第十二話 剣持のデビュー戦
サークル入会後は比較的楽しい日々が続いた。
正直オレはこういうアナログゲームやテレビゲームは、
あまりした事はなかったが、いざやってみると楽しいものだ。
勿論、本業であるボクシングや学業は疎かにしていない。
特にボクシングはデビュー戦が決まったので、
今まで以上に気合いを入れて、練習に励んだ。
そして迎えた4月30日。
オレはいよいよプロデビュー戦を迎えた。
「どうだ、バンテージきつくないか?」
「いえこれで問題ないです」
オレはそう言って松島さんにバンテージを巻いてもらった両拳を軽く握りしめた。
うん、悪くない感触だ。
ちなみに今日のオレの対戦相手はタイ人だ。
戦績は忘れた。 まあとにかく凡庸な戦績だったと思う。
要するにオレのデビュー戦を飾るため、噛ませ犬として選ばれた選手だ。
まあわざわざタイから日本まで、僅かな金で噛ませ犬という
役割を演じに来たのは、少し気の毒だが、こっちも大事なデビュー戦だ。
悪いが勝たせてもらうぜ。
「剣持、軽くウォームアップしておけよ」
「はい、松島さん」
「ん?」
なんか松島さんが怪訝な表情をしているな。
オレは松島さんが視線を向けている方向へ視線を移した。
するとそこには知った顔があった。
「なんだ、君たちは?」
「あ、あ、あっ……お、オレ、け、剣持の大学の友達の藤城と言います!!」
「藤城くん、噛みすぎ! あ、自分も剣持くんの大学の友人の瓜生という者です。
試合前の剣持くんに激励に来たのですが、今お時間は大丈夫でしょうか?」
「ああ、剣持の友達ね。 それならいいよ。
ただしあまり時間はかけないようにな」
藤城、お前キョドり過ぎ!
後、瓜生。 お前やっぱり出来る奴なんだな。
松島さん相手にその対応は100点を上げてもいいぞ。
「よう、藤城、瓜生。 よく来てくれたな!」
「お、おう……剣持!」と、藤城。
「剣持くん、ホントにプロボクサーだったんだね」
「ああ、瓜生。 わざわざ応援にありがとな」
「し、しかしやっぱりプロボクサーってスゲえよ。
オレ、初めて後楽園ホールに来たけど、独特の雰囲気があるよな」
と、藤城。
「うん、ボクはあまり格闘技とか観たことないけど、
なんかドキドキしてきたよ。 ん?」
「ん? 瓜生、どうし――あっ!?」
「剣持くん、お久しぶりね!」
こ、この声は……!?
オレは声の聞こえた方向に視線を向けた。
すると両手で花束を持った氷堂愛理が控え室の入り口で立っていた。
白い清楚なブラウスと白いフレアスカートという白づくめのファッション。
「お、おう……久しぶりだな、氷堂……さん」
「無理にさんつける必要はないわ。 というか名前で呼んでもいいわよ」
「……あ、愛理。 ダメだ、なんか恥ずかしい。 やっぱり氷堂と呼ぶよ」
「ふうん、まあ好きにすればいいわ。
はい、これガーベラの花束。 花言葉は『希望』と『常に前進』よ。
あなたにぴったりの花言葉ね」
「そ、そうか? あ、ありがとう……」
オレはそう言って花束を受け取り、近くのベンチの上に置いた。
氷堂がこの部屋に入ってきたことにより、場の空気が変わった。
藤城と瓜生は無言状態、松島さんはいつもと変わらぬポーカーフェイス。
それと周囲の他のジムの選手とトレーナーも戸惑った表情をしている。
「とりあえず挨拶は終わったから、わたしは観客席へ行くわね」
「あ、ああ……」
「お、オレ達もそろそろ観客席に行くよ。 なあ、瓜生」
「う、うん。 剣持くん、頑張ってね!」
「あ、ああ……」
そう言って二人は控え室を後にした。
ふう~、なんか緊張したぜ。
しかし氷堂……愛理は大学生になって更に綺麗になったな。
正直今でも胸がドキドキするぜ。
「……おい、剣持」
「は、はい、松島さん」
「女にモテるのは良いことだが、ボクサーの本業は忘れるなよ?」
「は、はい! 勿論です!」
「じゃあオレからはそれだけだ。 試合前まで軽くウォームアップしておけ!」
「はい!」
そしてオレは控え室で軽くシャド-ボクシングで汗を流した。
「剣持選手、出番です。 リングインしてください!」
「よし、剣持行くぞ!」
「はい!」
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「青コーナー、ライト級~、133ポンド~、ポンチャイ・シーサワン」
「続きまして赤コーナー、ライト級~、134ポンド~、剣持拳至」
オレはリングアナに紹介されるなり、軽く右手を上げた。
すると観客席の観客達が歓声を上げた。
「剣持~、必ずKOしろよ!」
「剣持く~ん、頑張ってえ~」
「け、剣持! ファイトだぁっ!!」
おうおう、藤城が緊張しながらも大声で声援を送ってくれたぜ。
彼女――愛理も観てくれてるんだ。 ここは派手なKOで勝利を狙うぜ!
そしてレフェリーが試合前の注意を告げて、オレは自分のコーナーに戻った。
「デビュー戦だからとりあえずお前のやりたいように戦え!」
「はい、松島さん。 そうさせてもらいます」
「頭突きと肘打ちには注意しろよ!」
「はい!」
「じゃあ行って来い!」
そして試合開始のゴングが鳴った。
オレはそれと同時に両手のガードを堅めながら、全力でマットを蹴った。
突然のダッシュに対戦相手であるタイ人も戸惑っていた。
わざわざタイくんだりから来てもらって悪いが、
オレもデビュー戦なんでな。 だから勝たしてもらうわ!
オレは全力で左ジャブを突き出し、タイ人の顔面に命中させた。
よし、距離感は掴めた。 なら大砲をぶっ放すぜ!
そしてオレは腰を素早く回して、右ストレートを突き出した。
次の瞬間、右拳に確かな感触が伝う。
それと同時にタイ人が後方に吹っ飛び、背中から青いキャンバスに倒れ込んだ。
「ダウンッ! ――ニュートラル・コーナーへ!」
オレはレフェリーに言われるまま、自分のコーナーに戻ろうとしたが、
その前に相手陣営から黄色のタオルがリング上に投げ込まれた。
それによってオレのTKO勝ちが確定した。
「ただいまの試合は剣持選手の1ラウンド13秒TKO勝ちとなります!」
ほう、13秒か。 これは悪くない――
「うおぉっ!! 剣持! スゲえええっ!!」
「たった13秒かよ! マジ神ってるわ!」
「剣持~、必ず世界を獲れよ!!」
うおっ、観客席の観客達が一気にどよめいたな。
まあでもこういう風に騒がれのは嫌いじゃない。
だからオレは観客席に向かって、右手を振ってみせた。
なんせよ、これで無事デビュー戦を終えた。
とはいえあまりプロになったという実感はないな。
まあいいや、とにかく今は勝利の余韻に浸るか。
剣持拳至(聖拳ジム)【ライト級六回戦】デビュー戦 1ラウンド13秒TKO勝ち




