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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第一章  雷神娘と黒鉄の人形
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第十二話 影の正体

 フリエスの絶叫した内容にはフィーヨも同意であった。フィーヨ自身もできれば避けたい事態であり、こちらも唸りながら頷く有様であった。


「フリエスの言う通り、面倒くさい面々ばかり。それは英雄級の魔術職の面々は一癖も二癖もある方々ばかりですからね。でも、その中でも一番の曲者はフリエスのお父君であることをお忘れなく」


 フリエスはフィーヨの突っ込みに思わず苦笑いして、父の顔を思い浮かべた。基本的に顔はにやけていて何を考えているか分からない。滅茶苦茶な方針を打ち出したかと思えば、きっちりそこまでの行程表を自分の頭の中だけに入れているから、敵も味方も騙しまくる。そして、全員が呆気にとられたところで再び大笑いだ。


(あたしはもちろん、父さんの親友の《英雄王》や《天空の騎士(スカイ・ワン)》も何度煮え湯を飲まされたか・・・。まあ、その後の母さんの制裁までがお約束だったけど)


 かつて見た微笑ましい光景にフリエスは思わず表情を緩ませたが、今はそれどころではないと記憶の中へと押し込めた。


「で、お三方の解説をしますが、まず《虹色天使(プリズムエンジェル)》ペリエル=レスセラフですわね。今回の旅の目的だった、白鳥の恋文の送り先です。天使の血が混じってて、背中に翼を展開して飛行し、弓と魔術を使うのを得意とします。他の追随を許さない最高の技術である合成魔術の使い手です。二つ以上の術式を発動し、融合させて弓で射出します。しかも、闇属性以外の全系統の術式を使用できます。最大で四つの術式を混ぜ合わせることができ、組み合わせは無数にあります。それで着いた二つ名が《虹色天使(プリズムエンジェル)》です。確かこれは白鳥の命名でしたかしら。虹色の羽衣をまとう麗しの天使殿、と」


「ほう、合成魔術か。あれは高度な技術じゃからな。わしも多少は心得があるが、さすがに四重合成は無理じゃわい」


「あの・・・、ご老人、合成魔術って使えるだけで、私は超凄腕ですと宣言しているようなものなのですが」


 フィーヨの言う通り、合成魔術を使えるだけで魔術師としてはある種の高みに存在すると言ってもいい。術式を連続して発動だけでも高等技術であるのに、それを融合させて発動させるとなると術の調整が難しく、暴走するのがオチだ。それを操れるというだけで、魔術師としては破格の性能と言える。


「コホン・・・。で、ペリエルの性格は残忍無比・・・、というか異母妹の《全盲の導師(ブラインドフォース)》以外に関心がなく、妹以外がどうなろうと知ったことではない、という方です。そもそも、西大陸から東大陸に渡って来たのも、《剣星(スターブレード)》に連れていかれた妹を連れ戻すためでしたから。そんなわけで《剣星(スターブレード)》との仲は最悪で、妹が止めないといきなり殺し合いになることなんて事が頻繁にありました」


「なんじゃ、すでに英雄の同士討ちはやっとるではないか」


 アルコの突っ込みにはフィーヨも苦笑いをせざるを得なかった。魔王と戦いし二十五人の英雄と言えば聞こえはいいが、実際のところ仲が悪いのがゴロゴロいる。個人的な恨みから政治的な対立まで、その深さや種類は様々である。

 なお、唯一の例外は白鳥で、この鳥の姿をした英雄だけが、他の英雄と一切の対立や騒動をすることなく戦乱を乗り切っている。愛の女神の加護だと当鳥は言っていたが、天使殿と結ばれなければどんな加護であれ幸運であれ意味がない、とボヤいていた。


「で、次はペリエルの異母妹で《全盲の導師(ブラインドフォース)》の二つ名で呼ばれるモライナ=グランヘル。生まれつきの全盲で、額に埋め込まれた宝玉を使った“瞳魔術”という独特な術を使います。視界という世界においては、彼女が支配者と言ってもよいでしょう。相手に幻を見せる単純な物から、視界の乗っ取りあるいは遮断、果ては呪殺まで、色々と応用できる幅が広い術よ。でも、一番役に立っていたのがなんといっても〈完全解析パーフェクトスキャン〉ですわね。見つめた相手のすべてをさらけ出す術式で、弱点の看破、展開している結界の性能読み取り、あるいは攻撃の特性を瞬時に見破り、そこから最適解の攻撃や防御を導き出します。彼女の導きがなければ、全滅しかねない状況が何度あったことか」


