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零肆 天地 淡裹《アマチ アワカ》

 時は移り変わって秋。

 俺は小田原にある、天地家の本家にやって来た。

 目的は勿論、発明品のお披露目。

 事前に運輸しておいた術素送配灯籠、調節湯沸かし器と避雷の護符の三点だ。


「お待ちしておりました。おかえりなさいませ万司郎様」

「あゝ、早速だが姉上と話がしたい。案内を頼む」


 玄関で待っていた使用人に案内を頼み、姉上の待つ部屋へと向かう。


「こちらにございます」

「...姉上、件の物品についての説明に参りました」

「入れ」

「失礼します」


 襖を開け、姉上と対面する。

 姉上は伏せていた目を開き、真紅の眼がこちらを見つめた。


「さて、今回は灯篭に護符、湯沸かし器とやらの三点か」

「はい。早速ですが順に説明していきます。まず、術素送配灯籠。これは、文字通り術素を民家へ送配する装置になります」


 現在、家庭用術素機械器具は術素を溜めこむ石、蓄術石(チクジュツセキ)に蓄えられた術素を消費して火や冷気を発生させている。

 そのため、一般人は定期的に蓄術石を繁術地(ハンジュツチ)まで運び、術素を蓄えることを強いられている。


「機能は、繁術地から民家までに術素の通り道の作成です。これによって、領民の定期的な蓄術石の持ち運びを根絶できます」

「しかし弟よ。術素が運ばれているというのなら、それをくすねる輩も現れるだろう。その対策は何だ」

「対策には術素を意味の無い力の流れに変え、民家へ到着後に術素に再変換する仕組みを用意しています」


 そして、もう一つの利点はこれだ。


「しかし、特製の術式を用いれば、個人での術素の使用が可能です。消防隊に配布すれば、水術士の術素枯渇の心配もなくなるでしょう」

「了承する。必要な物資や人員を奉公に伝えておけ、お前の事務所の近くにある工房に召集してておく」

「有難う御座います。次は護符について解説します」


 先ず、灯篭は了承を得ることができた。

 しかし、横浜に戻っても数日は忙しくなるだろう。


「避雷の護符。読んで字のごとく、雷の術素を遠ざけます」

「ほう...」


 姉上の眼は鋭くなり、嘘を吐けば射殺さんとする眼光を発していた。


「しかし、落雷は防げません。術素についても遠ざけいるだけなので、何処が皺寄せを受けることになります」

「他者を危険に曝す護符か。欠陥品だな」

「はい。ですが、用人の一時的な警護には使用できます。此方に十枚の用意がありますので、五枚は姉上に、もう五枚は陛下に献上していただきたい」


 周囲の温度が急速に上昇する。

 姉上の眼は煌々と紅に輝き、辺りは青い炎に包まれていた。


「この様な粗末な品を献上しろというのか。随分と大きく出たな万司郎」

「はい。姉上や陛下を想い、その命だけでもお守りしたいと考えた上でのことです」

「民の命を危機に晒してもか」

「はい。姉上や陛下は相模や日本に無くてはならない存在ですので」


 そう言い切って、炎に耐えながら視線を交わす。

 そして、少しの静寂の後に姉上は目を伏せた。


「分かった。その気概に免じて護符は受け取ってやろう」

「誠に有難う御座います」


 正直ここで焼き殺されると思ったが、今日の姉上は頭が柔らくて助かった。


「最後に、調節湯沸かし器について説明します」

「待て、五右衛門風呂を自動で準備する程度の代物なら、ここで破壊するぞ」

「ご心配には及びません。これは風呂場に設置しておけば、つまみで湯船の温度を調節できる家庭用術素機械器具です」


 原理は三つの術素を利用した温度調節だが、姉上には理解しがたい物なので伏せておく。


「冷水も温水に変わるのか?」

「変わります。その逆の変化も可能です」

「了承する。急いで増産せよ。これは他藩に送り付ければ、良い宣伝になる」


 姉上の機嫌が良くなり始めた。

 話題を切り出すなら今か。


「姉上、一つお聞きしたいことがあるのですが」

「何だ、三加瀬の事か」

「そうです。何故、あの男を事務所に寄こしたのですか」

「あれは鬼才だ。魔術省なんぞで遊ばせておくには危険すぎる。何より、奴は嘘を吐かない」


 そう言い切った姉上の口角は少しだけ持ち上がった。

