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第五十八話 古(いにしえ)の奥義


 帝政ボクシング部、関東選抜大会優勝。

 ということで次の週の体育館で行われた朝礼で、

 俺と新島と香取の三人は、壇上に上がり校長の祝辞を受けた。

 壇上に上がった俺達は、教員と全校生徒から一斉に拍手を浴びた。



 まあこうして祝福されるのは、悪い気はしない。

 でも目立つのは、あまり好きじゃねえんだよな。

 とりあえず俺達は無難な受け答えをしておいた。


 

 そして一月も終わり、迎えた二月の上旬。

 俺は授業が終わるなり、真っすぐに練習場に向かった。

 もう選抜まで一か月足らずだからな。

 これからの練習は本気の本気を出すぜ。


 そんなわけで俺は授業が終わるなり、練習場へ向かった。

 そして更衣室のロッカーで制服から黒いジャージ姿に着替えた。

 そこから両手に白いバンテージをしゅるりと巻いた。


「おい、雪風」


「ん? 香取、俺に何か用か?」


「監督が呼んでいるぞ、事務室に来いってさ」


「ああ、分かった」



 監督は俺に何か用事でもあるのか?

 まあいいや、とりあえず事務室へ行こう。


「失礼します!」


「おう、来たか。 まあそこに座れ」


「はい」


 俺は監督に言われるまま近くの椅子に腰掛けた。


「「失礼します!!」」


 そう声を揃えて新島と香取が事務室に入ってきた。

 ん? もしかしてこの二人も呼ばれたのか?


「ああ、新島と香取もそこで話を聞いてくれ」


「「はい!」」


 そう言われて事務室の隅っこで直立不動する新島と香取。

 すると忍監督は小さな机の上に置かれた銀色のノートパソコンの

 マウスを片手にこう切り出した。


「ここに居る三人が来月の選抜大会に出場するわけだが、

 正直うちの部員だけでは、スパーリングパートナーが

 足りない。 そこでそこの雪風が前から言っていたんだが、

 俺は雪風の古巣の神山ジムでの出稽古を認めるつもりだ。

 神山ジムは良い選手が揃ったジムだ。 だから雪風だけでなく、

 お前等二人が希望するなら、俺はお前等の出稽古も認める。

 新島、香取。 お前等の率直な意見を聞きたい」


 そう二人に問う忍監督。

 すると二人はしばらくの間、黙考していたが――


「俺は出稽古に行きたいです」


「……俺もです」


 新島と香取がゆっくりとそう答えた。

 すると忍監督は「うむ」と言いながら頷いた。


「そういうわけだ。 雪風、神山ジムさんの了解は取れそうか?」


「ええ、問題ないと思います。 新島と香取ならジムのプロボクサー相手に

 も良い調整相手になれると思うし、神山会長も喜ぶでしょう」


「そうか、まあ一応俺からも先方には連絡入れておくよ。

 そういうわけだから、お前等は好きな時に出稽古へ行くといいさ」


「「「はい!」」」


「まあ主な要件はそれだが、実はもう一つ気になることがあってな。

 ちょっとこの動画を観てもらえないか?」


 忍監督はそう言いながら、卓上のマウスをカチカチとクリックする。

 ん? 監督は俺達に動画を見せるつもりなのか?


「……この試合動画を観てくれ」


「……はい」


 ん? この動画に映っている片方は多分剣持だ。

 相手はけっこうデカいな。 剣持より背が高い。

 軽く見て一、二階級上な気がする。

 というかもしかして相手は大学生なんじゃ?


「俺の大学時代の後輩が関西中央大学でコーチをしていてな。

 これはそいつの教え子と大阪の高校生がスパーリングした時に

 撮った動画だ。 というか端的に言えば相手の高校生は

 茨城国体のライト級王者である顕聖学園の剣持拳至だ」


「!?」


 やはりそうか。 

 しかし剣持の野郎は大学生相手にスパーリングしてんのかあ~。

 だけど特別驚くことでもない。

 剣持は現時点で高校四冠王なのだ。

 だから大学生とスパーリングしても不思議じゃない。


「まあ勿論レベルの高いスパーリングではあるが、

 それだけの為にわざわざお前等の貴重な練習時間を潰す気はない。

 問題はこの先だ。 ――これを観てみろ」


「ん? はい」


 俺は忍監督に言われるがままパソコンの液晶画面を見据えた。

 するとしばらくすると異変が起きた。

 剣持が相手をコーナーに追い詰めるなり、

 身体で八の字を描き、その勢いのまま左右のフックを

 延々と振り回し始めたのだ。 ……これってもしかして!?