 説明しているフィーヨもモライナの助力を幾度も受けたことがあり、その実力を高く評価していた。高位の魔族と戦っていたときなど、彼女の瞳がなければさらに厳しい状況で戦うことになっていたと考えている。

 フリエスに至っては、魔王との決戦で共闘している。彼女の瞳が魔王を解析してなければ、まず間違いなく全滅していたと思っている。なにしろ、魔王の所持していた防御スキルときたら『物理攻撃完全耐性』『無属性以外の術式完全吸収』『状態異常転移』『死亡判定無効』という何の冗談かと疑いたくなる編成であった。その解析結果が出た段階で雷属性特化のフリエスの役目は盾役と牽制に終始することが決まってしまった。


「この二人は西大陸出身ですから、大戦終了後程なくして西大陸に戻っていきました。まあ、この二人なら死の海域を強行突破するのも難しくはないでしょう」


「なるほどのう。まあ、それだけの実力者じゃ。船さえ調達できれば、幽霊船団なんぞものともせずに死の海域を越えれるじゃろう。で、残りの一人は?」


 アルコの問いに、フィーヨは露骨に嫌な顔をした。最後の一人の説明をしたくないと言わんばかりの顔だ。


「フィーヨさん、彼女のことを喋りたくないんなら、あたしが説明やろうか?」


 フリエスはフィーヨの顔を覗き込み、心配しながら尋ねたが、フィーヨは首を振ってこれを拒絶した。そして、軽く呼吸を整えてから口を開く。


「容疑者の最後の一人、《氷の魔女(チルドウィッチ)》の二つ名で呼ばれるミリィエ=フローズ。お兄様の傅役を務められた騎士の娘で、“どこかで”魔術を修めた後、皇子時代のお兄様の推挙で宮廷魔術師団にその名を連ねるようになりました。以前にも話しましたが、彼女は魔王側と繋がっており、魔王陣営が帝国への工作要員として用意した手駒でしたが、ええと、あの、その・・・」


「ヘルギィが魔王から寝取った」


 直球過ぎる表現がセラの口から飛び出し、フィーヨが頭を抱えてうなり始める。普段の優雅な所作など、どこかへ飛んで行ってしまったかのようだ。


「嫉妬かのう」


「嫉妬ですね」


 ここにアルコとフロンの師弟のダメ押しが入り、フィーヨがさらに苦悶する。要するに、フィーヨは敬愛する兄をたぶらかした卑しい女という認識をもって、自分の国の宮廷魔術師を見ていたということだ。


「やれやれ。兄と夫がこいつを甘やかしすぎたせいだな。なあ?」


 セラがフィーヨの両の袖口から状況を見ていた二匹の赤い蛇を見つめると、蛇はプイッと視線をそらせてあさっての方角を見つめた。


「まあ、《苛烈帝》が《氷の魔女(チルドウィッチ)》を愛してたかどうかなんてのは知らないけど、魔女は間違いなく惚れてたでしょうね。女としても、臣下としても・・・。女の視点だと、超絶美男子だし、臣下の視点だと、圧倒的な器や実力を備えた皇帝だし、まあ色んな意味で惚れこむでしょうよ」


 フリエスは二人と本気の殺し合いをしたことがあるからなんとなく分かっていた。あの時の二人は互いの実力を認め合い、信頼によって結ばれた戦友と言った趣きであったと記憶していた。羨ましくもあり、それ以上に妬ましかった。どうして憎き帝国の人間が、あるいは仲間、あるいは友、あるいは夫婦、などと和やかな関係を持っているのか、と。


