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フリーダムファイターズ ~月と太陽への反逆者~  作者: 夢神 蒼茫
第一章  雷神娘と黒鉄の人形
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第十話 予測

 遥か彼方の山裾に赤く焼けた夕日が沈もうとしていた。日が暮れる前にと、町の往来を人が行き交い、家路を急ぐ。徐々に人影も少なくなり、静寂が広がっていった。

 ここはサンビオと呼ばれる街で、『酒造国』レウマの東端に程近い場所だ。東へ西へと向かう街道が走っており、日の昇っている間は旅人や行商の行き来が絶えない賑やかな街だ。

 今は日没に近い時間であるが、逆に闇夜が訪れる頃に活気立つのが繁華街だ。仕事終わりの癒しを求め、酒場へと人々が集まっていた。酒杯を掲げ、豪快にその中に注がれた麦酒(エール)を飲み干し、談笑を交わす。ある卓では下品な笑い声が飛び交い、ある卓は女に振られた仲間を慰めながら杯を勧め、またある卓では仕事や商売の成功談を大仰に語っていた。酒気の匂いと喧騒がその場を支配していた。

 そんな酒場に四人組の集団が入ってきた。ギギィといささかさび付いた蝶番が悲鳴を上げ、中の人々に来客を知らせる。気にせず談笑を続ける卓もあれば、新たな来客に視線を向けて値踏みする者もいる。

 四人組はいかにもと言った感じの冒険者の一段であった。全員が地味な旅装束に外套マント、それに各々の武器と、冒険者らしい典型的な装束だ。

 酒場の面々の視線を釘付けにしたのは、長い黒髪の女性だ。旅路での汚れなど一切感じさせない優雅な立ち振る舞いと均整の取れた顔立ちを持ち、酔っ払いどもから下品な歓声が飛んでくる。それに対してにこやかな笑みで返すものだから、さらに口笛が響く。首から下げた首飾りには軍神マルヴァンスの聖印があり、その信徒か神官であることが分かる。

 この女性はフィーヨと言い、遥か東の大陸から渡って来た旅人だ。かつては一国の皇帝を務めて《慈愛帝》の二つ名で敬慕されていたが、今は子供に皇帝位を譲って自由気ままに旅をし、つい最近渡航ができるようになった西の大陸へと渡って来たのだ。

 次に目が行くのが短めの灰色の髪をした長身の男だ。屈強な体つきには不釣り合いなほどの美男子で、今少し愛想よくできればさぞもてるであろう。武器の類も見当たらないことから、その肉体を武器にして戦う拳術士であることが推察できる。

 この男はセラと言い、人族、人狼族ヴェアヴォルフ吸血鬼(ヴァンパイア)の三種族の混血児として生を受けた。基本的に鍛え上げた肉体で戦うことを得意とするが、魔術にも造詣が深く、数百年のうちに蓄積された知識も豊富であった。《十三番目の魔王(ナンバー・サーティーン)》を自称し、強くなることを至上の目的としており、そのため強い相手と戦うことをなによりも欲している。

 その後ろから歩いている者は、随分と使い込まれていそうな大きな古木の杖を持ち、だぶついた長衣ローブをまとい、いかにもと言った感じの魔術師だ。名をアルコといい、かつてはレウマ国で宮廷魔術師を務めており、歴代の王や重臣から信頼され、相談役として活躍した。また、公務の傍ら私塾を開いて貴族の子息から一般庶民まで学問を教え、国中の人々から慕われていた。老齢を理由に引退して故郷の山村にて静かに過ごしていたのだが、今回の騒動に巻き込まれてしまい、現役復帰となった。

 その老魔術師の横にいる剣士は彼の弟子であり、名をフロンと言う。国の重臣たる十二伯爵家の一つトゥーレグ伯爵家の者で、当主コレチェロの弟にあたる。国の方針を決める定例会議に参加していたのだが、その席が仮面の剣士に襲撃され、多くの者が殺されてしまった。フロン自身はどうにか逃亡できたものの追っ手の追跡が厳しく、危うく捕まりかけたが、フィーヨらに助けられ、アルコとも合流を果たした。

 しかし、仮面の剣士の正体が死んだと思っていた兄コレチェロであると知ってしまった。何もかもが身内の謀略であると知ったフロンは、今まで以上に事件の終息のために奔走することを誓った。

