第十一話 移動手段
『竜脈の駅舎』、フロンにとっては聞いたこともない初めての言葉であった。だが、それがただものでないことだけは、雰囲気で察することができた。フリエスやアルコの声が、どことなく楽し気に高揚感を帯びていたからだ。
「それで、師よ、『竜脈の駅舎』とはなんでしょうか?」
「竜脈とは、そうさな、地面の下を走っておる大きな魔力の流れとでも思っておればよい。かつての東西大陸を治めていた『魔導国』ではそれを様々な用途に利用しておったそうじゃ。中でも最大の活用法が今出てきた『竜脈の駅舎』じゃ」
アルコが説明し始めたので、フロンはそちらに向き直った。
「さてさて、我が弟子よ、トゥーレグ伯爵領の領主として、領地や民を治めていく自信はあるかのう?」
「ございます」
フロンは即答した。当然、本来の領主は兄コレチェロであるが、このような事態になってはどう転ぶか分からない現状だ。自分に領主の座が回ってくることも十分にあり得ることだ。そして、フロンには領主としてやっていく自信もあった。兄の補佐として領民を指導し、領地を巡察しては問題解決にあたって来た実績がある。明日から領主をやれと言われたとしても、肩書が変わるだけで、やることは変わらないからだ。
「ふむふむ、さすが我が弟子よ、自信満々大いに結構。では、もののついでに、西大陸全土を治めてみよ」
「はぁ?」
師のあまりに突拍子のない言葉に、フロンは変な声で応じてしまった。
「なんじゃ、領地を治める自信はあるのじゃろう? それがちっとばかし大きくなっただけではないか」
「いやいやいやいや・・・。師よ、トゥーレグ伯爵領と西大陸全土を同じ感覚で言わないでください。どう考えても無理でしょう」
フロンの困惑も当然であった。一伯爵領と大陸全土を同列で扱うなど、いくらなんでも無理がありすぎた。アルコの言葉の方が完全に狂っていると言えよう。
「では、なぜ不可能なのかを述べてみよ」
「単純に広さです。何か指示を飛ばそうにも時間がかかりすぎます。早馬を飛ばしても、大陸の端まで行くのにどれほど時間がかかるか知れたものではありません。都から離れれば離れるほど目が行き届かなくなり、統治に綻びが出やすくなります。そうなると、権限を持たせた代官を派遣したり、あるいは地方領主に丸投げすることになりますが、目が届かないのをいいことに何をするかもわかりません。つまり、距離が離れ過ぎてて、どう考えても破綻する未来しかありません」
地方の半独立化や反乱、広大な土地を治めるのはどう考えても不可能だ、というのがフロンの出した結論だ。
これには元皇帝のフィーヨも同意する。フィーヨは広大な領土を治める皇帝であったが、中央集権化に成功した名君でもあった。もっとも、フィーヨが成功できたのは大貴族の大半が兄ヘルギィの大粛清によって消え去り、その領地を接収していたからだ。
帝都から離れた辺境地には皇帝から任命された代官が派遣されることとなった。任期もきっちり定められ、世襲化の恐れがあるため、親類縁者が同じ任地に赴かないように法も定めた。また、一部の都市には帝国への貢納を条件に大幅な自治を認め、共和制の商業都市としての立場を得た場所もあった。こうした各制度は戦乱が収まって世情が落ち着いたこともあって定着していき、今に至っている。
「では、かつて存在した『魔導国』はどのようにして統治していたと思う?」
アルコの言葉にフロンはハッとなった。『魔導国』はかつて東西大陸を統一して治めていた。つまり、フロンが挙げた問題点を何かしらの方法で解決していたということでもある。そうでなければ、二つの大陸に跨る巨大国家など生まれようはずもなかった。