(あの時、あたしは怒りに支配され、怒りの女神としての断罪を二人に下そうとしていた。ああ、そうだ、あたしはあいつらに家族が殺されたと。あいつらに村を焼かれたと。でも、それは果たして本当の事なのだろうか? 《狂気の具現者(マッドメーカー)》にいじくりまわされて、あれより前の記憶が混濁していて、はっきりと思い出せない)


 フリエスには自分に雷神の力を降ろした《狂気の具現者(マッドメーカー)》から拾われる前の記憶が、ほとんど残っていない。残っている記憶は焼け落ちた村落と、帝国兵に殺されたと思われる家族の亡骸だ。そして、自分は瓦礫の下敷きとなって息苦しくもがいている。それを掘り起こして助けてくれたのがあの狂った魔術師だ。


(力が欲しいかと尋ねられた。あたしは欲しいと答えた。あたしや家族をこんな目に合わせた奴に、同じ目に合わせてやると。そして、私は怒りを司る雷神となった)


 嫌な記憶だ。フリエスにとってはただただべっとりと脳裏に染み付いた悪夢以外の何物でもない。あのまま《苛烈帝》との戦いで暴走して死んでいたかもしれないが、それを助けてくれたのが《全てを知る者(グラント・ワイズマン)》だ。

 かの大賢者にして最強の魔術師は神となった少女を娘として迎え入れてくれた。廃人同然の少女の心を伴侶たる《剣の舞姫(ブレードダンサー)》とともに少しずつ人間のそれに戻し、僅か半年足らずで普通に暮らせるまでに戻すことができた。


(だからこそ、私は父さんや母さんの役に立ちたい)


 手紙の配達がなくなった今、父親についでくらいに頼まれた駅舎を始めとする遺跡調査を本腰入れてもいいのではないかと、フリエスは考えた。もちろん、目の前の事件を解決してからではあるが。


「お兄様は私人としては誰よりも優しく、公人としては誰よりも真面目で働き者でした。あれで惚れこまない方がおかしいです。ですが・・・」


 フィーヨの頭の中に魔女と過ごした記憶が走り抜ける。しかし、思い浮かぶ魔女の瞳は、怒り、嘲り、哀れみの三つしか自分に向けたことがなかった。無論、彼女の心情を読み取れないほど、フィーヨは鈍くはない。

 ミリィエは魔王陣営の駒であった。なぜそうなったかは知らないが、ただの騎士の娘があれほどの魔術師へとなるまでにどれほどの訓練や責め苦を受けたか、想像するに難くない。そんな穢れ荒んだ女性を、《苛烈帝》は受け入れた。恩人の娘というのもあるだろうし、優れた魔術師だからという打算もあるだろう。それよりも何よりも、魔王の走狗ではなく、ただ一人の人間として受け入れたのだ。

 魔女は理想の主君と安寧の地を手に入れた。だが、すぐに失われた。残ったのは理想の主君の妹という、血統だけで地位を継いだ能無しだった。これでは元通りの荒んだ状態に戻ってしまって当然だろう。


(ミリィエは空っぽでした。それを埋めたのがお兄様。だからこそ、本来お兄様が立っている場所に私がいることを、彼女は最後まで認めてはくれなかった。私は嫉妬した。目の前の女性がお兄様にそこまでの想いがあると知ったから。だから、私は負けじと張り合った。そして、いつも私は失敗し、彼女は私をなじった。『あなたは所詮代役。身代わり人形だ』と。まあ、その度にルイングラム様と口論していましたが)


 今となっては随分と懐かしいものだと、フィーヨは二十年近く前の宮殿の会議室でのやり取りを思い出していた。《二十士》にも数えられ《慈愛帝の四名臣》とも呼ばれる、彼女にとってはいつもの四人組とのやり取りだ。《氷の魔女(チルドウィッチ)》がフィーヨにしつこいくらいのダメ出しをして、《天空の騎士(スカイ・ワン)》が言い過ぎだと窘め、宰相たる《皇帝の料理人(インペリアル・シェフ)》が茶化し、その場の最年少である《新風将軍(ジェネラル・シルフィード)》が慌てふためく。何度も何度も繰り返された光景だ。

 そんな光景が終わりを告げたのは魔王討伐が終わってからだ。《天空の騎士(スカイ・ワン)》は戦死し、《氷の魔女(チルドウィッチ)》は先帝の遺品の大半を持ち去って出奔。残りの二人とフィーヨは空虚を埋めるかのように国の再建に奔走した。


