第十三話 決断
店が包囲されている。アルコの一言は場の空気を激変させた。
そのうち追いつかれるかもとは考えてはいたが、いくらなんでも早すぎるからだ。
〈瞬間移動〉を使ってこの街に来てそれほど時間がたっていない。コレチェロが追いつくことはあり得ない。アルコが住んでいた山村がレウマ国の西の端なら、この町は東の端に程近い位置にある。距離的には絶対に追いつけないはずだ。
〈瞬間移動〉は高度な術式である。だからこそ、それが扱える魔術師はどこへ行っても重宝される。使えるだけで士官が叶い、宮廷魔術師の席が用意されるほど待遇がいいのだ。
「師よ、店に結界でも?」
「いいや。この店に入る前に、犬や猫に〈使役〉をかけて、使い魔にしておいた。で、周辺に警戒網を敷いたが、明らかにこの店を観察しとるのがおる。表に二人、裏手に二人。武装はないに等しい。仕掛けるというよりかは、見張っているという感じかのう」
相変わらず抜け目がないな、とフリエスは思った。決して警戒を怠らず、常に慎重に事を運ぶ。その動作があまりにも自然過ぎて掴みにくい。こういう態度が、アルコの立ち位置を確定させにくくしているのだ。
「見張っているということは、増援を待っているのかもしれません。いっそのこと、こちらから仕掛けますか? それとも、移動しますか?」
フロンの意見は最もであった。
標的は腕利きを揃えている。数が揃ってからでないと、仕掛けるのは難しい。ならば、標的に張り付いて、位置の把握に努めて増援と共に仕掛ける。仕掛ける側の思考としてはこんな感じであろうか。
もちろん、そう考えている相手に合わせてやる必要はない。逆に先を打って仕掛けるなり、移動するなりして、相手の予定を乱してやるのも、これまた当然の行動だ。
「もう日も落ちましたしね。今から出る方が危険だと思いますわ。夜道で襲ってくださいと言っているようなものです。まずは相手の出方を見ましょう。増援とやらがどの程度かは知りませんが、まさかこんな人の多い街中でゴーレムを暴れさせる、などというのはないかと思います」
フィーヨはそう言うと周囲を見回し、この意見に対しての同意を求めた。セラは相変わらずの無反応であったが、他の三人は頷て応じた。
「では、少々冷めたが、食事の続きといこうかのう」
こうして食事は再開された。目の前の食べ物を口に運び、先程の白熱した会話とは打って変わって、今この卓の上を支配しているのは沈黙であった。食事をしないセラを除いて、他全員が黙々と食べていた。
「・・・来たようじゃのう」
食事が終わり、食べ終わった食器を店員が下げたところでアルコが言った。
「来たのは一人・・・。コレチェロではないな。お、入ってくるぞ」
アルコは使い魔から送られてくる映像をそのまま口で説明し、入り口の方へと視線を移した。他の面々も入り口に注目した。
入ってきたのは、初老の男が一人だ。外套で覆ってはいるが、その下には割といい服装をしているのが見えた。
「あれは・・・」
フロンにはその男に見覚えがあった。そして、男が店の中に視線を泳がせていると、フロンと視線が合った。なにやら安堵の表情を浮かべたかと思うと、五人がいる卓に向かって歩いてきた。
そして、目の前まで来ると外套を外し、恭しくフロンに向かって頭を下げた。
「フロン様、ご無事でなによりでございました」
「コルテ、どうしてお前が・・・」
フロンとしては予想外の人物の登場に驚いた。
「フロンさん、こちらの方は?」
「我が家の執事のコルテです。祖父が存命していた頃から数十年、ずっと我が家に仕えています」
そうフロンが説明すると、コルテと呼ばれた執事は居並ぶ面々にも丁寧に挨拶をした。
「しかし、なぜお前がここにいるのだ? 我ら兄弟が揃って領地を留守にしたのだ。領地の留守居を任せていたはずだが・・・」
「それは重々承知しておりますが、コレチェロ様より『最優先だ』と、伝書鳩にてご指示があり、この町にてフロン様を待つようにとのことでございます」
マルチェロの名前が出た途端、卓に居並ぶ面々の警戒度が上がった。ベルネ同様、コレチェロの意を酌んで謀反に加担しているかもしれないからだ。
「なぜ、兄上は私がこの町を訪れると・・・?」
「コレチェロ様が仰るには、『東の国境に程近く、街道沿いで人通りが多い場所に必ず現れるであろうフロンと接触せよ』と・・・。条件として合致する、このサンビオや付近の街にて網を張り、お待ちしておりました。」
先読みされていたか、とフロンは考えた。無論、ただ闇雲にサンビオにやって来たわけではない。情報収集を必要としていたので、なるべく人の多くて往来の激しい場所を選んだ。また、コレチェロとの距離を稼ぐ意味から、西の端から東の端へと〈瞬間移動〉で移動したのだ。その移動先の条件を先読みされてしまい、先回りされたということだ。
