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第五十四話 健太郎の過去


 ――やっぱり健太郎は凄い。

 ――もう健太郎は私なんかの手には届かない人になった。



 葉月美奈子は観客席から幼馴染の試合を観戦してそう思った。

 しばらくすると彼と親しい女友達が歓声を上げた。

 美奈子はいたたまれない気持ちになって、試合会場から出た。


「……ごめん、ちょっといいかな?」


 不意に後ろから男の声で呼び止められた。

 もしかして健太郎?と期待して振り向いたが残念ながら違った。

 だがある意味健太郎以上に意外な相手が立っていた。


「く、来栖クン?」


「ああ、俺のこと知ってるの?」


「う、うん」


 声の主は学年でも一、二を争う美少年と名高い来栖零慈であった。

 それに加えて健太郎の親友でもある。

 一体何を言われるのだろうか、と不安に思う美奈子。

 すると来栖はそんな美奈子の不安を払うように微笑を浮かべた。


「葉月さんは健太郎の幼馴染なんだよね?」


「う、うん。 そうだけどそれがどうかしたの?」


「実は健太郎のことで少し聞きたいことがあるんだよ?

 あ、ここでは何だからもう少し離れた所へ行かない?」


「う、うん。 いいよ」


 そう言って来栖はボクシング部の練習場から少し離れた場所へ移動した。

 美奈子は言われるがまま、来栖の後についていった。


「この辺でいいかな? じゃあ聞くよ? 

 健太郎って中学の頃に何かあったの?」


「!?」


 予想外の言葉に驚く美奈子。

 まさかこんなことを聞かれるとは思わなかった。

 というか何でこんなことを聞くのだろうか?


「前に健太郎と一緒に地元の夏祭りに行ったんだけど、

 なんか妙な雰囲気でね。 なんかあったみたいでさ。

 でも本人には聞けないし、だから幼馴染の葉月さんなら

 なにか知ってるかな、と思って聞いてみたんだよ」


 正直どう答えていいか分からない。

 そもそも来栖はなんでこんなことを聞くのだろうか?

