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第二十三話 北の国から来た狙撃手(後編)


---三人称視点---



 第三ラウンドが開始するなり、ザイツェフが果敢に前へ出て来たが、

 南条はフットワークを使い、体力回復に専念しようと試みる。

 だがそこからザイツェフは鋭い左ジャブで南条を狙う。


 ザイツェフの放つ左ジャブは二種類あった。 

 一つは前のラウンドで見せた鋭く速いスナップの良く利いた左ジャブ。

 もう一つは軌道が変則的な左のフリッカージャブだ。


 南条も前者のジャブはなんとか防御及び回避したが、

 フリッカージャブに関しては、完全に防御する事は出来ず、度々被弾した。 

 だがラウンド中盤以降は、体力が回復したので、南条も左ジャブで応戦する。


 リング中央で行われる左と左の差し合い。

 南条の鋭い左ジャブも時折ザイツェフに命中するが、

 それ以上の左ジャブを貰い、次第に南条の顔が腫れ始めた。


「――南条、そのまま打ち合え!

 腹だ、腹を左で狙え、腹を打つんだ!」


 青コーナーサイドで松島が大きな声でそう叫ぶ。

 南条は松島の指示通り、時折前へ出て、

 左フックと左アッパーでザイツェフのボディを攻め立てた。


 しかしザイツェフは巧みなエルボーブロックで南条のパンチを防ぐ。

 逆に鋭く速い右ストレートで南条の顔面を打ち抜いた。

 グラつく南条。 だが彼も両足を踏ん張り、必死に耐えた。


 そのような展開が続き、気が付けば第六ラウンドが終わっていた。

 顔を腫らし、両肩で息をしながら青コーナーへ戻る南条。

 対するザイツェフも呼吸を乱していたが、表情に余裕が見えた。


「……思ったより良いボクサーだな」


 赤コーナーサイドのザイツェフのメイントレーナーであるアメリカ人のジョセフ・L・クロフォードがそう言った。

 すると椅子に腰掛けたザイツェフも「ああ」と頷いた。


「奴も日本人ヤポンスキーにしては、良いボクサーだ。

 だがオレは今までもっと強い奴と戦ってきた。

 だから奴に負ける気はしない」


 と、ザイツェフ。


「うむ、だがここは敵地。 地元判定ホームタウン・デシジョンの事も考えたら、

 確実に倒すべきだ。 残りは六ラウンド。 マークシャ、奴を倒せそうか?」


「ああ、ジョセフ。 倒せる、というよりかは試合続行不能にすればいいのさ。

 オレのフリッカーで奴の両眼は塞がりつつある。

 だからこれまで通り、奴の顔面にフリッカーを打つよ。

 そして奴が飛び込んできたら、右のクロスで迎撃。 これでいいだろ?」


「そうだな、恐らくそれで勝てるだろう。

 だが油断はするなよ? 奴を日本人と思って侮るなよ?」


ああ(ダー)、油断はしないよ。 全力で叩き潰すさ!」


 そして第七ラウンドが始まった。

 ザイツェフは相変わらずアップライトスタイルで構える。

 対する南条も同様にアップライトスタイルで身構えた。


 両者がゆっくりとリング中央に向かう。

 そしてお互いに射程圏内に入るなり、左ジャブを繰り出した。

 しかし左の差し合いではザイツェフが一枚上手であった。


 五月雨のような左ジャブを連打するザイツェフ。

 対する南条もパーリングやブロックを多用して迫り来る左ジャブを防ぐが、

 全てのパンチを防ぐ事は出来ず、時折顔面に左ジャブを叩き込まれた。


 それでも南条は下がらず、果敢に前へ出た。

 そして左ボディフックと左ボディアッパーでザイツェフの右脇腹を狙う。

 時折、南条のボディブローが決まるが、ザイツェフは後ろに下がることなく、

 逆にカウンター気味に右のクロスで南条を迎え討った。


 そのような消耗戦が続き、迎えた第十ラウンド。

 青コーナーに戻った南条の左眼が殆ど塞がっていた。

 それを見てセコンドの松島は渋面になった。


 このままではTKO負け目前だ。

 とはいえこの状態の眼を治す事は不可能だ。

 ならばここで棄権するか?


