第六十話 山猫(リンクス)パンチ
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「あ、あ、ありがとうございました……」
「おう、ご苦労さん」
リング上で新島が呼吸を乱しながら、そう言った。
新島もなかなかのボクサーだが、相手はプロの六回戦。
最初こそ善戦していたが、終盤には滅多打ちを喰らっていた。
ちなみにその前にスパーしていた香取も「ぜえ、ぜえ」言いながら
休んでいた。 う~ん、やはりプロボクサーは強いなぁ。
「おう、いい若い者がだらしねえぞ?
だが雪風はまだやれそうだな。 どうだ、ミット打ちしてみるか?」
と、時田さんが両手にミットをはめながら言った。
まあミット打ちもいいんだが、俺は少し興味本位にこう訊いた。
「時田さん、なんか必殺パンチのような凄いパンチ教えてもらえませんか?」
「はぁ!? 必殺パンチだぁ? お前、漫画の読みすぎだろ?」
「いやでもなんかあるでしょ? 例えば俺の右を生かすような
凄い技とかありません? もちろん通常の練習もちゃんとしますよ。
でもなんか俺も一皮剥けたい感じなんスよ」
「……まあなくはないが、そんなに簡単じゃねえぞ?」
「ええ、でも教えてくださいよ」
「しょうがねえな、なら教えてやるよ」
時田さんはパンチングミットを構えてこう言った。
「とりあえず普通の右ストレートを打ってみろ!」
俺は言われた通りにミット目掛けて右ストレートを打った。
すると「パアン!」という小気味いい音が響いた。
「……相変わらず良い右を打つな。 そして今回はその右の威力を
更に増す方法を教えてやるよ。 よく聞いておけよ?」
「はい!」
「まず普通の右ストレートは腰の回転を生かして打つよな?
まあストレートだけでなく、フックも腰の回転が重要だ。
でも必ずしも回転させてパンチを打つことが重要なわけじゃない。
回転を利かして強いパンチを相手に打つ。 これが主目的だ。
だから強いパンチを相手に打てるなら、必ずしも腰を回転
させる必要はない。 この意味は分かるか?」
「ええ、まあ一応……」
「では右ストレートを腰の回転を使わず、
前に出る力を利用して打ってみろ!」
「え? は、はい?」
ん? いや腰の回転を使わない右ストレートなんか
打ったことねえぞ? どうするんだ? まあとりあえずやってみよう。
とりあえず俺は言われたままに右ストレートを打ってみた。
しかし自分でも分かるくらいにぎこちない打ち方で、
グローブは時田さんのミットの中でぱすんという鈍い音を立てた。
「左ジャブを打つように前に出る力を利用して打て!」
「は、はい!」
ん? 前に出る力を利用して打つのか?
俺は左ジャブを打つような感じで、
押し出すように右拳を前へ突き出した。
するとミットを叩く音がさっきより大きくなった。
「お? いい感じじゃねえか? それだよ、それ!」
……なんとなく要領は理解した。
でもこのパンチってアレだろ?
「時田さん、これってジョルトブロウですよね?」
すると時田さんは感心したように「ほう」と言った。
「お? よく分かったな」
「ええ、まあ俺も前に少しネットで研究しましたから」
「このパンチの良いところは、腰の回転がないかわりに
通常の右ストレートより早くパンチを出せれることだ。
よし前に出る力を利用しているから、威力もある。
但しパンチを当てる際には、ちゃんとナックルの部分を当てろ!」
ふむふむ、なる程なんとなくは理解した。
確かにこのパンチはなかなか使えそうだ。
だがこれだけじゃなんか物足りない。
だから俺はあえてこう尋ねた。
「良いパンチなんですが、もっと凄いのありませんか?
例えばジョルトブロウにコークスクリューブロウの要素を
加えるとかできますか? なんか凄そうじゃないですか?」
「はぁっ!? お前、マジで何言ってるんだぁ!?
なんかのボクシング漫画に影響されたのか?
現実のボクシングは漫画とは全然違うぞ?」
と、呆れ半分怒り半分でそう言う時田さん。
まあプロジムのトレーナーとしては真っ当な反応だ。
でもなんかどうせ覚えるなら、凄いパンチ覚えたいじゃん?
なんとなくだけど、ジョルトブロウにコークスクリュー回転を
加えたら、凄いパンチになりそうなんだよなぁ。
「ああ~、お前なんか変な夢みている?