 その一団の男三人は空いている円卓を確保して椅子に座り、女性の方はカウンターにいる店主と思われる小太りの男の方へと足を進めた。


「店主さん、よろしいかしら?」


 店主は声の主の方に視線を向けると、そこには絶世の美女が立っていた。今までの人生で見てきた女性の中で間違いなく一番の美人であった。店主は磨いていたグラスを慌てた手つきで置き、その美女と向かい合った。


「ようこそ、美しき旅の人よ。注文はどうするかね?」


「そうね、料理の内容はお任せしますので、とりあえず五人分をお願いしますわ。あと、部屋の手配もよろしくお願いします」


 この店は一階は酒場兼食堂となっているが、二階は宿泊施設となっている。街道を行く旅人が使うにはちょうどいい施設だ。


「泊りかい? 人数は五人でいいかい?」


「はい。今は四人ですが、あと一人少し遅れて来ますので、五人寝泊りできる部屋をお願いしますわ」


「はいよ。ええっと、空き部屋で五人以上だと・・・、ここだな」


 店主は壁にかかっていたいくつかの鍵の中から一つを掴み、それをカウンターに置いた。


「階段を上がって左手の一番奥の部屋だ。寝台は六つある。代金は飯代と合わせて、銀貨十五枚だ。水は飯代に込み値だが、酒を飲むんだったらさらに追加料金だぜ」


 店主は自身の背中にある酒棚を指さした。レウマ国の代名詞とも言うべき葡萄酒(ワイン)を始め、蜂蜜酒(ミード)林檎酒(シードル)の酒瓶が並んでいた。また、その横には麦酒(エール)の酒樽も備え付けてあった。


「お酒は大丈夫ですわ。えっと、はい、代金です」


 女性は店主に言われた枚数の銀貨を腰の小袋から取り出して積み上げた。店主は手で持って真贋と枚数の確認をした。本物で間違いないと確認すると、店主は銀貨を片付けた。


「そういえば、店主さん、この国、定例会議で何かごたごたがあったって聞いたんですが、何かご存じありませんか?」


「あったもあった。ひでえ話さ」


 店主は薄くなっている頭を掻き、大きくため息を吐いた。


「いつものごとく『金の成る畑』で会議やってたら、賊が襲撃してきたらしくてな。結構な人死にがあったそうだぜ。あそこの酒はすげえ高値で取引されるから狙われたんだろうけど、物騒なもんだぜ」


 フィーヨは少し驚いた表情を作って、大変ですねえと言わんばかりに頷いた。すでに騒動の情報がここまで来ていることについては、本当に驚いてはいるが、あくまで初耳の体を装っておいた。


「まあ、それは困りましたわ。私達もさる富豪の依頼でその名酒を手に入れようと、遥々旅をしてきたのですが・・・。」


「あ~、ダメダメ。今は近寄らん方がいい。何よりだ、あっちの方から逃げてきた行商からの話なんだが、『金の成る畑』まで枯れちまったって大騒ぎよ。だから、この街道も騒ぎから逃げるために、旅人や行商なんかが東へ向かって大移動の真っ最中よ」


 これからどうなるんだかねぇ、と店主からの愚痴が飛んできた。フィーヨはその事件のことはがっつり知っているのだが、市井の噂としてどの程度まで浸透し、どういう噂が飛び交っているのかを確認するために、あえて質問してみたのだ。

 酒場は情報収集するのに最も適した場所の一つだ。人の出入りが多く、様々な種類の人間がやって来ては酒の肴に話を咲かせる。酒が入っているので大ぼらを吹く者もいるが、中には値千金の貴重な情報が耳に飛び込んでくることもある。密偵にしろ、冒険者にしろ、そうした情報の真贋を見極め、価値あるものを選り分けるのは当然持っておくべき技術だ。

