第九話 黒鉄の人形
コレチェロの叫びと同時に魔晶石が砕け散り、砕け散った石がキラキラと白く輝く渦となってコレチェロの周りを飛び交った。
しばらくして、白い嵐が収まると、コレチェロの横には一体のゴーレムが立っていた。今まで使っていたゴーレムよりは小さく、だいたいセラと同程度の体格であった。黒光りする金属製のようで、人の影がそのまま立ち上がったような風貌だ。
威圧感よりも、黒一色の不気味さが際立ち、何か言い表しえぬ物を醸し出していた。フロンはそれに対して警戒しながら、離れた位置にいたアルコの下へ駆け寄った。
「またゴーレムとは・・・。材質は見たこともない金属ですが、なんでしょうか?」
フロンはアルコに尋ねたが、老魔術師は首を傾げるだけで何も答えなかった。
だが、それよりも問題なのは、アルコの前に立っていた二人の方だ。フリエスもフィーヨも明らかに身震いしていた。フロンがそれに気付き、恐る恐る近づいてその顔色を窺うと、明らかな“恐怖”が表情を支配していた。
「なんで、どうして・・・。どうして“これ”がここにあるのよ!」
フリエスは絶叫した。目の前にある“黒鉄の人形”は絶対に目の前にあってはならない物だ。存在しては、色々と狂ってしまうからだ。
だが、目の前にそれはある。あるからこそ、フリエスは頭を全力で動かす。「可能性を無視して策を講じるは愚者の行いだ」との父の教えを忠実に守り、あらゆる可能性を組み立て、なぜ目の前にこれがあるのかを考察する。
そして、いくつかの可能性に気付く。可能性は低い。気の遠くなる難易度だ。だが、ゼロではない。フリエスが導き出した可能性の中で、最悪の中の最悪が極まってしまった場合は・・・。
「こりゃ、全滅するかな・・・」
ぼそりと漏らしたフリエスからの呟き。近くにいたので、フロンはその耳に拾うことができたが、とても信じられなかった。なにしろ、フリエスは魔王と戦い勝利した英雄だ。それが全滅を覚悟するほどの相手だと言い放ったからだ。
だが、それが冗談の類でないことは、フリエスの顔色を見れば実感できる。隣のフィーヨも似たような表情を浮かべているので、全滅の可能性を示唆していた。
「フロンさんとお爺ちゃんは下がってて。護衛の片手間で戦える相手じゃない」
フリエスの体のあちこちからバチバチと雷が飛び出した。首から下げていた神々の遺産《雷葬の鎌》もこれまで見たこともないほどの眩しさで輝きだした。
「最初から全力で行きますよ。・・・剣に」
フィーヨの量の腕に絡みついていた蛇は剣へと変じた。神々の遺産《真祖の心臓》は様々な武器に変じる能力があるが、フィーヨは一番使い慣れている剣を選択した。それと同時にフィーヨの体が淡い赤色に包まれ、いつでも切りかかれるように体勢を整えた。
本気だ、ということは二人の鬼気迫る雰囲気からフロンも察することができた。つまり、目の前の黒鉄のゴーレムはそこまで警戒するべき相手ということだ。
「フィーヨさん、もう一つの遺産の封印、解かれます?」
「無駄だと思います。今の私では全力で使えませんので、剣と神の加護で戦った方がマシですわ。せめて《白鱗の竜姫》がいれば事情は変わってきますが」
「あぁ~、そうだった。騒々しいからって連れてこなかったのは失敗だったわ」
フリエスは頭を掻きむしって、自身の迂闊さを呪った。動かせる最大級の戦力を用意するのが定石だというのに、それを怠ったからだ。
かつて東大陸で名を馳せた英雄たる《五君・二十士》。すでに大戦から二十年近く経過している。そのため、戦死した者に加えてその後に他界した者、あるいは行方知れずの者なども多く、その数は半分ほどになっている。
