零弐 るめらゃき
「ただいま、戻ったよ桜菓ちゃん」
「戻ったぞ桜菓。差入れじゃ、茶を用意せよ」
「お帰りなさい所長、灯様」
キャラメルを買った俺達は事務所に戻った。
今、出迎えてくれているのは事務員の絡新婦、《熱戸 桜菓》ちゃん。
本人曰く、昔に灯ちゃんが助けた抜け忍だそう。
しかし、その諜報能力は健在で、頼んだ情報は一日二日で手に入れてくれる。優秀としか評せない子である。
「所長、私の予想では昼過ぎには帰宅できたはずですが、今日はどんなクールな事をして来たんですか?」
「そうだね、先ずは盗人達に名乗りをあげて、魔術は使わずに戦って、依頼品を取り返した後に追ってきた者たちにも名乗りをあげ、魔術対決で相手を東京駅から荒川まで吹き飛ばしたよ」
「はぁ、また派手にやりましたね。わかりました、魔術省への書類は今日中に書き上げて送付しておきます。灯様、今日はアールグレイと言う紅茶を淹れてみました。所長もどうぞ」
桜菓ちゃんはメモを取りながら、空いた腕で紅茶を淹れてくれた。
「うむ、流石は桜菓、仕事が早い」
「ちょうど三時で切りもいい、桜菓ちゃんも休憩にしよう」
仕事を切り上げて三人で席につく。
買ってきたキャラメルを取り出し、一つずつ手にとってみる。
「謳い文句は煙草の代用だけど、どんな味がするんだろうね」
「あっ、この匂い知ってます。プリンに掛かってる焦げ茶色のソースと似た匂いです」
「桜菓、おぬしまた妾の知らぬ所で甘味を賞味しおったな?!」
「いや、違うんです灯様。たまたま入った洋食店においてあったので、つい......」
三者三様の言葉が飛び出す中、一足先にキャラメルを口に含む。
「うん、確かに病みつきになる味だ。研究の息抜きに食べようかな」
「あーっ、ずるいぞ。妾も!」
「わ、私もいただきます。所長」
俺に続いて、二人もキャラメルを口に放り込んだ。
二人ともキャラメルを堪能しているようで、少しばかりの静寂が訪れる。
しかし、灯ちゃんの尻尾は元気よく揺れ、桜菓ちゃんも頬を緩めている。
「「「ごちそうさま」」」
少し経てばキャラメルの容器は空になり、口内に残る風味を紅茶と共に楽しむ。
「あら、もう来ましたね」
「そうだね、本当に面倒な連中だ......」
楽しんでいたが、一羽の小鳥が窓を突いていることで茶会の終了が決定した。
窓を開ければ小鳥は俺の前に飛んできた。
『こんにちは、天地万司朗君。魔術省犯罪對策課の《三加瀬 将吉》だ』
その一言に俺たち一同は身構えた。
それは、式神がいつもの文言以外を話したことでは無い。
この式神を使役している人間に問題があった。
「鬼畜の将吉......」
『おっと、実際に面と向かっている訳ではないが、初対面の相手に綽名とは失礼だな』
「いや、申し訳ない。だが、犯罪対策課の貴方が何用で此処へ。魔術の使用に関しての担当は管制課の仕事では?」
そう、本来ならば帝都内の交戦目的での魔術使用は、戦闘の前後関係なく魔術を使用した理由と状況を魔術管制課に報告しなくてはいけない。
だからこそ、鬼畜の将吉と対話している現状は異常だった。
『そうだ。従来通りならば、不備の無い書類を提出してもらえば問題なかったが、今回は君が吹き飛ばした相手が問題でね』
その名前には聞き覚えがあった。
『《破天荒雷》。君が荒川に落とした連中を問い詰めたら、自分たちの組織についてそう名乗った。君も聞いたことはあるだろう』
「...ええ、厄災の研究しているとか、雷の兵器化を企んでいるとか。怪しげな連中ですよね」
『その通りだ。最近は物騒な事件が多い、君も仕事柄そのような連中に出会うことも多いだろう』
面倒事の予感がする。断れない面倒事だ。
『そこで、この式神をこの事務所に配置させてもらう。今まで書いていた書類などは口頭で私に伝えてくれればいい。私が書き起こして管制課に提出しておこう』
「勝手に決められては困ります。この事務所は社員の自宅にも兼ねており、顧客の情報なども扱っている。そんな場所に部外者の式神を常駐させる訳にはいけません」
『それなら問題ない、事務所の持ち主である君の姉君から許可は得ているよ。それに、連絡用の式神だ。必要な時以外は籠に入れて布でも被せてもらって構わない』
姉上が許可を......
面倒だが、姉上に話を通せる人間なら信用できるだろう。あの人は信用できる人間しか相手にしない人だ。
「はぁ、疑り深いあの人が言うのなら仕方がない。必要な情報以外は得られぬよう、細工した籠を用意しますが構いませんね」
『心遣い感謝する。君が話の分かる男で良かったよ』
「恐縮です。ではさっそく、本日の魔術使用についての報告を行います」
そうして俺は今日の出来事を伝え、将吉との対話を終えた。