 あるいは逆に、噂を流布したりもする場合もあるが、そういった場合もその出発点は酒場などの人が集まる場所と決まっている。

 とにかく、情報を集めるにしろ、流すにしろ、酒場は重要な拠点となりえる。あとは、冒険者組合(ギルド)の施設か、あるいは娼館くらいなものだ。


「そう、お話ありがとうございました」


 女性は笑顔で店主に礼を述べ、仲間のいる円卓へと向かった。途中、尻を触ろうとする酔っ払いがいたが、軽く手を叩き落として難を逃れた。

 そして、無言で待っていた三人のいる円卓の椅子に腰かけた。


「フィーヨ殿、いかがでしたか?」


 真っ先に話しかけてきたのはフロンであった。兄が主犯であることを知ってから、ずっと落ち着かない雰囲気であったが、それを隠せないほど焦っていた。自身のトゥーレグ伯爵家がどう考えても責任をとることになるのだが、どのように収めるかで今後の国の方針や伯爵家の進退など色々と変わってくる。

 一番手っ取り早いのが、兄コレチェロの謀反に乗っかり、自分が国王に就任して事件の暗部をすべて消してしまうことだ。そうすれば、トゥーレグ伯爵家が国権を独占し、絶大な権限を持って国家を取り仕切り、どうにでもできてしまうからだ。

 だが、フロンはそれを良しとしなかった。兄には兄なりの理由があったのであろうが、それによって全てを正当化するなど言語道断であった。こんなことがまかり通っては、秩序もあったものではないし、むやみに乱を呼び起こすだけだ。だからこそ、兄の差し出してきた手を払いのけて、現在に至っているのだ。


「ああ、ちょい待てちょい待て。・・・風よ、風よ、我が意に従え。来る者は拒まず、去る者は許さず」


 アルコが杖をコンッと床を叩くと、風が軽く肌を撫でた。かなり注意しなくてはわからないくらいの違和感だが、円卓を中心になにかしらの結界を張った。


「今のは?」


「〈沈黙(サイレンス)〉を改良した結界じゃよ。これで盗み聞きする無粋な輩を気にせんでよいわ。まあ、ほんのささやかな老人の手慰みとして作っておいた」


 〈沈黙(サイレンス)〉は風の精霊に命じて空気の流れを淀ませ、声や音を封じる術式だ。声を出せなくなるので、詠唱を妨害するのにこれ以上のものはないが、代わりに自分も詠唱ができなくなるという欠点もあるので、使いどころを選ぶ術だ。アルコはこれに改良を加え、二枚の薄い風の膜を形成し、外から飛んでくる声は通し、内から発せられた声は遮るようになっていた。


(手慰みでこれほどの新魔術って、どうなんでしょうね、ほんと)


 益々、目の前の老魔術師の実力が分からなくなってきたとフィーヨは思った。

 術についてよく知らない者は魔法と一括りにしてしまうが、それには大きく分けて二種類が存在する。“魔術”と“神術”である。力の根源である魔力マナは見えざる混沌より湧き出でて、巨大な河となって世界を循環し、そしてまた混沌へと戻っていく。術の行使とは、その大河の水を汲み上げ、世界と言う名の畑に水を注いで芽吹かせる行為だ、と術を学ばんとする者は教えられる。

 そして、“魔術”と“神術”の違いは、その大河の水を自分で汲み上げるか、神と言う大いなる存在に汲んでもらうか、この違いである。

 術というものは誰でも行使できるが、その才と言うべき器には大きな差異がある。汲み上げる際に持ち上げる器が、コップとバケツでは汲み上げられる量に差が出るのは当然である。それが術士の力量の差として目に見える形で示される。火事を消すのに、コップの水とバケツの水、どちらが有効かは言うまでもない。

 “魔術”は自分で汲み上げた水を、自分色に染め上げてから撒く。そのため、術の行使者の力量が如実に出てくる。

 “神術”は神に汲んでもらって、それをおすそ分けしてもらう行為だ。故に、神と仲良くしていないと分けてもらえないし、受け取る器がコップかバケツかで、受け取れる容量に差が出た。

 そして、術士の修業とは、その器を補強し、汲み上げたり、おすそ分けしてもらえる量を増やすことだと言っても差し支えない。

 また、自分の力量でいくらでも変化させることができる“魔術”においては、新魔術というものは簡単に作れてしまう。基本的な術の構成式は魔導書に書かれている。それを手本にして魔力を消費し、術を発動させる感覚を養うのが、魔術師の訓練だ。その感覚が研ぎ澄ませていけば、術がちゃんとした形で発動するようになる。詠唱とは一種の自己催眠であり、その術が発動する感覚を呼び起こすためのものだ。さらに熟達していけば術発動の感覚をすんなり呼び起こせるようになり、詠唱の短縮や破棄に繋がっていく。