それでも動ける者も何人かは存在し、西大陸への旅立ちに際して誘ってはみたが、色よい返事が返ってくることはほとんどなかった。実質的に隠居している者が多く、今更新天地でひと暴れしようと考える者がいなかったのだ。
ちなみに《白鱗の竜姫》も《二十士》の一人で、フリエスにとっては大戦中よりも戦後長らく連れ添っていた相方であった。しかし、実力的には全幅の信頼を置いているが、とにかく好奇心が強すぎて騒々しい性格をしていた。そのため、余計なことに首を突っ込みすぎる傾向にあり、西大陸の人間とそれでいざこざがあるのではと危惧した結果、連れてこなかったのだ。
二人は色々と対策を話し合うが、セラには一向に話がいかない。やはり、この二人はセラを戦力と見なしてないようであった。フロンはあれこれ言葉を交わす二人を後目に、いつの間にか隣に立っていたセラに視線を向けた。
「セラ殿、あのゴーレムはなんなのですか?」
「知らん、始めて見る」
しれっと言い放つセラであったが、フロンには首を傾げる返答であった。フリエスやフィーヨの反応から、黒鉄のゴーレムは何かしらの因縁がありそうなのだが、それをセラが知らないというのも不思議なものであった。
「知らない、ということはセラ殿と旅する前に何かが?」
「というか、あのゴーレム自体は初御目見えだろうよ」
益々分からない回答であった。見知った物でないのにああも警戒しているということである。どうにも要領を得ない。
「知っているが、知らない。見えないが、見えている。まあ、そういうことだ」
セラも何か知っていそうではあるが、この点はぼやかして答えようとしない。また何かの隠喩であろうが、フロンには理解できなかった。
「フィーヨさん、時間稼ぎいいですか?」
「どれくらい?」
「三十、いえ、四十数えるまでお願いします」
フリエスの要請にフィーヨは頷いて応じた。本来、この二人は魔術師と神官であり、前衛を務める戦士の類ではない。だが、セラを戦力と見なしていない以上、どちらかが前衛を務めて壁役を引き受ける必要があった。
そして、目の前の黒鉄のゴーレムを相手にする場合、どれが有効な一手であるかを考えた。その答えは“電撃”だ。先程倒したゴーレムもそうだが、体を構成する素材は金属なのだ。ならば、電撃ならば必ず貫けるはずだ。金属の体を電撃で打ち据え、中にある核を焼き切ろうという作戦だ。
そうなると、決め手は電撃を得意とするフリエスの一撃になる。ただ普通に放っただけでは防がれる可能性が高い。なにしろ、拳大の魔晶石を消費して呼び出したゴーレムだ。どれほどの魔力を内包しているか予測できないからだ。
(どうにかして隙を作る必要がある)
これが二人の共通認識である。フリエスが決め手となる以上、隙を作る囮役はフィーヨの役目となる。本職の前衛がいれば悩む必要もないのだが、やはり強敵に対して前に出て戦うのは危険が大きすぎる。
それでもなお、フィーヨは呼吸を整え、一気に駆け出した。
「〈限界突破・全身強化〉」
走り出したフィーヨの体が全身を覆うように赤い光が包み込んだ。局部的な強化ではなく、全身丸ごと強化する《真祖の心臓》の切り札とも言える技だ。ただし、局部強化とは比べ物にならない反動が来るので、フィーヨも滅多に使用しない。
(セラは動く気配なし。ほんと、使えないわね、この男は。昨夜はたっぷり楽しませてやったんだし、それくらいの対価は払えっての!)
フリエスはセラをちらりと見てから、術の準備に取り掛かった。
「風の精霊よ、我は汝に求め、命じる・・・」
フリエスの詠唱が始まると同時に、フィーヨの剣が黒鉄のゴーレムに振り下ろされる。
フィーヨの右手の剣がゴーレムの首筋に向かって振り下ろされると、ゴーレムは左手の甲で受け止めた。ガキンという金属がぶつかる音が辺りに響いた。
(硬い! やはり切断は無理そうね!)
