第四話 戦わずして勝つ
二十分後。
俺達は食事を終えて、レストランを後にした。
それから近くの『オセアニアの高原』で、アカカンガルー・エミューとセスジキノボリカンガルーを観た。 そこから少し南下して、『アジアの熱林』に行き、ウンピョウを始めとしたインドゾウ、マレーバク、スマトラトラなどを観た。
しかしここではもうあまり騒がず、
一通りの動物を観終わると、
再び北に向かい『寒帯の森』へ移動。
ここはペンギンやレッサーパンダなどが居るエリアだ。
すると里香がレッサーパンダを観るなり、
ややテンションを上げた。
「あ、レッサーパンダじゃん。 超可愛い~」
「ああ、レッサーだけど、可愛いね」と、来栖。
「里香、レッサーパンダを背景に写真撮ろうか?」
「う~ん、それはちょい恥ずかしいからいいよ」
俺の提案をやんわりと断る里香。
でも良かったぜ、機嫌を直してくれて。
その後、園内を適当にぶらぶらしていると、
キッチンカーの前へ出た。
どうやらかき氷を売っているようだ。
俺は目線で来栖に合図した。
「里香、かき氷食うか?」
「もち健太郎の奢りよね? 私はイチゴがいい!」
良い笑顔でそう言う里香。 なかなか良い笑顔だ。
「あいあい。 分かりましたよ、お姫様」
そう言葉を交わして、
俺と来栖はキッチンカーの前へ向かう。
すると来栖が耳元に口を寄せてこう言った。
「ちょっと安心したよ。
正直最初はどうなるかと思ったよ」
「ああ、一人ではしゃぎすぎたわ。 ……悪かったな」
「まあ俺はいいけど、やはり女の子がいる場合は
もう少し気を使った方がいいよ?」
「ういうい、肝に銘じておきます」
「そうしてもえらえると……ん?」
来栖は急に足を止めて、後ろに振り返った。
俺も釣られて、同じように振り返って、同じ方向を見た。
すると里香が見ず知らずの二人組の男達と話していた。
二人とも髪を染めており、見るからにチャラそうな雰囲気。
どうやらナンパさせれているようだな。
でも男連れだと知れば、こいつ等も大人しく立ち去るだろう。
「里香」
俺は二人組の後ろから里香に声をかけた。
「あっ、健太郎、零慈!」
里香の顔が急に明るくなった。
「んだよ、男連れかよ」
「というか男二人居るじゃん?
やっぱ外見通りビッチかよ~」
白けた声でそう言いこの場から去る二人組。
どうやら特に何もなく無事に――
「ちょっと待ちなさいよ! 誰がビッチですって! ふざけんなぁ!」
おいおいおい、火に油を注ぐような真似は止めてくれよ。
当然の如く、振り返りこちらに歩み寄って来る二人組。
「ああん? 男二人連れてるからって、調子乗んなよ!」
男の一人がキレ気味に里香に掴みかかろうとした。
はあ~。 しゃあねえな。
やりたくねえけど、やるしかねえな。
俺は素早く男の腕を掴んで制止させた。
「っ!? て、てめえ……放しやがれっ!」
「ムカつく気持ちは分かるけど、
女に暴力は感心しないなぁ~」
「って! て、てめえっ!?」
男が腕に力を籠めるが、俺はそれ以上の力を篭めた。
伊達にボクシングで鍛えているわけじゃない。
こう見えて俺は握力と背筋力は結構ある。
握力は右手75くらい。 背筋力は210前後だ。
名門校の野球部員ならともかく
その辺のチャラい男ぐらいなら、力負けしない。
「てめえ、コーキを放しやがれっ!」
もう一人の男が俺に殴りかかってきたが、
来栖が瞬時に間に入って割り、
パンチを躱して、腕をとって後ろに回り捻った。
「い、いでえっ!?」
「女連れで喧嘩なんかしたくねえけど、やるなら俺も本気出すよ? ちなみに俺は空手やってるし、そこの奴は現役のボクサーだぜ?」
来栖は男の腕を掴んだまま、冷笑を浮かべた。
なる程、ある程度力量差を分からせた上で、
ハッタリで凌ぐつもりか。
まあこの場においては、間違った選択肢じゃねえな。
「!?」
「お兄さん等、イケメンだし大丈夫。
きっといい娘見つかるよ?