 新魔術とはその感覚に変更を加えることだ。といっても、消費魔力を抑えたり、何かしらの追加効果を付与したりと、その程度の工程でも新魔術として扱われる。

 しかし、先程アルコが使用した術は“通す風の壁”と“通さない風の壁”を同時に生み出す二重発動の領域である。手慰みと呼ぶにはあまりにも高度すぎるのだ

 まあ考えても仕方ないか思い、フィーヨはそのことは頭の隅に追いやって、手に入れた情報を皆に話すことにした。


「街道沿いの宿場町ですから、さすがに騒動の件は伝わってますね。なにより、行商等の行き来を一切制限されていませんから、ダダ洩れもいいとこですわ」


 フィーヨの言葉を聞き、フロンはさもありなんと頷いた。

 兄コレチェロは会議に列席していた重臣やその随員は手早く処理したようだが、一般人には手を出していない。情報の流れには一切の制限を加えてない。ゆえに、市井に話が流れるのが速いのだ。

 コレチェロはフロンに王になれと誘ってきた。自分を死んだことにしてまで、弟に立つよう促してきたのだ。そうなると、コレチェロの考えも読めてくる。賊の暴虐性を前面に出して喧伝し、国中にその話を広める。適当なところでフロンを担ぎ出し、賊を討滅させる。当主が全滅した今となってはどこの家も混乱状態であるが、事件の黒幕であるトゥーレグ伯爵家だけは被害が最少であるので例外的に機敏に動ける。賊を片付けた功績とその後の後始末、さらにばれるとまずい事件の裏側のもみ消しを上手くやれば、晴れてフロンは完全な王となり、国のすべてをトゥーレグ伯爵家が手にするという寸法だ。

 色々と考えた結果、フロンはそう結論付けた。もちろん、そんな企みに乗るなど、真っ平御免ではあるが。


「それと、未確認情報ではあるけど、『金の成る畑』が枯れてしまったそうよ」


 フィーヨからの報告はフロンを愕然とさせるのに十分であった。

 『金の成る畑』は『酒造国』レウマの発祥の地であり、酒造りの大元でもあるのだ。数百年枯れることなく実り続けた葡萄の畑であり、そこの葡萄で作った酒はこの世の物とは思えぬほどの出来栄えになるのだ。今なおその畑を再現できた農家はなく、そこの葡萄酒(ワイン)以上の物を作った酒職人もいない。遥かなる高みに存在する目標であり、この国に住まう者なら誰しもが夢見る到達点なのだ。この畑と同じような物を作り上げたい、と

 それが枯れたとなると、国そのものがこのまま枯れ果ててしまうのではと、フロンは暗い気持ちに潰されてしまいそうになった。


「だが、これで例のゴーレムの強さと、畑に埋まっていたであろう何かが、繋がったのではないかな?」


 セラの発言に一同が頷いた。

 この日の昼頃、一行はアルコの住んでいた山村の近くにある狩猟小屋にいたのだが、そこへ仮面の剣士が襲撃してきたのだ。そして、仮面の剣士はその正体がコレチェロであることを明かし、フロンに対して謀反に加担するよう提案してきた。そして、話し合いが決裂すると、とんでもない性能のゴーレムを繰り出してきたのだ。

 何しろそのゴーレムたるや、人間と変わらぬ機敏な動きをして、魔術まで行使し、果ては自分で考えながら動いてみせたのだ。これまで見てきたゴーレムとは比べ物にならない程の性能であった。

 セラの時間稼ぎで撤退できたものの、あれともう一度戦うのはできれば避けたかった。


「数百年枯れることなき『金の成る畑』には、それを可能とする強力な何かがあった。だが、それが枯れた。そして、あの強力無比なゴーレムが現れた。畑にあった何かを手に入れ、それをゴーレムに搭載した、と考えるのが一番自然ですか・・・」


 フロンの考えは前々から一同の中で指摘されてきたことであるが、実際に目の当たりにするとやるせない気分であった。国の象徴たる葡萄畑を枯らし、破壊兵器に転用するなど、フロンにとっては許されざる暴挙と言えた。