「それがさっき言った『竜脈の駅舎』じゃ。ようするに、これは誰でも使える〈瞬間移動〉とでも考えればよい。駅舎に飛び込めば、別の駅舎に瞬時に移動できるのじゃ。これがどれだけ有益かは説明する必要はあるまい」
「はい、私が先程言った“距離”の問題を解決できます」
フロンが先程述べた問題は、とにかく広すぎて移動距離が尋常でないことが原因である。それが解消されるのであれば、統治のしやすさは格段に改善される。
「極端な話、今ここから出かけて、東大陸に飛んで一仕事終えた後に、西大陸に戻ってくる、ということも可能となるのじゃ。それも〈瞬間移動〉のような高度な術を使う必要もなく、一般人も利用できていたということじゃ」
「夢のような話です。なるほど、それなら東西大陸の統治も可能ですな」
フロンとしては恨ましい限りの話である。領内の移動ですら色々と大変だというのに、それを大陸規模であっても考えなくてもいいのであれば、どれほど楽になるかは想像もできないほどだ。
「あとは心の距離もね。どこの誰とも知れない人に統治されてるよりかは、領主にしろ代官にしろ、ちゃんと顔が見える位置にいるってのはいいことですよ。顔が見えないよりかは親近感がわきます。私も領内を頻繁に行幸したものです」
フィーヨはかつての自分を思い出した。時間さえあれば領内を見て回り、移動時間短縮のために〈瞬間移動〉で移動したり、竜に騎乗したりと、色々やって領内を回った。煩わしく思うこともあったが、上が笑顔で手を振り、堂々としている姿は見せること戦乱の時代では特に重要であったと今では考えていた。
「ついでに言っとくと、その『竜脈の駅舎』の捜索も一応頼まれてることなのよね。父さんがあれの研究に入れ込んでるから。どうにかして使えないかってね。で、状態のいい奴なら魔力源さえ何とかなれば使えるところまではきてるんだけど、そこから先がなかなか難しいみたいなのよ。あ、フロンさんと初めて会った所にも駅舎があったのよ。まあ、状態は最悪でまったく使い物にならなかったけど」
「ああ、なるほど。それであんな街道から大きく外れた場所にいたんですか」
フロンが三人組と初めて会った場所は、山道すらない山林の奥であった。猟師でもないのにあんな場所にいるのは不自然であったが、遺跡の探索というのであれば納得できるというものだ。おかげで、自分は今もこうしていられるわけであるから、巡り合わせとは面白いものだとフロンはしみじみと思った。
「久々に聞いたが、やはり『竜脈の駅舎』の研究は面白いのう。わしも一時期ハマったわい。あれがかつて存在した『魔導国』崩壊の原因でもあるからな」
「あら、お爺ちゃんも気付いてたんだ」
「ああ。原因は分からんが、ある日突然『竜脈の駅舎』が使えなくなった。駅舎が使えなくなったということは、フロンがさっき言った問題が再び飛び出すからのう。それが引き金となって『魔導国』は崩壊。統治機構がバラバラになってしまって、各地で勝手に独立してやっていく勢力が勃興。今存在する各国の大元が出来上がる。当然、この段階で東西大陸の行き来が絶えた。そして、この混乱期に多くの技術や知識が失われた。もしそれの謎を解明できれば、崩壊の歴史の真実を暴くだけでなく、今はまともに使えぬ駅舎を始めとするかつての技術を復活させれるやもしれん」
フリエスもアルコも目をキラキラさせ、発する言葉にも一々熱が入る。それほどまでに魅力的な研究対象なのであろう。
弟子であるフロンはここまで楽しそうな師の顔を今まで見たことがなかった。自分では知識が不足していて会話に入っていけず、そういう意味では目の前の少女が師と魔術の談義を交わせることに嫉妬を覚えはするものの、老いてなお盛んな師の顔を拝めるのはいいことだと安堵もした。
「これはあれじゃのう。東西で駅舎に関する合同の研究組織を作る必要があるのう」
