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第六十二話 決戦に向けて

「それじゃ今日の練習はこれまでにします!」


「お疲れ様でした」


 新潟県の名門私立・冷鵬れいほう高校の第一音楽室で、

 男女合わせて四十人を超える合唱部の部員達が練習の終わりにそう挨拶した。

 冷鵬れいほう高校の合唱部は、毎年全国大会のコンクールでも 

 入賞するくらいレベルが高い。


 故に文化部と言えど、練習は厳しく途中でも退部する部員も多い。

 しかし練習が終われば、彼等、彼女等も一人の高校生に戻る。


「ああ、練習疲れたぁ~。 滝本先生、すごい厳しいね!」


「うん、うん、だからあの先生、美人なのに独身なんよ」


「うわぁっ、それ言っちゃう? 先生にバレたら大変よ?」


「大丈夫、大丈夫。 あたし、外面だけはいいから!」


「あははは! 確かに~」


 と、好き放題言う女子部員達。

 それを遠巻きに見ながら、苦笑する男子部員達。

 練習が終われば、運動部や文化部に限らずよくある光景だ。

 その中で和風系の黒髪の美少年が特に会話に加わることなく、

 スポーツバック片手に、別れの挨拶を言って踵を返す。


「じゃあ、みんな。 ボクはこれから、

 ボクシング部の練習だから、お先に!」


「あ、財前クン! お疲れ~!」


「うん、宮沢さん。 さようなら~」


「うん、財前クンも練習頑張ってね!」


「うん」


 そう言って財前武士は音楽室から出た。

 すると一人の女生徒が財前の後を追った。


「財前センパ~イ!」


「ん? 湖川こがわさん、どうしたの?」


 急に呼び止められた財前は後ろに振り返った。

 髪型はイマドキの女子高生らしい薄い栗色のショートボブ。

 やや大きな目に、ナチュラルに近いやわらかい印象のメイク。

 身長は150前半だが、プロポーションは悪くない。

 制服も校則にひっかからないギリギリの範囲でお洒落に着こなしていた。

 そんなイマドキの女子高生の一年生部員である湖川こがわ

 財前に近づくなり、笑顔を浮かべた。


「センパイ! これからボクシング部の練習ですか?」


 湖川は元気な声でそう聞いた。

 すると財前も微笑を浮かべて、優しく言葉を返す。


「うん、選抜大会も近いからね」


「今度の大会は何処で開催するんですか?」


「ん? 群馬県だよ?」


「ぐ、群馬県かぁ~。 ちょ、ちょっと遠いですね~」


「え? 湖川さん、もしかして群馬まで応援に来るつもりなの?」


「え? ダメですか?」


 と、少し媚びた目で見る湖川。

 すると財前は少し困った表情でこう言った。


「い、いやダメじゃないけど、流石に少し遠いでしょ?

 新潟から群馬なら日帰りというわけにも行かないしさ」


「その辺は大丈夫です、財前応援団の女子会が結束して、

 その辺りの対策は万全ですから!」


 ややドヤ顔気味にそう言う湖川。

 

「ざ、財前応援団? そ、そんなのあるの?」


「ええ、ありますよ。 一、二年生の女子を合わせたら

 けっこう居ますよ? まあ会員の全員が女子ですけど~」


「そ、そうなんだぁ……」


 やや引いた表情でそう返す財前。


「まあ遠征費や宿泊費は自分達でなんとかするので、

 センパイは気兼ねなく試合に集中してください。

 ところでセンパイ、一つだけ聞いていいですか?」


「ん? 何かな?」


「どうしてセンパイみたいな人がボクシングしているんですか?」


 湖川は思ったまんまのことをストレートに聞いてみた。

 いやボクシングが悪いとは言わない。

 だがこの財前武士という美少年には少々不釣り合いなのだ。

 

 財前は学業成績も家柄も良く、とても気品に満ち溢れている。

 また運動神経もかなり良い。 だから彼ならばボクシング以外の

 競技でも大成できたであろう、と湖川は前から思っていた。

 すると財前は怒った感じもなく、静かな口調でこう返した。


「湖川さん、ちょっと歩きながら喋らない?」


「は、はい」


 そう返事して、湖川は財前の左隣に並び廊下を歩く。

 こうして横に並ぶだけで、湖川の心臓の鼓動が高まる。

 財前はそれに気付いていたが、

 落ち着いた口調でぽつりぽつりと語りだした。

 