 だが、それをやっているのが実兄であるというのが、フロンに複雑な感情を抱かせていた。どうにか穏便に終わらせたいとは考えるものの、兄のやらかした所業を許すわけにもいかないので、私人と領主の二つの立場に揺れて葛藤していた。

 そんなフロンの悩みを他所に、酒場の入り口が勢いよく開け放たれる。何事かと何人かの客はそちらに視線を向けると、少女が立っていた。巻き癖のある収まりの悪い金髪と同色の瞳が印象的で、地味な旅装束でもなければ、さぞや可愛らしくなるであろう。腰には小振りながら曲刀を帯びており、なかなか値の張りそうな赤い宝玉の首飾りを下げている。荒くれ者や酔っ払いのうろつく酒場には明らかに場違いな存在だ。

 そんな周囲からの奇異の目など気にもかけず、少女は店の中へと入って来た。そして、すぐに酔っ払いに絡まれた。


「おいおい、お嬢ちゃん、迷子かい? それとも花でも売りに来たのかなぁ? まあ、俺の好みとは全然違うがな!」


「俺はこのくらいのがいいぜ、ぐへへ。どうよ、いくらだ?」


 どうしようもない酔っ払いの下品な笑い声が少女の耳に突き刺さった。少女はうんざりしながらも男の持っていた酒杯を奪い、たっぷりと注がれたいた麦酒(エール)を一気に飲み干した。あまりに意外な少女の行動に絡んできた一団は目を丸くして驚く。


「あたしはこれでも三十路超えてんだからね。ちょっと・・・、うん、本当にちょっとだけ発育が悪かっただけだから。あ、お酒ご馳走様でした」


 少女は空になった酒杯を飲んだくれに返し、店の奥へと進んでいった。あまりの予想外の出来事に酔っ払いたちは呆気にとられ、素直に少女を無言で送り出した。

 少女の名はフリエス。フィーヨ達の仲間だ。フィーヨと同じく東大陸からの渡航者で、かつて起こった魔王との戦いにおいて活躍し、《小さな雷神(リトルサンダー)》の二つ名で呼ばれる英雄の一人だ。見た目からは想像もできないほど魔術に長け、その二つ名に相応しく電撃系を得意としていた。現在は東大陸の海運業で大きな影響力を持つ白鳥からの依頼を受け、この西大陸へと渡って来ていた。

 そのフリエスは店の奥の円卓に仲間達の姿を見つけ、その椅子に腰かけた。


「あぁ~、疲れたよ。ってなによ、この結界!?」


 フリエスはアルコが張った結界に気付き、目を丸くさせて驚いた。即座に効果を見抜き、その完成度の高さや新要素に圧倒された。


(やっぱりこのお爺ちゃん、魔術師としての力量は私の遥か上を行ってるわ。父さんと本気でやりあったら、どっちが勝つのか興味あるわ)


 無論、フリエスは父親が勝つとは思っているが、それでも目の前の老魔術師からは、底知れぬ何を感じていた。


「情報収集お疲れ様。どうでしたか?」


 訪ねてきたのはフィーヨだ。フィーヨは酒場の主から聞き出したり、あるいは喧騒の中から役に立ちそうな情報を耳に入れたりとしていたが、フリエスは店の外で情報収集をしていたのだ。

「人間は教えたがりの生き物だ。無知な奴を啓蒙しようとするある種の支配欲の発露」というのはフリエスが父親から教えられた言葉だ。そして、フリエスはそれをしっかりと実践してきたのだ。無知な少女を装い、行き交う行商や露店の店員などにそれとなく話を振り、騒動の件がどれほど伝わってきているかを聞き込みしていたのだ。

 そして、フリエスからの情報もフィーヨの集めたそれと大差なかった。ただ、一点だけ明らかに違う情報が入っていた。


「えっとね、トゥーレグ伯爵の実弟で警備担当者だったフロンが反撃に出て、幾人もの賊を切り伏せ、さらに賊が操っていたゴーレムをも蹴散らし、今は山中に逃げ込んだ賊の掃討中、ってことになってるわ」


 フリエスがもたらした情報は明らかな嘘だ。何しろ、目の前に当のフロンがいる。しかも、賊など最初からいないし、いたのはゴーレム軍団だけであった。

 あまりの無茶苦茶な情報に、フロンは頭を抱えてしまった。


「ふむ。これはフロンめを王に仕立て上げる前振りかのう。警備の不手際を賊の撃退で上書きして、混乱を収めた者としての箔付けといったところか。よかったのう、救国の英雄殿」


