々あったが、およそ五十年ほど前に独立国家となった。

 この国には固定された王はいない。地元の顔役的な名家が十二の伯爵家を創設し、そのうちの一つが王を名乗り、順番で王を務める輪番王制という独特の制度を設けていた。この国の人々はいい葡萄を作り、それを材料にしていい酒を作ることを至上命題にしていた。国を運営する伯爵家の面々もそれは変わらず、王が行う対外折衝や日々の雑務を嫌い、王位に就くこと面倒に思う者も多かった。

 そのため、建国から五十年という期間で幾人もの王が生まれ、現在の王は十一人目の王であった。不作の年、天候不良の年、酒の出来が悪い年、なにか良くないことが起こるとそれを理由に王を変えてしまい、四年ほどで王が変わることが当たり前になっていた。

 そんな酒を中心に回っているこの国に、国の屋台骨を打ち砕く大事件が発生した。

 毎年一度、十二伯爵家や酒造組合、商人組合に農民互助会など、国家の運営や酒造りに携わる者が一堂に会し、今後の運営について話し合う定例の会議が開催されることになっていた。王がその会議の議長役を務め、会場は王の直轄地と定められた『金の成る畑』の近くにある城館で行われることになっていた。

 『金の成る畑』とはレウマ地方の酒造り発祥の地とされる葡萄畑である。数百年枯れることなく実り続ける不思議な畑で、ここで収穫された葡萄で酒を作ると、得も言われぬ酒が出来上がった。そのため、この畑の酒は美酒と名高いレウマ産の葡萄酒の中でもさらに特別な評価を受けており、非常に高価な値段で取引されていた。かつてはこれを巡って戦にまで発展したほどの貴重な一品だ。

 そのため、『金の成る畑』は王の直轄地とされ、王の仕事にかかる経費をここでの上がりを当てることになっていた。

 つまり、『金の成る畑』とは、レウマ国にとって、酒造りと王権の象徴であり、この地の歴史そのものと言えた。

 その歴史ある地で開かれていた会議の席に、仮面の剣士が乱入してきたのだ。この剣士は屈強な鉄製のゴーレムを何体も連れており、会議の出席していた人々を惨殺した。

 会議に出席していたのはレウマ国の重臣達である。それが一人残らず次々と殺されたとなると、今後の国家運営に与える影響は計り知れず、国庫を潤す酒の製造と売買がどうなるかは誰も分からない状態となった。

 そして今、この国の未来を暗示するかのように、目の前にある『金の成る畑』は無残な姿を晒していた。数百年枯れることのなかった葡萄の木々は全て消え去っていた。まるで、止まっていた数百年分の時間が動き出し、一気に流れ込んだ時流の負荷がすべてを土に返そうとしているかのようだ。僅かに木片がいくつか散らばっているだけだ。

 不毛の大地、そう形容するしかない目の前の惨状だ。


「なんということだ・・・」


 畑の前で一人の青年があまりの光景にそう呟き、両膝が力なく崩れ落ちた。その瞳は虚ろで、目の前の変わり果てた畑を現実とは認識できていないかのようであった。

 青年は何度もこの畑を見てきた。いつかはこれにも勝る畑を作り、最高の酒を作ろうと夢見たものだ。だが、その目標はすべて消え去った。また、この畑はレウマ酒造り発祥の地であり、それが失われたことは、この国の崩壊を意味するのでないかと思い至り、絶望が彼の心を締め上げた。

 この青年の名はフロン。十二伯爵家の一つトゥーレグ伯爵家の人間で、現当主コレチェロの実弟である。定例会議においては警備や給仕の差配をしていたのだが、そこを仮面の剣士とゴーレムに襲われた。どうにか危地を脱したものの追っ手の追跡が執拗で、危うく捕らえられそうになった。

 だが、彼は幸運に恵まれた。非常に強力な助っ人を三人も得ることができたのだ。

 その助っ人の一人は少女であった。巻き癖のある金髪の持ち主で、小柄で痩せ型であるが、顔立ちは整っており、非常に愛らしい容貌をしていた。地味な旅装束でなければ、さぞ可愛らしい姿を見せてくれるであろうが、今はその表情を曇らせている。崩れ落ちているフロンの肩に手を置き、目の前の惨状に対してどう声をかけるべきか迷っているからだ。

 この少女の名はフリエス。東の大陸から海を超えてやって来た冒険者だ。かつて東大陸で起こった魔王復活という大事件に際し、その討伐に活躍した英雄の一人である。その矮躯に雷神の力を降ろすことに成功し、《小さな雷神(リトルサンダー)》の二つ名で知られている。

 フリエスは白鳥という東大陸の海運業において絶大な影響力を持つ者から、西大陸へと渡った天使へと恋文を届けるために渡海した。そして、追われていたフロンと出会い、成り行きで彼を助けることとなったのだ。