「ボクはね、姉の影響で幼稚園の頃からピアノを始めたんだよ」


「知ってます! 一度コンクールの会場でお姉さんをお見かけ

 しましたが、センパイに似て、とても美人ですよね!」


「ありがとう、でもああ見えて姉はかなり厳しいよ」


「……そうなんですか?」


「うん、まあとにかく姉の影響でピアノを始めて、

 厳しいレッスンにも耐えたから、小学生の頃には

 ボクは演奏会でも好成績を残すことができた。

 でも中学に入学すると、ちょっと厄介な不良グループに

 目をつけられてね。 事あるごとに嫌がらせされて、

 時には殴られたりもしたんだよ、実は……」


「……ホントですか?」と、眼を丸くする湖川。


「こんな嘘わざわざ言わないよ」


 すると湖川は怒った表情でこう言った。


「その人達、きっと財前センパイに嫉妬してたんですよ!

 それに暴力を振るうなんて最低ですよ!」


「ありがとう、湖川さん。 でもやはり当時のボクとしては、

 悔しかったし、自分が情けなかったんだよ。

 だから地元のボクシングジムに通い始めたのさ」


「そうだったんですか?」


「そのおかげで今ではメディアでも二刀流と呼ばれるように

 なったよ。 だから湖川さんの言いたいことは分かるけど、

 ボクはこれでも楽しんでボクシングをしてるんだよ」


「……」


「湖川さん、どうかしたの?」


「……カ、カッコいいです!」


「……えっ?」


 と、少し戸惑う財前。

 だが湖川は目を輝かせながらこう言った。


「財前センパイはやっぱり普通の男子とは少し違います!

 アタシ、なんか感動しました!