「コルテ、兄上よりの伝書鳩は、いつお前の下に届いた?」
「四日前の夕刻に届きました」
コルテの回答にフロンは驚いた。時間を逆算すると、四日前の夕刻ということは、定例会議での事件発生直後ということになる。フロンが囲みを突破し、逃げ回っていた頃だ。つまり、コレチェロは兵士長のベルネを追っ手として差し向ける一方、さらに追っ手からも逃げられた時の保険として、領地にいるコルテにも素早く指示を飛ばして先回りさせたことになる。アルコと合流し、サンビオに逃れることを予測して。
「コルテよ、表の連中はなんだ?」
「あれは私が雇い入れた地元の者でございます。時間的猶予がございませんでしたので、単身ここへ馬を走らせました。それでは見張る人手が足りませんので、臨時に雇いました。フロン様がここに現れるのであれば、アルコ先生もご一緒のはずと考えましたので、『大きな古木の杖を持った老魔術師』を目印に見張るようにと」
コルテの説明を聞いてフロンは納得した。アルコの格好は目立ちすぎるのだ。見るものが見ればすぐに分かる。フリエスとフィーヨから疑いの視線をアルコに飛ぶ。わざと分かりやすい格好をして見つけさせたのではと疑ったが、老魔術師はこれを完全に無視した。
「それで、兄上はなんと?」
「優先事項第一『フロンの身柄を確保し、領地へ戻れ。ただし、拒否したらば無理強いをしてはならない』とのことです」
これはすぐに理解できた。あくまでコレチェロはフロンを王にするつもりでいるのだ。そのためには、さっさと身柄を自分の下に移しておくのがいいは当然だ。
無理強いはするな、これはコルテへの配慮であろうとフロンは考えた。コルテが無理にフロンの確保に動き、斬られてしまうことも考えられたからだ。兵士長ベルネの時は周囲に十分な兵力がいたので、フロンを強制的に確保できる状態であったが、コルテは単独で動かざるを得なくなる。そこでいざこざが起こったり、臨時雇いが手違いを起こす可能性も考えられた。あくまで、説得できる範囲で動き、それ以上の無茶はしなくていい、というマルチェロの部下への配慮だ。
(やはり、兄上はこういう人なのだ)
兄の本質は全然変わっていない、フロンはコルテへの指示の中からそう読み取った。誰よりも優しく思慮深いが、恐ろしく不器用なのだ。配慮が相手に伝わらないことなどよくあったが、そういう点は気付ける者が裏でこっそり真意を伝えたりしたものだ。だから、領民はコレチェロのことを口では褒め讃えはしないが、ちゃんと慕っているのだ。
「それで、フロン様、領地へお戻りになられますか?」
「無論、拒否だ。兄上には悪いが、兄上の行いを肯定するわけにはいかない」
フロンは断固たる口調で拒否した。兄がしでかしたあの所業を許すわけにはいかなかったし、当然その企みに乗っかって王になる気もなかったからだ。
「フロン様、私とベルネ、他数十名の兵士は今回の件を事前に伺っておりました」
「・・・で、あろうな。動きがあまりにも機敏すぎる。事前に準備や意思疎通をしていなくては、説明のつかないことが多すぎる」
「はい。フロン様にお伝えしなかったのは、絶対に反対されるとコレチェロ様がお考えになられたからです。私が申し上げるのも差し出がましい限りではございますが、フロン様、真に申し訳ございませんでした」
コルテは本当に申し訳なさそうにあふれ出る悲しみの表情を浮かべ、そして、深々と頭を下げた。
(そう、これなのだ。死んだベルネもそうだが、一人の例外なく兄上に忠誠を誓っている。主のために身を捧げる覚悟をもって仕えているのだ。無論、私もそのつもりでいた。だが、それでも・・・)
フロンも兄コレチェロの事を慕っていた。その治世を助け、少しでもその支えとなることを望んでいた。だが、コレチェロは凶行に手を染めた。フロンはそれで兄に対して疑いを持つようになったが、理由を知らされていた他の家臣は変わらず兄への忠節を貫こうとしている。果たして自分は正しいのか、フロンには大きく迷いが生じた。
「ですが、フロン様、勘違いをなさらないでください。今回の一件、これは私利私欲のためではございません。我らがコレチェロ様の計画に従ったのは、コレチェロ様のお命を守らんがためにございます」
コルテの言葉を聞き、フロンは目を丸くして驚いた。そして、動揺した。兄が謀反を起こした理由が“自衛”のためであるならば、状況が大いに変わってしまうからだ。
「まさか、兄上はなにかの御病気か!? それともなにかしらの暗殺計画でも・・・」
