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エピローグ

 

 エピローグ



「雪風先輩、来栖先輩、神宮寺先輩、苗場先輩ご卒業おめでとうございます!」



 卒業式。

 卒業式と最後のホームルームを終えた俺達四人は、

 校庭で陸上部の二年生である竜胆美雪に卒業祝いの

 言葉を浴びせられた。


「ああ、ありがとな」


「皆さん、全員同じ大学に進学されるんですよね!」


「ああ、まあ俺と来栖が文学部の史学科で、

 里香と早苗ちゃんは英文科だよ」


「いいなぁ~。 皆で一緒の大学~。 羨ましい~」


「ならお前も同じ大学来るか?」


「名案ですね! でもわたしの成績じゃ先輩たちの大学はちょい厳しいかも」


「まだ一年あるじゃねえか、頑張ればなんとかなるよ」


「そうですね、じゃあ一年後に先輩たちの後輩にまたなれるように、

 わたしも少し頑張ります! それじゃわたしはこれで失礼します!」


「おう、竜胆。 またな!」


 そう言葉を交わすと、竜胆はこの場から去って行った。

 思い返せばあっという間の三年間だったな。

 特に三年生の一年間は本当に早く感じた。


 俺はあの試合――選抜大会の決勝戦後、正式にボクシング部を退部。

 それから里香と付き合いだして、毎日登下校を一緒にしたり、

 昼飯を一緒に食ったり、放課後、図書室で勉強したり、

 休日に二人で遊びに行く、などと二人の時間を共有した。


 ちなみに来栖と早苗ちゃんに真っ先に打ち明けたが、

 二人は俺達の交際を心の底から祝福してくれた。

 ん? いつの間にか、早苗ちゃん呼ばわりだって?