 松島は一瞬そう思ったが、すぐに考え直した。

 この状況下で試合を放棄する事は簡単だ。

 一言で言えば単純に南条サイドの力不足であった。


 松島もビデオを観て、ザイツェフを研究して分析していたが、

 まさかここまで良いボクサーだとは思わなかった。

 全体的に攻防のバランスが優れており、穴らしい穴がないボクサーだ。

 それでいてアマチュアボクシング特有の妙な癖などは見当たらない。

 

 ――ただ単純に強い。


 松島は内心でそう思った。

 だから松島は椅子に腰掛ける南条の表情をジッと観察した。

 その両眼が腫れ上がり、顔も腫れ上がっている。

 息を切らして、「ぜえぜえ」と肩で呼吸している。

 だがその眼は死んでなかった。


「ハアハアハァ、松島さん。 指示をください……」


「南条、まだやるつもりか?」


「はい、このままじゃ終われませんよ……」


「しかしポイントでは完全に負けてるぞ?

 ここから勝つには逆転KOしかないぞ?」


「……な、ならそれが出来る戦術を教えてください」


 南条の言葉に松島は声を詰まらせた。

 そんな事が簡単に出来たら、苦労などしない。

 しかしこの場でそれを南条に告げる事は出来ない。

 だから松島は落ち着いた口調でこう言った。


「……正直、ここから逆転する可能性は皆無に等しい。 だがお前にとって初の世界戦だ。 故に尻切れトンボの結末は嫌だろう。 ならば勝てとは云わん。 だがせっかく応援に駆けつけてくれたファンの為にも一発でもいいから、相手にパンチを打ち込め。 それがオレがお前に送る言葉だ」


「……分りました」


「但しこれ以上、眼が塞がるようならタオルを投げ込むぞ? いいな?」


「……はい」


「……ならば残された時間で全力で戦って来い!」


 松島はそう言って、南条の口にマウスピースを入れた。

 すると南条はマウスピースを噛みしめて、椅子から立った。

 そして迎えた第十一ラウンド、南条は最後の賭けに出た。


 南条は両手でガードを固めながら、ザイツェフに接近する。

 しかしザイツェフも慌てず、左のフリッカージャブで南条を迎え討つ。

 だが南条も左のフリッカージャブを受けながらも、

 左右のショートパンチでザイツェフのボディを狙い撃つ。


 ザイツェフも最初は南条の猛攻に戸惑っていたが、

 次第に落ち着きを取り戻し、逆にショートパンチで南条を迎え討つ。

 息と息が詰まる接近戦クロスレンジ


 南条が左ボディフックでザイツェフの右脇腹を強打すれば、

 ザイツェフは左アッパーで南条の顎の先端(チン)を撃ち抜いた。

 そこから両者、足を止めて余力を振り絞って打ち合った。


 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。

 ひたすら手を出す両者、しかし南条の左眼が完全に塞がった。

 それと同時にザイツェフがオーバーハンド気味の右のクロスを合わせた。


「ばしんっ!!」


 リング上に乾いた衝撃音が響いた。

 それと同時に南条がもんどり打って背中からキャンバスに倒れた。

 次の瞬間、青コーナー側から青いタオルが投げ込まれた。


 11R2分33秒。

 それが正式なKOタイムであった。

 これによって空位の王座には、ザイツェフが就いた。

 一方の南条は担架で運ばれて、リングから去った。


「……な、南条くん」


 と、神原先輩が青い顔をして去りゆく南条を見据える。


「……ざ、残念だったな」


 と、藤城が弱々しい声でそう言う。

 すると拳至はリング上で勝利者インタビューを受けるザイツェフを見据えた。



 ――強い、強すぎる。

 ――だが南条さんには悪いが、これでオレに世界戦のチャンスが舞い込んで来るだろう。

 ――マクシーム・Mミハイロビッチ・ザイツェフか。

 ――今のうちにチャンピオン気分を味わっておけ。

 ――オマエのベルトはこのオレが奪う!



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― 新着の感想 ―
[一言] ザイツェフ、強敵だ... そして、剣持に女性ファンが。 でも、全戦全勝全KOだからしょうがないか... クソ、リア充め! ボクシングの猛者だから殴りかかって返り討ちにされるのが憎い!
[良い点] 南条さん。。 剣持に仇をとってほしいですが、その前にリベンジしてほしいですね。。
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