「それは私の口からは申し上げることはできません。直接、ご本人にお尋ねくださいますよう・・・。フロン様がちゃんとお尋ねになれば、お答えいただけるでしょう」
深々と頭を下げ、回答を拒否したコルテを見て、フロンはますます動揺した。兄の命に関わることなど自分は何一つ知らず、呑気に過ごしていたからだ。無論、相談されればいつでも応じたであろうに、何も言わなかった兄には少々腹立たしいが、兄の命が散りゆくのを眺めているつもりはフロンにはなかった。
「フロン様、今一度お尋ねします。領地にお戻りになられますか?」
コルテの口から飛び出したのは先程と同じ質問だ。だが、言葉に含まれている重さが段違いに重たくなっている。フロンには先程のように即答できなかった。
もし、コレチェロが命を狙われているとしたらば、それを取り除くのも弟として当然ではなかろうか、そう考えるとフロンはコレチェロの計画に乗るのが妥当と言える。
しかし、いくら命がかかっていることとはいえ、国家の重臣を皆殺しにするなどやりすぎである。到底受け入れられるものではなく、兄を裁きにかけるもの当然なのだ。
(私はどうすればいい? 兄に従うのが正しいのか、兄を裁きにかけるのが正しいのか)
フロンは考えがまとまらず、どうするべきか頭の中で思考が渦を巻いてかき回していた。そして、無意識的に師であるアルコへ視線を向けた。
すると、アルコは今までにない力強さで杖で床を突いた。床に大穴が空いたのではないかと思うほどの音で、その杖を持つ老魔術師の顔は怒りで満ちていた。
「不肖の弟子めが、この愚か者!」
フロンが今まで見たこともない怒りを露わにした師の顔に驚き、その怒声の勢いもあって危うく椅子が倒れそうになった。防音の結界がなければ、店中に響いていたであろう。
「よいか! 王たる者がそのような顔をするな! 民や臣下の意見を聞くのは良い。じゃが、決断する時には己の意思によって決断せよ。他の者に意志決定を委ねるな。王は皆の前に立ち、皆を惹きつけ、皆を導く者だ。肩を落とす姿など見せるな、思い悩む姿など見せるな、小利にしがみ付くような醜い姿を見せるな。堂々と生きよ! 堂々と笑え! 堂々と進め! 皆は王を見ておる。皆が王の後に付いてくる。そのことを忘れるな。よいな!」
アルコから飛び出した説教とも激励ともとれる言葉に、フロンはただただ平伏した。そして、決断に揺らぐ自分の不甲斐なさを恥じた。今は自分が間違いなく総大将なのだ。決断を下さねばならないのは自分なのだ。何を甘えているのだと、フロンは己自身を奮い立たせた。
同時に、この真に迫るアルコの言葉はフィーヨの心を打った。今、目の前にいる青年がかつての自分自身に映って見えるからだ。皇帝になったばかりの自分は怯えていた。それを隠すために強がって、力及ばず失敗した。そして、怒られて、慰められていた。今思えば、なんという甘ったれたことをしていたのだと思い出し、恥ずかしくなって顔を赤くした。
(ああ、そうだ。こんなだからミリィエは決して私のことを認めなかったのでしょうね)
どれだけ力強く振舞おうと、その心の内は怯えていた。魔女にはすべてお見通しだったのだろう。だから、フィーヨを責め立てた。完璧な皇帝を見てきたからこそ、弱々しい皇帝が許せなかったのだ。表面だけ取り繕うとするフィーヨが苛立たしかったのだろう。
今にして思えば、魔王討伐が終わるまでは一緒にいてくれただけでも、よく我慢してくれたと彼女に礼を述べたいくらいだと、フィーヨは思えてきた。だが、今彼女がどこでどうしているかは知らない。だが、向き合いたいとも今は思えてきた。
(もし、彼女に再び会うことがあれば、堂々と相対しましょう。皇帝としてではなく、一人の人間としてですが)
フィーヨはかつての自分を恥じつつ、忘れようともしてきた魔女との邂逅を望むようになってきた。おそらくは、再会したとしてもまたなじってくるかもしれないが、それでも今の自分なら耳と目を塞がずに彼女と言葉を交わせると思った。
(まったく、どうなってんだか・・・)
フロンとフィーヨはアルコと言葉に感化され、なにやら魂に芯が一本入ったような、そんな雰囲気の変わるのをフリエスは感じた。ゆえに、混乱した。アルコは本当にどっちの味方なのか、と。
(もし、このお爺ちゃんがコレチェロ側なら、こっち側を強化するような激励をするとは思えない。でも、こっちの味方とするには色々と黒すぎる。黒寄りの灰色かと思ったら、今度は白の方に寄せてきた。・・・ええい、読みにくい。確信が持てない。こういうやり方してくるのは、父さんくらいかな)
フリエスの頭の中には腹を抱えて大笑いする父の顔が浮かんできた。敵も味方も騙し、娘すら引っかけて吊り上げ、滅茶苦茶に引っ掻き回しながら、気が付けば問題が解決している。そんな場面が何度あったことか。