 まあこの一年で彼女とも随分仲良くなったからな。

 だからいつまでも苗字でさん付けもアレなんでな。


「雪風!」


 ん? 不意に呼ばれたので声の聞こえた方向へ向く。

 するとそこにはボクシング部の新島と香取が立っていた。


「よう、新島、香取!」


「……久しぶりだな、雪風」と、軽く右手を上げる香取。


「……まあな」


「……右拳の方はもう大丈夫なのか?」


 と、新島が控えめに聞いてきた。

 だから俺は右手を握ったり、開いたりみせた。


「この通り問題ないぜ」


「そうか、それは良かった」


「……ああ」


 香取に言葉に新島もそう同調する。

 すると香取が左手で自分の頬を掻きながらこう言った。


「俺と新島はスポーツ推薦で大学へ進学するよ。

 雪風は受験で大学に合格したんだよな?」


「おう、一応な」


「そういや剣持が東京の大学に進学するらしいぜ。

 まあ財前は公約通りボクシングは高校で辞めて、

 大学は東京の音大へ進むらしいけどな」と、香取。


 まあそれに関してはちょいと噂を耳にしたことがある。

 ちなみにあの後のインターハイ、国体の結果だが、

 剣持はインターハイに出場せず、

 高校生ながら全日本選手権に出場して見事に優勝。


 そして剣持が出場しないインターハイで、 

 財前が圧倒的な力で全国の強豪を倒し、見事に二連覇を果たす。


 そして二人は秋の国体の決勝で再戦したが、

 結果は剣持の2ラウンドRSC勝ちという結果に終わった。

 結局、剣持が五冠、財前が二冠、そして一応、俺が一冠という

 感じで俺達の世代のライト級のタイトル争いは幕を閉じた。


「……そうか」


「……お前はもうボクシングをやらないのか?」と、新島。


「ん~、まあそうなるだろうな」


「……そうか、でも勿体ねえよ」


「まあ新島。 それは俺達が口を出す問題じゃねえよ。

 じゃあな、雪風。 俺達はもう行くよ!」


「おう、新島、香取! また何処かで会おうぜ!」


 俺達はお互いに手を振り、別れの挨拶を済ませた。

 まあなんだかんだでボクシング部に所属して良かったよ。

 そう思えた瞬間であった。


「健太郎って意外に人気あるよね」


「うん、健太郎くんってなんか人を引き寄せる何かがあるね」


 里香と早苗ちゃんがそれぞれそう口にした。

 ちなみに早苗ちゃんもいつの間にか「健太郎くん」と呼ぶようになっていた。


「……あっ」


「ん? 早苗ちゃん、どうしたん?」


 俺は早苗ちゃんの視線を目で追った。

 その視線の先には、氷堂愛里が胸の前で両腕を組んで立っていた。

 俺の視線に気づいた氷堂は、すたすたとこちらに歩み寄って来た。


「雪風くん、お久しぶりね」


「おうよ、生徒会長」


「わたしはもう生徒会長じゃないわよ」


「ああ、そういえばそうだな。 で? 俺に何か用?」


 すると氷堂は右手で自分の綺麗な黒髪を掻き揚げた。


「いえせっかくの卒業式ですから、最後に何か話そうと思ったのよ。

 雪風くんはM大に進学するのよね?」


「ああ、そうだよ。 そういう生徒会……氷堂さんはT大でしょ?」


「ええ、そうよ」


 そう、この女は現役であの国内最高学府の一つT大に合格したのだ。

 この辺りは流石というしかねえ。

 少々タカビーな女だが、やはり飛び抜けた頭脳の持ち主なのは事実だ。


「それで? それ以外に何か用あるの?」


「そうね、雪風くん。 あなた、大学ではボクシングやらないのかしら?」


「ん? ああ、多分やらないと思うよ」


「そう、それは剣持くんが残念がりそうね。

 ちなみ剣持くんは今年の春から東京の国立大学に通うわよ」


 へ? なんでこの女がそんなこと知ってるの?


「へえ、そうなんだ。 でもなんで氷堂さんが知ってるの?」


「まあ彼とはちょこちょこ連絡を取り合ってるのよ。

 だから剣持くんからあなたがボクシングを大学でやるか、

 どうか聞いて欲しいと頼まれていたのよ」


 へえ、意外な組み合わせ……でもねえか。

 氷堂も剣持もお嬢様、お坊ちゃまだからな。

 案外、この二人はお似合いかもしれん。

 まあとりあえず差し障りのない返事でもしておこう。


「まあやらないよ、多分。 でも剣持が大学でボクシングを

 続けるなら、陰ながら応援するよ」


「そう、じゃあ彼にそう伝えておくわ。 じゃあね、雪風くん」


「うん、氷堂さん。 さようなら」


 まあ彼女とはもう会うこともねえだろうな。

 そもそも住む世界が違うからな。

 まあいいや、俺は俺で我が道を突き進むまでさ。

 