フィーヨの剣術は達人と言うほどのものではない。せいぜい腕利きの兵士程度の実力だ。本物の前衛職の英雄達とは比べられるものではない。フィーヨがどうにかこうにか前衛を務めれるのは、神々の遺産を持ち、それによる身体能力の大幅強化によるものだ。
それでもフィーヨが前に出るのは、憧憬であり、思慕であり、そして、義務であるからだ。兄と夫は東大陸において最上位の腕前を持つ剣士であった。戦うときは最前線で、皇帝や将軍の地位にありながら常に先陣を切り、皆を引っ張る存在であった。フィーヨはそんな二人の活躍をずっと見たり聞いたりしてきたのだ。それに影響されて前線に立つことは高貴なる者の義務であると、自然と考えるようになっていた。
だが、二人の後追いは苦難と失敗の連続であった。元々武芸の才のないところに無理やり剣を振るって敵陣に切り込んでは、結局助けられることが多々あった。その都度、容赦のない説教が参謀役の《氷の魔女》から飛んできて、それが情けなくて頑張ろうとしてまた失敗する。帝位についてからしばらくはこんな調子であった。
場数を踏んで大分マシにはなったが、それでも二人には一向に追いつけていない。少なくとも、フィーヨ本人はそう考えている。英雄として祭り上げられているのも、戦士としてではなく、皇帝としての功績や活躍があるからだ。
(この程度の相手なら、お兄様やルイングラム様ならあっさりなんでしょうけど)
フィーヨは斬鉄が無理であると分かると、今度は連続で左右の剣を振り続けた。とにかく時間を稼ぐためだ。斬って、突いて、払って、離れる。これの繰り返しだ。
ひたすら動き回った。足と手を止めず、がむしゃらに相手を引っ掻き回すことに努めた。黒鉄ゴーレムも負けじと拳を突き出し、蹴りを繰り出してくる。先程倒したゴーレムとは打って変わって、動きが滑らかで、人間の格闘家と大差ない速度で攻撃を繰り出してきた。
(速いわね。しかも、硬いから一発もらっただけで致命傷だわ)
剣と拳がぶつかり合い、金属音が鳴り響き、火花が散る。腕力が強化されているからどうにか押し返しているが、それがなければ剣が弾き飛ばされて、鉄の拳が突き刺さっていることは疑いようがなかった。
今度は回し蹴りがフィーヨの顔面を狙って繰り出された。フィーヨはそれを体をのけぞらせてギリギリでかわした。強化は目にも及んでいて、優れた動体視力と相手の足の長さを計算して、かわすことができたのだ。
フィーヨはすぐに仰け反った上体を戻し、今度は逆に相手の足を引っかけて転ばそうとしたが、ここで予想外の行動を黒鉄のゴーレムがとった。回し蹴りの勢いのままフィーヨに背を向け、右手をそのままフィーヨに向けた。
「〈火炎球〉!」
黒鉄のゴーレムの発したと思われる低い声とともに、その手から火の玉が飛び出した。フィーヨはあまりの予想外の行動に驚いたが、咄嗟に左の剣を盾に変え、寸前でそれを受け止めた。しかし、火の玉が爆発する衝撃には耐えきれず、後ろへ大きく吹き飛ばされてしまった。
フィーヨは転がりながらも体勢を整えなおしたが、黒鉄ゴーレムが両の手をフィーヨに向けており、その掌にはすでに次の火の玉が燃え上がっていた。
「自らの意志を持たぬ人形が魔術!? しかも詠唱破棄!?」
フィーヨは信じられないと言わんばかりに声を張り上げたが、黒鉄のゴーレムは考える時間も与えなかった。次々と火の玉をぶつけてきたのだ。
「軍神マルヴァンスよ、我に加護あれ。大いなる力をもって、炎を退ける光の壁をここへ」
フィーヨはすぐに〈対火属性防御幕〉を盾に付与し、次々と飛んでくる火の玉を防いだ。かわすこともできたが、そうできないように黒鉄のゴーレムが動いたのだ。黒鉄のゴーレムとフィーヨを結ぶ線、その延長線上にフリエスがいたのだ。フィーヨが吹き飛んだ際に立ち位置を変え、フリエスを巻き込める位置に動いていたのだ。
(魔術の行使だけでも驚愕なのに、動きもよすぎる。異常すぎるわ・・・。このゴーレム、自分で考えて動いているわ!)