魔術の腕前のみならず、頭脳戦でも拮抗しているのではないか、フリエスはそう思わずにはいられなかった。西大陸に渡って早々、とんでもないのに出会ってしまった。これが人の縁を司る愛の女神の加護か、あるいは呪いか、いずれかであるかは判断がつかない。
「おい、コルテとやら」
アルコが直立して返答を待っていたコルテに視線を向けると、老魔術師の言わんとすることを察し、軽く会釈してから再びフロンに向き直った。
「フロン様、お尋ね申し上げます。領地にお戻りになられますか?」
三度発せられたコルテからの問いかけ。皆の視線がフロンに集まる。だが、フロンの表情にはもう先程のような迷いは感じられなかった。そして、その視線は一切の揺れもなく、コルテを見返した。
「コルテよ、私は領地には戻らん。兄上のやり方は到底容認できるものではない。領主として・・・、いや、この国に生きる者として、けじめを付けていただく」
フロンから放たれた言葉は力強く、兄を決別することへの恐れはもうない。今後、どういう状況になろうとも、もうこの決意が揺らがせないという意思を感じさせた。
それに対して、コルテは再び頭を下げた。
「フロン様、強く・・・、本当に強くなられましたな。私は長らくトゥーレグ伯爵家に仕え、お二方のことは生まれたころよりずっと見てまいりました。よくぞここまで大きくなられました。お二人にお仕えしていることを誇りに思います」
「コルテよ、まだ兄上からの言伝があろう。続けよ」
フロンは話の続きをコルテに促すと、コルテは軽く会釈してから直立して話を続けた。
「優先事項第二『もし、フロンが領地への帰還を拒絶した場合、金の成る畑へ赴くように伝えよ』とのことです」
やはりそうくるか、フロンは自身の予想が当たっていたことに特に喜びもなく、ただただ頷いた。騒動の始まりの地で、全ての秘密が埋まるかの畑で、決しようというのだ。
「よかろう。全てが始まり、全てが狂ったかの地へ赴き、兄上と決着をつけよう。コルテよ、お前は領地へ戻り、宴の準備でもしておれ。私の王としての就任祝いか、我ら兄弟の鎮魂の祭典となるかは分からんがな」
「承りました。願わくば、フロン様の頭上に、黄金の葡萄が輝かんことを」
コルテは再度頭を下げて、フロンの想いを受け取った。そして、同時に歓喜が全身を駆け巡った。良き主に仕えていることに言い現せぬ喜びがコルテを高揚させた。
『酒造国』レウマの王が儀式の際に身に付ける王冠には、黄金の葡萄の形をした細工物が取り付けられていた。それを頭上に頂くということは、王になってくださいという意思表示に他ならない。
期待を寄せる人物からの要請ならば、勤めは全うせねばなるまいと、外套を再び身に付け、コルテは領地に向かって歩みを始めた。
「待つのじゃ、コルテ」
アルコが立ち去ろうとするコルテを呼び止めた。コルテは振り向き、アルコに向き合った。
「他に何かご用向きでもございましょうか?」
「まだ、三番目の伝言が残っておるのではないか? なにか言いそびれた、と言いたげな顔をしておったでのう。それもちゃんと伝えておけ」
「アルコ先生の眼力は相変わらずでございますな。何と申しますか、すでに無意味なものでございますので、お伝えしなくてもよいかと思いましたが、改めましてお伝えいたします」
コルテはアルコに会釈し、そして、再びフロンの方へと向き直した。
「優先事項第三『フロンが領地への帰還を拒否し、また金の成る畑へ赴くことも保留あるいは拒否した場合、絶縁宣言の後、今後領地への立ち入りを禁じよ』とのことです」
コルテの伝言を聞き、フロンは戦慄した。もし、この第三の道を進んだ場合、この国は確実に崩壊することになるからだ。コレチェロの計画ではフロンを王に就けて事後の運営をさせる予定であった。そのフロンを切り捨てるということは、王の担い手がいなくなることを意味する。他の伯爵家を担ごうにもあの殺戮劇の件があるので、それすら不可能だ。残される道はただただ『酒造国』が消えてなくなることだ。
徹底的な改革か、あるいは安楽死、それがコレチェロの用意した道なのだ。
「兄上はそこまで今の国を拒絶なさるのか・・・。どのみち、そんなものを認めるつもりはないし、兄は裁かれるべきなのだ。コルテよ、重ねてご苦労であった。だが、私の意思も変わらぬし、お前に出した指示にも変更はない。よいな?」
「承りました。これにて失礼いたします」
コルテは再び頭を下げて別れを告げ、今度こそ店を後にした。念のため、アルコは使い魔で店外の様子を探ったが、コルテは雇い入れたと言った現地民に報酬と思しき小袋を渡した。自身はそのまま立ち去り、雇い人もどこかへ立ち去って行った。