「師よ、茶化さないでください」


 フロンは恨めしそうに師であるアルコを睨んだ。英雄になるのは確かに憧れであるが、英雄に仕立て上げられるのは御免であった。あくまで、英雄とはその肩書を背負うに相応しい実力と実績を積み重ねてこそである。まして、国家転覆の企てのために偽りの名声を押し付けられるなど、フロンには我慢ならなかった。


「逃げてきた行商の中に、コレチェロの手の者がいたってことでしょうね。もしかしたら、話してた奴がそうだったのかもしれないけど。どのみち、コレチェロをどうにかしないと、この騒動どうにもこうにも終わらないでしょうね」


 フリエスとしては頭の痛い話であった。なにしろ、コレチェロの側には黒鉄くろがねのゴーレムがいる。フリエスが放った最強の一撃を防いでしまうほどの高性能なゴーレムだ。それをどうにかしないことにはコレチェロを捕まえることはできないだろう。


「そういえば、フリエス殿、あの“黒鉄くろがね人形ゴーレム”は一体なんなのですか? 何かの因縁でもありそうな話ぶりでしたが、セラ殿に聞いても今一つ要領を得なくて」


 フロンとしてはぜひとも聞いておきたい話であった。三人組に縁のある物であるならば、東大陸の物でもあるだろうし、興味が尽きない。


「あのゴーレム自体は始めて見た。問題なのはあれに使われていた素材の方よ。念のために聞いておくけど、あのゴーレムに使われていた金属に見覚えは?」


 フリエスの問いかけにフロンは首を傾げるしかなかった。自分が見たり聞いたりしてきた金属で、あのような黒い金属など見たことがなかった。もちろん、鉄でも含有物によってはあのような色になることもあるが、それにしても強度がでたらめなくらい強い。つまり、フロンの知る限りでは西大陸には存在しない金属だ。

 当然、自分が無知なだけかもしれないと思い、視線を師であるアルコに向けた。


「ワシも知らん。西大陸にあんな金属があるなど聞いたこともないわい」


 アルコも問題の金属の存在を否定した。

 博識な二人が否定したということは、やはりあの金属は西大陸にはなく、東大陸から持ち込まれたことになる。そうなると色々と問題点が生じ、それを解かないことにはあの金属が西大陸に存在してはならないことになる。

 だからこそ、フリエスもフィーヨもそこへ考えが及び、思い悩んだのだ。否定したいが、目の前に現物がある以上、否定できない嫌な現実が突き付けられた。


「あたしの考えている結論から先に言うけど、これはかつての英雄達の同士討ち」


 フリエスは苦々しくも言い放ち、フィーヨも苦渋の表情を浮かべながら頷いた。できれば、起こってほしくなかった事象である。


「随分とぶっ飛んだ考えだと思うがのう。確かに、コレチェロの後ろには何かしらの強力な影がちらついているのは分かる。巻物やゴーレムをどんどん消費しても問題ないくらいの、腕のいい魔術師か何かが控えておろう。それがかつての英雄だと断定し、同士討ちと思える根拠は?」


 苦々しい表情のフリエスにアルコが尋ねると、腰に帯びていた曲刀サーベルを鞘から抜いた。そして、それをテーブルの上に置くと、フロンはその曲刀サーベルを見て驚いた。あのゴーレムと同じ金属でできているようであったからだ。

 フロンがフリエスの得物を見たのはこれが初めてではない。森で助けてもらった際に、フリエスは鞘から抜いているのを目撃している。しかし、あの時は疲労困憊でそこまで気を回せる余裕がなく、しかも近くの光源が焚火一つという状況で、しっかりと見れていないかった。記憶から飛んでいても不思議ではない。


「これはね、ウヅゥ鋼ってあたしの国では呼ばれてるの。伝説の大盗賊トブの盟友であり、大地の妖精(ドワーフ)の祖とも言われる鍛冶の天才ウヅゥの名に因んでね。私の住んでいた『鋼鉄国』エルドール王国はその二つ名の通り製鉄や金属加工が盛んな国なのよ。そして、国宝となっている神々の遺産(アーティファクト)火竜の顎(ドラゴンブラスト)》がある。伝説ではウヅゥが退治した火竜の体を用いて作り上げた炉で、どんな硬い金属だろうと溶かしてしまう。そこで作られた金属がウヅゥ鋼ね」


