第十九話 聖夜の告白
---三人称視点---
拳至と愛理は高級ホテルのレストランで遅めのディナーを済ませた後、
二人っきりで前へ一度行ったホーテルのバーへ向かった。
クリスマスという事もあり、バーにはそれなりの客が居た。
その殆どが男女のカップルであった。
拳至と愛理は隅の方のテーブル席に座って、
拳至はペリエ、愛理はカルアミルクを注文した。
「今夜はキミも酒を飲むんだね」
「ええ、せっかくのクリスマスですもの。
今夜くらいは飲んでもいいでしょう。
あ、でも試合後のボクサーを誘うのは少し無神経だったかしら?」
「いや大丈夫さ、殆どパンチ貰わなかったからな。
それに念の為にペリエにしておいた」
「そう、やることに無駄がないわね。
それじゃとりあえず乾杯しましょう」
「ああ、乾杯」
二人はグラスを合わせた。
そして二人はグラスの中身をぐいと煽った。
「……美味しいわ」
「まあカルアミルクは口当たりがいいからな」
「あら、ボクサーなのにお酒に詳しいのね」
「まっ、本やネットの知識さ。
実際にはアルコールは滅多に飲まないさ」
拳至はそう云って両肩を竦めた。
「ふうん、ストイックなのね」
「その辺どうだろう。 まあ節制はしてるかな」
「しかしこうして男の人とバーでお酒を飲むなんてね。
普段の私からは考えられないわ」
愛理の言葉に拳至は思わず「そうなのか」と内心で呟いた。
だから拳至は軽く探りを入れるように言葉を続けた。
「でもキミは普通にモテそうだけどな。
大学に良い人とかは居ないのかい?」
すると愛理は一瞬考え込んでから、軽く首を左右に振った。
「まあ自分で云うのもアレだけど、同級生や先輩の男性から
よく声は掛けられるわ。 でも正直あまり魅力を感じないわ。
彼等はとても博識だけど、自分自身で培った経験はあまりないのよ。
でもそれも知識や理論でカバーしよう、した気になってるのよ。
だからそういう所は少し面倒臭いし、退屈だわ」
「……まあ何となく分かるよ。
つってもオレが云ったら僻みになるけどな」
「どうして?」
「そりゃキミの行っている大学とウチの大学とでは若干レベルが違う。
キミはそう思わなくても、他の学生からすれば『妬み』や『僻み』と思うわれるだろ?」
「まあ……そうよね。 でもそういうところに気が回るだけアナタは頭が良いわよ。
なんというか同世代の男子とは少し違うのよねえ」
「それは褒め言葉かい?」
「もちろんよ、じゃないとこうしてデートしないわ」
愛理は凜とした声できっぱりそう告げた。
デートか、普段は気にしないが彼女の口から聞くと妙にどきっとする言葉だ。
今夜は聖夜、ここはもう少し二人の距離を詰めてはいいのでは。
と、拳至は心臓の鼓動を僅かに早めながらそう思った。
「剣持くんこそどうなの? 良い人とか彼女は居ないの?」
「居たらこうしてキミと一緒に居ないさ」
「そう、アナタってモテそうだけどね」
「まあほんの少しはね。 でも意中じゃない相手に好意を持たれてもそんなに嬉しくはないさ」
「まあそうよね、でアナタの意中な人ってどんな女性かしら?」
「……今、目の前に居るよ」
「……」
二人の間に沈黙が流れた。
ヤバい、少し調子に乗りすぎたか。
だがせっかくの聖夜だ。
この場の雰囲気に任せて、自分の思いを告げたい。
拳至はそう思いながら、愛理の言葉を辛抱強く待った。
すると愛理はグラスの中身に軽く口をつけて、横目で拳至を見据えた。
「……それって本気で言ってるのかしら?」
「……ああ、本気だぜ」
「そう、なら光栄ね」
「光栄?」
「ええ、アナタのような男性にそう思われるのは、女としても嬉しいわ」
「……そうなのか?」
「ええ、そうよ」
「……」
拳至はどう返して良いか分からず黙り込んだ。
愛理は拳至のその姿を見据えながら、微笑を浮かべる。
「……ならいっその事、付き合っちゃう?」
愛理の予想外の言葉に「え?」と漏らす拳至。
彼女は一体どこまで本気なのであろうか?
いやもうそういう駆け引きなどどうでもいい。
ここは素直に自分の気持ちを打ち明けよう、と拳至は覚悟を決めた。
「キミさえよければ、オレは喜んで了解するよ」
「そう、ならいいわ。 じゃあ今夜を機に付き合いましょう」
「……随分あっさりしてるんだな」
「まあお酒の勢いもあるかな?
でも勘違いしないでね。 この後どうこうしよう、とか思わないでね?」
「も、勿論さ! オ、オレはそんないい加減な気持ちでキミと付き合うつもりはない!
すると愛理は少し嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。 でも私とアナタじゃ色々障害が多いでしょ?」
「……家柄の事を言ってるのかい?」
「ええ、そうよ。 アナタも私も家柄を無視できる立場じゃないわ。
例え私達が良いと思っても、周囲がそれを許さないわ。
アナタはその辺どう思ってるの?」
「そ、それは……」
拳至は珍しく言葉を濁した。
そう、拳至だって愛理の云わんとすることは分かる。
それを「好きだから!」の一言でも済ますつもりはないし、
それで済む問題じゃない事も理解していた。
「……アナタって誠実なのね」
「え? どういう意味だい?」
「勢いに任せて『好きだから!』、『家柄なんか関係ない』とか
その場しのぎの台詞を吐かないところは立派だわ」
「……そうかな?」
「ええ、少なくとも私はそう思うわ」
「とにかく先の事は分からねえ。
でもキミの事が好きという気持ちは本当なんだ」
「そうでしょうね、というか私もアナタの事好きよ」
「……本当か?」
「ええ、こんな事を冗談で言うほど無神経じゃないわ」
「そうか、そいつは嬉しいな」
拳至は少し胸を熱くさせてそう云った。
やはり自分の気持ちを素直に打ち明けて良かった。
だが愛理の云うように、自分達には障害がある。
それを「愛の力で乗り越える」という程、
拳至は幼くもないし、楽天家でもない。
「まあだから少しずつ距離を詰めて行きましょう。
でも変な真似はしないでね? 私、そういうの苦手だから」
「も、勿論さ! オレの出来る限りで大切にするよ」
「そう、ありがとう」
愛理はそう云って、自分のグラスをもう一度、拳至のグラスにこつりと合わせた。
こうして拳至と愛理はこの夜を境に正式に付き合う事となった。
だが二人の前には大きな障害が立ち塞がる。
現時点の拳至ではその解決法や解決策は分からない。
でも今はそんな事より、好きな女性と付き合える事に拳至は心の底から喜んだ。