「うむ。もう大丈夫じゃぞ。全員いなくなった」
沈黙が支配していた卓から警戒の色がなくなり、誰ともなく安堵のため息が漏れた。そして、視線はフロンに集まった。
「さて、我が弟子よ、これからいかがする?」
「無論、『金の成る畑』に赴きます。まあ、今からと言うわけにはいきませんが、今夜はここで宿をとって体力を回復し、明日の朝、向かいましょう。その際は〈瞬間移動〉をお願いいたします。もしかすると、兄上に先んじて到着できるかもしれません」
フロンの回答に満足し、アルコは無言で頷いた。先程の憤怒の表情などどこかへ行き、今のアルコは優しく弟子を見守る穏やかな表情であった。
「にしても、あれよね。フロンさんの兄さんってどうもいけ好かない感じなのに、ああも家臣に慕われてるのが意外だわ」
これはフリエスの率直な感想であった。とにかく、独善的で周囲のことを聞かず、思うままにどんどん進んでいくように見えた。それでいて有能でもあるから、ますます周囲とは孤立していくという、悪循環を起こすのではないかと考えていた。
しかし、実際はその逆。仕える家臣達は、皆が主人を慕っていた。
「兄上が独善的な傾向が強いのは認めます。ですが、それは表面的なものでしかありません。なんと言いますか・・・、そう、表現が下手くそ過ぎて伝わらない、とでも言った方が適当でしょうか。だから、真意を読める者には最高の主人たりえたのです」
そう言うと、フロンは昔の話を語り出した。
***
コレチェロが病で倒れて明日をも知れぬ父に代わり、領主の業務を代行していた頃の話だ。領内の村で殺人事件があり、その裁判を領主代行のコレチェロが執り行うこととなった。軽微な犯罪であれば、各村の自治会で処理するのだが、強盗や殺人等の重犯罪は領主が裁判官となって司法判決を出すことになっていた。そして、コレチェロが領主代行として、この裁判を執り行おうとしたのだが、その際に奇妙なことが起こった。事件のあった村総出で、殺人犯の助命を願い出てきたのだ。
実は、殺された男は酒癖が悪く、気に入らないことがあると大酒を飲んでは、妻子に暴力を振るうことを繰り返していたのだ。腕っぷしが強く、他の村人からも煙たがられていたが、怖くて言いにくい状態になっていた。しかし、事件のあった夜、またしても妻子が暴力を振るわれ、とうとう家から逃げ出したのだ。逃げた先は暴力を振るう夫の弟の家だった。この弟と言うのは普段は領主の館に詰めている兵士であったが、休暇でたまたま戻ってきており、そこに逃げ込んだのだ。
事情を聴いた弟は兄を諫めに行ったのだが、逆に女房を誑かして恥をかかせたと逆上し、取っ組み合いの喧嘩となった。だが、そこは現役の兵士である。酔っぱらった兄を難なく倒したのだが、酔っぱらっていたこともあってまずい倒れ方をしてしまい、そのまま死んでしまったのだ。村の者達は事情を知っていたので、この件をなかったようにしようとしたが、状況がどうあれ現役の兵士が人を殺してそのままというわけにはいかないと、弟は進んで裁きを受けることを選んだ。
そのような事情があったので、村人は弟の減刑をコレチェロに願い出たのだ。だが、コレチェロの下した判決は厳しいもので、それは“死刑”であった。
「兵士がその力を振るうのは、領地領民の安寧を守るためにある。にも拘らず、その領民を殺めた。しかも、相手は実の兄と言うではないか。弁解の余地なし。この者は死刑だ」
これがコレチェロの下した判決であった。その日の内に領主の館にあった地下の牢獄へと身柄を移され、死刑執行までは誰とも合わせないようにと衛兵に厳命を出した。
その後も村人達は何度も減刑を願い出たが、コレチェロの回答はいつも否であった。このことにはフロンもさすがに厳しすぎではと兄に申し入れたが、コレチェロはこれも退けた。
判決が出てから半年後、病気で寝込んでいた父が亡くなった。コレチェロが伯爵位を正式に継承し、トゥーレグ伯爵家の当主となったのだ。
フロンは兄がこれを待っていたのかと考えた。父が存在する限り、兄はあくまで領主代行だ。それが死刑のような重大案件の減刑を勝手に下すことはできないので、ひとまずは牢に入れておいて、自身へ完全に権限が移るのを待った。そして、新領主就任の恩赦など適当な理由をつけて釈放。そういう流れだとフロンを始め多くの者が考えた。
しかし、コレチェロの考えは違った。父の葬儀や自身の就任式などが終わり、新領主として最初に執り行ったのは、死刑囚の死刑執行であった。