フィーヨはそう結論付けたが、それは恐るべきことでもあった。
ゴーレムは強力な兵器であるが、それに付与できる情報量は少なく、そのため単純な命令しか受け付けられない。よく用いられるのは門番などの守護者としての用途だ。「この門を守れ。既定の合言葉を唱えぬ者は通すな」とでも命じておけば、寝食もなしにひたすら門を守り続けるというわけだ。
つまりその程度の命令しか受け付けられず、複雑な命令は実行できないのであった。術者が直接指示を飛ばせばある程度は融通を聞かせられるが、自律して動くようなことはできない。
だが、目の前の黒鉄のゴーレムはどうか。動きが人間並みに滑らかなだけでなく、術を行使し、自分で戦術を組み立てて動いている。コレチェロが指示を飛ばしている様子が一切ないので、それらの行動はゴーレムが自分で考えてやっているということだ。
つまり、このゴーレムの中に“考えながら動けて魔術も行使できる”だけの膨大な情報と術式が内蔵されている、と判断せざるを得ない。
あまりの常識外れな存在にフィーヨは驚いたが、ここで事態が動く。フリエスの詠唱が完了し、用意していた術が発動したのだ。
黒鉄のゴーレムを中心に風が渦を巻きながら吹き荒れた。猛烈な風は黒鉄のゴーレムを巻き上げ、上空へと吹き飛ばした。コレチェロは木にしがみ付いて堪え、フィーヨも盾を構えつつ、もう片方の手に収まっていた剣を槍に変え、それを突きさして風に攫われないようにした。セラは神々の遺産《虚空の落とし穴》を使って黒い霧を呼び出し、フロンとアルコを虚空に落として守った。
「〈竜巻〉よ。私の得意なのは電撃系の術だけど、電撃は地水火風の四大元素の内、風から派生したもの。風の術式を使わせても中々のものよ」
フリエスは上空に飛ばされた黒鉄のゴーレムに向けて右で指さし、左手を天に向かって掲げた。
「〈轟雷〉!」
掲げた左手に強烈な稲光と共に雷が降り注ぎ、それがフリエスの体に吸い込まれる。
「極大化! 一点集中!」
集まった雷にさらに自分の魔力を上乗せし、黒鉄のゴーレムをさす指先に集中する。追っ手を吹き飛ばすのに使ったのは魔力強化と範囲拡大の合わせ技であったが、今回はその逆で範囲を狭めた指先一点への術式の収束。効果範囲は狭いが、威力は拡大版よりも遥かに強い。
上空の落下が始まった黒鉄のゴーレムを見据え、時機を計りつつフリエスが指先から雷を放った。落下速度も加味した偏差射撃だ。
狙い違わず光弾がゴーレムに向かって飛んで行ったが、それが命中することはなかった。ゴーレムの手から放たれた光の幕が徐々に広がり、その幕に光弾が命中すると、まるで何事もなかったかのように消えてしまったからだ。
「嘘・・・、〈完全対魔障壁〉!? あんな高等な術式まで使えるの!?」
まったくの予想外の出来事にフリエスは叫んだ。〈完全対魔障壁〉は効果が持続している間は自身が一切の術式を使えなくなる代わりに、相手の魔術も完全に遮断する高度な防御術式だ。黒鉄のゴーレムはそれを壁のように展開し、フリエスの放った電撃術式を消してしまったのだ。
同時にそれは手詰まりを意味していた。今放った術式がフリエスの使える最強の攻撃魔術であった。それを防がれたということは、肉弾戦での対処が求められる。しかし、フリエスもフィーヨも手持ちの武器ではゴーレムを倒すには弱すぎた。
(あとは、接近して〈命令解除〉をやるしかないか!)