なんかこう俺だけの必殺パンチが欲しい、みたいな感じか?」
「……ええ、まあ……」
こう面と向かって言われると、やっぱり恥ずかしいな。
まあ実際、現実でそんな都合の良い必殺パンチなんて
あるわけねえよな。 うん、まあいいや、このジョルトブロウで――
「でも悪くはねえ試みだ。 確かにさっき教えたジョルトブロウは
高等技術だが、そこにコークスクリュー回転を加えたら
確かに威力が増すのは事実だろう。 だがな、雪風。
ボクシングに限らずどんな競技でも全体的な動きが大事なんだよ。
それに仮にさっきの条件で凄いパンチを打てたとしても、
強い奴にはまず当たらないぞ? 強いボクサーってのは、
得てして防御力が高いからな。 だからただ単に強いパンチを打つだけで
なく、そのパンチを当てる為の工夫が必要なんだ」
え? 意外だな、時田さんが遠回しだが、俺の試みを肯定しているぞ。
ただ確かにそうだ。 パンチを当てる為には、工夫が必要なんだ。
そして強いボクサーってのは、得てしてミスが少ない。
少なくとも同じミスを何度もするような奴は大成しない。
だがそのパンチを当てる為の工夫に少し心当たりがある。
「いやそのパンチを当てる為の工夫のアイデアがあるんですよ」
「へえ~、ちょっと興味あるな。 言ってみろよ?」
「え~とこれは秘中の秘なんで御内密にお願いします。 実は――」
俺はそう言ってから、時田さんに近づき耳元でそのアイデアを告げた。
すると時田さんは少し驚いた表情でこう言った。
「あ!? それ案外面白い手かもしれねえな。
少なくとも一回は使える手だ。 でも二回は駄目だ。
強いボクサー相手に同じ手は何度も通用しねえからな。
それにたった一回使うにしても、相当の練習が必要だぞ?
それは分かっているのか?」
「ええ、もちろんです!」
「そうか、ならお前の好きにしろ!
なら俺はお前が、え~とコークスクリュー・ジョルトブロウだっけ?
を練習するのも止めやしねえよ、とにかくやってみろ!」
「はい、でもコークスクリュー・ジョルトブロウじゃ少し
名前長いですよね? だから俺風に名前を考えたんですよ」
俺はやや得意げな表情でそう言ったが、時田さんは呆れ気味にこう返す。
「ハアッ!? 自分で名前を考えただぁ~!?
お前やっぱり漫画か、ゲームの影響でも受けてるんじゃね?
……でもそうだな、聞くだけ聞いてやるよ。 ほら、言ってみろよ?」
……いざこういう風に言われると、地味にキツいな。
なんか普通に恥ずかしい。 だが言うだけなら無料だ。
「え~と……山猫パンチってどうッスか?」
「……リンクス? なんかそういう動物いたよな?」
「え~と山猫のことです。 どうです? この名前!」
すると時田さんは微妙な表情でこう言った。
「…………まっ、……お前が気に入ってるならいいんじゃね?
でもマジでちゃんと練習しろよ?
お前が何に影響受けたかはしらねえけどさ。
現実にはそんな都合の良いパンチとか技はねえんだよ!
とにかく地道な練習、これが一番大事なんだよ!」
これに関しちゃまったく同意だ。
結局、どんな競技も地道な練習が一番の良薬なんだ。
そうだな、この山猫パンチも使えるのは、
一回だけだろう。 少なくとも財前や剣持相手以外では使う気はない。
凄いボクサーってのは、たった一回観ただけで色々と理解するからな。
まあそういうわけで山猫パンチと、
山猫パンチを当てる為の工夫の練習はするが、
基本練習も忘れちゃいけねえな。 じゃあもうちょっと練習――
「雪風!」
急に名前を呼ばれたので、俺は声の聞こえた方向へ視線を向けた。
「!?」
「……久しぶりだな、雪風」
そう言ったのは身長175前後の色黒の青年。
もちろん俺の知っている人だ。
だがこの人に会うのが、久しぶり過ぎて、
言葉に詰まった俺は、彼の名前を呼ぶことしかできなかった。
「……武澤さん、お久しぶりです!」
次回の更新は2020年9月23日(水)の予定です。