零捌 誰の為
草木も眠る丑三つ時。小田原の城下町に悲鳴が響き渡った。
「貴様、風魔の忍か!」
腕を切り飛ばされた、破天荒雷の忍は忌々しく睨みつける。
「如何にも。天地万司郎の命により、お命頂戴致す」
小田原の城下町では、未納税者の家屋にて二派閥の忍が戦闘を開始していた。
そして、それを眺める男。稲田凄簡は顔を歪め、現状の惨事を憂いていた。
「あの狸共め、話が違うではないか」
そう、事前に聞いていた情報では、天地家の当主代理は無才の隠し子。
闇討ちにより瀕死になってからは、天地家の何処に匿われることもなく、藩家の子息として教育は受けていない。
そう伝えられていたが実際は違う。奴は天才だった。
事を起こせば空を飛び、現着に五分を掛けることは無く。差し向けた刺客も一人残らず捕らえられた。
そして今、私が育てた忍たちは奇襲に失敗し、多くの者が討たれている。
「見つけたぞ、稲田凄簡」
背後に降り立ったのは天地万司郎。そして、その眼は常磐色、悍ましげに輝いている。
「お前を雇ったのは戸塚にある分家の隠居共だな」
「・・・」
「答えぬのなら、捕らえて口を割くまでだ」
一瞬で間合いを詰められ、顔面に向かって腕が伸びてくる。
本能的に瞬時に距離を取り、術を見極めようとする。しかし、離れた瞬間に距離を詰められてしまう。
何処までもしつこい男だ。だが、所詮は素人。反撃には弱い。
迫りくる左腕を躱し雷を放つ。そして、それは命中し左腕を焼いた。
「ッ....」
「どうだ、我々の雷は」
雷を受けた男は鬼の形相で此方を睨む。
しかし、雷は命中した。この男はもう呪われた。
「もういい。今の術で確信した、貴様に聞くことは無い。ここで殺すッ」
男が此方に腕を向けた瞬間、その場を飛び去ったが間に合わなかった。
右目は潰され、右腕はズタボロになった。
「漸く顔を歪めたな凄簡。もう一度聞く、お前を雇ったのは戸塚にある分家の隠居共だな」
「・・・」
「はぁ、忍の掟か、本当に面倒だ」
今度の攻撃は躱すことができた。なるべく遠くへ、このような場所でなくもっと城の近くへ。
「っ、城へは行かせんぞ!」
男が追って来るが軒下を使って距離を稼ぐ。奴は空中でこそ素早いが、屋根を降りて地上を掛ければ追いつくことは出来ない。
これが忍と貴様の違いだ、天地万司郎。魔術の才に胡坐をかいていたのが仇となったな。
「凄簡様、その傷は....」
「生き残ったか芒よ。この傷はあの当主代理だ、他の者は」
「はい、大凡の者は討たれ、残った者は僅か。そして、誰一人として住人を殺すことはかないませんでした」
絶望的な状況だ。このままでは我々は全滅し、あの老害共も捕らえられるだろう。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「芒よ、この国の為に命を捨てる時だ。覚悟は出来ているな」
「はい、全ては破天荒雷の齎す世界の為に」
「では、残った者をかき集めよ」
「はっ」
芒之衆が集うまでの時間を稼ぐため、あえて姿を見せつつ城を目指す。
傷によって手こずっているように装ってさり気なく、獲物を誘き出すように慎重に。
「ここまでだ凄簡。縄につけ」
しかし、多勢に無勢。五分とかからず風魔の忍に包囲され、あの男も追いついた。
「死人に口なし。我らの魂は天と共にあり、命は雷と共にある」
「狂人め、ならばここで死ね」
男の攻撃で体が削り去られていく。だが、諦めず痛みに耐える。我ら破天荒雷は仲間を見捨てない。
「凄簡様っ!」
「生き残りか、そいつを庇うのなら勝手にするがいい。だが、その時はお前たちの命は無い」
「破天荒雷に恐怖の文字は無い!」
生き残った者たちが私を庇い、その身を挺して隙を作る。
身を削る痛みに耐え、素晴らしき未来の為に命を捧げている姿はなんと美しいことか。
「皆、痛み入る。破天荒雷の為に!!」
「「「破天荒雷の為に!!」」」
破天荒雷の持つ魔術の中でも危険な魔術、ホヅチの召喚魔術を使用する。
途端に我々は炎に包まれ、辺りにも炎が広がる。
「ッ、風魔之衆、急ぎこの場所に火消しを集めよ。水の魔術を使える者は私に続け!」
炎は忽ち業火へと変わり、我々の魂を糧に巨大な龍へと姿を変える。
全ては無に帰す。小田原はお仕舞だ。
~ ~ ~ ~ ~
油断はしていなかった。確かに全力で魔術を放ち、全員を粉々にしようとした。
しかし、威力が足りなかった。壁ができたことにより隙が生まれ、その一瞬で召喚魔術を発動された。
「クソっ、クソっ、クソっ!!」
万全を期して今日を迎え、領民を守り切った。破天荒雷も追い詰めた。
それなのに、魔術の才能が無いせいで全てが台無しだ。
火の龍は天を舞い、炎は町中に降り注いでいる。
「万司郎殿、火消しが間もなく到着します。指示のご準備を」
「あゝ、分かった」
俺の力不足で起きた惨事だ。その始末は俺が付ける。
「よく集まってくれた。早速だが、私は空の龍を抑え込む。君たちは地上の火事の対処に当たれ。それと」
水術士に術式を施す。
「水術士は術素切れを臆することなく水を出し続けよ。私の術で今夜だけは無制限に水を操れる」
「承知いたしました」
「では、掛かれ!」
その一言で、その場の全員は自分の持ち場へと駆けてゆく。
「炎を巻き散らす龍。ホヅチの卍獣か」
卍獣は本来、獣と術素が交わって生まれるものだが、破天荒雷は人を触媒に龍を召喚した。
ならば、術素を根こそぎ奪い取るのみ。
火龍の上空を目指して飛ぶ。途中、炎によって肌を焼かれるが気にせず飛ぶ。
「消え去れ、稚拙な凡作がッ!!」
火龍の真上に到着と同時に風魔術を解いて水魔術を纏う。
そして、重力に則って落下し、火龍の中心部で大量の水を放出した。
「うッ、グググ。ぐガっ」
火龍の炎を消火し、その体を構成している術素を一気に吸収した事で視界が眩み、風魔術の展開が遅れて地面に叩きつけれらた。
しかし、もう一度空を臨めば火龍はその勢いを落とし、炎は巻き散らされることは無く風前の灯となっていた。
「はぁっ、はぁっ、あぁ....」
自分の中に漂う術素が頭の中に雑音を響かせる。
「そうか、やはりあの老害共の差し金だったか」
見得た四人の御隠居共。見覚えのある分家の連中だった。
「なら、もう彼奴らは必要ないな....」
もう一度天を舞い、火龍と対峙する。
今度は仕留める。絶対に逃がさない。
迫りくる龍に怯むことなく受けてたち、飲み込まれる瞬間に魔術を使う。
「Freeze at the end of despair!」
その呪文一つで、眼前にあった炎は全て凍り付いた。
しかし、慣れない魔術の連続使用で脈が乱れる。
「うぅ....」
意識がもうろうとして魔術が使えない。
必死に足掻く俺の前に一つの影が差した。
「万司郎殿!」
風魔之衆が叫ぶ。しかし、反応は無く氷像は落下する。
地面に衝突した氷像は氷塊となって辺りに散らばり、巻き上がった土煙には二つの人影があった。