(もうあの賑やかな日々は戻ってこない。けど・・・)


 それでもフィーヨは届かぬそれを手にするために、いかなる手段も用いるつもりでいた。例え、天に唾する行いであろうとも、神の横っ面を引っぱたくことになろうとも、絶対に取り戻して見せると。《苛烈帝》と《天空の騎士(スカイ・ワン)》、すなわち、フィーヨにとっての兄と夫、この二人が戻ってくるだけで手に入るものなのだ。

 ならば、いかなる禁忌に手を染めようとも、躊躇うべきものではない。


「それで、《氷の魔女(チルドウィッチ)》とはどういう魔術を得意とするのじゃ?」


 アルコの質問を聞き、いささか思い出の世界に飛んでいたフィーヨが現実に戻された。何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、話を続けた。


「ミリィエは二つ名の通り、氷属性に特化した術構成をしています。中でも注目すべきは彼女が編み出した〈魂魄凍結(ソウルフリーズ)〉です。魂を凍らせ、精神活動を停止させるというとんでもない術式です。ムドール家の氷の棺を解析して、自分でも使える術式に改良したのだとか。上位の魔族ですら術の発動中は強制停止させられますよ」


 ちなみに、フリエスを仕留めたのもこの術式であった。《苛烈帝》と《氷の魔女(チルドウィッチ)》がフリエスと戦った際には圧倒的な力で押し込んだが、《天空の騎士(スカイ・ワン)》がそれに加わると状況が一変。前衛が二人になることで術の詠唱の時間を稼ぎ、〈魂魄凍結(ソウルフリーズ)〉でフリエスの精神活動を鈍らせた後、隙を突いて昏倒させて決着がついたのだ。

 フリエスはそのことを思い出して寒気が走った感覚を覚え、思わず身震いした。


「なるほどのう。さすが英雄級の魔術師じゃわい。合成魔術、独創の魔術、得意魔術の一点強化・・・、およそ魔術師が魔術の道を極めんとした場合、必ずどれかを選択せざるをえなくなる三つの道。それぞれのお手本のような存在じゃ」


 アルコは子供のように無邪気にはしゃいだ。このようないつもとは違う様子の師にはもう慣れてしまったので、フロンは構わず話を続けた。


「つまり、フリエス殿やフィーヨ殿の話だと、この三者の中に、今回の一件に関わっている者がいると?」


「西大陸にお住いの東大陸に詳しい凄腕の魔術師、という条件でならこの三人ってことよ」


 フリエスにも確証はない。だが、その危険性がある以上は備えておかねばならなかった。


「しかし、肝心なところが抜けておる。事件に関与する動機じゃ。犯罪には必ず動機がつきものよ。それがないと、犯人を絞れんぞ」


 アルコの言葉はもっともなので、フリエスもフィーヨも三人が引き起こしそうな事象を考え、そこに生じる利益について考えた。


「金目当ては、あの三人なら絶対ありえないから、うう、えっと・・・」


「俺がいるからぶち殺しに来た」


 セラの放った一言に、フリエスもフィーヨも固まった。ある意味、最も妥当な理由であったから、あれこれ深く考えていたのが馬鹿みたいだと思ったからだ。


「うん。ペリエルさんが黒幕なら、絶対それだわ。まあ、回りくどい事やるよりも、セラの姿を見るなり一発ぶちかましてきそうで怖いんだけど」


 いかにもありそうな光景を思い浮かべ、フリエスは戦慄した。セラは魔族、ペリエルは天使だ。この二人が仲良くやっていけるとは思えないし、問答無用で戦闘になることも想定していた。白鳥の手紙(焼失)を渡す際には、その点をどうしようかと悩んでいたくらいだ。