フロンは自分の予想が外れたことに驚き、兄はどういうつもりかと混乱した。また、コレチェロが奇妙であったのは、死刑執行の首吊りの処刑台を死刑囚の村に設置したことだ。普段なら死刑を執り行う際は領主の館の庭先でやることになっていたのだが、その時だけは違っていた。異例尽くしのことに、誰もが困惑した。
そして、身柄を村に移された死刑囚は大人しく、それでいて堂々と処刑台の上に立った。周りにいる村人は見知った顔ばかりだ。さらに例の助けられた女性は半狂乱で夫を殺した義弟の助命を訴えたが、コレチェロはこれも取り合わなかった。
そして、死刑囚の首に縄が掛けられ、皆が見守る中、床板が外された。だが、物言わぬ躯が吊るされる姿がさらされることはなかった。なぜかいきなり縄が切れ、さらに盛大に死刑台が崩れ落ちたのだ。
死刑囚は地面に激しく打ち付けられはしたものの、死んではいなかった。叩きつけられた痛みでうめき声は上げていたものの、命に別状はなかった。
皆が呆気に取られている中、コレチェロは何事もなかったかのように馬に跨った。
「どうやら、我らが敬愛する酒杯神は酔って手元が狂ってしまわれたようだ。神の盃よりこぼれた酒を飲んでしまっても、罰は当たるまい」
そう言うと、コレチェロは驚きのあまり動けなかった村人も部下も捨て置いて、城主の館に帰ってしまった。
フロンは事の顛末を知ると、随分と回りくどいことを考えられたなと思った。コレチェロは元から助命するつもりでいた。だが、罪は罪として問わねば秩序が乱れる。恩赦で殺人犯のような重罪人を釈放してしまっては良くない特例を作ることになってしまう。そこで全ての責任を神に押し付け、神の奇跡によって命が拾われたことを演出したのだ。
処刑台には細工が施され、簡単に崩れるようになっていた。また、普通ならぞんざいに扱われる死刑囚であるが、コレチェロの手配で毎日三食温かい食事が手配されていた。
コレチェロ唯一の誤算は、処刑台が派手に壊れすぎて、助けるつもりであった死刑囚を負傷させてしまったことだ。
コレチェロは怪我が治ったのを見計らって、元死刑囚に対して領主の館へ出頭するように命じた。やって来た元死刑囚は恐縮していたが、コレチェロは執務を中断して笑顔と共に出迎えた。また、腕に傷跡が残っていたので、怪我の具合を尋ねた。
元死刑囚は大丈夫ですと答え、また兵士としてお仕えしたいと復職を願い出た。片膝をつき、恭しく頭を下げてコレチェロの言葉を待った。
それに対してコレチェロは跪く元死刑囚の肩に手を置き、語りかけた。
「お前は逃げることもできたであろうに、罪から逃げなかった。言い訳もせず罪を受け入れ、処刑台を前にしても怯むことなく堂々としていた。逸材である。むしろ、私の方からお前を誘わねばならぬほどだ。お前は一度死んだ。だが、神はお前に手を差し伸べた。次はお前が誰かに手を差し伸べる番だ。私のために尽くせと言うつもりはない。このトゥーレグの領地領民のために尽くせ。どうかよろしく頼む」
これを聞くなり元死刑囚は号泣し、コレチェロに対して忠誠を誓った。
***
「・・・とまあこのような感じでして、その後の元死刑囚の兵士は誰よりも熱心に働きました。また、助けた女性とも結婚しました。状況的には実兄を殺してその妻を奪ったことになりますが、そんな無粋な突っ込みを入れるような奴は誰もおりませんでした。さすがに仲人を引き受けるのはやりすぎだと兄上は考え、私を代理人にして結婚式を手配させましたが。その席で彼は皆に腕の傷跡を見せながら誇らしげに語っていました。『これは領主様より頂いた勲章であり、私の生涯の宝だ』と」
フロンが語り終えると、改めて兄コレチェロの思慮深さに頭の下がる想いだ。それ故に、今回の凶行の黒幕が兄であると知った時、衝撃を受けたのだ。
フィーヨもまた、コレチェロの正しい判断の数々に感心した。
(もし、私が同じ立場だったら、安易に恩赦を出していたでしょうね。ちゃんと手順を踏み、誰からも不満が出ずに問題を処理する。少々独善的で一人でどんどん進めてしまう危うさがあるけど、それを補って余りある判断力と行動力は大したものだわ)
名君の器である、それがフィーヨの下したコレチェロへの評価だ。才乏しき自分などよりも遥かに君主としての才覚に恵まれていた。
「あと、その元死刑囚の兵士の名前はベルネといいます。あれから熱心に働いて、最近になって兵士長に肩書を変えましたが」
このフロンの言葉を聞き、フリエスは衝撃を受けた。その名前は知っていた。フロンと初めて出会った夜に、フロンを捕まえようと追ってきた男の名前だ。フリエスはそれをお得意の電撃で消し炭にしていた。
また、その死についてコレチェロが質問してきた時、安っぽい挑発をしてしまった。先程のフロンの話を聞けば、コレチェロがむき出しの殺気をフリエスに向けた理由も説明がつく。コレチェロの視点で見れば、忠義に篤く働き者の部下を、騒動とは何の無関係の他所者が殺してしまったということになるからだ。