「うんうん、全くその通りよ! あたしも父さんも喜んで協力するわ。是非にも」
なにやらすっかり意気投合したフリエスとアルコは握手を交わした。こんなにも早く別の大陸の理解者が得られるとは思ってもいなかったからだ。
「なあ、お前ら、話をあらぬ方向に飛ばすのが本当に上手いな。現状を鑑みたら、そんな悠長なことをやってる暇なんぞないだろうに」
ここで猛烈な突っ込みがセラから入った。他の四人が慌てて咳払いをした。実は、この自称魔王が五人の中で一番真面目なのかもしれない。
「ええっと、どこまで話したっけ?」
「死の島を制圧したところからだ」
「把握した。んじゃ、フィーヨさん、解説の続きを。あ、そうだ、あんたどうせ食べないでしょ。あたしによこしなさい」
そう言ってフリエスはセラの目の前に置かれていたスープを奪った。さらに鶏肉も切り分けて大きいのを手にした。
「あんまし食うと太るぞ」
「むしろ、太らせて、お願いだから」
フリエスにとってはかなり深刻な悩みであった。フリエスの体は肉付きが悪く痩せている。おまけに背も低い。体の大きさの割にはよく食べる方なのだが、どれだけ食べてもこのままなのだ。食べた瞬間に魔力へと変換されてたりして、体に栄養が行き渡っているのかどうか不安になることすらある。
「では、話の続きを・・・。『大鯨号』を西大陸へ送り出した後、他の主要な顔ぶれは東大陸に〈瞬間移動〉で帰還。その後、死の島を基地化するために、資材や道具を詰め込んで『海竜号』と『大鷲号』で再度出港。死の島を白鳥島と改名し、基地の建設を始めました」
死の島、改め白鳥島は温暖で人が住むのも農耕を行うのにも最適で、補給基地を築くにはちょうどいい島であった。森を開き、ため池を掘り、畑を作った。さらに、船修理を行うための船工房も簡易な物であったが設けた。普通にやれば数年がかりの大事業となるが、英雄級が数名も揃い造成を行ったので、半年ほどで基地化に成功した。
「そこまで完成したところで《全てを知る者》が〈瞬間移動〉連発で保全要員や屯田兵、船大工なんかを増員して、拠点として機能するようになりました。で、二隻の船は西大陸に向けて出航させて、主だった面々は再び東大陸に帰還。そこで先行していた『大鯨号』が戻ってきていました。で、船の点検や修復を終えて、私とフリエスとセラがそれに乗り込んで西大陸へ渡航。これがここ一年ほどの出来事です」
フィーヨは一通り説明を終え、目の前にある水を飲み干した。そして、この一年間は本当に忙しかったと今更ながらに思い返した。と同時に、今はさらに面倒な事態になってきているとも感じた。
「それはまた、随分とお忙しい一年でしたね。・・・あれ? 島の開拓中はセラ殿と同行してなかったのですが、暴走の件はよろしかったのですか?」
「一時的に封印してたんじゃろ」
フロンの疑問に答えたのはアルコであった。途端にフリエスの表情が険しいものへと変じた。
「お爺ちゃん、なんで知ってるの?」
「ん? お嬢ちゃんの父はムドール直系を名乗っておるんじゃろ? なら、例の弓か棺、あるいはその両方を使えるのでは?」
「そこまで知ってるのかぁ~」
フリエスは目の前の老魔術師が本当に怖くなってきた。こっちが伏せている手札が透けて見えているような感じだ。
「お爺ちゃん、あんた何者よ!? ムドール家の関係者!?」
「いいや、ただの田舎の小さな国の宮廷魔術師じゃよ。頭に元も付くがのう」
絶対嘘だとフリエスは思った。ムドール家の関係者ではないにしても、これほどの実力者を魔術師組合が捨ておくとは思えない。つまり、今の今まで何らかの理由で実力を隠していたか、あるいは立場を隠しているかだ。
「ムドール家の秘術である光の弓は竜王の鱗すら易々と貫き、氷の棺は魔王すら眠りにつかせると言う。で、セラをその棺の中にいれておいたのじゃろう?」