そう判断すると、フリエスの行動も早かった。
ゴーレムが落着し、衝撃音と同時に粉塵も巻き上がった。フリエスは落下の衝撃で倒せたとは考えず、粉塵の目くらましが効いているうちに距離を詰めようと駆け寄った。フィーヨもそれに合わせて盾を構えつつ、牽制のためにフリエスに続いた。
だが、ここでも黒鉄のゴーレムは予想を裏切る行動に出た。粉塵を煙幕として利用することを考えていたのはフリエスだけではなかったのだ。土煙を貫いて何かが伸びてきたのだ。二人は瞬時にそれがゴーレムの指であると気づいたが、狙いは二人ではなかった。
凄まじい勢いで伸びる指の伸びる先には、セラ、フロン、アルコがいた。丁度、黒い霧が晴れ、三人がこちらの世界に戻ってきたところであった。狙ってやっていたかは分からないが、結果として無敵時間終了直後の着地狩りとなった。
そして、その狙いはアルコであった。
「しまった!」
フリエスが叫んだときには遅かった。アルコは〈命令解除〉も〈瞬間移動〉も使える凄腕の魔術師だ。戦うにしろ、撤退するにせよ、必要な存在であった。
だが、再び予想外の出来事が起こった。アルコに突き刺さったと思った指は寸前で止まった。いや、止められられた。セラが伸びてきた指を掴んで止めたのだ。
「着地狩りは予想済みだ、愚か者」
セラはその掴んだ指を勢いよく引っ張り、それによってゴーレムの体が宙を舞った。総金属製の重い体であったが、セラの怪力の前にはお構いなしであった。
たぐい寄せられるままにゴーレムの体は宙を舞い、そのままの勢いでセラは空いていた拳で殴りつけた。その拳打はゴーレムの頬を打ち抜き、頭部は無数のヒビが走る。頸部が人間ならば曲がってはいけない角度に曲がり、そのまま森の方へと吹き飛んでいった。いくつもの木々をなぎ倒し、森の中で轟音が響き渡る。
フリエスとフィーヨは警戒しつつセラに駆け寄った。
「やったの!?」
「いや、やってない。はずれだ」
セラは殴りつけた自分の拳をジッとみつめた。
「頭は砕いたが、核はそこではなかった。おそらくは人体の構造でいえば心臓の辺りに核があるな。あれほどの性能だ。すぐに再生するだろうよ」
セラは暗に撤退を提案した。
フリエスは考えた。このまま押し込んだ方がいいのか、撤退するのがいいのか。セラがきっちり参戦してくれるのであれば継戦一択だ。今の一撃を見ても分かるように、拳で黒鉄を貫けるし、核の位置もすでに察知しているので勝つことは容易だろう。だが、セラの行動原理から考えると、参戦はない。
(さっき、アルコを助けたのもセラの欲求によるもの。アルコを生かしておいた方が面白くなる、黒鉄のゴーレムは戦うに能う強者だ、このどちらかの理由だわ。おそらく、前者)
ゴーレムを一撃の下に吹き飛ばしたのだ。おそらくセラならば打撃で圧倒できるだろう。そんな相手ならば、セラが一々手を下すとは思えない。ならば、アルコの生存による今後の展開を見たい、というのがセラの願望だ。
そうなると、セラが撤退を暗に促すのも納得できた。このまま戦い続けても、フリエスとフィーヨでは決め手に欠けるため、勝つのは難しい。なにより、先程のゴーレムの動きを見れば、隙を突いてアルコやフロンに手を出す可能性が高い。二人を守りながら戦うとなると、余計に勝ちが薄くなるというものだ。
ならば、現状、撤退して仕切り直しを考えるのは当たり前と言えば当たり前だ。
だが、それよりも問題なのは、ゴーレムの“影”だ。これほどの高性能なゴーレムを誰がどのようにして作ったか、これを解明するのも急務と言えた。その影の部分がちらついて見えており、フリエスが判断を迷う原因にもなっていた。
「さっさと引いた方がよいぞ」
フリエスが迷っていると、アルコの声が飛んできた。そちらに視線を向けると、その足元に輝く魔法陣が描かれており、いつでも逃げれる準備が出来上がっていた。
