第八話 記者会見
入門二日目。
オレは聖拳ジムの二階の青いリングに腰掛けた状態で、
ボクシング記者、新聞記者に囲まれていた。
報道陣の数はけっこう居るな。
三十人ってとこか?
まあプロボクシングという競技においては、
かなり報道陣が集まったと云えるだろう。
さて、ここから先は発言一つ一つに気をつけねば!
「剣持くん、まずプロ入りの動機を教えてもらえないかな?」
「あ、それ、それ! ウチも聞きたい!」
「うん、うん」
最初に三十代と思われる男性記者がそう云うと、
周囲の記者達もそれに同調した。
まあこれは無難な質問だな。 だからオレも無難な答えを返す。
「そうですね、大学で世界選手権や五輪を目指すという選択肢もありましたが、やはり今しかできないと思って、プロ入りを決意しました」
「でもこう云っちゃなんだけど、剣持くんは特別な環境に居るじゃない?
なんでわざわざ苦労するのと分かってて、プロ入りを決意したの?」
成る程、まあそういう質問は当然来るよな。
また高校時代のオレはメディア相手に言いたい放題だったから、
オレの失言を誘っている節があるな。 でもそんな誘導尋問には乗らねえぜ。
「まあ確かに自分が人より恵まれた環境に居ることは認めます。 でも恵まれた環境に居るからといって、必ずしも本人が幸せとは限りません。 そして自分はプロの世界で自分の力を試してみたいのです。 それに成功すれば、自分は只の一個人――ボクサー剣持拳至になれる」
すると周囲の記者達が一瞬黙り込んだ。
でもオレは記者達が小声で「ほう」と呟く声を聞き逃さなかった。
今の発言で自分自身を護る予防線も張れたし、
記者達の興味を別に移せたと思う。 我ながら悪くない発言だったと思う。
「では憧れのボクサーや好きなボクサーは居ますか?」
「そうですね、自分はライト級でやるつもりなので、やはりデュラン! と云いたいところですが、ここはあえて故アルビアン・アイドラー氏の名をあげます。 理想としては彼のような四団体統一王者になりたいです」
「ああっ! アルビアン・アイドラーか!?」
「確かに彼は凄かった! 彼はまごうことなき天才だったね!」
「ああ、確かに彼と剣持くんは少し似てるね!」
と、記者達が口々と感想を漏らす。
ちなみにアルビアン・アイドラーは世界タイトル三階級制覇。
更にはライト級で四団体統一王者となり、
二十六歳の若さで交通事故により、四年前に他界した天才ボクサーだ。
最終戦績三十六戦三十六勝三十二KO勝ちというパーフェクトレコード。
オレが中学生の頃には、よくアイドラーのヒットマンスタイルを真似たものだ。
昔の世代のアイドルが「デュラン」ならば、
オレの世代、というかオレのアイドルが「アルビアン・アイドラー」だ。
「ならば彼のようになるなら、早く世界タイトルを奪取したいところだね。
剣持くんの理想としては、何戦目で世界タイトルを取りたいのかな?」
ああ、これもある種の誘導尋問だな。
でもこの罠に嵌まるほど、オレは馬鹿じゃない。
「自分はまだデビュー前のボクサーでしかありません。 まずはプロテストに合格。 そしてデビュー戦に勝利、それから日本、東洋タイトルを目指したいです。 とにかく自分としては、一戦一戦やっていくだけです」
「でもやはり早く世界を獲りたいというのが本音じゃ?」
やれやれ、しつこいな。
でもその手には乗らねえよ、それにコレは『ライト級』の話だ。
「勿論、そういう気持ちはありますが、世界のライト級は激戦区です。 日本人である自分がその激戦区に飛び込むには、プロのリングで何戦も経験を積む必要があると思ってます」
「成る程、意外と自分を客観視してるんだね~」
「うん、うん、なんか剣持くん。 高校生の時とは違うね」
「うん、なんというかだいぶ大人になった気がするよ」
うむ、悪くない反応だ。
まあ少し意地悪な質問も多い気がするが、
オレ自身が蒔いた種だからな。 だからそのけじめは自分でする。
とにかくボクサー、いやアスリートはメディアを敵に回してはいけない。
理想はメディアから愛されるキャラになるべきだが、
オレもそこまで自分を曲げようとは思わん。
だがメディアに嫌われないようには努力する!
「じゃあ練習環境に関しては?」
「正式に練習するのは、明日からですが、とても綺麗な近代的なジムと思います。 また聖拳ジムには、軽量級から中量級まで強い選手が揃っていますので、スパーリングパートナーにも恵まれた練習環境だと思います。 これ程、恵まれた練習環境は、日本ではそうはないでしょう」
するとオレの近くに立っていた本山会長が「ほう」と云って、微笑を浮かべた。
そうアピールするのは、自分だけじゃない。
ちゃんと所属ジムのアピールもしないとな。
それに指導者陣に嫌われるわけにはいかないからな。
だから褒めるところは褒めるよ。 そこは大人になるさ。
「ではプロになるにあたって課題はあるかな?」
この辺は普通の質問だな。
これは普通に本音で返しても問題ないな。
「やはりアマチュアとプロでは、ルールが違ったりする部分が多いので、トレーナー陣のアドバイスを良く聞いて、一日でも早くプロボクシングに慣れたいですね。 ですが自分がアマで築き上げた経験も上手く生かしたいですね」
「ふむふむ、じゃあ最後の質問! どんなボクシングでファンにアピールしたいかな?」
まあこれも無難な質問だな。
でもここの返答は大事だ。
だからオレは予防線を張りながらも、自分の信条を打ち明けた。
「やはり試合をやるからには、KO勝ちに拘りたいですね。 ですがプロのリングで全試合KO勝ちできる程、甘くないのは重々承知です。 なのでアマチュアの基本的スタイルを残しつつ、プロボクシングでも通用するスタイルを確立したいです!」
「では質問は以上となります。 剣持くん、ありがとうね!」
「いえいえ」
ふう、まあ一応及第点の出来の記者会見だっただろう。
しかし正直疲れたな。 これからは試合が終わる度に
こんな感じが続くのか? なんか試合より疲れそうだぜ。
でもそれは注目されているからとも云える。
名もなき四回戦、六回戦ボクサーからすれば、
恵まれた、妬ましい状況と云えるだろう。
まあ周囲の記者達も――
「彼もなんか大人になったね」
「なんか少し応援したくなったよ」
とか悪くない反応をしている。
まあしかし高校時代のオレはかなりアレな性格してたなぁ。
でもオレももう少しで大学生兼プロボクサーになる。
だから色々と考えて物を云う必要があるな。
――などと思っていると、後ろから誰かに背中を軽く叩かれた。
「剣持、良い記者会見だったぞ!」
「あ、本山会長。 お疲れ様です!」
「練習は明日からだから、今日は早い目に寝ろよ!」
と、松島さんがぼそりと云った。
「はい、少し疲れたので今日はゆっくり寝ます」
さて明日からいよいよ聖拳ジムで練習か。
プロの練習がどんなものかは興味あるが、
オレも高校五冠王、物怖じせず自分の力を見せてやるぜ!
そしてオレは電車で自室に帰宅して、
シャワーを浴びてから、軽くストレッチしてから寝床についた。