第六十七話 決勝前夜
累計6000PV達成!
これも全て読者の皆様のおかげです!
「健太郎、おめでとう!」
「雪風くん、おめでとう!」
「決勝だなんて健太郎凄いよ!」
「あいあい、みんなありがとうな」
と、里香、苗場さん、来栖がお祝いの言葉を言ってくれた。
俺は曖昧に返事して、ウーロン茶の入ったグラスを軽く掲げた。
ちなみにここは宿泊先の旅館から比較的近い場所にあるファミレスの
窓側のテーブル席だ。
俺、里香と並び、対面に来栖と苗場さんが座っている。
「健太郎、決勝進出祝いに何か奢ってあげるわよ!」
「里香、ありがとよ。 でもこの後、旅館で夕食を食うし、
明日も計量あるから、念の為に飲み物以外口にしないでおくよ」
「そう? 減量ってやつ?」と、里香。
「まあな、アマチュアでは大会期間中はほぼ毎日計量するんだよ」
「雪風くん、体調の方はどうなの?」と、苗場さん。
「ああ、それは問題ないよ。 正直今日の試合が思ったより
楽に勝てたからな。 これなら明日の決勝戦も万全のコンディションで
戦えそうだよ」
「そう、それはよかったわ」
「しかし全国大会の決勝戦に勝ち残るなんてね。
健太郎、凄いね。 俺も友達として鼻が高いよ」
「そういや来栖はこの後どうするんだ? まさか日帰りか?」
「いや安めのビジネスホテルに泊まるよ。
一泊七千円だから、交通費と合わせてバイト代でまかなえるよ」
わざわざバイト代を使ってまで応援に来てくれるとはな。
来栖の家はあまり経済事情が良くないのに、
俺の為にその貴重なバイト代を使うのは嬉しい反面恐縮する。
「そうか、まあならせっかくだから皆に優勝する姿を見せてえな……」
「……優勝か。 できたら凄いね」と、ぼそりと呟く里香。
「うん、でも相手の人ってとても強いのでしょ?」
俺は苗場さんの問いに「ああ」と頷いた。
「でも夏のインターハイでは勝ってるんでしょ?」
「いや来栖、あの時とは事情が違う。
野郎――剣持の奴は更に成長してやがるよ。
とはいえ俺もそう簡単には負けるつもりはねえけどな」
「凄い自信だね。 何か秘策でもあるの?」
「……ないわけでもない」
「へえ、健太郎も色々考えているんだぁ」
「まあな」
そう秘策はあるにはある。
だが恐らく使えるのは、たった一回だろう。
それも前提条件として、剣持をかなり追い詰める必要がある。
その為には、奴を疲労させて、ポイントを奪う必要がある。
まあその辺りのことをこの三人に説明しても、
あまり意味が分からないだろうし、念の為に何も言わないでおく。
この三人がべらべらと他人に喋ったりするとは思わないが、
用心するに越したことはない。
「んじゃ俺はそろそろ旅館に帰るよ。 じゃあな」
「健太郎、もう帰るの?」と、里香。
「ああ、早い目に飯食って風呂入って寝るよ」
「そう、じゃあまたね!」
「雪風くん、お疲れ様!」
「健太郎、明日頑張ってね!」
「ああ」
そして俺はファミレスから徒歩で宿泊先の旅館へ戻った。
歩く事、十五分。 旅館に到着。
それから一風呂浴びて、少し量を減らした夕食を食べた。
ちなみに既に敗退した新島と香取も雑用及びサポート役として
残っていた。 こいつ等の為にも優勝しないとな。
「監督、今大会の剣持の試合をビデオで録画してませんか?」
「ああ、それならしているぞ。 二回戦と準決勝、どちらもあるぞ。
というか新島と香取がお前の為にわざわざビデオカメラで撮影
したんだぞ? DVDにも焼いたし、二人に礼を言っておけ!」
「マジで? 悪いな、新島、香取」
「……いや気にするなよ」と、新島。
「まあ俺達も部員の中から優勝者を出したいからな」と、香取。
「……そうか」
そういや最近新島の態度が随分軟化した気がする。
少なくとも前のように露骨に無視したりはしない。
まあそれを指摘すると、少し微妙な空気になるのが
分かっているから、あえて口にはしねえけどな。
でもなんというかこの二人の好意は無駄にはできないぜ。
「じゃあ後で監督とこの三人で剣持の試合の映像観ませんか?