 フリエスが曲刀サーベルとその素材について説明していると、店員が料理を運んできた。それぞれの前に深皿が置かれる。そこには何種類かの野菜を煮込んだスープが盛られていた。パンがいくつか入った籠、丸ごと焼いた鶏肉が乗った大皿、さらに水差しと人数分のコップが卓の上に並んだ。


「まあ、見てて」


 フリエスは曲刀サーベルで鶏肉を突き刺し、それを軽く振り上げた。鶏肉が宙を舞うが、落下に合わせて曲刀サーベルを軽く振りあげると、鶏肉はきれいに真っ二つになり、再び皿の上に収まった。見事な切れ味に、フロンは思わず手を叩いてしまった。


「凄まじい切れ味ですな。これほどまでの斬れる刃は見たことがありませんぞ!」


「まあ、だからこそうちの国の特産品にもなるんだけどね。ご覧の通り、武器として使えば、強度も切れ味も抜群。防具としても飛び抜けて優秀で、硬いだけじゃなくて魔術に対しての抵抗力が身に付くから、むしろ防具として使う場合の方が多いくらいよ」


 フリエスは曲刀サーベルの汚れを丁寧に手ぬぐいで拭いてから鞘に納めた。


「まあ、この曲刀サーベルは母さんが自分のやつを腕のいい鍛冶屋に渡して、あたし用に鍛え直した品でね。強度強化に錆除けの魔力が魔術刻印で付与されてるの。どうせいい加減な手入れしかしないだろうからって、あんまり手入れしなくても使い続けられるようにね。まあ、これ一本でちょっとしたお屋敷が買えるだけの値が付くわ」


 フリエスは籠に入ったパンに手を伸ばし、千切っては口に運んでムシャムシャと食べた。しばらくの間は山林で仕入れた獣肉や山菜ばかりだったので、久々の文明の味に思わず顔が緩んだ。


「今は値段も落ち着いたけど、大戦中は天井知らずな値上がりで、黒鉄鋼の値段は同重量の金よりも高値で取引されてたくらいよ。それだけ欲しがる人が多いってことなんだけどね。だからこそ、武器に甲冑、馬具まで全部黒鉄鋼で揃えた母さんの直轄部隊である黒翼騎っていう部隊が大戦中最強の騎兵部隊として武名を轟かせたわ」


 フリエスの母親はヘルヴォリンという名で、《二十士》の一人だ。《剣の舞姫(ブレードダンサー)》の二つ名で呼ばれる剣士であり将軍でもあった。大戦中は人間相手の戦であれば最も武功を上げたとも言われる人物だ。特に黒鉄鋼を身を固めた直轄の騎兵部隊の威力たるや凄まじく、黒い嵐となって戦場を暴れ回る姿は敵にも味方にも畏怖を与えた。

 ちなみに、東大陸の大戦において活躍した英雄《五君・二十士》であるが、親子でその名が記されているのが二組ある。《全てを知る者(グラント・ワイズマン)》と《剣の舞姫(ブレードダンサー)》の夫婦とその養子である《小さな雷神(リトルサンダー)》と、そして、『紅砂国』の《炎帝》とその妾腹の息子たる《死出の調律(エンディングコンダクター)》だ。《死出の調律(エンディングコンダクター)》は現在西大陸において東大陸のことを歌と共に喧伝して回っている吟遊詩人ルークの二つ名である。


「黒鉄鋼は精錬するのが難しくて、《火竜の顎(ドラゴンブラスト)》じゃないと作れないんだけど、鋳塊インゴットにした後なら普通の炉でも加工は可能よ。まあ、腕の悪いのが加工すると、不純物が混じってたりして強度が落ちてしまうけど」


「なるほど・・・。では、あのゴーレムの素材もどうにかして手に入れ、ああいう形に加工したということですな」


 フロンの言葉にフリエスは頷いて応じた。だが、そこに大きな疑問が生じており、そここそがフリエスとフィーヨが最も危惧する点である。

 すなわち、「どうやって東大陸から西大陸へと運んだか」である。

 西大陸で似たような金属でもあれば話は変わってくるが、フロンもアルコも西大陸にはないとのことなので、その可能性はなくなった。そうなるとやはり大陸間航路を使うしかない。だが、肝心の大陸間航路は開通してまだ一年程しか経っていない。