やってしまった、フリエスは血の気が引く思いに襲われた。コレチェロとの間に決定的な溝を作ってしまったのが、外ならぬ自分自身だと知ったからだ。
「おい、猪の女神よ」
頭を抱えるフリエスに対して、セラの辛辣な突っ込みが入った。それに対してフリエスはセラを睨みつけた。
「猪じゃなくて、雷の女神よ! “い”しか合ってないじゃん!」
「黙れ。お前のせいで話がややこしくなったってことだぞ」
セラの言は間違いなかった。もしあの夜、ベルネを処分ではなく確保を選んでいれば、そこで裏の事情もある程度知ることができ、早い段階でコレチェロとの交渉に臨むことができたかもしれないのだ。
怒りに任せてベルネを殺害した結果、穏当な解決への道筋全てが神の裁き(笑)によって崩落してしまったのだ。これについては、間違いなくフリエスの落ち度である。
「まあ、実力差があるなら、確保して情報収集に努めるのは定石じゃのう。間違いなく失策も失策じゃわい」
今度はアルコからの突っ込みが入る。何も言い返せないフリエスは呻きながら頭を抱え、呻き声を上げた。
「お嬢ちゃん、本当に大賢者の娘かのう?」
「お爺ちゃん、それ言わないで! その言葉は私の脳髄を抉る!」
アルコの口撃はフリエスの魂に直撃した。もはやまともに顔を上げられないくらいの衝撃が全身を走り、ブルブルと体を震わせた。
そんな弱々しい女神を見ながらセラはニヤつき、フロンに視線を向けた。
「今なら何やっても大丈夫だぞ、次期国王陛下よ。どうせ明日には死ぬかもしれん身だ。今夜のうちに“初めて”を済ませておけ」
「セラ殿、何を言っておられるか!」
あまりに突拍子もないセラの言葉に、フロンは顔を赤くして抗議した。実際、フロンは女性経験というものがなかった。武芸の鍛錬、学問の探求、領地の巡察、基本的にフロンはこれのどれかに時間を費やしていた。女性に興味がないというわけではなかったが、それに費やす時間がなかったのだ。
もちろん良家の子息であり、縁談もあったが、それを父親が曖昧に断っていた。二人の息子には、「自分の結婚相手くらい自分で好いた女性を見つけてこい」と言い放ち、好きに恋愛をしてもよいと放任されたのだ。
その結果、息子二人は恋愛よりも熱中するものを見つけてしまい、未だに女っ気のない生活を営んでいることは、あの世にいる前領主も苦笑いしていることだろう。
「おお、魔王殿よ、お主もそう思うか? まったく、女に関しては全然なっとらん不肖の弟子でのう。早うせぬかと、いささか気を揉んでおったところよ!」
「まあ、そこのアホ女神は揉めるほどの胸はないがな! 先日確認したばっかりだから、間違いないぞ!」
老魔術師と自称魔王の下品な笑い声が響いた。セラは魔王として威厳ある態度を示しているが、気分が高揚してくると途端に粗野で下品な感情が表に出てくる。
フロンはあまりの物言いにうまく言葉が出せず、口をパクパクさせて錯乱した。フリエスは卓に突っ伏して何やらブツブツ呟き、全然聞いていないようであった。その横でフィーヨは腹を抱えて笑っていた。
「それで、フロンさん、そこのかわいい子お召し上がりになります? 誰も止めないので、お先にどうぞ二人で部屋の方に行ってください。階段上がって左手奥ですわ。終わったら、呼びに来てくださいね」
フィーヨは笑いを必死でこらえながら、確保しておいた部屋の鍵をフロンに投げた。フロンは受け取ったものの、笑っている三人を睨みつけた。
「まあ、フリエス殿が愛らしいのは認めますが、精神的に打ちひしがれてる女性・・・、うん、女性ですね。それを手籠めにするとか、あなた方は鬼畜の所業を私に成せと!?」
抗議の声を上げるフロンに対して、「早よ」と言わんばかりに三人は力強く頷いて応じた。あまりのあり得ない言動に、フロンとしてはため息を吐かざるをえなかった。
「あなた方は私のことをなんだと思っているのですか!?」
「「「明日命を落とすかもしれない童貞!」」」
即答で、しかも計ったように三人の口から同時に放たれた。おまけに揃って親指を立ててフロンに向け、「やってしまえ」と無言で訴えていた。
フロンは近来にない強烈な脱力感に襲われた。さっさと寝よう、フロンは一人で部屋に向かって歩き出した。
「あらあら、少々からかい過ぎましたわね。では、私はこっちを」
フィーヨは精神がズタボロになっているフリエスを担ぎ、フロンの後に続いた。
円卓に残ったセラとアルコは改めて向き合い、少しの沈黙の後、口を開いた。
「なあ、爺さん、あんたフリエスを随分気に入っているようだな」
