第五十六話 ビバ! ディスティニーランド(後編)
その後、俺達は一通りのアトラクションを巡った。
ターンテッド・ハイマンション、待ち時間50分くらい。
ブーさんのバニーハント、待ち時間約80分。
これらの二つを回っただけで、二時間以上かかった。
いやあ、流石に合計待ち時間130分以上はきつかったよ。
リア充の人達は毎回毎回こんなに待つのか?
なら俺にはリア充は無理。 マジで無理っス。
俺は当然として、来栖ですら途中で飽き始めていたからな。
でも女性陣二人は糞長い待ち時間の間も楽しそうだった。
何で? いやマジで何がそんなに楽しいの?
いやさ、確かにアトラクションで遊んでいる時は、
滅茶苦茶楽しかったよ。
ぶっちゃけさ、
ちょっと俺の中のディスティニーランドの評価が変わったよ。
なんつーか童心に戻れるというか、胸がわくわくするというかさ。
そういう意味じゃ随分待った甲斐はあるよ。
でもさ、こんなの一年に一度あるか、ないかだから我慢できるのであって
年に何度も来てたら、悪いけど我慢できないね。
そういう意味じゃ彼女や家族の為に、付き合いでディスティニーランドに
来る彼氏さんやお父さんのことを軽く尊敬しちゃうよ。
もうね、俺には真似できないよ。
限界で年一度です、いやマジでさ。
しかし女性陣二人は終始笑顔を絶やさなかった。
これがディスティニーランドのドリームパワーなのか?
まあいいや、少し腹が減ってきたなぁ。
「なんか腹が減ったかも……」
今日はアトラクションに乗るから、朝も全然食ってないんよな。
だからけっこう腹がへっている。
「大丈夫よ、ちゃんと前日にレストランに予約入れてるから!
というか私も少し喉が乾いたわね、零慈と早苗はどう?」
「あ、俺も暖かいコーヒーとか飲みたいかも」
「そうね、私はみんなに合わせるわ」
「了解。 それじゃレストランへ行きましょう!」
そんなわけで俺達はレストランへ移動。
そして里香は受付で自分の名前を告げて、
ウェイトレスに奥の窓側の席に案内された。
とりあえず俺はパスタとサラダとコーヒーを注文。
来栖も似たようなメニューを頼んだ。
女性陣は里香がコーヒーとアップルパイ、
苗場さんがサラダとスープ、それとソフトドリンクを注文。
まあこの後もスプライト・マウンテンに乗る予定だからな。
あまり腹に溜まる物は食べない方がいいだろう。
俺達はたっぷり休憩も取って、各自トイレも済ませた。
さて次に乗るのは、ディスティニーランドで一、二を誇る人気の
スプライト・マウンテンだ。
丸太のボートに乗り込み、
「笑いの国」を探す旅に出るというコンセプトだ。
まあ実は俺は一度も乗ったことがねえんだよな。
なにせ待ち時間がマジでエグい!
大体90分以上待たされるんだぜ?