 健太郎と同じ中学の美奈子は確かにその辺の事情を知っている。

 しかし他人にそれを話すことに躊躇いを覚えた。


「来栖クンはどうしてそんなことを知りたいの?」


「そうだね。 俺も本当は健太郎が話さないなら、

 俺が知る必要がないと思ってた。 でも最近本当に健太郎と

 仲良くてさ。 だからあいつのことを色々知りたいんだ。

 なんかボクシングを始めた理由もその辺が関係してる気がしてね」


 どうやら来栖に裏はないようだ。

 多分健太郎のことが気になっているんだろう。

 そういう意味じゃ健太郎は良い友達を持ったのかもしれない。

 そうだな、この人なら話してもいいかもしれない。


「……わたしが喋ったって健太郎に絶対に言わないでくれるかな?」


「もちろんだよ」


「分かった。 なら言うね。 実は――」



 美奈子から話を聞いて、来栖はしばし考え込んだ。

 美奈子の話によれば、中二の一学期の終わりくらいに

 かなり性質の悪い不良が転校してきたらしい。


 名前は川島宗次郎かわしま そうじろう

 その名前には来栖も聞き覚えがあった。

 ……奴か、と心の中で舌打ちする来栖。


 川島の歳の離れた兄貴が半グレ集団のリーダーだったらしくて、

 川島は転校してくるなり、ところかまわず喧嘩をしてたらしい。

 そして無抵抗の男子バスケ部員が川島に殴られているところに

 健太郎が助けに入ったが、逆にボコボコにされたとの話。


 本来なら批難されるのは川島である。

 だが教師も川島を恐れて見て見ぬふりをした。

 そしてボコボコにされた健太郎を嘲笑う者も少なくなかった。

 それからしばらくして健太郎はバスケ部に退部届を提出。


 そして中二の夏休みからボクシングジムに通い続けたらしい。

 その時の健太郎はまるで何かを振り払うように、

 ボクシングに打ち込んでたとの話。



 また川島は度重なる傷害事件により鑑別所行き、更に少年送りとなった。

 その後は中学にも来ることなく、悪事を重ねて出所と入所を

 繰り返す絵にかいたような転落人生を歩んだらしい。



 ――あの野郎に相応しい末路だな。



 と、来栖は内心でざまあねえなと思った。

 だが話を聞いて大体事情は理解できた。

 まあ川島が少年院送りになってからは、

 健太郎の中学は比較的平和になったらしいが、

 同級生に冷笑されたり、居て見ぬふりをした教師を

 多分健太郎は許せなかったんだろうな。



 それはなんとなく分かる。

 何故なら自分も小学生の頃に川島に虐められてたからだ。

 殴った川島は当然許せないが、自分に嘲笑を浴びせた

 同級生も同様に許せなかった。



 来栖が中学の途中から空手の道場に通ったのもその辺が原因だ。

 幸いにも川島は小学生の頃から札付きのわるで、

 小六の途中からほとんど学校に来なくなった。

 それがまさか健太郎の中学に転校してたとは……。


「それで川島のその後の噂は聞いたことあるかな?」


「わ、わたしも詳しくは知らないけど……あ、でも悪いお兄さんも

 捕まって刑務所に入れられたとか、とにかく今はこの街に

 住んでないと思う」


「そっか」


 あの兄貴も捕まったか。 ざまあないぜ。

 まあいい、川島はもう過去の人間。 今の自分には関係ない。

 しかしこれで健太郎のことが少し分かった気がする。


 夏祭りのあの妙な雰囲気。

 多分川島がパクられてから、かつての仲間がまた

 健太郎にすり寄ってきたんだろうが、

 健太郎はそれを拒絶したのだろうな。 その気持ちは分かる。


 何故なら自分も同じだからだ。

 中学で空手で鳴らして、悪い奴等とつるんでいた時期もあった。

 すると来栖にすり寄ってくる男や女が居た。

 その中にはかつて自分が川島に虐められていた時に

 嘲笑っていた奴も居た。 ふざけた野郎だ。


 まあでもしばらくしてワル連中とも付き合いを止めて、

 心機一転して受験勉強に励み帝政に入学したのであった。

 それからは他人と距離を取って生きていたが、

 何故か健太郎とかウマが合った。


 その理由は今でもよく分からない。

 強いて言えば二人の性格の相性が良かったのであろう。

 しかし二人とも同じ相手と揉めているとはね。

  

「く、来栖クン。 ほ、ホントに健太郎に言わないでよね?

 もしわたしが喋ったことが健太郎にバレたら本当に嫌われる……」


「もちろん言わないさ。 でも健太郎が本気できみを嫌うことは

 ないと思うよ。 あいつはああみえて友達思いの奴だからね」


「く、来栖クン」


「葉月さん、変な話を聞いてごめんね。 じゃあ俺はもう行くから」


「う、うん」


 そう言って踵を返す来栖。

 だが二人の話を隠れて聞くものが居た。


「ふうん、そういう理由があったんだ」


 と、生徒会長・氷堂愛理はそう呟いた。


 そして来栖は試合会場に戻った。

 すると里香がこう問うてきた。


「あ、零慈。 何処に行ってたの?」


「うん、ちょっとトイレだよ。 それより試合はどうなっているの?」


「うん、よく分からいけど帝政うちの圧勝みたい。

 ほとんどの選手がKO勝ちみたい、凄いね!」


「そうか、それは凄い」


 新人戦の結果はライトフライ級の戸船こそ判定負けしたが、

 それ以外の選手は全て勝利した。 その多くがRSC勝ちだった。

 これによってフライ級の香取、バンタム級の新島、

 そしてライト級の雪風健太郎、ライトウェルター級の森川。

 ウェルター級の島本、ミドル級の中村の計六名が

 来年一月に行われる関東選抜大会に出場することが決定した。


 だが健太郎の目標はあくまで全国大会。

 故に関東選抜大会も全勝して優勝するつもりであった。

 そして選抜大会で剣持や財前に勝つ。

 それが今の健太郎の目標であった。



次回の更新は2020年9月6日(日)の予定です。



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― 新着の感想 ―
[一言] ここで明かされる健太郎の過去。 川島、かなりヤヴァいヤツですね。 違法なこと(今回は暴力)に頼る人って、大体失敗しますよね。 やはり、違法よりも脱法!(絶対違う)
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