 そのフリエスの横には一人の女性が立っていた。真っすぐ伸びた長めの黒髪で、一つの癖もなく真っすぐ伸びていた。隣にいるフリエスとは打って変わって、豊かな胸を持つ大人の女性だ。フリエスと同じく東大陸から渡って来た旅仲間で、名をフィーヨと言う。かつては一国を統治した皇帝で、《慈愛帝》の二つ名で民から慕われていたが、今は子供に譲位している。軍神マルヴァンスの神官であり、鷹と車輪をあしらった聖印の首飾りが光っていた。

 フィーヨの表情も暗い。噂で何度も聞いてた不思議な畑の見るも無残な姿に、思わず神への祈りの言葉が飛び出す。ぜひとも見たかった畑はもう失われたのだ。無念な思いと、畑をこのような姿に変えてしまった者への怒りが湧いていた。

 怒り心頭のフィーヨとは逆に、なんの抑揚もない無関心な表情で畑を眺める男がいた。灰色の短めな髪を持ち、かなりの長身であった。また、相当鍛え上げられた体をしており、優男の風貌とは不釣り合いなほどの太い腕を見せている。この男の名はセラと言い、この男も東大陸からの渡航者だ。人族、人狼族、吸血鬼の三種族の混血児であり、《十三番目の魔王(ナンバーサーティーン)》を自称している。


「やれやれ、これはひどい。どうにもならんわい、この有様では」


 大きな古木の杖を突き、老人が畑の中へと踏み入った。かつては葡萄を実らせていたであろう木片を拾い上げ、ため息を吐く。

 老人の名前はアルコといい、かつてはレウマ国の宮廷魔術師を務めた人物だ。歴代の王や重臣達から相談役として重用され、また私塾を開いて身分に関係なく誰でも学問を教えていたことから、揺るぎない名声を得ていた。老齢を理由に引退して故郷の山村で隠居生活を送っていたのだが、今回の騒動に巻き込まれ、フロンの要請を受けて行動を共にしていた。


「師よ、これからこの国はどうなってしまうのでしょうか・・・」


 フロンも畑に入り、アルコの隣に立ち、覇気のない声で尋ねた。未だに目の前の光景が信じられず、その足取りもふら付いていた。

 フロンの問いに対して、アルコは何も言わず、ただ首を横に振るだけであった。

 何も答えない師から視線を外し、フロンは少し離れた所にある城館に目をやった。あちこちの壁に穴が開き、窓も割れている物も見えた。

 ほんの数日前まで、あの城館には賑やかな声で溢れていた。目を閉じれば、あの時の光景が思い浮かんできた。人々の歓声、ぶつかる酒杯の音、誰となしに歌いだされた民謡歌、酒の匂いと人々の熱気が部屋に満ち、忙しなく給仕らが酒や料理を運んでいた。


(そうだ。そこまではよかったのだ。)


 当時、フロンは給仕の差配で忙しく、酒蔵や調理場、そして宴会場と化した会議室を行ったり来たりしていた。そして、異変が起こった。

 城館が轟音と共に揺れ動き、宴会場の中が粉塵で視界が遮られた。フロンは大急ぎで宴会場に向かうと、兄コレチェロが刺殺された姿を確認できた。さらに、巨大な鉄製のゴーレムが幾体も現れ、次々と他の列席者も殺されていった。歓声が悲鳴に変わり、人々は我先にと部屋から逃げ出した。

 フロンは逃げようとする人の波に押され、兄に駆け寄ることもできず、部屋の外へと押しやれた。さらに、外でもゴーレムが暴れており、野外からも悲鳴が上がっていた。

 フロンはその対処のために兵士の詰め所に急いだが、そこでも信じられない光景が広がっていた。自領の兵が実は襲撃者と内通しており、他領の兵を次々と殺していたのだ。

 もはやこれまでとフロンは逃げ出した。そうせざるを得なかったのだ。指揮すべき兵は寝返り、状況は混乱の極みにあり、一人では鎮圧するのは不可能であった。まずは一旦引いて状況を整理するまではまともな対処はできないと考えたからだ。

 そして、囲みを突破し、飲まず食わずで二日も彷徨った後、フリエスら三人組と出会い、無事にアルコとも合流できた。


(しかし、それはすべてが偽りだった)


 フロンは改めて足元の朽ちたる畑と穴だらけの城館を交互に見て、怒りと共に拳を握り締めた。そして、悲しみがそれに覆いかぶさり、行き場のない感情を天に向かって絶叫することで表現した。