 つまり、ペリエルが犯人だった場合、あまりにも回り道が過ぎるということだ


「そうなると、ミリィエが私に突っかかってくるという線も薄いですね。彼女の性格を考えると、堂々と姿を晒して私にしつこいくらいの説教を飛ばしてくるかと」


 フィーヨはミリィエ犯人説を消した。


「残るはモライナさんだけど、これもないかな~。時期的には、そろそろ子育てから解放されてるはずだけど、基本穏やかで姉と夫以外には割りと無関心だし」


 フリエスがモライナを最後に見たのは、魔王討伐から程なくしてからの頃だ。夫である《剣星(スターブレード)》は魔王との戦いで死亡したものの、その種はモライナの中で芽吹いていたのだ。そして、姉のペリエルとともに少し膨らんだ腹を抱えながら、海を渡っていった。

 もし、お腹の子供が無事に育っていれば、そろそろ独り立ちしている頃だろう。

 そんなモライナが犯人とは思えないと、フリエスは考え、容疑者から外した。


「つまり、お前らは見えざる影に怯えて、勝手に敵を作り出していた、と」


 セラの痛い一言がフリエスとフィーヨに突き刺さった。しっかり分析してみれば、なんのことはない。勝手に怯えて勝手に混乱していただけなのだ。


「お、おかしい。黒鉄鋼の入手を考えると、絶対あの三人の誰かなのに、動機がなさすぎる」


「あのなあ、動機も実力も十分なのが、目の前にいるだろうが」


 そう言って、セラの視線は円卓を挟んで反対側に座るアルコに飛んだ。国内事情をよく知り、実力も十分な魔術師である。容疑をかけるならば、むしろ部外者よりも内部の人間と考えるのが自然と言えた。


「セラ殿、いい加減にしていただきたい! 第一、今までの話を整理しますと、今回の黒幕となる者の条件は“凄腕の魔術師”、“謀反介入の動機”、“黒鉄鋼の入手”の三つの要素が必須です。師は最後の条件を満たしておりません!」


 フロンは声を荒げて師を擁護したが、荒々しい喋り方とは裏腹に話す内容は筋が通っていた。アルコが犯行に及んだと仮定した場合、第三の条件があまりにも難しいのだ。


「逆に言えば、それさえ解決すれば、この爺さんが犯人ってことだ」


 セラはあくまでアルコへの追求を止めなかった。しかし、当のアルコは特に動揺した様子もなく、にやりと笑うだけであった。


「やれやれ、まったく疑い深い吸血鬼(ヴァンパイア)じゃわい。ならば、戯れに聞いてみるが、動機はなんじゃと思う?」


「不老不死」


 セラは即答した。と同時に、初めてアルコの表情が変わった。今までは余裕の表情であったのが、無表情で警戒の雰囲気を漂わせた。


「ほっほぉ~う。そう来たか。なかなかに面白い推察よな」


「ああ。例の『金の成る畑』だったか。数百年枯れることのない葡萄の畑だ。もし、その力の源を解析し、それが人間に応用できるとなれば・・・。ああ、不老不死の研究にはもってこいだろうよ」


 セラとアルコの視線が交わり、見えざる火花を散らす。フロンはどうにか止めに入ろうと考えるが、どうにも入り込む隙が無い。


「なあ、爺さん、不老不死になるのがお望みなら、俺が特別に吸血鬼(ヴァンパイア)にしてやってもいいぜ。吸血鬼(ヴァンパイア)は実質、寿命がない。良質な生き血さえ啜ってりゃ、いつまでも生きられる。まあ、お昼にお散歩できなくなる程度の話だ」


 セラは自身の口の中にある尖った牙を見せつけた。吸血鬼(ヴァンパイア)の象徴たる人間のそれより遥かに伸びた犬歯。これで相手に噛みつき、流れ出た血を食すのだ。


「心配するな、爺さん。日の光を浴びれなくなるのはほんの百年くらいだろうよ。上位の吸血鬼(ヴァンパイア)は日の光を克服できる術がある。あんたならそれくらいで行けるようになる。だから、どうだ、吸血鬼(ヴァンパイア)にならないか?」


「なかなか魅力的なお誘いじゃな。自称とはいえ、魔王にそこまで評価してもらえるとは」


「俺は強い奴が好きだ。強くなろうとする奴はもっと好きだ。強くなるためにありとあらゆる手段を講じる奴はもっともっと好きだ。そして、爺さん、あんたは穏やかな表情の下に、とんでもない化け物を飼っていそうな匂いがプンプンしている。俺の狼の鼻はそれを逃さねえぞ。だから、俺は爺さんが大好きだ」