「はい、そうです。セラはしばらく棺の中で眠ってて貰いました」
フリエスはもう投げやりになって言い放った。もう老魔術師にはどんな隠し事も通用しないと諦めたのだ。
「ただね、この氷の棺はめちゃくちゃ魔力消費が激しくて、維持するのが困難なのよ。魔王の封印もこれの応用だったんだけど、竜脈から力を吸い上げて維持魔力にあててたみたいなのよね。で、セラにかけといたやつは魔晶石をてんこ盛りにして維持させてたんだけど、結局半年で品切れになった。そっからは物騒な同窓会の再開よ」
「寒かったぞ。あの中に入るのはもうコリゴリだ」
不本意ではあったが、氷の棺に封印されたのはセラにとっては近来にない嫌な記憶となっている。自身の持つ神々の遺産《虚空の落とし穴》に似ているが、それに寒いという感覚が加わるといったところだ。もちろん、その寒気は錯覚であり、魂が冷やされてそう感じているだけだ。
「存在する三隻の船の動きは分かりました。つまり、それのどれかに積み込まれていた、ということですね。ただ、今聞いた動きですと、どう考えても『大鯨号』になりますが」
「そう、フロンさんの言う通り。でも、積み込む場所がない。一回目の航海の時は何日で着けるか分からなかったから、水と食料、あと薬品と修理備品、西大陸に着いた後の物品購入のために金貨や宝石なんかで、重たい金属を乗せれない。他二隻も島の開発資材でぎっしりなんで、これも無理。そうなると、再び『大鯨号』に西大陸に向かった時に詰め込まれたと考えないといけない。でも、積み込むのにも限度があるから、やっぱり厳しいのよね。あんな重たい物を船に乗せるのに、同乗しているあたしらが気付かないわけないわ」
どう考えても鋳塊を乗せるのは無理だ、と言うのがフリエスの結論だ。今後はもっと船の数を増やすと白鳥は言っていたが、現在ではまだ三隻しかない。行き交う人も物資もどうしても限られてしまう。
「ならば、東側ではなく、西側の船はどうじゃ? 一応、片道とはいえ、西から東へは移動できたのじゃし、開通後に東から西へと向かえばよい」
「それもないと思うわ。東から西へ移動する際には、必ず白鳥島の横を抜けていくことになるわ。船が航行したら、島にいるあたしらが気付かないわけないもん」
アルコの推論をあっさりフリエスは否定した。なにしろ、当時の島には英雄級の人間が幾人も駐留していた状態だ。その目をごまかして島の横をすり抜けれるとは思えなかった。
「そう考えますと、こちらの目をごまかす必要があります。となりますと、やはり英雄級の逸材でなければ不可能ではないか、というのが私とフリエスの予想です」
フィーヨの言にフリエスは頷いて応じた。恐るべき力を持ったかつての顔馴染みが敵に回る、それは肩を並べて戦った二人が一番よく分かっていた。
「それで、二十五人の英雄の中で、誰がその候補に挙がるのじゃ?」
「英雄もすでに何人も死んでます。時間的、あるいは場所的にあり得ない人もいます。で、例のゴーレムや巻物を作れるだけの魔術の腕前が必須。そうなると、候補者は三人。西大陸にいるのが確定している二人、行方知れずが一人」
フィーヨは指を三本立ててそう言い放つ。フリエスもそう考えており、頷いて応じる。そして、その三人の顔を思い浮かべて頭を抱えた。面倒極まる相手だ、と言わんばかりに。
「《虹色天使》と《全盲の導師》と《氷の魔女》ですわね」
「あぁぁぁ、なんでこんな面倒くさいのばっかなのよぉ!」
フリエスは頭を抱えながら絶叫した。防音していなければ、店中に響き渡るであろう大声であった。フロンにはいかにその三名とやり合いたくないのかが、嫌というほど伝わってきた。
~ 第十二話に続く ~