「おい、来たみたいだぜ」


 セラの声がフロンの耳に飛び込み、フロンが周囲を見渡すと、畑の西側に馬に跨った仮面の剣士を視認することができた。

 仮面の剣士は馬から降り、ゆっくりとした足取りで畑に入り、フロンの方に向かって歩み寄って来た。そして、その横には“黒鉄くろがね人形ゴーレム”が付き従っていた。

 フロンは歩いてくる仮面の剣士を睨みつけた。怒りと、悲しみと、様々な感情が交差し、握り拳が震えだした。

 そして、仮面の剣士がすぐ近くまで来ると立ち止まり、その仮面を外した。その顔はフロンの良く知る人物、すなわち自分の兄コレチェロであった。


「少々待たせてしまったかな。さすがに〈瞬間移動テレポーテーション〉の有る無しは移動時間に差が出てしまうな。馬で追いつくのは骨であったぞ」


 コレチェロの口調は穏やかだ。親しい人間と世間話を交わしているようであった。実際、目の前にいるのは自身の弟であり、敵対するつもりなど微塵もなかった。

 だが、フロンはそんな気など全くなかった。事件を引き起こした仮面の剣士は兄であった。列席者を殺したのは兄だった。自領の兵士が人々を襲っていたのも、首謀者が伯爵家当主の兄であったからだ。知らなかったのは自分だけ。それがフロンを怒らせていた。


「このゴーレムは本当に凄いぞ。馬と並走するだけでも驚きだが、馬がへばってくると、治癒魔法までかけてくれた。そして、元気になった馬が走り、またへばって来ると治癒魔法だ。おかげで夜通し走ることができたぞ。思ったより早く着けたわ。さすがに、街道を行き交う者には奇異の目で見られたが、まあ、仮面を被っていたから問題あるまい」


 コレチェロは上機嫌に語りながら随員たる黒鉄(くろがね)のゴーレムの肩に手を置いた。まるで手に入れた玩具を見せびらかすような無邪気な雰囲気であった。

 それがフロンの逆鱗に触れた。


「兄上、あなたには痛む心はないのですか!?」


 フロンは今まで溜まっていた感情を兄に向かってぶつけた。この騒動は何もかもが茶番だった。まんまと騙され、踊らされ、多くのものを失った。国の重臣達、悠久なる葡萄畑、そして、自領他領問わず多くの人々の命、その数は百を下ることはないであろう。

 だが、フロンにとって最も大きな失われたものは、兄への信頼だ。フロンは兄コレチェロを慕っていた。少々神経質で口うるさいこともあるが、領地の経営には熱心であるし、領民を労わる良い領主であった。フロンはもちろん仕える家臣らも、コレチェロを盛り立ててより良い領地にしていこうと働いてきた。

 ゆえに、フロンには許せなかった。裏切ったことも、なにより黙っていたことも。


「なんなのですか、この有様は! 『金の成る畑』はこの国最大の宝! それをこのような無残な姿に変えてしまって・・・」


「私に痛む心がないとでも?」


 さすがにマルチェロもふざけるのを止めにしたのか、真顔でフロンの問いに応じた。


「今回の一件は私とて不本意であった。やらないに越したことはなかった。だが、あの場の列席者は誰も彼も聞いてはくれなった。だから私は行動に移した」


「それです。コルテから聞きました。命に関わることである、と。そのような重大な案件があるのであれば、なぜ一言声をかけてくださらなかったので!?」


 フロンにはそれが残念でならなかった。兄が危機的状況にあるならば、全てを投げうってでも助けに参じるつもりでいた。だが、兄は相談もせずに駆け出してしまった。


「そうか・・・。コルテはそのように言ったのか。理由を包み隠さず話してもよかったのだが、今はそのつもりがなくなった。あくまで、賊の襲撃として処理しよう」


「兄上!」


 フロンの心中は怒りに満ちていたが、それでもまだどこかで兄コレチェロを信じようとしていた。悲痛な叫びであるが、それがコレチェロの耳には届いていても、心にはまったく響いてはいなかった。


「フロンよ、今度こそ決めてくれ。お前は王となってこの国を治めよ。私は顔や名前を変え、その助けとなろう」


 マルチェロは先日提案したことを、再びそのまま言い放った。フロンは先日これを拒否したが、執事のコルテから他方の事情は知らされているはずだ。その変化の反応を見るための問いかけでもあった。


「兄上、それは断固としてお断りします。兄上にはなにやら重大な案件があるようですが、私に相談しなかった以上、そのことは頭の中から除外させていただきます。ならば、私はこの騒乱を起こした首謀者として、兄上を裁きにかけます!」


 説得はもう無理だ。だが、決着を着けねばならない。フロンは意を決して、兄との全面対決を選択した。取り返しのつかないことが余りにも多すぎたが、どんな形であれ、決着を着けねば次がないのだ。


「やはりその選択を取るか。少しばかりは期待していたが、やはりお前は誠実で真面目な男だ。ならば私も我を通すため、受けて立たねばなるまい。お前が勝てば、お前の好きにすればいい。その腰の剣で私の首を刎ねるもよし、捕まえて裁判をするもよし」