「ああ、気に入っとるぞ。まあ、ダメな娘ほど可愛い、とでも言えばいいかのう。ああいう手合いは育てがいも弄りがいもあるぞ。そうさな、あの世からのお迎えに猶予があるのなら、育ててみるのも悪くはないかのう」
セラの質問にアルコは楽しそうに答えた。教育者としてはすでに引退したものの、無理やり現役に復帰した結果、再び火が点いてしまったように感じた。
「はっきり言うとな、あれは育ての親が悪いわ。宝石は磨いてこそ輝きが増すというのに、あれは原石のまま愛でていたようなものよ。神なんぞという看板で見た目は大きく見えたとしても、真価は全然発揮されとらん」
「まあ、実技よりも座学中心だったみたいだからな。あと遺跡発掘。魔術の素養を伸ばすより、知識を詰め込んだってところか」
「なおのこと愚か者よ。教養を育み、知識を貯めこもうとも、それを活かす知恵が乏しくては宝の持ち腐れじゃ。まるで溢れる才を潰すような育て方ぞ。魔王が倒れ、喫緊の課題でなくなったとしても、長い年月のうちに腐らせてしまうわい」
アルコの声には明らかな苛立ちがこもるようになった。教育者の端くれとして、生徒の才を伸ばさぬ育て方など、容認できるものではなかった。
「なるほどな。なら、爺さん、あんたならあの女神様をどう鍛え上げる?」
「そうさな。基礎的な魔術訓練で魔力の増強を図りつつ、雷属性以外の魔術も伸ばす。特に、転移系と探知系の強化は重要じゃ。それと並行して女神としての覚醒の条件を調査し、いざというときの隠し玉として使えるくらいにはする」
ここでセラの眉が吊り上がり、アルコを睨みつけた。並の人間ならそれだけで心臓が止まりそうなほどの圧だが、老魔術師は涼しい顔でそれを流した。
「なあ、爺さん、あんた、フリエスの“女神の覚醒”のこと、誰から聞いた? 吟遊詩人の歌にも歌われていないはず。ルークはあのことを知らないから、知らないことは歌えない。知っているのはフリエスと特に親しい関係者、もしくは覚醒したあの姿を見た者しか知らないはずだ」
「はてさて、どこでだったかのう。遠い昔のことで忘れたわい」
フリエスの二つ名は《小さな雷神》である。少女の体に雷神の力を降ろすことに成功したためについた二つ名だが、正真正銘の雷神になれることを知っている者は少ない。フリエスの父親がその情報を秘匿し、必要以上に広まらないようにしたからだ。これは徹底されており、知っているのは二十五人の英雄の中でも半数にも満たないごく少数だ。
ゆえに、西大陸の老魔術師が知っているのはあまりに不自然なのだ。少数しかいない知っている者と接触したか、もしくは見ていたか、だ。
「まあ、爺さんがどこの誰だろうと別に構わんがな」
「それはどうしてかのう?」
「俺にとって重要なのは、楽しませてくれるのか、面白いかどうかであって、謎解きなんぞは二の次だからだ」
セラの行動原理は強い者と戦って強くなることだ。それこそが、彼にとっての存在意義であり、娯楽であり、生きるという意味そのものなのだ。それ以外の要素は割とどうでもよく、無視することも多かった。
だから、目の前の老魔術師の正体などどうでもよかった。重要なのは老魔術師が強いかどうか、あるいは楽しめる展開を用意してくれるかどうかなのだ。
「なら、俺からの質問になるが、爺さん、あんたはどっちの味方なんだ?」
「愚問じゃのう。そんなもんこう答えるわい」
アルコは少し深めに呼吸し、そして吐き出した。
「「面白い方に付く!」」
アルコとセラの声と気持ちが重なった。そして、二人はたまらず大笑いした。セラは上機嫌に拍手し、アルコは卓をバンバン叩いた。
「やはりな。爺さん、あんたとは本当に気が合うな」
「ああ、長年の友人と杯を交わしているような気分じゃわい。もう少し早く出会っておきたかったのう」
アルコは席から立ち上がり、卓を挟んだ反対側にいるセラに手を差し出し、握手を求めた。セラはそれに応じ、こちらも席を立ってアルコの手を握った。人間と魔族、魔術師と戦士、老いたる者と不死なる者、全く違う者同士であるが、妙に気が合った。
「なあ、爺さん、明日は楽しませてくれるんだろうな?」
「ゴーレム相手にお主の出番はないじゃろう。じゃが、退屈することは決してない。いや、させない。それはワシが保証しよう」
「ふふふ・・・。そうかそうか。ならばよし。明日を楽しみにしていよう」
二人は今一度固い握手を交わし、その日は眠りに付くこととした。席を離れ、先に三人が眠る部屋へと向かった。
明日にはすべての決着が付く。国家の行く末、皆の未来、畑に埋められていた謎の力、全てが決する。嵐の前の静けさか、その日の夜は何事もなく過ぎていく。
~ 第十四話に続く ~