だからここは俺等に免じて、引いてくれませんかねえ~?」
来栖は笑顔だが、声は笑ってない。
すると気圧されたのか、片方の男がこう言った。
「……わ、分かったよ。 引くから、手を放せよ?」
「あ、すみませんね~。
健太郎、そちらのお兄さんも放してあげて!」
「……ああ」
二人組の男は不機嫌な表情で、
こちらを何度か見てから離れていった。
「……ふう~」
なんとか上手くいったな。 やれやれだぜ。
来栖も「やれやれ」と小さくため息を漏らす。
と、そこで里香が声をかけてきた。
「やるじゃん、二人とも! あいつら、いい気味だわ!」
やや上機嫌の里香。
だが残念ながら俺は不機嫌だ。
だから言わせてもらうぜ。
「馬鹿っ! わざわざ相手を挑発して、
怒らせるなよ! ああいうのは適当にあしらってれば、
いいんだよ! もしあいつ等が俺達より強かったら、
どうしてたんだよ?」
「だ、だって……あいつらがビッチとか言ったじゃん!」
「そんなもん聞き流しておけ!
良い女にありつけなかった男の捨て台詞だ」
「……健太郎、怒っている?」
やや怯え気味にそう問う里香。
本当は俺も怒りたくなんかない。
だが今回だけはある程度言う必要がある。
「……少しな。 あいつ等はそうでもなかったけど、
世の中いくらでも性質の悪い輩は居るんだよ。
いつも俺や来栖が守ってやれるわけでもねえしな」
すると里香が表情を曇らせて無言になった。
どうやら反省しているようだな。 ならこれ以上は――
「まあまあそれくらいにしようぜ。
お互い怪我はなかったわけだし」
「……うん」
流石は来栖。 いい感じで場の空気を和らいでくれた。
そうだな、これ以上言って空気を悪くするのもアレだからな。
近くの時計を見ると、既に夕方の四時を過ぎていた。
「四時も過ぎたようだし、そろそろ帰るか」
「そうだね」
「……うん」
俺達はそう言葉を交わして、動物園を後にした。
まあオセロットを観れなかったのは、
少しだけ心残りだがまた来ればいいさ。
そしてバス停でバスに乗って、最寄りの駅まで向かった。
帰りのバスの中、里香は終始無言だった。
里香は時々こちらをちらちらと見てくるが、
視線が合うと目を反らす。
どうやら嫌われてしまったようだ。
でもなあ、これはしゃあねえよな
俺だって女に説教なんかしたくねえが、
何かがあってからでは遅いからな。
それで嫌われたなら、それでもいい。
ここは譲る気はねえぜ。
その後、電車を二回乗り換えて、
一時間後くらい電車に乗っていた。
その間も里香は殆ど喋らなかった。
来栖も空気を読んで必要最低限の会話しか交わさなかった。
やや後味悪い感じになったが、
電車が俺の降りる駅に止まったので――
「んじゃ俺はここで降りるから、来栖、里香。 またな!」
「うん、健太郎。 バイバイ!」
「け、健太郎!」
ん? 里香の奴がこちら見ながらそう叫んだ。
すると里香はもじもじしながら――
「きょ、今日はありがとうね。 色々……助かったわ」
ふう、ようやく口を聞いてくれたか。 やれやれだぜ。
「ん? ああ、また三人で遊びに行こうぜ?」
「う、うん」
「そんじゃバイバイ」
そう言って、俺は電車から降りた。
……。
う~ん、機嫌は直ったのか?
それとも最初から怒ってなかったのか?