 そう言うと、コレチェロは手に持っていた仮面を地面に落とし、そして、踏みつけた。二つに割れ、さらに地面にめり込んだ。


「どういう結果であれ、仮面の剣士は今日ここで死ぬ。罪を背負って死ぬか、罪を着せられて死ぬか、結末が少々ズレる程度だ」


 仮面の中身が知られずに死ぬか、知られて死ぬか、それはこれから決することだ。もちろん、ここまできて互いに譲るつもりはなく、自らの意思を通すつもりでいた。


「その前に、お伺いしておきたいことがあります、兄上」


「聞こう。まあ、答えられないものもあるがな」


 二人も落ち着いていた。ほんの数日前までは仲の良かった兄弟であるから、両者の間に巨大な見えざる壁がある方が、ある意味不自然であり理不尽でもあるのだ。

 大胆な発想と迅速な行動力を持つ兄、慎重で深い教養を持つ弟。この事件さえなければ、おそらくは理想的な領主兄弟としての名声を得て、名君とその賢弟として歴史に刻まれていたことであろう。

 もはやそれは望むべくもない未来となってしまったが。


「いくつかお尋ねしたいことはありますが、何はさておき聞いておきたいことは、『どうしてこのようなことをやったのですか?』です」


「まあ、そうであろうな。どのような事件であれ、動機がなくては話にならんわな」


 コレチェロは当然だなと頷きながら軽く笑った。明確な動機がなくては、いかなる事件も発生しない。狂人でもなければ、行動には必ず何かしらの理由が付いてくるものだ。それゆえに、フロンは混乱しているのだ。あれほど理知的な兄がどうしてこんな凄惨な事件を起こしたのか、と。


「フロンよ、悪いがそれは今言わないでおこう。全てが決してからならば話そう」


「そうですか・・・。ならば、どちらが勝とうが、話していただけるということで?」


「それは保証しよう。お前を完全な操り人形にするつもりなどないからな」


 コレチェロの返答は期待していたものではなかったが、フロンは納得した。最終的に真相を知ることができるからだ。ただその内容はさらに気になるものとなった。事前に話すと、自分の決意が揺らぐ内容かもしれないと思い至ったからだ。


(兄は一体、何を隠しているのだ? 私が呆れるほどの、あまりにバカバカしい内容なのか? だが、それではベルネであれコルテであれ、ああも盲信して従うとも思えない。命に関わるとも言っていたし、益々分からん)


 フロンはあれこれ考えてみたが、これだと思える結論を出せなかった。しかし、後で話すとの言質は取ったので、頭を切り替えて次の質問へと移った。


「次の質問です。アルコ師はどちらの味方ですか?」


 フロンはあえてこれをコレチェロに尋ねてみた。フロン自身はアルコの事を信用していたが、雇い入れた三人組は明らかに疑っている様子であった。無論、素直な返答があるとも思えないが、それでも尋ねて反応を見ておきたかったのだ。


「アルコ師は今回の件には加担しておらん。私に言えるのはこれだけだ」


 コレチェロの回答は、フロンを喜ばせた。もちろん、コレチェロが嘘をついていないという前提ではあるが、師があの惨劇に加担してないと知れたからだ。

 だが、同時に別の疑問が浮かんできた。あの大量のゴーレムや巻物を、コレチェロはどのように調達したのか、というものだ。


(師が兄に肩入れしてないのであれば、あれほどのゴーレムを用意することができない。師以外に凄腕の魔術師が後ろにいると仮定すると、やはりフィーヨ殿が教えてくれた、あの英雄級の魔術師の誰かが関わっている・・・のか?)


 結局、これも事件の全容を掴むことができなかった。フロンはこれも頭の隅に追いやり、次の質問に移った。


「その黒鉄(くろがね)のゴーレムが兄上の最大戦力という認識でよろしいか?」


「それは間違いない。昨日も言ったが、こいつは間違いなく私の切り札だ。ついでに言っておくと、他のゴーレムもすべて使い果たした。残存していたゴーレムをここに通じる街道の封鎖を行わせている。私が死ぬか、命令を解除するまでは、ずっと道を守護しているだろうよ。邪魔者は来ないから、安心して決着できようて」


 まさかすべての戦力の情報を提示してくれるとは予想外であったため、フロンは驚いたが、同時に目の前の黒鉄(くろがね)のゴーレムさえ片付けられれば、兄を確保できることも確信できた。


(結局、これをどうにかしないと、勝ちはなしということか)


 黒鉄(くろがね)のゴーレムの性能は他の追随を許さないほどに高性能だ。生半可な戦力では返り討ちにあうのがオチだ。

 フロンは後ろを振り向き、二人の女性に視線を向けた。フリエスとフィーヨだ。二人は問題のゴーレムを見つめながら、何やら言葉を交わしていた。何を喋っているかまでは聞き取れなかったが、おそらくは作戦か何かであろう。フロンにとって頼りになるのはこの二人、かつて英雄と呼ばれた者達だけだった。