 それから俺達は何枚か四人で写真を撮った。

 その最中、去年帝政に入学した妹の渚とその友達が

 来栖に写真撮影や「ボタンください」とお願いしていた。

 ちなみに俺のボタンは大半が里香、残りは早苗ちゃん、

 竜胆、そして幼馴染の美奈子にあげたので、もう一つもない。


「いやあ、いっぱい撮ったわね」


「うん、どうする? このまま学校に居る?」


 里香の言葉に頷き、早苗ちゃんがそう言った。

 すると里香は首を傾げて「う~ん」と唸ったが――



「……じゃあそろそろ帰りましょうか?」


「うん、でもわたしは親と一緒に帰るから」


「俺も母さんを待たせているから、そろそろ行くね」


 里香の提案に早苗ちゃんと来栖がそう返した。

 さりげなく俺と里香が二人っきりになるようにしてくれたな。

 もう本当にこの二人には頭上がらないわ。

 大学でも仲良くしてくれよな。 いやマジでさ。


「そう、じゃあ健太郎。 そろそろわたし達も行く?」


「ああ」


 俺はそう返事して、鞄を背負い歩き出すと、里香が横に並んだ。

 まあ最近ではこういう風に二人で帰っていたが、

 ほんの一年前からすれば、俺達の関係も随分変わったものだ。

 そしてこれが高校の通学路を歩く最後の機会なんだな。


 そう思うとなにかしんみりとした気分になった。

 それは里香も同じようみたいだった。


「……もうこうしてこの通学路を歩くこともないのね」


「ああ、そうだな」


「……ちょっと寂しいね」


「まあな、でも春から新しい通学路を歩くじゃねえか」


「……まあそうだけどね。 ねえ、健太郎」


「ん?」


「……大学に入学しても、もう本当にボクシングをやらないの?」


 と、里香がこちらをちらちら見ながら言った。

 この台詞もこの一年間で何回か言われたな。

 まあ里香なりに俺に気を使ってくれてるのだろう。

 とはいえ里香にその不安な気持ちを抱えさせたままなのもよくない。


「うん、もうボクシングはいいよ」


「……ホント?」


「ああ、やっぱり憎くもない相手と殴り合うのは、

 色々と疲れるわ。 だから大学ではお気楽なサークル

 とかに入りたいな。 それとバイトも色々したい」


「そっか、良かった……」


「ん? 何が?」


 すると里香は真面目な表情でぽつりぽつりと語りだした。


「……一年前のあの決勝戦を覚えている?」


「ああ、流石に忘れねえよ」


「あの時、リング上で激しく戦う健太郎を見て、

 わたしは健太郎が何処か遠くへ行っちゃうような気がしたの。

 なんというか戦いばかりの世界へ行く、とか思ったの」


「……そうか」


 なる程、里香はそういう風に感じていたのか。

 そしてそれはあながち間違ってない。

 何故なら俺自身がそれを強く感じたからだ。


 俺があの試合以降、リングを降りたのもその辺が関係している。

 本音を言えば、剣持に勝ったあの瞬間は天にも昇るような気分になった。

 なんというか「俺はこの瞬間の為に生きてきた」みたいな錯覚も覚えた。


 だがそれは全て幻想なのだ。

 いや幻想でなく、実際にリングで夢を掴むボクサーも多々と居る。

 だがどんな夢もいずれ覚める。 良い夢も悪夢もな……。


 だから俺はある意味、一番良いところでリングという舞台から降りた。

 まあ平たくいえば、俺は良い感じで勝ち逃げしたのさ。

 でもその選択肢自体は間違ってなかったと思う。


「まあ実は俺自身それを感じていたよ……」


「……そうなの?」


「ああ、でもあそこでリングを降りて、正解だったと思う。

 こうして可愛い彼女も出来て、志望校にも合格できたからな」


「……そっか、じゃあ健太郎は何の為にボクシングしていたのかな?」


「……」


 なんか難しい質問がきたな。

 でもこれは真面目に答えるべきだろう。

 俺はしばらく黙考して、自分の考えをまとめた。

 そして一つの結論に達したので、ありのままそれを語った。



「……そうだな、多分大人になりたかったんじゃないかな」



「……それどういう意味?」


「……前にさ、ボクシングを始めた理由は中学の頃に

 嫌な奴にボコボコにされたからって言っただろ?」


「……うん」


「……最初はさ、俺も強くなってあの野郎――川島をぶっ倒す、

 いやぶっ殺してやろうか、とばかり考えていた。

 でもさ、すぐにそんな事どうでも良くなったよ」


「……どうして?」


「ん~、なんというかさ。 ボクサーって殴り合うのが

 仕事みてえなもんだけど、不思議と殴り合っている時も

 殴り合った後も憎しみみたいな感情はねえだわ、これが不思議とさ」


「……うん」


「多分皆、真面目に真剣にボクシングしているからなんだろうけどさ。

 でもそういう人ばかりに囲まれているうちに、

 『俺もこの人達みたいになりたい』みたいな事を思ってさ。

 とにかくがむしゃらに練習したよ。 そうしたらいつも間にか

 自分だけでなく、周りも変わっていた。 だからどうしようもない

 性格の俺が成長するには、この世界しかないと思ったりしたよ」


「……そうなんだ」


「でもそれも終わりさ。 まあこの一年間で自分なりにアレな性格は

 変えたつもりだけど、まだまだ俺にはアレな部分があると思う。

 だけど来月からは俺も大学生。 だから少しづつ変えていくよ」


「……うん、わたしももっと大人になるよ」


「おう、一緒に共に歩いていこうぜ」


「うん!」


 そう言葉を交わし俺と里香はお互い見つめ合う。

 里香が大きな瞳で俺を見つめる。

 俺も同様に彼女の可愛らしい顔を見据えた。



 こうして、俺の人生に一区切りがついた。

 そこそこのスペックだが、性格がアレで彼女できない男に

 彼女が出来たことにより、ようやく心が山猫レベルから卒業できた。


 だがこれで俺の物語が終わったわけではない。 

 むしろこれからが本番であろう。

 そう、俺の高校生活は終わったが、人生はまだまだ続くのだ。


 そしてこれからは一人でなく、二人で歩んでいくつもりだ。

 もう過去は振り返らない。 

 自分の感覚だけで喋ったりすることもやめる。

 そして俺はもう独りじゃない。 

 俺には彼女が――里香が居る。



 そして俺は里香と肩を寄せ合いながら、

 高台にある公園から、この街を一望した。

 今後、俺達には様々な事が起こるだろう。 

 だが俺――俺達の胸は希望と幸福感に満ちていた。

 それがいつまで続くかはわからない。



 だが今この瞬間――俺に触れる温かい感触は本物であった。

 そして今この瞬間、俺は――俺達は確かに幸せであった。




 エピローグ終

 そこそこのスペックだけど、性格がアレで彼女できない男・おわり



これにて『そこそこのスペックだけど、性格がアレで彼女できない男』は完結です。

最後はややシリアス寄りでしたが、

やはり最後は自分の書きたいものを書き、このようなラストになりました。



この作品は所謂『空気の読めない』男主人公の物語ですが、

主人公の雪風健太郎は物語序盤から、まったく空気が読めないわけではありません。

でもやはりKYというか、アレな性格なんですが、

作者としてはそれを面白おかしく書いたつもりです。


そしてそんなKYな主人公が成長する物語でもあります。

まあ更に主人公のライバルが更に輪をかけてアレだったりするんですが、

基本的に主人公とライバル以外は空気を読めるキャラにしたつもりなので、

主人公もライバルもアレな性格ながら、時にコメディ調に、時にスポコン調に

自分の書きたいものを書けたので、個人的には満足しております。



ブクマや評価、ご感想は本当に励みになりました。

そのおかげでなんとか最後まで書くことができました。

これも全て読者の皆様のおかげです!



最後までお読みになっていただき、本当にありがとうございました!!



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― 新着の感想 ―
[良い点] お疲れ様でした! とても熱い物語でした! 個人的には剣持のスピンオフが読みたいです!
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