というか観てくれると助かります」
「ああ、いいぞ。 なら飯食い終えて、一休憩したら俺の部屋に来い!」
「はい!」
二十分後。
俺達は夕食後の歯磨きを終えてから、忍監督の部屋へと向かった。
俺は監督の部屋のドアを左手で軽くノックする。
「雪風達か?」
「はい」
「入っていいぞ」
「失礼します!」
忍監督は十二畳の部屋に、形ばかりの顧問である現国教師の
真中敏郎先生と相部屋だった。
真中先生は俺達が部屋に入るなり、
「や、やあ」
と、言いながら視線を泳がせた。
まあこの先生、少し気が弱いからな。
貧乏クジでボクシング部の顧問になったが、
普段の練習にはほとんど顔を出さないからな。
「まあ男ばかりだ。 お前等も気楽でいいだろう」
「はい」
「んじゃ真中先生、少しの間テレビを使わせてもらいますよ?」
「ええ、忍先生。 どうぞ……」
そう言って忍監督はテレビに設置されたDVDレコーダーに
剣持の試合を録画したDVDを挿入した。
やや間があって映像が映し出されたが、まあ問題なく観れた。
素人が撮っているので、時々画面がブレるがまあ許容範囲だ。
とりあえず俺は黙って視線をテレビの画面に釘付けさせた。
まず二回戦は剣持の1ラウンド58秒RSC勝ち。
この試合に関しては、試合開始早々から剣持が猛ラッシュを
かけて、ほぼ一方的に攻めてのRSC勝ちだ。
故にこの試合に関しては、あまり参考にならない。
続いて準決勝の試合を観てみたが、
こちらも基本的に剣持が一方的に攻めている。
相手の選手も悪い選手じゃないが、やはり地力に差がある。
とはいえなんとか耐えて、2ラウンドまで生き残っていた。
「相変わらず豪快な攻め方だな。 基本的にワンツーから
左右のフックに繋ぐ感じだ。 まあ高校生のアマチュアボクシング
にしては、やや強引だがこういう攻め方は疲労が激しいぞ」
と、画面を観ながらそう呟く忍監督。
「まあそれは奴も百も承知でしょう。
俺が観たいのは、奴がアレを――デンプシーを出したかです」
と、俺が口にすると香取がこう付け加えた。
「ならもう少し画面を観てろよ」
「ん? あ、ああ……分かったよ」
俺は言われるがままテレビ画面を真剣に凝視した。
すると剣持は相手が苦しまぎれに放った右ストレートを外して、
左ボディフックで相手の肝臓を強打。
そこから疾風怒濤の勢いで左右のフックの乱打を浴びせた。
至近距離から、身体で八の字を描き、左右のフックのつるべ打ち。
二度、三度と相手の顔と身体が激しく揺れた。
そしてレフリーがすかさずスタンティング・ダウンを取るが、
その頃には相手は完全戦意喪失しており、
数秒後にレフリーは剣持のRSC勝ちを宣告した。
「……お前の目から観てどうよ?」
「そうだな、一見すれば左右のフックのつるべ打ちだが
デンプシーといえばデンプシーだな。
だがこうして実際に観てみると、わりと地味な技だな」
俺は香取の質問に思ったまま答えた。
すると忍監督も「うむ」と頷いて、こう言った。
「まあ現実の世界でそんな規格外の技など存在しないからな。
俺達の生きる世界は漫画のように都合の良い世界じゃない。
とはいえ単純なコンボだが、効果的なのは事実だ。
雪風、お前としてはどう戦うつもりだ?」
まあこの辺は監督の言う通りだな。
そんな都合の良い大技などこの世に存在などしない。
結局、大事なのは日々の地味な努力の積み重ねだ。
とはいえピンポイントで相手の急所を狙うエグいコンボだ。
こんなものを連打で喰らえば、あっという間にRSC負けだ。
「そうですね。 やはり前に言ったように距離を取って、
左ジャブで剣持の前進を食い止めるのが一番効果的ですね。
多分、剣持は夏の雪辱戦といわんばかりに強引な接近戦を
仕掛けてくるでしょうが、序盤は奴のその攻撃性を利用します」
「ん? どういう風に利用するんだ?」
新島がいまいち釈然としない表情で首を傾げた。
まあ無理もねえ反応だ。 だから俺は論理的に説明した。
「いやさ、剣持の立場からすれば一秒でも早く俺をぶっ倒したい
わけだろ? でもこちらがそれに馬鹿正直に付き合う必要はないのさ」
「……まあそうだな」と、新島。
「だから序盤は奴の突進を左ジャブで食い止めて、
こちらはワンツーなどのストレート系パンチ主体で
ポイントを稼ぐつもりだ。 奴が左右のフックを連打すれば
防御あるいは回避して、奴にとにかく手数を出させる。
理想は空振りさせることだが、そう全部が全部回避できるものじゃねえ。
ただしこちらは地味だが、的確にパンチを当てる」
「うむ、フック主体のインファイター対策としては妥当だな。
要するに剣持が疲弊するまで、じわじわと体力を奪うのだな」
俺は忍監督の言葉に小さく頷いてから、こう付け加えた。
「ええ、端的に言えばそうです。 野郎としては俺のこの戦い方に
腹を立てるでしょう。 でもそれは野郎の都合。
こちらがわざわざそれに付き合う道理もない。
とにかく奴をイラつかせて、体力を奪いながらポイントを稼ぎます。
そして2ラウンド中盤辺りから、こちらが攻勢に出て
披露した剣持を攻め立てるつもりです」
「まあ少し地味な戦いだが、アマチュアボクシングでは
賢明な戦い方の一つだな。 うん、悪くねえんじゃねえの?」
と、香取。
「ああ、俺もそう思うぜ」
新島が同意するようにそう言った。
「まあ相手はあの剣持だ。 全てが思い通りにいくとは
限らないが、悪くない戦い方だと思うぞ。
雪風、明日の試合期待しているぞ!」
「はい!」
「それじゃ今夜はもうゆっくり休め。
新島と香取も雪風が眠りやすいように気を使ってくれ!」
「「「はい!」」」
そして俺達は自分の部屋に戻り、
夜の十時まで適当に過ごしてから、早い目に床に就いた。
明日はいよいよ決勝戦。
明日勝てば念願の初優勝だ。
とはいえ相手はあの剣持だ。 そう簡単にはいくまい。
だがわざわざ応援に来てくれた里香達の為、
それと敗退後も俺のサポートをしてくれる新島と香取の為にも
負けるわけにはいかねえ、というか勝つしかねえ。
俺はそう思いながら決意を固めた。
そして段々と瞼が重くなり、そのままぐっすりと眠りについた。
次回の更新は2020年9月30日(水)の予定です。