 自身の無力に苛立ちを覚えながらも、気を落ち着かせてコレチェロに再び視線を戻した。


「ならば、兄上、そのゴーレムを倒したならば、負けをお認めになりますか?」


「認めよう。どのみち、こいつ以外の戦力は使い果たしたからな。だが、できるか? 昨日の二の舞では興醒めもいいところだぞ」


 先日、このゴーレムと戦ったフリエスとフィーヨは敗れた。様々な戦法や魔術を駆使して戦い、英雄と呼ぶに相応しい戦いぶりを見せつけた。だが、黒鉄(くろがね)のゴーレムはその上を行った。そして、撤退した。

 昨日のままの同条件で戦えば、負けるのは目に見えていた。

 そんなフロンの心配を払拭するかのように、フリエスとフィーヨはゆったりとした足取りでフロンの方に向かって歩き出した。そして、先に左横に並んだフリエスがフロンの脇腹に軽く右の拳を打ち込んだ。そして、満面の笑みを向けてきた。


「心配しなくていいわよ、フロンさん。戦ってのはね、何回負けようが最後に立ってる方が総取りできるようになってるの。昨日はあわよくば勝てると思って深めに踏み込んだけど、想定以上に強かったから引いたのよ。情報は得た。それに合わせて戦術を組み変えた。だから、問題ない」


 そう言ってフリエスは再び歩き出し、コレチェロの方へと進んでいった。右腕を伸ばし、親指を天に向かって突き立てた。


「本気の私は最強よ。負けはしない!」


 フリエスの意気込みを感じる強い口調で放たれた勝利宣言であったが、それでもフロンは不安であった。そんなフロンを安心させるかのように、誰かが右肩に手を置いた。そちらを振り向くと、フィーヨが立っていた。


「落ち着かない気持ちはよく分かりますわ。私も皇帝になった頃は今のフロンさんと同じ顔をしていましたもの。何でもかんでもできるお兄様を見てきたので、皇帝とは・・・、高貴なる身分の者は、なんでもできないといけないと勘違いしていたのですよ。そんな超人じみた方が圧倒的少数派だというのに・・・」


 フィーヨはかつての自分を思い出し、苦笑いするしかなかった。今にして思えば、大した才能もなく、なんでもこなそうと足掻く様は、無駄な努力であり、無能な働き者と形容すべき愚行であった。


「例え手袋越しに掴んだ勝利であろうとも、勝利であることには変わりません。素手で掴むことに拘る必要はありませんよ。部下の働きに期待して、じっくり待てることが案外重要な主君の資質なのです。それに気付くまで随分時間を浪費したものです」


 そう言うと、フィーヨはフリエスに続き、前に進み出た。左手を上げてヒラヒラさせて、後ろのフロンに心配はないと合図を送った。


「今日は私が手袋役。相手に投げつけて、相手を殴り飛ばして、そして、最後に勝利を掴み上げてみせますわ」


 フリエスに続いて、フィーヨも勝利宣言を出した。先日の敗北から何を学び、何を見抜き、どんな方法で勝利するのか、フロンにはそれを見守るしかなかった。

 フリエスとフィーヨは横に並んで立ち、コレチェロと黒鉄(くろがね)のゴーレムと対峙した。少し離れた位置にから眺めるフロンは背中を向ける二人の女性を見比べ、改めてフリエスの小ささに気付かされた。フィーヨは女性にしては割と高めの身長であったが、フリエスは頭頂部はその肩に届くかどうかくらいの高さしかない。見えている腕や足も細く、その対比で目の前の黒鉄(くろがね)のゴーレムがより大きく見えた。


(だが、あの細腕や矮躯などものともせず、魔王とも戦ったのだ)


 強さに物の大小など関係ない、そう思わせるだけの何かがフリエスからは溢れていた。なにしろ、あの少女は神なのだ。雷神の力をその身に降ろし、その力を振るうことができた。

 それに比べて自分のなんと矮小なことか、とフロンは思わずにはいられない。本来、この問題はフリエス達には関係がない。他国者であるからだ。それを自分が巻き込んでしまった。当事者である自分が見守るだけで、他国者の二人が命懸けで難敵に挑もうとしている。無力な自身への悔しさで、握る拳が震えだす。

 そんなフロンの横にいきなり気配が生じた。そこにはセラが立っていた。


「まあ、心配なんだろうが、あの二人なら勝つぞ」


 セラはジッと二人の背中を眺めながら言い放った。昨日、下品な冗談を飛ばしていた男と同一人物とは、到底思えないほど真面目な顔をしていた。


「フリエスは自分では頭のいいと思っているだろうが、思い込みが激しく、すぐに視野狭窄になる。全体を見渡すべき時に、猪突してついつい前に出てしまう癖があるからだ。フィーヨも猪突する傾向が強い。本人として優雅に振舞ってはいるつもりなのだが、考えるのが苦手でひたすら突っ走ることしかできない。皇帝時代に優秀な家臣や補佐役がずっと面倒見てきた弊害だな。脳筋もいいとこだ」


