第二十二話 北の国から来た狙撃手(前編)
---三人称視点---
9月中旬。
拳至は大学の後期履修登録の為に久しぶりに大学に顔を出した。
とりあえず拳至は無難に履修登録を済ませた。
「おう、剣持……って!? すんげえ焼けてるじゃん!」
「ああ、藤城。 ちょっと強化合宿をしててな」
「お、おう。 なんか噂じゃ南条先輩が世界タイトルマッチ
するんだっけ? スゲえよな……」
藤城がそう云うと、周囲の学生の視線が一瞬こちらに向いた。
やれやれ、声がデカいぜ、と思いながら拳至はこう返した。
「せっかく大学に来たし、ちょっとサークルに顔を出すよ」
「おお、マジか!? 瓜生も来るよな?」
「まあちょっとくらいならいいけど」と、瓜生。
そして拳至達は「ボートゲーム同好会」の部室へ移動。
「「「こんにちは!!」」」
拳至達は入室するなり、神原先輩を見つけたので、声を揃えて挨拶した。
「あ、三人とも久しぶりだね。 夏休みエンジョイしてるかい?」
「い、いえ……ただひたすらにバイトする日々です」
と、藤城が右手の指で自分の右頬を掻きながら、そう答えた。
「僕も学習塾の夏期講習のバイトに明け暮れる日々です」
と、瓜生も同調する。
「オレはひたすら練習に明け暮れる日々を送ってます」
「お、剣持くん。 今度の試合に南条くんの前座で出るのよね?」
「え、ええ……まあ」
「なら試合のチケットはないかな?」
「あ、俺も行きたいッス!」
と、藤城が右手を上げる。
「僕も行きたいかも」と、瓜生もさりげなくアピールする。
すると拳至は自分の財布から、三枚のチケットを取り出した。
「……その可能性も考慮して、こうして試合のチケット用意しておいたよ。
試合は9月27日、試合会場は両国国技館。
ちなみにオレはセミファイナルで日本&東洋タイトルの防衛戦に挑む感じ」
「おお、剣持くん~。 ありがとう~」
「いえいえ、でもせっかくの世界タイトルマッチですから、
ちゃんと観に来てくださいよ」
「うん、うん、絶対行くよ! 南条くんの応援を頑張るよ~」
「……オレの応援は?」
「うん、もちろん剣持くんも応援するよ!」
拳至の言葉に神原先輩は凄く良い笑顔でそう答えた。
やれやれ、この人には叶わないな。
でも実際、神原先輩は南条さんの事をどう思っているんだろうか?
正直この人ってイマイチキャラが掴めないな、と内心思う拳至。
「それじゃ皆、試合当日には絶対来てくれよな!
じゃあオレは帰って、試合前の最後の調整をするよ」
「うん、剣持くん。 ばいばい~♪」
「おう、剣持頑張れよ!」
「ああ、じゃあな」
拳至はそう答えて、踵を返した。
そしてそれから拳至は試合前の最後の追い込みをする。
厳しい練習と減量にもめげずひたすら自分の身体をいじめ抜いた。
そして試合当日を迎えた。
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「それじゃ以上でインタビューは終わります」
多くの報道陣に囲まれる中、
聖拳ジムのマネージャーである松下はそう云ってインタビューを打ち切った。
この日のセミファイナルとなった日本及び東洋太平洋ライト級タイトルマッチは、
王者である拳至が日本ライト級2位の川端を序盤から圧倒して、
1ラウンドに二度のダウン、そして第二ラウンドに二度、
計四度のダウンを奪い、2ラウンド1分48秒KO勝ちで拳至がタイトルの防衛に成功。
この結果、拳至の戦績は8戦8勝8KO勝ちとなった。
拳至は今、WBLライト級の5位、世界挑戦も射程圏に捉え始めた。
「今日はインタビューが長くて疲れたでしょ?」
「いえ大丈夫ッスよ、松下さん」
「そうか、キミも随分プロの水に馴染んでてきたねえ」
「そうッスか?」
「うん、そろそろ南条くんの試合も始まる頃だろうから、
キミも応援に行ってあげてよ」
「はい、勿論です!」
「それじゃあ、剣持くん、お疲れ様」
「はい、お疲れさまです!」
十分後。
拳至は着替え終えて、神原先輩達と合流しようとしたが、
その途中で熱心な女性ファンに捕まって、サインをねだられた。
とりあえず拳至はささっとサインを書いて、自分の観客席へ向かった。
すると枡席に座った神原先輩達を見つけた。
「お、皆~。 ここに居たのか」
そう云って拳至は枡席に腰掛けようとした瞬間、
試合会場に悲鳴のような歓声が沸き起こった。
「け、剣持くん……」
「神原先輩、どうかしたんですか?」
「な、南条くんが……」
神原先輩はそう云って右手の指でリングを指した。
それに釣られて、拳至もリングに視線を向ける。
するとリング上では、南条がマットに片膝をついて倒れていた。
「な、南条さんがダウンッ!?」
思わず驚きの声をあげる拳至。
「け、剣持……ヤバいよ。 南条さんの相手、素人のオレから観ても強過ぎるよ」
「剣持くん、あのザイツェフという選手はそんなに凄いボクサーなのかい?」
藤城と瓜生も顔を青くしながら、そう云った。
確かあのザイツェフはアマチュアボクシングのライト級で、
世界選手権で金メダル、五輪で銀メダルを獲っているアマチュアエリート。
ロシア系の白人でその鮮やかな銀髪と涼しげな眼差しから「シルバーホーク」と呼ばれている。
とはいえ試合が始まって間もないのに、
南条がダウンを喫するという事態は想像もしなかった。
「藤城、今何ラウンドだ?」
「ま、まだ二ラウンドが始まったばかりだよ」
「そうか……」
拳至はそう云いながら、リング上に視線を釘付けにした。
リング上ではザイツェフが左ジャブを連打して南条を追い詰めていた。
鋭く速いスナップの良く利いた左ジャブだ。
南条もガードを主体にザイツェフの猛攻を耐える。
時折、南条もパンチを打ち返すが、
ザイツェフはパーリングやウィービングを駆使して南条のパンチを躱す。
そこで第二ラウンドが終了した。
南条が呼吸を乱しながら、青コーナーへ戻る。
対するザイツェフは息一つ切らさず、赤コーナーへ戻った。
「な、南条くん……大丈夫かな?」と、神原先輩。
「……少し厳しいかもしれません。
対戦相手のザイツェフのパンチは非常に鋭いですね。
スナップの良く利いたストレート系パンチは桁外れです。
まるでリング上の狙撃手のようだ」
「た、確かに素人のオレが見ても凄い鋭いパンチって分かるよ」
と、藤城。
「う、うん。 あの選手とても強いね」と、瓜生。
「け、剣持くん、南条くんは負けちゃうの?」
神原先輩は心配した感じでそう言う。
拳至は正直厳しいかもしれない、と思ったが、
この場は彼女を落ち着かせるために安心させるような台詞を言った。
「まだ二ラウンドです。
南条さんならきっとここから挽回してくれるでしょう。
だからオレ達は南条さんを信じて応援しましょう」
「う、うん。 そうだね」
拳至の言葉で神原先輩は少し落ち着きを取り戻した。
そして拳至もリング上の南条を見据えながら、こう思った。
――南条さん、負けないでくれよ!
――あんなに苦しい練習をしたんだ。 だから勝たなきゃ!
――だからオレもアンタを全力で応援します!
そこで第三ラウンド開始のゴングが鳴った。