分からん、俺には里香が何考えているか、まるで分からん。
俺は来栖の言う通り「恋愛偏差値13」ぐらいが妥当なのかもな。
女心はまじで分からん。
そう思いながら、俺は首を傾げて、
駅の中を歩いて行った。
健太郎が下車して、二人きりになった零慈と里香。
すると零慈は里香の傍に立ち、優しい声音でこう告げた。
「まあ健太郎は少し天然だからさ。
そんなに怒らないでやってよ?」
二人っきりになった途端、友人のフォローをする零慈。
彼は顔だけでなく、心もイケメンだ。
すると里香は小さく左右に首を振った。
「ううん、最初から怒ってないよ」
「そうなの? 良かった」
「ただちょっと驚いたのと、……嬉しかったから」
「……そうか」
するとしばらくの間、二人は無言になる。
だが零慈は焦らず辛抱強く里香の言葉を待った。
「……あんな風に同じ年の男の子に本気で
怒られたの……初めてだわ」
「だろうね。 普通はあまりしないよね」
「うん、でもそこがいいかも。
普通は皆、空気読んで当たり障りのない事しか言わないよね?
でも健太郎は真剣に怒ってくれた。
そういうの少し嬉しいかも……」
「まあ、ああいうところが健太郎の良さだね」
「うん、普段はいい加減で空気読まないけど、
そういうところは少しかっこいい」
と、少し顔を赤らめる里香。
すると零慈は左手の人差し指で、軽く頬を掻いた。
「それ、本人には言わない方がいいよ? 調子に乗るからね」
「……だろうね。 だから言わないよ」
そうこうしているうちに、電車は新しい駅に停車した。
「あっ、私この駅だから降りるね」
「ああ、里香。 それじゃまたね」
「うん、零慈。 また三人で遊ぼうね」
「うん、じゃあバイバイ」
「うん、バイバイ」
そう別れの挨拶を交わして、里香は電車を降りた。
その後、里香の姿が見えなくなるまで、目で姿を追う零慈。
そして完全に里香の姿が消えると、
電車のドアに持たれかかりながら――
――……ずっと三人で、ってわけにはいかないかもな。
――でも相手が健太郎だからな。 多分里香も苦労するぜ。
――その時は、俺がやんわりとフォローするか。
――こういう風に人と深く関わるのも、久々だな。
――でも俺は二人とも友人として好きだぜ。 これは嘘偽りない本音さ。
そう思いながらも、何処か楽しげの零慈。
そして目的の駅に到着して、零慈も電車を降りて、そこから歩いて自宅へ帰った。
週が明けて、月曜日の朝。
この日から期末テストが始まる。
だから今朝はいつもより早く家を出た健太郎。
そして登校の途中で幼馴染の葉月美奈子と出会った。
とりあえず二人は朝の挨拶を交わして、一緒に登校した。
三十分後。
学校に到着して、下駄箱で上履きに履き替える。
「じゃあ、健太郎。 機会があれば一緒に試験勉強しようね」
「ああ、機会があればな。 じゃあな、美奈子も試験頑張れよ」
と、言葉を交わしてそれぞれの教室へ向かった。
二年四組の教室には、
朝の八時前だが既に数人の生徒が登校していた。
皆、真面目に教科書や参考書を読んでいる。
いや一人だけ違った。
その女生徒――里香は健太郎のところに寄って来た。
「お、おはよう、健太郎」
「おお、おはようさん」
「こ、この間はごめんね……」
と、謝罪する里香。
だが健太郎は少し首を傾げながら、こう言った。
「ん? 何の事?」
「……試験勉強した?」
「まあ……一応な」
「そっか、じゃあ私もちょっと自分の席で勉強するね」
「ああ、んじゃまた後で」
そう言葉を交わし、それぞれ自分の席に座る二人。
そして健太郎からは、見えない角度の席で里香は軽く微笑んだ。
次回の更新は2020年4月24日(金)の予定です。