第四話 あの野郎、ぶっ殺す!!
オレは国体が終わってからは、ひたすら勉強に力を入れた。
まあ時々、ボクシングの軽めの練習もしているが、
あくまで気分転換と体重維持の為にやっているに過ぎない。
そんなわけでしばらく勉強三昧の日々が続いた。
そして気が付けば十二月の下旬。
期末試験も終わり、もう少しで冬休みだ。
というかアレだ、今日はクリスマスイブじゃねえか。
まあでも受験生のオレには関係ない。
いやそもそも例年でもイブやクリスマスにしゃいだりしない。
小学生から中学生くらいまでは、家で豪華なクリスマスパーティーを開いていたが、高校生になると部活三昧になったので、その手のパーティーもやらなくなった。 でも寂しいとは思わねえ。 こういう時に頑張れる奴が強いんだ。
……決して強がりじゃねえぞ?
まあ一応、取り巻き連中の女子から、イブやクリスマスで遊ぼうと言われたが、
そこは丁重にお断りした。 なんつうか最近はアイツらとも距離を置いている。
案外オレは孤独が好きなのかもしれないな。
「はぁ~、少し疲れたな。 軽く休憩するか」
オレは勉強机の椅子に座ったまま、大きく伸びをした。
するとその時、机の上に置いたスマホがピコンと音を鳴らした。
誰だ? あっ……。
>こんばんは、メリークリスマス! 今、お暇かしら?
というメッセージが氷堂愛理から送られてきた。
……彼女からこんなメッセが来るとは意外だな。
まあ今までも時々メッセやメールのやり取りはしていたが、
電話に関しては全然していない。 とりあえず返事するか。
>メリークリスマス! 暇だよ?
と、無難なメッセージを送った。
すると三十秒くらいして、またスマホからぴこんと音が鳴った。
>良かったら電話しない?
……彼女からこう言うのは珍しいな。
でも断る理由はない。
>ああ、いいぜ
そうメッセを返してから、三十秒くらい後にスマホが振動した。
間違いない、彼女からの電話だ。 オレは軽く深呼吸して、
スマホのスピーカーに耳を当てた。
「……もしもし?」
『剣持くん、こんばんは」
「ああ、こんばんは」
『……何してたの?』
「そりゃ勉強だよ。 もうすぐで入試だからな」
『なら私と同じね』
「急に電話なんかして、どうかしたのか?」
『……迷惑だったかしら?』と、少し声のトーンを落とす氷堂。
「い、いやそんなことはないぞ」
『そう、なら良かった。 私も少し退屈してたのよ。
だから急にアナタの声が聞きたくなったから、電話したの」
「そうか、まあ今日はイブだしな」
『剣持くんは何か予定あったの?』
「いや受験生だから、部活引退後は勉強三昧の日々さ」
『私と同じね。 大学は何処を狙ってるの?』
「とりあえず地元の国立も受けるけど、本命は東京の国立だな」
『へえ、アナタ、東京へ来るつもりなの?』
オレは元は東京の人間だからな。
でも本当の理由はアンタに会いたいからだ、などとは言えないな。
「ああ、やはり東京は日本の中心だからな。
それに元々オレは東京生まれだ、元に帰るだけさ」
『ふうん、ちなみにどの大学を受けるの?』
「一応。T大学も受けるが流石に厳しいだろうな。
だから本命はH橋大学になると思う」
『ふうん、ところでアナタ、大学へ行ったら、
ボクシングは続けるの? 止めるの?』
意外だな、彼女の方からボクシングの話題を振るとはな。
でもここは本当の事を伝えておこう。
「多分、続けるよ。 でも大学ではやらないかも?」
『ん? それじゃ競技としてではなく、趣味でする気なの?』
「いや実はこの間、東京の名門ジムからスカウトされたんだよ。
だからボクシングを続けるとしたら、プロボクサーになると思う」
『ぷ、プロ!?』
「ああ、契約金も一千万用意してくれるみたいだ」
『へえ、凄いのね』
「そうでもないさ。 ところで野郎――雪風はどうしている?」
オレは気になっていた事を訊いてみた。
すると氷堂は「う~ん」と小さく唸ってから、こう言った。
『可愛い彼女とラブラブみたいよ。 ボクシングはもう辞めたっぽいわ。
というか剣持くん、雪風くんのことが気になるの?』
「……まあ野郎には二度も負けたからな。
機会さえあれば、今すぐにでもリベンジしたいくらいさ」
『へえ、そういうところは男らしいのね』
「そ、そうか?」と、オレは少し照れた感じでそう答えた。
すると彼女は電話越しでも分かるように、クスりと笑った。
『アナタでも照れることがあるのね』
「よ、よせよ。 からかうような事は言わないでくれ」
『でも少し意外ね。 リングの上ではあんなに強かったアナタが
私の言葉で動揺するなんて少しおかしいわ。 うふっ』
「……まあいい。 そうか、雪風はもうボクシングはやらないのか」
と、オレは話題を変えて、誤魔化そうとした。
『そんなに気になるなら、今度、雪風くんに聞いておくわ』
「あ、ああ……頼むよ」
『でも雪風くんはねえ~。 リング上では凄いけど、普段は結構アレな人よ?』
「ん? 例えばどんな感じに?」
『う~ん、なんか子供っぽいわね。 後、空気が読めない、それにデリカシーもないわ』
雪風、ボロクソに言われてるな。 少し同情するぜ……。
『私の身体的特徴の悪口も言ったし……』
と、彼女はやや恨みがあるようにそう言った。
「え? どんなこと言われたんだい?」
『……私の胸を見て『洗濯板』だって』
……。
「……マジなのか?」
『……うん、本当よ。 ね、最低でしょ?』
「あの野郎、ぶっ殺す!!」
『きゃ、きゃっ!?』
オレは気が付けば、大声でそう叫んでいた。
それと同時に激しい怒りが沸いてきた。
なんだ、なんだ、なんだぁ。 雪風、よおぉ~。
オレはお前の事を買っていたが、見損なったぜ。
お前は少し人と違うタイプと思っていたが、
どうやらそれはオレの買いかぶりだったようだな。
『ちょ、ちょっと! 急に大声出さないでよ!?』
「あ、あっ……すまん」
『でも少し嬉しいわ。 私の為に怒ってくれたのよね?』
「ま、まあな」
『剣持くん』
「……なんだい?」
『同じ大学へ行けるといいわね』
「ああ、そうだな」
『じゃあ、そろそろ切るわね。 またね、剣持くん」
「ああ、おやすみ」
オレはそう答えて、電話を切った。
ふう、侘しいクリスマスと思っていたが、
彼女のおかげで気持ちが随分とほぐれたぜ。
同じ大学か。
ちょっと本気でT大目指してみるか。
にしても雪風の野郎、彼女になんてことを言うんだ。
というか大きい、小さいなんてどうでもいいんだよ。
え? 何の話って? いや分かるだろ?
ま、まあそんなことはどうでもいい。
とりあえず寝る前にもう少し勉強するか。
そしてオレは睡魔と戦いながら、夜遅くまで勉強した。