「いやはや、その通りじゃな」


 いつの間にか、アルコも歩み寄って来ていた。セラと同じく二人の背を見ながら言葉を交わした。


「しかし、あれじゃのう。何と言うか、普通は後衛が頭脳担当で、前衛が肉体労働だというのに、お主ら三人組はチグハグじゃな。後衛が脳筋で、前衛が冷静沈着とは」


 冗談のようで冗談ではない状態に、アルコはついつい笑ってしまった。まさにその通りで、セラも吊られて笑ってしまった。


「まあ、本職メインで言えば後衛になるんだろうが、副職サブを出す機会が多すぎてああなったのだよ。フリエスは父親と組む機会が多かった。奴が最強の魔術師であるから後ろに控えさせるために、グイグイ自分が前に出た。フィーヨは兄や夫の真似したがりで、自然と前に出るようになってしまった。結果、このざまだな。まあ、このチグハグが面白い結果を生むから、こっちとしては辞めてもらうとつまらんからこのままのがいいけどな」


「効率よりも面白さ優先とは救い難いのう。さすがは自称魔王」


 二人の声色からは緊張感を感じられない。勝敗などどうでもよく、あくまでどう戦い、どう楽しませてくれるか、それに興味が集中していた。


「セラ殿、あのお二人は勝てるでしょうか?」


「勝てるよ。まあ、多少は苦戦するだろうが」


 セラは即答で勝利を予告した。それを聞いたフロンは少しだけ落ち着けたが、やはり昨日のあのゴーレムの強さを見た後では、さすがに心配でならない。


「あの二人は阿呆だ。頭が軽い分、すぐに詰め込んで失敗点を修正してくる。先日は防御重視の編成をした。前衛フィーヨ、時間稼ぎ主体。後衛フリエス、体勢崩しと一点攻撃。これは相手に〈完全対魔障壁(アンチ・マジック)〉を使えることを知らなかったからだ。では、今日はどうか? おそらくは攻撃偏重だろうな。前衛フリエス、攻撃特化。後衛フィーヨ、補助と回復」


「つまり、フリエス殿は補助付きとはいえ、一人であのゴーレムと殴り合うと?」


 あの体で、屈強なゴーレムと殴り合う。それがどれほど無謀なことか、相手の巨躯を見れば嫌でも伝わってくる。


「まあ、勝ち筋を考えるとそうなるわい。よいか、我が弟子よ。今、あの二人はどうすれば勝てるかを考えている。そして、その結論はすでに出ておる。あとは、それに向かってどう戦術を組み上げていくか、その段階よ。そして、その勝ち筋は二つ。核を潰すために強烈な電撃を浴びせる、〈命令解除(オーダーキャンセル)〉で停止させる、この二つじゃ。昨日は離れてそれをやって、防がれてしまった。ならば、今日は接近戦で隙を作る、というわけじゃ」


 アルコは自分の予想を披露し、セラの首を縦に振ってそれに同意した。フロンもその予想を聞き、理に適っていると納得した。問題は二つの勝ち筋に対し、どういった隙を作り出すのか、そこが問題となるだろう。


「ちなみに、セラ殿、もし、あなたがあのゴーレムと戦った場合、どれくらいで片付けられますか?」


 フロンは勝ちか負けかなどと敢えて聞かなかった。なにしろ、目の前の男は魔王なのだ。資格がないだけで、その力は紛れもなく魔王のそれである。勝敗を尋ねるなど、魔王に対して礼を失する行為でしかない。

 そんなフロンの心中を察し、セラもまた魔王らしく尊大に言い切った。


「十を数えるまでに終わる。無論、あのゴーレムに内蔵されている神々の遺産(アーティファクト)の魔力を全力で防御に振り分けた上でな」


 遺産の力を入れても、余裕で勝てる。まさに圧倒的な力だ。そんな理不尽極まる魔王を相手に戦ってきたのが英雄と呼ばれる存在であり、目の前にいる二人だ。

 フリエスとフィーヨは歩みを止めて、コレチェロと黒鉄(くろがね)のゴーレムと対峙した。その間には何もなく、真っ平で遮蔽物もない。正面からぶつかり合うには格好の空間だ。


「コレチェロさんだっけ? 始める前にちょっと質問いいかしら?」


 フリエスは腕を組み、顎を上げ、見下すような視線を向けた。露骨な挑発行為であったが、コレチェロは気にもかけずに無言で頷いて話を促した。


「今から兄弟仲良くってわけにはいかないかな?」


「勘違いするな。私はフロンと仲違えしているわけではない。兄弟仲はいい方だと思っている。ただ、政治的な立ち位置に少しばかりズレがあるだけだ、邪神の眷属よ」


 コレチェロもフリエスを挑発で返した。両者の互いを蔑む視線がぶつかり合う。武器を持たずに鍔迫り合いを繰り広げているようなもので、両者とも引かない。


「なら、次の質問。そのゴーレム、誰から貰ったの?」


 これはフリエスが是が非でも知っておきたい情報であった。ゴーレムに使われている素材である黒鉄鋼はフリエスの住んでいた国でしか精製できない。どうやって東大陸から西大陸へ運んだか、これが分かっていなかった。