90分だぜ、90分。
今日はクリスマスだからもっとかかるかもしれん。
だがここまで来れば、みんなに最後まで付き合ってやろうじゃねえか。
みたいに意気込んでいたが、六十分過ぎにはもう帰りたくなった。
やることねえから、スマホゲームのログインボーナスを
一通り貰ったよ。 というか暇すぎてスマホゲームで遊んでいた。
そして待つこと、90分。
順番が回って来た俺と里香がボートに最初に乗り込んだ。
そしてその後の列に来栖と苗場さんが乗った。
しばらくするとファンシーな音楽が流れ、
このアトラクションの物語が説明された。
「スプマンに乗るのかなり久しぶりだわ」
「そうなのか、俺なんか初めてだぜ?」
「そうなの?」
「おう、というかディスティニーランドに来ること自体が久しぶり」
「私は何回も行こうと言ったじゃん」
「ああ、だからこうしてクリスマスにやってきたわけさ」
「……何それ? まあ付き合ってくれたことは感謝するわ」
「まあ正直待ち時間はだるいが、里香と苗場さんがあれだけ
喜ぶ顔を見たら、来て良かったと思えたよ」
「……ありがとう」
「ん? 何か言ったか?」
「……わざとでしょ?」
「ん? 何が?」
「もういい、さあせっかくスプマンよ! おおいに楽しみましょう!」
「ああ、そうしよう」
俺と里香はそう言葉を交わして、
その後は特に喋らず、心の底からスプマンを楽しんだ。
約10分後。
まあ結論から言えばかなり楽しかった。
流石はディスティニーランドでも一、二を争う人気アトラクション。
おらぁ、色々とわくわくしたよ。
確かにこれなら90分待たされた甲斐もある。
それは俺だけでなく、
里香や来栖、苗場さんも同様の反応をしていた。
とりあえず俺はスプマンの出口の近くの売店で適当な飲み物を買い、
ベンチで休む里香達に手渡した。
というかもうすっかり夜だな。
「あ、ありがとう! 今日の健太郎は気が利くわね」と、里香。
「健太郎、ありがとね」と、来栖。
「雪風君、飲み物の代金払うわ」
苗場さんは相変わらず律儀だな。
でもこれくらい奢る甲斐性は俺にもある。
「いいよ、俺の奢りということで」
「そう、じゃあ遠慮なく頂くわ!」
とりあえず俺達は、飲み物を飲んで水分を摂った。
もう随分と暗いな。 腕時計を見ると午後の二十時十五分を過ぎてるな。
確かこの時間帯にパレードをやっていた筈だが、
もう間に合いそうにもないな。
少しスプマンで時間を使いすぎたかもしれん。
「この時間だともうパレードは終わってるよな?」
「うん、もう終わりそうね。 でも花火には間に合いそうよ」と、里香。
「ああ、そう言えばパレードの後に花火タイムがあるんだな」
そう言えば花火のことを忘れてた。
ならここは花火を観ないという選択肢はないだろう。
「じゃあ花火観ていくか?」
「うん、最初からそのつもりよ」
俺の言葉に頷いて肯定する里香。
「んじゃ最後に皆で花火観ようぜ、いいな?」
「「「うん」」」
俺達はゆっくりと広場の白亜城まで歩いた。
すると、闇夜に埋め尽くされた冬空に花火が次々と打ち上げられた。
冬の空に弾けては消えゆく花火。
花火といえば夏を連想するが、これはこれでいいかもな。
「……綺麗ね」
気が付けば里香が俺の隣に並んでいた。
というか来栖や苗場さんはけっこう離れた場所に居た。
恐らく二人は気を使ってくれたのだろう。
やれやれ、毎度のことながらこの気配りには感謝するぜ。
「ああ、綺麗だな」
俺は同意するようにそう言った。
すると里香はこちらを見据えながら微笑を浮かべた。
「健太郎、ありがとね」
「ん? 何が?」
「今日付き合ってくれたことよ」
「いや実際良い息抜きになったよ」
「そうね、最近は予備校でお互いに忙しいからね。
健太郎は更に部活やってるもん。 そりゃ時間もないよね」
「まあでも時々はこうしてみんなで遊ぶのも悪くねえよ」
「そうね、来年は受験生だもん。 遊ぶなら今よね」
「ああ」
「ねえ、健太郎」
「ん? 何だ?」
「私は高校卒業しても、この四人で遊びたいな」
「ああ、俺も同じだよ」
「健太郎」
「ん? どうした?」
「私、健太郎のことが好き」
「……」