 成る程、鬼畜の将吉は本当に小さな嘘一つ吐かない男なのだろう。

 姉上が言い切ったのだ。それは、何よりの証明になる。


「分かりました。それならば、私も出来る限り彼に譲歩します」

「理解が早いと助かる。他に言っておくことはあるか」

「ありません」

「ならば、私からだ。三か月後に藩主同盟の会議に出席する。相模を離れ伊勢に向かう間、相模は貴様に委ねる」


 最後に飛び出してきたのは途轍もなく大きな爆弾だった。


「いえ、お断りします。私には務まらない業務です。人員は分家などから召集してください」

「ならぬ、貴様が棟梁(トウリョウ)となり、天地の分家の指揮を執るのだ」

「不可能です。私の力量についてはご存じのはずでしょう」


 そう、俺には魔術の才能が無い。

 一般人の五倍程度は術素を蓄えられるが、藩主ともなれば天災や卍獸(バンジュウ)との戦いの為、更に四倍ほどの術素を蓄積できねばならない。


「あゝ、理解しているとも。貴様に戦う力は無いが、才覚ならばこの国随一だ。だから、貴様を推薦した」


 推薦した....、した!?


「既に推薦なされたのですか!?」

「そうだ、既に分家の老害共は説き伏せて、才能ある若者を集めている。後はお前が指揮を執るだけだ」


 なんてことだ、今はまだその段階じゃない。


「要件はそれだけだ、下がれ」

「....クッ、分かりました。その御話、謹んでお受けします」


 だが、姉上は決定してしまった。それはもう二度と覆ることは無い。


「詳細は随時書面で送付しよう。これ以上無い活躍の場だ、精々その名に相応しい力を振るうことだ」


 部屋を出る俺に、姉上はそう投げかけた。



 ~  ~  ~  ~  ~



「あゝ、また面倒なことになった....」

「そう気を落とすでない。いつも名乗っておる通り、相模を統べる天地家の長男として振る舞えば良い」

「事はそう簡単じゃ無いんだよ、灯ちゃん」


 事務所に戻った俺は、早々に灯ちゃんと桜菓ちゃんに本家での事を伝えた。


「でも、所長が披露した品々は好評だったんですよね。先ずはそれを喜びましょうよ」

『その通りだ、万司郎君。君の発明で、相模はもっと豊かになるだろう』

「ありがとう、桜菓ちゃん。しかし将吉さん、貴方も貴方だ。既に姉上から連絡はあったのでしょうに。こういう事は事前に伝えて欲しいものです」


 式神を通して言葉を交わす鬼畜に、非難の声を浴びせる。

 その態度から察するに、既に事情は知っている様だったので。


『否、私も伝えようと思ったが、今世最強の魔術師が藩を留守にするんだ。危険な輩は何処で聞き耳を立てているか分からないからね』

「確かにそうですが....。はぁ、分かりましたよ」


 確かに彼の言うとおりだ。

 現在の相模で犯罪が起きないのは、姉上という抑止力による物が大きい。

 変な連中が騒ぐほど面倒で不愉快なものはない。


「ところで所長、一つ相談なのですが....」

「ん、何だい桜菓ちゃん」

「今年の賞与要らないので、湯沸かし機下さい!」

「いいよ」

「やった!」


 即決したが、彼女の住居はここ(事務所)だ。

 どうせ何時か設置するのだ。賞与は問題なく用意しておこう。


「何を気の抜けた会話をしておる。おぬし、考え込むのも問題じゃが、分家の指揮が決まったのじゃろう。それならば、それ相応の心構えを持たぬか」

「うん、分かってる。俺がやらなくちゃいけない事だ。絶対に無様な姿は晒さないよ」

「分かっているなら良い。なればその神妙な顔を崩すことじゃな」


 灯ちゃんの指摘で顔に触れる。きっと、今の顔は彼女に相応しく無いだろう。

 そんなことを考えながら、いつも通りの笑顔を組み直す。


『おやおや、万司郎君も緊張なんてするんだね』

「何ですかその言い草、俺も人の子ですよ。周りと同じように感じたり表現したりしますよ」

『ふっ、それもそうだね。失敬、今回は私が言い過ぎた』

「灯様、私これから好きな時にお風呂に入れるんですよ!」

「それなら、妾は既に使っておる。便利じゃぞ、あの湯沸かし機は」


 そんな他愛もない会話は、緊張した俺の心を解いて行った。

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