 コレチェロは顎に手を当て、少しだけ考えてから口を開いた。


「そうさな・・・。まあ、貴様のよく知る人物だ、とだけ言っておこうか」


 コレチェロからの回答はどうとでもとれる内容であり、結局話すつもりはないという意思表示であった。嘘はなくとも、そこから正解を読み解くことはできないからだ。

 結局、黒鉄鋼のことは分からなかった。誰が調達してゴーレムを作ったのか、謎のままだ。つまり、目の前の男に敗北を認めさせ、全部吐いてもらうしかないということだ。

 それが確認できただけでも良かった。フリエスは会話はこれまでと、着けていた外套(マント)を脱ぎ捨てた。中身は地味な旅装束だ。鎧などの防具は一切ない。どのみち、目の前のゴーレムの一撃を受ければ、大抵の防具は意味をなさないことは分かっていた。ならば、動きを阻害しないよう、何も装備しない方がいいと判断した。

 それでも身に付けている物が二つある。母親が贈ってくれた曲刀(サーベル)と、自分の力の根源ともいうべき雷神の力が込められた神々の遺産(アーティファクト)雷葬の鎌(デリートカッター)》だ。曲刀(サーベル)はゴーレムと同一の素材で出来ており、魔力を付与して強化すれば刃を通せるはずだ。《雷葬の鎌(デリートカッター)》は鎌と名前が付いているは、今の形状は首飾りだ。雷属性の術式ならばいくら使っても魔力を消費しないし、雷属性の吸収も行える優れ物だ。


(この二つをどう使うかが勝利の鍵)


 フリエスは腰に帯びた曲刀(サーベル)の柄に左手を置き、右手で首飾りを強く握る。祈る神などいない。なぜなら、自分こそが神なのだから。信じるのは自分の力。そして、数多の戦場を共にし、苦楽を分かち合った仲間だ。


「さて、昨日の続きと行きましょうか。フィーヨさん、作戦通りに行きますよ。時機を逸せず詰めていけば、あのゴーレムはただの金属の塊になるわ」


 フリエスは余裕の症状で微笑み、フィーヨもまた笑顔で返した。了解したと軽くフリエスの肩を小突き、数歩下がって武器を構えた。

 フィーヨは神々の遺産(アーティファクト)真祖の心臓(トゥルーハート)》を使い、両腕の蛇が形を変えた。用意した武装は槍と盾だ。左手で盾を構えて自分とゴーレムの間にしっかりとした壁を作り、右手の槍は穂先をフリエスに向けていた。

 フィーヨは前衛のフリエスに全力で補助の術式をかけるつもりでいた。そのため、ゴーレムが急に標的を切り替えて自分に襲い掛かって来ても、あらかじめ盾を用意しておけば対処しやすいとの判断だ。

 今回、二人が採用した作戦はセラが予想した通り、フリエスが前衛、フィーヨが後衛で補助という隊形だ。ゴーレムへの決め手はフリエスしか持っておらず、遠距離戦では昨日の二の舞を演じるしかないので、近接戦を挑むしかなかったのだ。


「昨日とは前後逆のようだが、その細腕で大丈夫かね?」


 コレチェロはニヤニヤと笑いながらフリエスをまた挑発した。コレチェロはゴーレムの性能を知り尽くしているわけでもない。あくまで“借り物”であるからだ。だが、その圧倒的な性能は何度も目の当たりにしており、その強さには絶対の信頼を置いていた。

 同時に目の前の少女が強いことも認識していた。昨日の戦闘とて、もしあの輝く光弾が直撃していれば、ゴーレムはやられていた公算が高い。

 それでも、黒鉄(くろがね)のゴーレムが勝つと、コレチェロは確信していた。


「うるさいわよ。それより、あんなも離れてなさいよ。巻き添えで殺しちゃったら、私が依頼主から大目玉食らうんだから」


 フリエスは腰に帯びていた曲刀(サーベル)を抜き、その切っ先をコレチェロに向けた。そして、何度も横に振り、さっさと退けと促した。


「おっと、これは失礼した。では、存分にやりたまえ。そして、できれば生き残ってくれたまえ。ズタボロになった貴様の首は我が手で跳ね飛ばして、死んでいった家臣達の墓前に供えてやらねばならんのでな。・・・では、ゴーレムよ、あやつらを殺ってしまえ」


