零伍 約束
姉上の強制選任から、時間は瞬く間に過ぎ去ってゆく。
灯篭は相模の至る所で見かけるようになり、風呂場を増設する家も増えている。
そして、遂に召集された分家の面々と対面する日が来た。
「天地家当主代理、天地万治郎様、御成り~」
波に丸萬字の家紋を背負い、羽織を靡かせて部屋に入る。
平伏する者たちの前を通り、姉上の席に着く。
「皆、面を上げてくれ」
その一言で、多数の視線がこちらに向けられる。
「天地家当主代理として、淡裹の代わりを務める天地万司郎だ。二週間の付き合いになるが宜しく頼む」
しかし、俺に刺さる視線は懐疑の視線のみ。
この場にいる誰もが、俺を信用していなかった。
~ ~ ~ ~ ~
俺がまだ子供の頃の話だ。
俺は姉と対等だった。
術素を蓄える力は姉の方が圧倒的に格上だったが、それを凌ぐほどに術素を蓄える速度が尋常ではなかった。
人が一蓄える物を俺は百、姉は千蓄えられた。
そして、人が蓄える事に一週間使うものを、俺は一瞬、姉は一日で行えた。
人々は俺たちを神童と持て囃し、崇め奉った。
「万司郎、私たちがこの国を守るんだよ。二人で一緒に、ずっとずっと!」
しかし、俺が十一の誕生日前日。俺は闇討ちにより瀕死になった。
それによって、家の人間たちは責任について大騒ぎしていたが、一番の問題は。
「万司郎、前まで使ってた魔術は使えないの....?」
蓄えられる術素が元々の三割程度になったことだった。
そして、その日から俺の人生は一変した。
「何で私だけなの。当主は私と万司郎という約束でしょ。答えて、お父様っ!」
姉は当主となり、俺は世間の目に触れない様に扱われた。
隠居所に押し込まれ、外部の人間は勿論の事、家の人間とも会うことを制限された。
「久しいな弟よ、七年も見ぬ内に成長したようだな」
紆余曲折をへて、姉上と再会したのは俺が十八になった後だった。
再開を喜び合う事もなく、お互いに立場を理解して行動した。
「これは貴様の発明か、良いものだな。直ぐに領民に配布する。増産の準備を進めよ」
姉上は当主として相模を治め、俺は魔術師として領民の生活の質を上げる事だけに専念した。
全ては俺の名誉のためだ。才を失っても、俺が天地家の長男であることに変わりはない。
「これ以上無い活躍の場だ、精々その名に相応しい力を振るうことだ」
遠回しだが、姉上は俺に好機を与えてくれた。
ならば、その期待には応える以外に無い。
俺は俺として、全力を尽くして相模を守る。
それが、俺が通すべき道理というものなのだから。
~ ~ ~ ~ ~
顔合わせは淡々と進み、一刻程で日程を終えて分家の代表たちは帰って行った。
「連中は足手纏いと考えていいな....」
表面上は従う姿勢を見せていた連中だが、明らかに敵意が滲み出ていた。
あれでは緊急事態に連携を取るのは不可能だろう。
ならば、使える人材は姉上直属の町奉行のみと考えるべきか。
「はぁ、本当に何奴も此奴も面倒な連中だっ....!」
頭を抱えて愚痴を漏らす。
それと同時に、使える人員と必要な物資を算出する。
「絶対に姉上の不在は世間の知るところになる。それによって引き起こる犯罪は何だ」
放火犯や盗賊は確実に現れる。それに便乗するように殺人や強姦も発生する。
ならば、姉上の様に力を誇示するしか無い。
町奉行に開発品は惜しみなく提供して、自治能力の底上げを行う。
西洋魔術についても、日本人向けに修正して教育しよう。
「夜間警備に意図的な死角を作り、犯罪者を誘引するか」
各地域に一つの死角を用意して、二日置きに場所を変える。
だが、それをするためには町奉行の練度が絶対的に足りない。
「....っ、風魔の連中を雇うか?」
風魔忍者は金さえ用意すれば仕事は熟す連中だが、いつ情報を抜いて売り捌くか分からない。
だが、分家に雇われる前に此方に引き込むべきか。
「情報は俺が管理すればいい、武装に関しても必ず回収すればいい」
そうだ、二週間を無事に過ごせれば良いのだ。ならば、答えは一つ。
穢い手段以外は全て使って、相模を守るんだ。
「すまない、誰かいるか!」
「はい、此方に」
奉公人を呼び出して要件を伝える。
「承知いたしました。直ぐに文をお送りしておきます」
「あゝ、この連絡に要する人員は最低限に留めれくれ」
姉上の出発まで一週間。万全を期さなくては。