「んで、さっきも言ったけど、黒鋼鉄は高額だけど取引されている。つまり金さえ積めば手に入らないこともない。けど、東西の航路が開通して一年程度なのよ。西の大陸の人間が東の大陸に渡り、買って帰るものなんて他にも山ほどあるわ。にも拘わらず、黒鉄鋼に大金ぶっこむなんて考えられない」


 言われてみれば最もだと、フロンは納得してしまった。仮に自分が交易商だとして東の大陸に渡ったとし、そんな金属に大金をいきなりぶち込むだろうか? 答えは否だ。

 確かに、話で聞く分には黒鉄鋼の有用性は認めるし、いずれは商いを行いたいとは考えるだろう。しかし、東西開通という一大事業の熱があるうちは、やはり狙い目は東の大陸の工芸品や衣装、あるいは書物など、文化的な商品がよいであろう。東大陸からの渡来品という宣伝文句に乗せられて、物珍しさから財布のひもが緩くなること間違いなしだ。

 つまり、黒鉄鋼を大量買いした者は、初めからそれを狙っていたと考えられる。


「ということは、黒鉄鋼の情報を初めから持っていないと、狙い撃ちの購入はないということ・・・。つまり、航路が開拓される前に、死の海域を越えて西大陸に渡った者が、航路開拓と同時に買い付けに行った」


 フロンはフリエスとの会話からそう推察したが、それこそ至難の業だとも感じた。何しろ、東西分断は大陸間に存在する大渦と死の海域という難所を越えねばならない。大渦によって航行できる箇所が定められ、その航路上に幽霊船団がひしめく死の海域があるのだ。それを越えるとなると、英雄級の力が必要となる。


「なるほどのう。それで英雄の同士討ちと言ったのか。しかし、それだけではまだ根拠としては弱い。他の判断材料は?」


「移動手段、すなわち船です」


 アルコの問いに答えたのはフィーヨだった。卓上の皿やスプーンを動かした。


「まず、東西の大陸がスープの皿、船をスプーンといたしましょう。東大陸では戦乱終結後に白鳥が中心となって物流革命を起こしました。大陸を十字に通り抜ける大街道の整備と各所の港町の増改築、加えて航海技術の向上・・・。そして、それらの技術の粋を集めて作り出した三隻の大船『大鯨号』『海龍号』『大鷲号』です」


 フィーヨは自分から見て右側の深皿の前にスプーンを三本置き、それを船に見立てた。


「まず、先陣を切ったのは『大鯨号』です。これは死の海域を攻略するためのもので、あの時に動かせる最大戦力を投入しました。私とフリエスに加えて、《全てを知る者(グラント・ワイズマン)》《剣の舞姫(ブレードダンサー)》《死出の調律(エンディングコンダクター)》《白鱗の竜姫(ホワイトプリンセス)》《武神妃(アーツクイーン)》の七人の英雄で船出して、死の島に乗り込みました。白鳥も乗っていましたが、彼は操船と船員の指揮があったから、船の中でお留守番。まあ、航海術、操船術において他の追随を許さない白鳥ですが、戦闘中は邪魔にしかなりませんから。なにしろ、まんま白鳥ですから」


 今一番名前が知られている英雄に対して酷い言いようであるが、白鳥は本当に白鳥である。いくら頭が回ると言っても、鳥の姿では確かに邪魔であろう。


「吟遊詩人が一生食っていけそうな冒険譚の素材が出来上がりましたが、それは話すと長くなるから横に置いておきまして、死の島を浄化した後、ルークはそのまま船に乗って西大陸へ。私を含めた他全員は〈瞬間移動(テレポーテーション)〉で東大陸に戻りました。事前の予定ではそのまま大陸間航路一周の予定でしたが、幸いなことに島に状態の良かった『竜脈の駅舎(ステーション)』がありましたので、帰還できました」


「『竜脈の駅舎(ステーション)』とは?」


 聞きなれない単語が飛び出したので、フロンは首を傾げた。




                      ~ 第十一話に続く ~

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