 最後まで挑発を止めないコレチェロであったが、さすがに魔力を高めて戦闘態勢に入ったフリエスと対峙するのは危険と感じ、ゴーレムとの距離を取った。

 それが合図となり、ずっと直立不動であったゴーレムが動き出した。

 ゴーレムは両の掌をフリエスに向けたかと思うと、そこから淡い光が放たれ、ゆっくりと輝く壁を形成していった。


「おうおう、初手から〈完全対魔障壁(アンチ・マジック)〉か・・・。まあ、それも予想の範囲だけど」


 フリエスはこの戦いに臨むに際して、いくつもの戦術を考えた。同時に、相手がどういう策で来るのかも考えた。無数の策を組み合わせ、相手への対策も怠らず、そして、最適解への行程表を組み上げていった。


(一の必勝策よりも、十の良策を用意せよ)


 フリエスの頭の中では父の教えが何度も復唱される。絶対の自信をもって打ち出した策も、意外なところから綻び崩壊する。故に、高度な柔軟性を持たせるためにいくつもの次善策を用意しておけ、ということだ。

 フリエスはこれを忠実に実行していた。自分が用意できる手札、フィーヨが出せる手札を全て把握している。相手の手札もある程度把握できている。あとは状況に合わせて手札を切っていけばいいだけだ。


(まあ、一番手っ取り早いのは、切り札が使えることなんだけどね。でも、動いてくれそうにないから困るわ)


 フリエスは背中に当たる視線の一つに文句を言ってやりたい気分であった。

 セラは強い。昨日の一撃を見れば一目瞭然だ。だが、動かない。基本的に気分屋であるため、気が乗らなければ動かないからだ。動くのは、戦うに能うほどの強者が出てきた時か、敬意を表して己の拳で応える時だけだ。

 そして、今はそのどちらでもない。人形相手には、一切の興が乗らないからだ。

 そうこうしているうちに、ゴーレムが次の動きを見せた。展開していた光の壁が風に舞う薄布のようになびき、二つに分かれたかと思うと、ゴーレムの両腕に巻き付いた。日本の腕が淡く輝き、いつでも飛び掛かれるように構えを取った。

 これもフリエスの予想の範囲に入っていた。

 昨日の出来事をしっかり覚えて学習するのであれば、必ず〈完全対魔障壁(アンチ・マジック)〉を早めに展開してくるのは分かっていた。一点集中の電撃を脅威ととらえ、それの対策が必須だからだ。

 もし、可能であれば障壁を全身に展開していただろう。だが、ゴーレムにはそれができない。なにしろ、ゴーレム自体が魔力を用いて動いている人形なのだ。全身を覆ってしまっては、活動停止になる危険性があった。故に、壁にして展開したり、あるいは一部の部位に付与して影響を抑えるように使っていると推察できた。


(そう、それこそがこのゴーレムの隙だ)


 フリエスの目の前にいるゴーレムは“学習して自分で考えて行動する”ようにできている。これだけでも性能としては破格のものだ。単純な命令しか受けられない通常のゴーレムとは段違いの性能と言える。

 しかし、それゆえに、目の前のゴーレムは空っぽなのだ。『金の成る畑』にある何を埋め込まれて強化されたのであろうが、完成して日が浅いことは明白だ。なにしろ、畑の何かを取り出して畑が枯れたのであれば、ゴーレムが出来上がったのはほんの数日前。学び取るための経験が圧倒的に足りてないのだ。

 いずれこのまま稼働していけば、更なる経験を積み、手が付けられなくなるほどの存在になるかもしれない。だが、それには時間が足りていない。


(学習して考えて行動する、素晴らしいことだわ。でも、それは数多の時間に裏打ちされた経験があってこそ。思考が、人智が、こんな人形なんかに後れを取るわけにはいかない)


 フリエスは事前の予想と目の前の現実と擦り合わせていく。

 対電撃で両腕に障壁を付与した。他の術式がこれで阻害されるため、相手は近接戦に限定される。純粋な殴り合いならば勝てるつもりでいるのだろう。実際、フリエスの腕力では一方的に押し込まれるのがオチだ。


「〈限界突破(オーバードライブ)全身強化(フルチャージ)〉」


 だが、フリエスにはこれがあった。フィーヨの構えている槍の穂先から赤い光線が放たれ、それがフリエスに突き刺さる。体の奥底から力があふれ出し、同時に激痛が全身を走り抜ける。遺産を常時使用して体を独特の魔力に慣らしているフィーヨですら、この術の反動に苦労しているのだ。他の者がその影響下に入れば、それとは比べ物にならない激痛を味わうことになる。

 しかし、フリエスは自身の遺産の力によって強力な自己治癒能力が付与されている。つまり、その小さな体の中で破壊と再生がせめぎ合っている状態となっていた。

 目眩を覚えるほどの激痛だが、同時に回復する。なんとも言い表せない苦痛とそれからの解放、目まぐるしく変わる体内環境がフリエスを襲っていた。体は回復するが、精神の方が先にやられてしまいそうであった。

 長くは持たない、勝負は短期決戦あるのみ。


「それじゃあ、始めましょうか」


かくして、全てを決する戦いが始まった。


               ~ 第十五話に続く ~

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