 突然の告白。フロンは呆気にとられて開いた口が塞がらなくなるが、フリエスやフィーヨから見れば、またか、程度の反応であった。

 セラは強くなることを至上目的としている。そのため、強い相手にはかなり節操なく噛みつく癖がある。同時に、今後強くなると予想した相手には、かなり好意的になる。そして、強くなったら殴り飛ばしに行くオマケ付きであるが。


「気が合うのう。わしもお主が好きじゃあ。姿形こそ違えど、おそらくは同類よのう。飽くことなき探求心、向上心、そいつがとびきり強い」


「ああ、そうだな。食べごろになったら、そのときはよろしくな」


 セラからの宣戦布告が発せられた。ただし、体から発せられるのは殺気ではなく、歓喜だ。久方ぶりに楽しい奴に、戦うに能う奴に会えたことへの喜びだ。そして、何よりも気分を高揚させるのは、目の前の老魔術師は臆することなく、セラを受け止めると応えた。これで高揚感はいくらでも溢れてきた。楽しみだ、それこそセラの偽らざる本音だ。


「で、盛り上がってるところ悪いんだけど、黒鉄鋼の件は?」


「知らん。どうやって運んできたかが分からん」


 結局はそこに行きつくのだ。アルコは全ての条件を揃えているのに、黒鉄鋼の入手経路だけがポッカリ空いている状態なのだ。これを崩さないことには手が出せない。少なくとも、確たる証拠もなしに目の前の老魔術師を縛り上げることは、雇い主であるフロンが決して許さないであろう。

 国家の政争はなにより大義名分が重要になってくる。それを無視して進めれば、後に大きな歪を生み出す。それは国政に携わってきたことのあるフィーヨや、国家の重鎮の娘であるフリエスも重々承知しているところだ。ゆえに、この国において名声をほしいままにする目の前の老魔術師を捕縛するには、レウマ国の国民や貴族が納得するだけの証拠固めを終わらせなくてはならない。

 また、東西交流が始まった重要な時期でもある。東大陸からの渡航者が騒乱を起こし、国が一つ傾いたともなれば、交流促進の妨げになるのは明白だ。ゆえに、その行動は慎重にならざるを得ない。

 もちろん、騒動に関わらず、フロンを見捨てればそれでよかった。だが、簡単に片付くものだと思い、安請け合いしてしまった。そうした実力の過信こそ、今回は最も責められるべきことである。英雄と祭り上げられていたことへの無意識的な慢心、フリエスもフィーヨも大いに反省するべき案件であった。

 そして、なにより尻尾を見せても掴ませない気持ち悪さだ。アルコには二人を煙に巻ける実力や知恵があった。


(やっぱりセラの言う通り、お爺ちゃんが怪しくなってきたわ。白出しした後だってのに、黒寄りの灰色だわ、現状。でも、入手経路を割り出さないと決定打を打てない)


 フリエスは必死で考えた。東大陸にある黒鉄鋼を西大陸に運ぶ方法を。なにか見落としや抜けがなかったか、必死で考えた。


(一番ありそうなのは『竜脈の駅舎(ステーション)』が生き残っていた場合だけど、さすがに父さんの目をごまかすのは無理かな。大陸中の駅舎を回って、その状態まで調べ尽くしたくらいだから。あとは船・・・、〈隠形(インビジブル)〉を使って、白鳥島の横をすり抜けるってのもいけるけど、あの大きさを隠せるとは思えないし・・・)


 フリエスの頭の中です思い当たる事象を次々と検証していくが、その都度可能性が潰されていった。

 そんな思考を堂々巡りさせていると、いきなりアルコが杖で床を突いた。ドンッと響く音に反応し、皆がそちらを振り向いた。


「この店じゃが、囲まれておるぞ」


 その一言に、一気に警戒の色が濃くなった。 

 バカな、早すぎる。そう考えた一行は座ったまま平静を装いつつ、いつでも飛び出せるように身構えることとなった。


                ~ 第十三話に続く ~

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