「……これもしかしてデンプシーロールですか?」


 と、画面を見据えながら香取が呟いた。


「ああ、その通りだ。 俺も最初見た時は驚いたよ。

 まさか高校生が実戦でデンプシーロールを使うとはな」


 それに関しては俺も同感だ。

 高校生ボクサーでデンプシーロールを使う奴なんざ普通居ない。

 いやそもそもプロの世界ランカーや王者でもまず使わない。


「……剣持ってマジ凄いんですね」


 新島がぽつりとそう漏らした。

 俺もそれに無言で頷いた。

 すると忍監督は俺を見据えながらこう言った。


「で雪風、お前としてはどうするつもりだ?」


 どうやら監督は俺を試しているようだ。

 まあとはいえ剣持がデンプシーロールを使おうが

 俺は奴から逃げるつもりはねえ。 

 それに俺としては、そこまで恐れる必要はないと思う。


「いえ当然奴とは戦いますよ。 それに現実世界じゃ

 デンプシーロールってそこまで危険視するもんでもないですよ。

 そもそも現代のボクシングじゃデンプシーロール使う奴なんて

 居ませんしね。 だからそれ程驚くことでもないですよ」


「じゃあ雪風は自分なりのデンプシーロール対策があるのか?」


「ええ、まあ一応」


 俺は忍監督の問いに静かに頷いた。

 すると監督だけでなく新島と香取も興味ありげに俺を見ていた。


「良かったらそれを教えてもらえるか?」


「ええ、いいですよ。 まずデンプシーロールは某漫画で有名に

 なりましたが、現実のボクシングではほとんど使われてません。

 その理由は至極簡単です。 現代ボクシングじゃ使いものに

 ならないからです」


「まあ某漫画でもそう描いてたな。 

 後、後ろに下がれば問題ないんだっけ?」


 と、新島が思い出したかのようにそう言った。

 まあそれも一理あるんだがな。 

 でも問題はそこじゃない。 だから俺はあえて説明した。


「まあそれもあるけど、そもそもデンプシーロールってどんな技だ?

 って話ですよ。 簡単に言えばデンプシーロールは勢いをつけて

 左右のフックを連打するだけだ。 まあ漫画じゃ身体が八の字を

 描く姿を高速に描いているが、現実であんな真似ができるわけがねえ。

 それはデンプシーロールの生み出しの親であるジャック・デンプシーも

 同じことですよ」


「まあそうだよな。 いくらなんでもあんなに速くウィービングできねえよな。

 漫画のコークスクリューブロウなんか腕が三百六十度回転してたり

 するもんな。 よくよく考えりゃ無茶苦茶だよな」


 と、香取。

 まあこれに関しちゃ香取の云う通りだ。

 皆、デンプシーロールやコークスクリューブロウやガゼルパンチとか

 漫画の知識でなんとなくは知っているが、実際にその技を見たものは

 殆どない。 それは俺も同じだ。


 特にガゼルパンチは厳密に言えば、ジョルトブロウに該当するんだぜ?

 これを知っている奴がどれだけいることやら。

 

「そう、デンプシーに関しても色々と誇張されてるのさ。

 でも実際にジャック・デンプシーはデンプシーロールを

 使っていた。 では実際のデンプシーロールはどういった

 局面で使われていたと思う? ん?」


 俺は少し周りの三人を試すようにそう問い掛けた。

 すると忍監督や新島、香取は少し真面目な表情で考え込んだ。

 まあこれに関しちゃ自分で考えても答えはわからないだろう。

 だから俺はあえて正解を口にした。


「答えは至極簡単です。 ジャック・デンプシーは相手がグロッキーの

 時のみデンプシーロールを使ってたんですよ」


「「「あっ!?」」」


 と、声を揃えて驚く三人。


「ね? 種明かしすれば簡単な話でしょ?

 でも言われてみないと、意外とその答えが分からないんですよ」


「……確かに」と、新島。


「だからデンプシーロール自体はそれ程怖くない技なんだよ。

 普通に距離取ってジャブで相手の動きを食い止めたら

 相手もデンプシーロールを打つことはできねえ。

 まあ注意するのは、右を打った後に相手の左リバーブロウを

 貰って動きが止まらないようすることだな」


「なる程、でも意外と地味な対策だな~」と、香取。


 まあそう思うのも無理はない。

 だがこれは現実リアル。 漫画の世界とは違う。


「現実なんてこんなものさ。 そもそもデンプシーロールが

 本当に優れた技なら現代でも使われてるはずさ。

 相手の右を外して、左のリバーブロウ。

 相手の左に右を合わせるライトクロス。

 これらの技は大昔からあるが、今でも使われている。

 それは何故か? 答えは単純さ。 シンプルだが非常に

 有効的な技だからさ」


「まあ確かにそうだな」


「うん、説得力があるな」


「俺も同意だな……」


 監督がそう言い、香取と新島も同意するように頷いた。

 まああくまで俺個人のデンプシーロールの解釈だが、

 そこまで間違っているとも思わない。


「まあとにかく剣持がデンプシーロールを使おうが、

 使わまないが、強いボクサーであることには変わらない。

 ならばやる事は一つ! 猛練習あるのみ!」


「はい!」


 まあ結局のところはそういう結論に辿り着く。

 現実は漫画やアニメのように都合の良い技や能力など

 存在しない。 故に基礎練習を反復して行い、

 そして応用練習を重ねる。 地味だがこれが一番効果的な練習だ。

 だから俺はやるぜ。 選抜まで二カ月足らず!

 俺は自分を限界の限界まで追い込んでやるぜ!



次回の更新は2020年9月20日(日)の予定です。



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― 新着の感想 ―
[一言] アニメの必殺技なんて、大体そういうものですよね。 実際にスタンドや念・個性・チャクラなんてものはないんですし。 現実にできるような技だとしても、あんまり強くなかったり。 あ、キン肉バスタ…
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