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第十六話 決戦はクリスマス(中編)


---剣持視点---



 十二月上旬。

 日本タイトルマッチを目前に控えたオレは松島さんに徹底してしごかれた。

 毎朝六時の10キロのロードワークに始まり、

 ジムワークでは縄跳び(ロープスキップ)3ラウンド、シャドーボクシング10ラウンド、

 サンドバッグ打ち10ラウンド、そして南条さん相手のスパーリング。


 流石のオレもこの猛練習の日々に疲労困憊気味だった。

 だがオレはそれでも全身を動かしながら、練習メニューを着々と消化する。

 「ハアハアハア」と呼吸を乱しながらも、手足を休めず動かす。 呼吸が苦しい。

 ラウンド終了のブザーの音が果てしなく遠く感じる。 まさに無酸素運動による心肺機能の圧迫。


 だがこの苦しみこそボクシングの境地。 実戦であればこの状態で殴り合うのだ。

 その疲労と苦痛は常人には耐えられないし、耐える意義も見いだせないであろう。

 しかしこの自分自身との戦いに負けるようでは、試合には勝てない。

 自らを限界に追い込み、自分の限界という壁を乗り越える。

 それができるかできないかは自分次第。まさに己との戦いなのだ。


「よし、南条と剣持はリングに上がってスパーリングの準備をしろ」


 松島さんが覇気のある声でそう宣告する。


「は、はい!」


 疲労感が残る中、オレはスパーリング用のヘッドギアとグローブを着けて、南条さんとのスパーに挑んだ。 お互い苦しい中、無我夢中に手を出す。 減量のピークでコンディションが最悪な南条さんだが、スパーが始まれば、果敢に前へ出てきた。 左右のフックを振り回して、ショートレンジからオレと打ち合う。