俺はしばらくその場で固まった。
正直予期せぬ一言だった。
いや勿論里香の気持ちには気が付いていた。
恋愛偏差値13の俺でも流石にそれくらいは分かる。
だから俺も自分の正直な気持ちを打ち明けた。
「……俺も里香が好きだ」
「……ホント?」
「こんな嘘言わねえよ」
「……嬉しい」
里香は僅かに頭を上げて、喜びで涙ぐんだ表情になる。
俺も里香のその表情を何とも言えない気持ちになった。
「健太郎、三月の大会が終わったら、私と付き合ってもらえない?」
「……いいよ」
なんてことだ。
まさか里香に告白されるとはな。
しかし俺相手では、いつまで経っても埒が明かないからな。
だから里香もこうして覚悟を決め告白したのだろう。
「ああ、いいよ」
「健太郎は意外と真面目だからね。 今はボクシングを頑張りたい
という気持ちを私は尊重するわ。 ボクシングってそんなに面白い?」
「……どうだろうな? 正直しんどいよ」
「健太郎はどうしてボクシングを始めたの?」
まあこれは何度から人から聞かれたことがあるが、
正直いつもは適当に返事してはぐらかしてきた。
だが里香相手なら本心を打ち明けてもいいかもな。
「中二の時にさ。 けっこうヤバい奴が転校してきたのよ。
そいつ、とにかく片っ端から喧嘩をふっかけててさ。
んでそいつが俺が所属していたバスケの部員もボコってたから、
助けに入ったんだけど、逆にボコボコにされてね……」
「……酷い話ね」
俺は里香の言葉に小さく頷いて肯定した。
正直今でもあの野郎――川島の顔を思い出すだけでムカつく。
まあ川島のその後は傷害事件を繰り返して、
鑑別所や少年院へ行ったり来たりの転落人生らしいが、
正直心の底からざまあみろ、という感じだ。
でも野郎が中学に来なくなっても、
俺の受けた屈辱はなかなか忘れる事ができなかった。
「だからその時にバスケ部を退部して、
夏休みにボクシングジムに通ったんだよ。
別にそいつに復讐するとかじゃなくてさ。
自分自身を徹底的に鍛え上げたくなったのさ」
「……うん」
「まあしばらくするとそいつは、事件を起こして学校へ来なくなったけど、
バスケ部や他の友達とも距離が出来てね。
だから俺はそれからずっとボクシングに打ち込んだわけさ。
最初は正直掌を返した連中に腹が立ったよ」
「分かる気がする。 私も中学の時に似たような経験をしたから」
「……そうなのか?」
「うん」
そう言えば前にそんなことを言ってたな。
それは里香だけじゃなく来栖も中学時代には、色々あったそうだ。
まあ高校生くらいの年齢になると、ある程度は色んな経験するからな。
でも今は別に中学時代の連中を恨んでやしない。
「でもボクシングに打ち込んでいたら、
そういうのも気にならなくなった。
それに高校に入学したら来栖や里香と友達になれたしね」
「うん、私も中学時代の友達とは、ほとんど縁が切れたけど、
今は健太郎や零慈、それに早苗が居るから気にならないわ」
俺達はこういう部分も含めて、似た者同士なのかもな。
「正直俺の本心としては、里香に告白されたのは凄く嬉しいよ」
「ホント? なら凄く嬉しいわ」
そう普通の奴なら今日この場から付き合うだろう。
こんな可愛い子に告白されたら、ほとんどの奴がそうする。
だが俺は目の前のことにしか集中できない性格なのだ。
自分でもどうかと思うが、これが雪風健太郎という人間だ。
「俺はボクシングでプロになるつもりはねえ。
というか多分大学では、ボクシングをやらないと思う」
「そうなの?」
「ああ、でもだからこそ高校ボクシングを悔いのないように
やり遂げたい! だから里香、もう少しだけ待ってくれ」
「うん、いつまでも待ってるわ」
「……ありがとうな」
「ううん、気にしないで」
その後、俺達はしばらく無言で見つめ合っていた。
するとどんという音がして、花火が綺麗に打ち上げられて、
最後にゴールデンシャワーが華々しく夜空を彩った。
そして俺と里香は一緒にその光景をしばらくの間、眺めていた。
次回の更新は2020年9月20日(日)の予定です。
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