迷いはあったが、考えをまとめる意味でも時間が欲しかった。
それに、フィーヨがかなり消耗しているのが見て取れた。久しぶりに〈全身強化〉を使って全力で戦ったため、早くも反動で全身が悲鳴を上げ始めていたのだ。回復の奇跡で痛みを鎮静化させて入るが、完全回復には時間がかかりそうだ。
「フィーヨさん、引きましょう!」
フリエスの叫びに、フィーヨは頷いて応じた。ズキズキ痛む体を必死で動かし、アルコの側へと駆けた。
全員が自分の周りに集まったのを確認したアルコは、杖を地面に突き刺し、用意しておいた魔法陣に更なる魔力を注ぎ込む。
「混沌の海に揺蕩う力の根源たる魔力よ、我が双脚は時空を超える、〈瞬間移動〉」
術が完成し、魔法陣の眩い光とともに五人の姿が消えてしまった。
誰もいなくなった空間に静寂が戻り、ただ一人残されたコレチェロは先程まで五人が立っていた場所まで歩み寄り、軽くため息を吐いた。
「まったく、強情な弟だな。早くこちらに下っておれば、今後の展開も楽になろうというものを・・・。どうにも頑固でいかんな」
コレチェロとしては、この場でフロンを説得して行動を共にするつもりでいた。しかし、結局その目論見は失敗してしまった。元々手勢がそれほど多いわけではなく、そんな中で兵士長のベルネまで失ってしまっている。黒鉄くろがねのゴーレムを持ち出せばいくらでも勝てる自信はあるが、あくまで点としての戦力であり、各所を制圧していくにはどうしても数に頼らなくてはならなかった。
そういう意味では、弟のフロンは最適であった。自分が仮面を外せぬ身の上なので、弟を総大将として騒動を沈めていき、自分は裏から色々と手を回す。最後は事件の首謀者である仮面の剣士を倒し、名声を確固たるものにして、王位に就く。これが最良の策だ。
だが、フロンはコレチェロが差し出した手を払いのけ、対決姿勢すら示してきた。弟は利益より仁義を優先したのだ。元来真面目なコレチェロとしては、利益で転ばぬ鋼の意思を持つ弟を称賛してやりたい気持ちであったが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。最悪、今回の事件の責任を取ってトゥーレグ伯爵家そのものが潰される可能性があるからだ。
今回の一件を起こすにあたって、相当危険な橋を渡ることは覚悟していたが、腹心のベルネが殺されてからというもの色々とケチが付いて回っていた。まるで気まぐれな神々の遊戯盤に放り込まれて遊ばれているような感覚だ。完璧な計画を立てたつもりでいて、どうにも穴が開いていたということだ。
などとコレチェロが思案をしていると、森の中へと吹き飛ばされていた黒鉄のゴーレムがゆったりとした足取りで戻ってきた。しかも、先程の嵐に恐れをなして逃げていた自分の馬も見つけたようで、その手綱を掴んで一緒にやって来た。
「主ヨ、見ツケタ」
考えて行動するゴーレム。そういった触れ込みでこれを受け取ったが、これにはコレチェロも驚くばかりだ。絶対服従で、融通が利き、しかも強い。先程殴られた傷も、すでに自己修復が完了している。
(頼りになる奴だ。しばらくは本当にこいつ頼りになるだろう)
ただでさえ少ない戦力であるが、このゴーレムさえいれば勝つことは難しくない。自分の護衛も最少で済み、余った人員を他に回すことができる。
「ゴーレムよ、優先はフロンの確保だ。あやつさえちゃんとこちらの陣営に加われば、色々と解決できる。お前には邪魔しそうな奴を排除してもらうぞ」
「了解シマシタ」
「では、行くぞ。あやつの立ち寄る場所なんぞ限られている」
コレチェロは馬に跨り、元来た林道に向かって駆け出した。ゴーレムはそれに続き、走ってそれを追いかけた。
混迷続く『酒造国』レウマの動乱は、いまだ収拾がつかないまま更なる混乱を巻き起こしていく。
~ 第十話に続く ~




