第四十九話 太秦(うずまさ)映画村
修学旅行、二日目。
今日はグループで行動する日だ。
移動範囲は太秦から洛西エリアまで。
男子は俺と来栖、笹本。
女子は里香、苗場さん、田村さんの計六名のグループだ。
俺達はとりあえず最初目的地である太秦映画村を目指した。
太秦映画村は京都の太秦にあるテーマパークだ。
現在も映画やドラマ、時代劇などの撮影が行われているセットの中で、
時代劇や忍者の衣装に着替えて散策できたり、
様々なアトラクションで遊べるらしい。
まあこう見えて俺は時代劇とか嫌いじゃない。
戦国モノの大河ドラマもけっこう観てたりする。
中学の修学旅行では映画村には行かなかったからな。
だから映画村へ行くのは初めてだ。 だから少しわくわくしている。
とりあえず宿泊ホテルから太秦まで市バスで移動する。
「でも何回かバスから降りるし、そのたびにバスに乗ると
運賃も馬鹿にならなくねえ?」
「そうね、だから一日乗車券を使うのよ」
「一日乗車券?」
俺は聞きなれない単語に苗場さんにそう聞き返した。
「うん、これさえあればわずか600円で京都市内のバスが
乗り放題というお得な乗車券なのよ」
「へえ~そんなんあるんだぁ~。 というか苗場さん、物知りだね」
「ううん、事前に色々調べてただけよ」
と、謙遜する苗場さん。
とりあえず俺達は人数分の一日乗車券を窓口で購入。
ふうん、こんな便利なものがあるんだ。
京都は観光都市だから、その辺も関係してるんかね?
まあいいや、とにかくお得だ。
そしてバスがやってきた。
うっ、思った以上に混んでいるな。
まあそりゃそうだな、京都は観光都市だもんな。
それに加えこんな便利な乗車券があれば、みんな使うわな。
とりあえず俺と来栖は里香や苗場さん、田村さんを護るように
彼女等の盾になった。 正直けっこう苦しいが、俺達は男だ。
こういう時に女を護ってこその男。 ……なんてね。
というか笹本が周囲の人に押されたり、足を踏まれたりと
今にも死にそうな顔をしている。 だが悪いな、笹本。
お前は男だ。 男の子ならそれくらい耐えるんだ。
そしてようやくバスが映画村前で止まった。
俺達は周囲に押されながらも、なんとか下車に成功。
「はあ~、超混んでたし~、超しんどかった~」
「う、うん、これは私の想像以上だったわ……」
里香の愚痴に相槌を打つ苗場さん。
よく見ると田村さんが苦しそうに白いハンカチで口を押えていた。
「朋美ちゃん、大丈夫?」
「う、うん、少し酔っただけだから大丈夫」
どうやら田村さんは大丈夫そうだ。
だが笹本はかなり青い顔をしている。 だ、大丈夫か?
「お、おい、笹本。 だ、大丈夫か?」
「う、う、うん。 だ、大丈夫だよ。
というか僕のことはいいから、雪風くん達だけ先に行ってて」
「おいおい、そういうわけにはいかねえだろ?
いいよ、お前が回復するまで待ってやるよ?」
「で、でも……」
「いいから、いいから、みんなもそれでいいよな?」
「「「「うん」」」」
四人が異口同音にそう答えた。
その後、軽い飲水とトイレ休憩を挟んだ。
15分後、ようやく笹本の体調が良くなった。
「笹本君、大丈夫?」
「う、うん、苗場さん、ありがとう。
僕のせいで時間を取らせてごめんね」
「ううん、いいのよ」
「そうだぜ、お前は俺達と同じ班だからな」
「ゆ、雪風くん」
「んじゃ行こうぜ」
そう言って俺達は映画村の中に入った。
その途中で里香が傍に寄ってきて、
「良いところあるじゃん」と俺の耳元で囁いた。
ん? なんのことだ? まあいいか。
とりあえず俺達は適当にパーク内をぶらついた。
おお、本当に江戸時代のような町並みだ。
時々侍の格好をした人もちらほら見かけた。
スタッフ? それとも役者さんか?
しかしこうして直に観ると、やはり凄いな。
観た感じ江戸の街並みを忠実に再現しているように思える。
でもこういう所で普通の格好で歩いていても、なんか味気ないな。
「ねえ、苗場さん。 ここってどんなサービスがあるの?」
「そうね、色々あるけど基本有料が多いわね」
「どんなのがあるの?」
「着物のレンタルとかあるけど、少し高いわ」
お? 着物のレンタルか。 いいじゃん、いいじゃん。
苗場さんは町娘の衣装とかめちゃ似合いそう。
「いいね、里香、苗場さん。 着物のレンタルしようぜ」
「え? じゃあ健太郎も着物着るの?」と、里香。
「いや俺は着ないよ? 面倒じゃん?」
すると里香も苗場さんも微妙な表情になる。
「……自分はしないのに、他人にはそれを求めるの?」
「……まあまあ里香ちゃん、それに着物のレンタルはけっこう
高いから、ちょっと無理と思うわ」
「ふ~ん、ちなみにいくらぐらいするの?」
「一番安いコースで2500円みたい」
2500円かあ。 確かに少し高いな。
修学旅行生の財布事情からしたら、2500円の出費は痛手だ。
「……それはちょい厳しいね。 他になんか面白そうなのある?」
「そうね、お化け屋敷とかはお手軽でいいかも?」と、苗場さん。
お化け屋敷かあ。 まあみんなで行くのには丁度いいが、
俺はこう見えてオカルト現象やお化け屋敷は苦手だ。
洋風ホラーはなんとか我慢できるが、和風ホラーはマジで無理。
「い、いや俺、お化け屋敷は苦手なの……」
「ぷっ、健太郎。 それマジ? 受けるんだけど~」
「意外ね、雪風君がお化け屋敷苦手だなんて……」と、苗場さん。
「でも有料サービスが多いのは、事実だし
ここは歩き回って雰囲気を楽しむだけでいいんじゃないかな?」
流石、来栖。 話をまとめるのが上手い。
まあどのアトラクションもそれなりに面白そうだが、
基本的にキッズ向けだからな。 俺達は高校生だもんな。
「あ、でもこのクライミングゲームはなんか雪風君向きかも?」
「どれどれ、ああなんかテレビとかでよくあるやつね。
確かにこれなら健太郎でもできるんじゃない?