 センパイ、頑張ってください! アタシ、必ず応援に行きます!」


「うん、ありがとね。 じゃあボクはもう練習へ行くよ」


「はい、お疲れ様でした!」


 そう言葉を交わして、財前はボクシング部の練習場へと向かった。

 まあ湖川の好意はありがたいが、今は練習に専念したい気分だ。

 目標は当然打倒剣持。


 同じ相手に二度負けるわけにはいかない。

 それに国体の決勝戦の後に剣持には、散々からかわれたからな。

 だからあの男に勝って、意趣返ししてやりたいという気持ちもある。


 とはいえ剣持拳至はボクサーとしては超一流だ。

 だから彼に勝つ為に、全身全霊の力で努力する、と決意する財前だった。



 バスン、バスン、バスン。

 剣持拳至はボクシング部の練習場で、ひたすらサンドバックを叩いていた。

 時折、八の字を描くように身体を揺さぶり、左右のフックを連打する。

 その度にサンドバックが激しく揺れるが、

 それに合わせて、身体の位置をずらしてひたすらパンチを出す。


 ブザー音と共に周囲の部員達は小休止するが、

 剣持はそれでも休む気配を見せず、サンドバック打ちを続けた。


「おい、剣持! 少しは休め! オーバーワークは身体に毒だぞ!?」


 見かねた宮下監督が軽く剣持を諫めた。

 すると剣持は「うっす」とだけ返事して、小休止に入った。

 そして10オンスの青いグローブを外して、近くのベンチに腰掛けた。

 それを見ていた影浦蓮が探りを入れるようにこう言った。


「よう、剣持。 随分と練習に熱が入ってるじゃねえか?」


「ん? 影浦か、まあな。 選抜大会も近えからな」


「ほう、天才剣持クンが気にある相手でも居るのか?」


「ったく、てめえは二冠を達成してから、マジでウゼえな」



「いや俺の性格が悪くなったのは、誰かさんの悪影響と思うぜ?」


 と、軽く口笛を鳴らす影浦。

 剣持は一瞬だけ「ちっ」と舌打ちしたが、一応は影浦の言葉に耳を傾けた。

 こいつはただ嫌味を言いにきたわけじゃねえだろう。

 それにこいつは最近本当に強くなっている。 それは事実だ。

 だからボクシングに関しては、お互い話が合う部分がある。


「で? おせっかいな影浦クンが俺に何のようだ?」


「いやよ、普通ならお前の対抗馬は新潟の財前だろう。

 だがお前と財前は推薦選手扱いだから、多分決勝まで当たらねえ。 

 だからお前なら決勝まで楽に勝ち進めるんじゃね?」


「……奥歯に物がはさまった言い様だな。 要件を言えよ?」


「……出て来るぜ」


「……誰がだ?」


「東京の帝政学院の雪風だよ。 奴も無事予選を勝ち抜いたようだぜ?」


 すると剣持は一瞬真顔になったが、すぐに微笑を浮かべた。


「そりゃ好都合だ。 野郎には借りがあるからな。

 夏には大恥かかされたからな。 是非、そのリベンジをしたいぜ」


「……剣持、お前嬉しそうだな?」


「そう見えるか?」


「ああ、だが雪風が財前に勝てるとも限らねえぜ」


「大丈夫さ、奴は勝つさ」


「ほう~、何でそう思うんだ?」


 すると剣持は白い歯を見せて、にかりと笑った。


「そりゃまぐれでも俺に勝った男だ。 他の奴には負けねえさ」


「……お前、本当に良い性格してるな。

 ある意味感心するよ、いやマジでさ……」


「そりゃどうも」


「まあいいさ、でもお前も少し変わったよな」


「へ? 何が?」


「……いやまあいいさ」


 確かに剣持は健太郎に敗れた後、少し変わった。

 健太郎に負けるまでは、多くの取り巻きを連れていたが、

 大衆の面前で無様に負けた為、その取り巻きも剣持から去って行った。


 だが剣持は別にそれを気にする気配はなかった。

 むしろ練習に専念しやいと割り切り、ひたすら自分の身体を虐め抜いた。

 その結果、秋の国体の決勝戦で新潟代表の財前武士を判定勝ちで破り、

 見事に高校四冠を達成。 すると掌を返したように、

 取り巻きやメディアが彼の前に舞い戻って来たが、

 剣持は特に気分を害した感じもなく、彼等、彼女等を適当にあしらった。



 ただその時、俺の親父も似たような気持ちだったのでは?

 と思ったがそれを口外することはなかった。

 まあ自分の普段の言動や態度が悪かったのも事実。

 とはいえ今更周囲に媚びるつもりもない。


 ならば何も発さずただ目的に向かって突き進むまでさ。

 そんな感じで剣持拳至は少しだけ変わった。

 だがその性格の本質は変わらない。


 彼はあくまで勝利を求めて、ひたすら牙を研ぐ。

 それが剣持拳至という男であった。


「まっ、そんなのどうでもいいじゃねえかよ?

 要は強いか、弱いか、ボクサーなんてそれに尽きるだろ?」


「ま、まあな。 そうだな。 じゃあ俺も練習に戻るよ」


「おう、精々俺の居ねえバンタム級で王者をきどっとけや!」


「……やっぱお前、ウザいわ!」


 影浦はややうんざりした表情でそう愚痴を零した。

 しかし剣持と対等に口を聞ける存在もまた影浦だけだった。

 お互いそれが分かっているから、喧嘩にならない程度に付き合っていた。


 ――まあとにかく今度も勝つまでさ。

 ――だが出来ることなら、野郎――雪風にリベンジがしてえぜ!


 そう思いながら剣持は再び練習を始めた。 

 財前武士、剣持拳至、そして雪風健太郎。

 そして三月に入り、卒業式も終わり、迎えた三月の下旬。

 その三人が雌雄を決する舞台――全国高等学校ボクシング選抜大会が

 始まろうとしていた。



次回の更新は2020年9月25日(金)の予定です。



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― 新着の感想 ―
[一言] 財前応援団... なんだよ、それッ?! 随分と楽しい学園生活を送ってるじゃあねぇか! 健太郎!ぶっ飛ばせ!財前の顔を、応援団全員が幻滅するくらいにひどい顔にしてやれ! ミドラー並に酷い顔…
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