 オレも負け時とショートパンチを繰り出し、勢いに乗る南条さんの攻勢を防ぐ。

 オレは余力を振り絞り、足を止めて正面から南条さんと打ち合った。

 疲労と痛みで呼吸が乱れる。 ガードを上げる腕が重い。 気を抜くと足がふらふらする。


 しかしそれでもオレは耐えた。 南条さんの鋭い左ジャブを浴びながら、ただ前へと進む。

 そして相手の右を外して、懐に入り左ボディフックを打ち込んだ。 その衝撃で南条さんの表情が歪む。

 そこから追い打ちをかけるように、左右のフックを強引に振り回した。


 南条さんをロープに追い詰め、ガード越しに渾身のパンチを繰り出す。

 だが南条さんにも先輩としての意地がある。 左右のフックを受けながら、鋭く重いジャブをオレの顔面に叩き込んだ。

 激しい打ち合いで瞬く間に3ラウンドが過ぎる。


「あ、あ、ありがとうございました……」


 口の中が切れ、鼻から鮮血を流しながら、オレはヘッドギアとグローブを外した。

 ジム内には暑苦しい空気と練習生の息の荒い呼吸音。 サンドバッグやミットを打つ音が木霊する。

 だが誰もが苦しい中、誰一人逃げる事なく、厳しい練習で自分自身を苛め抜いていた。

 いいじゃん、こういう乗り嫌いじゃねえよ。

 などと思っていると、松島さんがこちらにやって来た。


「剣持、次の試合の対戦相手である霊宝れいほうジムの徳川とくがわの試合映像のDVDだ。 試合までによく観ておけ。 徳川は今までの相手とは違うぞ!!」


「は、はい。 分かりました。 ありがとうございます!」


 オレはそう返事して、松島さんからDVDを受け取った。

 そして十五分程、ストレッチしてからシャワーを浴びて、練習着から私服に着替えた。

 それから電車に乗って、自宅に帰宅する。


 披露の極地なのか、何度か電車内でウトウトしたぜ。

 そして部屋の鍵を開けて、部屋に入るなり、スポーツバックから

 バンテージや練習着を取り出して、洗濯機に放り込んだ。

 そして私服からスウェートに着替えて、ベッドに腰をかけた。


「ふう、流石のオレも最近の練習はキツいぜ。

 やっぱり高校の部活とプロの名門ジムは全然違うな」


 と、一人呟いて軽く身体を休ませた。

 ……。

 …………。


 あ、いかん、いかん。

 うっかり眠りそうになったぜ。

 とりあえず松島さんから受け取ったDVDを観るか。

 オレはノートパソコンの電源を入れた。


 そうだな、この際だから次戦の対戦相手の戦績でも見てみるか。

 え~と、今度の対戦相手の名前は確か徳川幸彦とくがわ ゆきひこだったな。

 オレは検索サイトで徳川幸彦と打ち込み、マウスをクリックした。


 お? 結構情報が出てきたな。

 え~と徳川の戦績は16戦14勝(10KO勝ち)1敗1分けか。

 ほう、なかなか良い戦績じゃねえか。

 ……ほう、どうやら唯一の負けは南条さん相手に挑んだ日本タイトルみたいだな。


 結果は7ラウンド2分10秒TKO負けか。

 へえ、南条さん相手に結構善戦してるじゃねえか。

 こりゃ想像以上に強そうだ。 どれ少し真面目に試合映像を観てみるか。



---------



「……普通に強いな」


 それがオレの素直な感想だった。

 徳川は身長176センチ、リーチも同じくらいの右構え(オーソドックス)(スタイル)

 得意なパンチは……全般的にどのパンチもレベルが高いな。

 強いて云うなら、左フックが特に鋭いな。

 ハードパンチャーというより、パンチのキレで勝負するソリッドパンチャーだな。


 攻防のバランスも優れており、穴らしい穴がないタイプだ。

 だがそれより気になる事があった。

 それは徳川の試合は結構流血戦になりがちなのだ。

 そしてその多くが徳川の頭突き(バッティング)よるものだった。


 まあ普通に観れば、偶然の頭突き(バッティング)に観える。

 だがオレの眼は誤魔化せない、これは狙ってやってるな。

 とはいえ普通に試合をしている時の方が多い。

 だがここぞという時に偶然の頭突き(バッティング)が目立つのだ。


 成る程、これは要注意だな。

 この件に関しては少し松島さんの意見を聞いてみよう。

 と、思った時に机の上に置いたスマホがぴこんと音を立てた。



 >今、時間いいかしら?


 と、愛理からラインメッセが届いた。

 なのでオレは――


 >ああ、いいよ


 と返した。

 するとスマホの着信音が鳴った。

 ちなみにオレのスマホの着信音は「ガイズ リターン」のメインテーマだ。

 なんて話はどうでもいいな。 とりあえず電話に出よう。


「はい、もしもし!」


『あ、剣持くん。 こんばんは!』


 と、愛理の声が聴こえてきた。

 今夜もいつものように、凜とした美声だ。


「ああ、こんばんは。 急に電話くれたけど、何か用でもあるのかい?」


『あら? 用がないと電話しちゃ駄目かしら?』


「い、いやそんな事はないさ……」


『じゃあ用件を言うわよ? 剣持くんの次の試合はいつかしら?』


「ん? 君はオレの試合の日時を聞く為にわざわざ電話くれたのかい?」


『そうよ? 可笑しいかしら?』


「……いやそんな事はないさ」


『でいつなの?』


「……十二月二十五日さ。 つまりクリスマスさ」


『え? クリスマスなのに試合するの?』


 彼女は少し驚いた感じにそう云う。

 まあそう思うのも無理はねえ、オレ自身そう思ってるからな。


「ああ、だから君に応援に来てもらうとなると、

 クリスマス以降の試合になるだろうな」


 オレはとりあえず無難な受け答えをした。

 だが電話口の向こうで彼女は「う~ん」と唸っていた。


「え? なんで悩んでるんだ?」


『いえ実は氷堂家ではイブとクリスマスに自宅でパーティーを

 開くのだけど、正直つまんないのよ!』


「ああ、オレの家でも似たような事してたよ。

 なんつーかご機嫌取りに夢中な連中だらけだよな」


『そうそう、でも笑顔だけど眼が笑ってないのよ』


「分かる、分かる」


『だからイブのパーティーは一応出るけど、

 25日は剣持くんの試合を観に行ってもいいかも?』


 ……。

 意外だな、愛理がこんな事を云うとはな。

 でもオレとしても拒む理由はない。

 いやむしろ大歓迎だ!


「ああ、大歓迎さ。 キミが来てくれるとオレも張り合いが出るよ!」


『そう? なら私も精一杯応援するわ』


「ああ、楽しみにしてるよ」


 その後、オレ達は他愛ない話をしばらくしてから電話を切った。

 そしてオレはスマホを机の上に置いて、ベッドに寝転がった。

 今度の試合も彼女が――愛理が観に来てくれる。


 こりゃ絶対に負けるわけにはいかねえな。

 そして彼女の前でカッコ良くKO勝ちしたいものだ。

 ならば明日からの練習も全力で頑張るぜ!!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 氷堂さんも試合見に来るなら俄然負けられないですね! 南条さんと2人でW勝利しかないですね! これは2人ともKOで最高の試合を期待します!
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