というかやってみてよ。 値段も一人千円だしお手頃じゃん」
ああ、アレ系のゲームかあ。
確かにテレビとかでクライミング系のゲームを観るのは、
嫌いじゃない。 そうだな、千円ならやってもいいか。
「そうだな、やってみてもいいぞ? 里香もやるか?」
「そう、というか女子がやるわけないでしょ?」
へ? なんでだ?
里香は運動神経良い方と思うんだが……。
「……雪風君。 私達、女子はスカートだから。 ……分かるでしょ?」
苗場さんが馬鹿な息子を諭す母親のような表情でそう言う。
ああ、そうか。 確かにそうだな。 うん、納得した。
「了解、了解。 じゃあ俺がやるよ。 というか来栖もやんねえ?」
「う~ん、とりあえず俺は観てるだけでいいよ」
「そっか、んじゃ俺が来栖の分まで頑張るよ」
そんなわけで俺達はクライミングアトラクション
『神空 SHINOBI』まで移動。
そして俺は男性係り委員さんに千円を払い、誓約書にサインした。
ああ、バンジージャンプとかと同じなわけね。
まあ安全装置を装着しているから、基本的に安全。
俺は男性係り委員さんから、装置の接続法や登り方、
降り方のレクチャーを受けた。 そしてレクチャーが終了。
六つあるアクティビティの中から、
タイムトライアルを楽しむ『ハヤト』を選んだ。
高さ7メートルの壁をよじ登り、頂点のボタンにタッチすればゴール。
それをいかに早くできるかを競う。
10秒以内に登れたら、上級忍者に認定されるらしい。
面白いじゃねえか。 ちょっと本気出すか……。
「「健太郎、頑張れ~」」
「雪風君、無理しないでね?」
来栖と里香がハモり、苗場さんは対照的に俺の安否を気遣う。
こういうところでも性格の差が分かるよね。
んじゃスタートボタンを押すぜ。
それから俺は素早く壁を駆け登った。
うお、こうして登ってみると、けっこう高いな。
しかし部活で身体を鍛えている俺はこの程度では怯まない。
俺はテンポよく壁を駆け登り、一気に頂点を目指した。
ボクシングはボディバランスも重要なスポーツだ。
それがこの場においても役に立った。
基本はキッズ向けのクライミングアトラクション。
俺はこれでも全国大会に出たアマチュアボクサー。
そんな俺がキッズに負けては、少々恥ずかしい。
などと思いながら、壁を駆け登り、頂点のボタンにタッチ。
「おお、健太郎! 早い!」と、来栖。
「す、すごっ……」と、里香。
「雪風君、やっぱり運動神経良いのね」と、苗場さん。
「おお! 早いですね! 7秒67ですよ!!」
と、少し興奮気味にタイムを伝える男性係り委員さん。
「それって早いんですか?」
俺はゆっくりと壁を下りながら、そう問うた。
「ええ、早いですよ。 お客さん、何かスポ―ツされてはるんですか?」
「まあ、高校でボクシングしてます」
「へえ、ボクサーなんですかぁ~。 なんか納得しましたわ」
「いえいえ、あらよっと!」
俺はそう掛け声をあげなら、地面に着地した。
「雪風君ってやっぱり運動神経良いんだあ」
「いやそんなことないよ? 俺、球技とか基本下手だったし」
俺は苗場さんの言葉に謙遜ではなく、素でそう返した。
「そうなの?」
「うん、これくらい誰でもできるっしょ?」
「いやいやいや、それはないわよ?
私も驚いたよ。 あんな高い壁をすいすいと登るんだもん」と、里香。
「そうか? まあいいけどさ」
「で健太郎、どうするの? また別ので遊ぶの?」
「いやもういいよ。 なんか一つやったら満足した。
というかみんな見てると、やっぱり張り切ってしまうわ。
んで調子こいて途中で事故りそう」
「い、意外と自分のことを分析できてるのね」と、里香。
「んじゃ係り委員さん、自分はこれで終わりにします」
「そうですか。 ではおつかれさんどしたな」
「はい」
その後、俺達はレストラン街のラーメン屋で昼食を摂った。
女の子が三人居たので、一応「昼飯ラーメンでいい?」と
断りを入れたが、誰も特に反対しなかった。
里香曰く――
「ラーメン屋って一人や女同士では少し入りにくいから、
こういう時、男子と居ると少し得した気分になる」
みたいな事を言ってた。
それに苗場さんや田村さんも「うん、うん」と同意していた。
……そういうものなのか?
そして俺達は遅めの昼食を終えてから、お土産ショップを巡った、
けっこう色んな物があったが、誰も何も買わなかった。
まあ今買うと荷物になるからな。 そして俺達は映画村を後にした。
次回の更新は2020年7月29日(水)の予定です。