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第十八話 勝利の余韻


---三人称視点---


「それでは報道陣の皆様、今後ともよろしくお願いします」


「うん、剣持くん。 今後も頑張ってね!」


「はい、微力を尽します」


 拳至はそう云って、報道陣に頭を下げた。

 日本タイトルマッチで劇的な1ラウンドKO勝ちという結果を残した為、

 今夜の記者会見はいつも以上に時間がかかった。

 とはいえ拳至は今売り出しの時期。


 なので報道陣に嫌われる訳にはいかない。

 だから記者達のインタビューを一件、一件丁寧に答えていたが、

 その間にメインイベントの南条の試合が既に始まっていた。


 もちろん南条の試合は気になる。

 だがそれ以上に拳至は愛理の事を気に掛けていた。

 そして試合会場に入り、拳至は周囲を見回した。

 すると近くから――


「ここよ、剣持くん」


 と声が聞こえた方向へ向くと、そこに愛理が立っていた。

 

「ああ、まだ居てくれたのか。 待たせて悪かったよ」


「ううん、気にしてないわ。 記者会見が長引いたのでしょ?」


「あ、ああ……」


 その時、後楽園ホール内の観客が沸き立った。

 拳至は思わずリングに視線を向けた。

 すると南条の対戦相手であるライト級世界ランク7位の比国人フィリピンじんのロニー・バンゴアンが片膝をマットについていた。 そしてレフェリーのカウントが進む。


「騒がしいわね。 アナタの試合も終わったし、もう帰らない?」


「い、いやちょっと待ってもらえないか。

 今、試合しているのオレのジムの先輩の選手なんだ」


「そうなの? まあそれなら付き合ってもいいわよ。

 でも席は何処に座るの?」


「ああ、後ろの方の空いてる席に座ろう」


「了解よ」


 そう言葉を交わして拳至と愛理は後ろの方の客席に座った。

 ホールの客入りはなかなか盛況であった。

 ざっと観た感じ観客席が七割くらい埋まっていた。


「南条、そのまま攻めろ!」


「南条、南条、南条ぉぉぉっ!!」


 周囲の南条の応援団が声高らかにそう叫ぶ。

 すると拳至の右隣に座る愛理が軽く嘆息した。

 どうやらこういう雰囲気は彼女には合わないようだ。


 無理もない。

 彼女は氷堂財閥の深窓の令嬢。

 そんな彼女がむさ苦しい格闘技の会場に合う訳がなかった。

 拳至もそれを感じて、南条を応援しながらちらちらと愛理を見る。


「……大丈夫よ。 アナタの先輩の試合でしょ!

 ならとりあえず付き合うわ」


「……悪いな」


「良いわよ」


 そうこう会話しているうちにリング上の南条が果敢に攻め立てた。

 左ジャブを主体に、ストレート系のパンチで攻める南条。

 対戦相手のバンゴアンもパーリングやブロッキングを駆使して、南条の猛攻を耐える。


 だが南条はけして無理せず、時折ボディブロウを混ぜて、

 ジワジワとバンゴアンにダメージを与えていく。


「なんかアナタの先輩、随分と頭脳的な攻め方をするわね。

 なんというか動きに無駄がない気がする。 あの人強いの?」


「ああ、強いよ。 いつ世界挑戦をしてもおかしくない日本ライト級の期待の星さ!」


「ふうん、そうなの」


 愛理はあまり興味なさげにそう答えた。

 辛抱強く付き合ってくれてるが、あまり楽しそうな表情ではない。

 だから拳至は話題を変えるべく、彼女が興味持ちそうな話題を上げた。


「それにあの人はオレと同じ大学だし、同じサークルの先輩なんだよ。

 だから悪いけど、このまま応援に付き合って欲しいんだ」


「まあそれはいいけど、同じ大学って事は彼もH橋大学なの?」


「ああ、そうだよ」


 すると愛理は少しだけ興味を示した。


「へえ、意外と頭良いのね。 でもアナタと同様に変わり者ね!」


「え? なんで?」


「だってH橋大学へ行ける学力があるのに、わざわざ厳しいプロボクシングの

 世界に身を投じるなんて変わり者よ」


「ま、まあ確かに……」


「でもそういう男の人って嫌いじゃないわ」


「そうなのか?」


 すると愛理は肯定すべく、「うん」と小さく頷いた。


「正直最近の男性って少し女性化が進んでいる気がするのよ。

 ウチの大学も頭が良い人は多いけど、内向的な人が多いわ。

 あるいは学歴を鼻に掛けた勘違い男。 でもその癖、打たれ脆い。

 なんかそういう人が最近多い気がする」


「……へえ、そうなんだ」


「うん、だからアナタやアナタの先輩みたいな生き方は嫌いじゃないわ。

 わざわざ自分から苦労しに行くなんて最近の男性では珍しいと思う。

 一つ聞くけど、ボクシングってそうさせる魅力みたいなものがあるの?」


 愛理がこのような事を聞くとは、拳至にしても意外だった。

 だが彼女なりに少しはボクシングに理解を示してくれたのだ。

 だからここは少し考えてから、返答しよう。


「……あると云えばあるな」


「ふうん、例えば?」


「まあ良くも悪くもボクシングの練習や試合は厳しい。

 そうしたボクサー達が何ヶ月も練習や減量を重ねて、試合をするんだ。

 でも喜びだけじゃない。 やはりボクサーと云えど殴り合うのは怖い。

 だけどそういう自分の弱い部分を乗り越えて、相手と戦って勝つ!

 そこに何とも云えない喜びみたいなものがあるんだよ」


「……面白いこと云うわね」


「……今の話、面白かったか?」


「うん、そんな事云う同世代の男性はアナタが初めてよ!」


「そうなのか?」


「うん、そんな事云ったのはアナタぐらいよ」


 拳至は「そうか」と答えて、しばし黙考した。

 果たしてこの言葉を額面通りに受け取っていいのか。

 ある意味では異様に自惚れが強い発言とも云える。

 だが彼女の言動や態度から察するに比較的好印象な気はするが、

 ここでこれ以上この手の発言をするのは、自信家の拳至と云えど少し憚れた。


「あっ、アナタの先輩がまた押しているわよ」


「……そうか。 おっ!」


 リング上の南条は対戦相手のバンゴアンに連打を浴びせて、青コーナーに追いやっていた。

 鋭いラッシュだが、動きに無駄はない。

 そしてバンゴアンが苦し紛れの右ストレートを放つと、ヘッドスリップして回避。 

 逆に右ストレートのカウンターでバンゴアンの顔面を強打。


 強烈な右カウンターが炸裂。

 バンゴアンはたまらずもんどり打って背中からキャンバスに倒れ込んだ。

 レフェリーがカウントを数え始めるが、

 カウントが6になったところで青コーナーからタオルが投げ込まれた。


 5ラウンド2分34秒。

 それが正式のKOタイムとなった。

 

「流石は南条さんだ、世界ランカー相手にまるで苦戦してない」


「……先輩に挨拶しに行くの?」と、愛理。


「いやいいよ、オレがわざわざ労う必要もないさ」


「そう、じゃあ良かったらこれから軽く食事でもしない?」


「……いいのか?」


「うん、アナタさえよければ」


「……勿論いいさ」


「なら行きましょう」


「……ああ」


 そう云って拳至と愛理は後楽園ホールを後にした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] さすが南条さん! 剣持の憧れの先輩ですね! 剣持とそろって快勝おめでとうございます!
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