第四十七話 舞い降りた天使?
そして迎えた木曜日の夜。
いよいよ明日から修学旅行だ。
とりあえず俺も明日からの修学旅行の準備を始める。
といっても基本は着替えくらいしか持ってかねえけどな。
とりあえず適当に衣類と替えのパンツと靴下を
旅行鞄の中に放り込んだ。 あとは洗面用具か。
まあ念の為にデジカメも持っていくか。 それとスマホの充電器。
以上で終了。
旅行の際に余計な荷物を抱えないのが、俺の主義だ。
まあ多分誰かがトランプやウノや花札、それと麻雀牌とか
持ってくるだろう。 中には家庭用ゲーム機を持ってくる猛者もいそうだ。
まあ今どきはスマホ一つあれば、だいたいのことはできる。
とりあえず明日は早いからもう寝よう。
集合場所は東京駅。 新幹線で京都へ行く感じだ。
遅れると色々面倒なので、流石の俺も遅刻する気はない。
まあこう見えて俺は普段からあんま遅刻しないけどね。
こう見えて俺は根が結構真面目。 ただし言動が不真面目なので、
俺のそういう真面目な部分は誰も評価してくれない。 あはははっ!
まあいいや、とにかくもう寝よう。
翌朝。
早く家を出る為、いつもより早く起きた。
出勤前の親父と顔を合わせ、とりあえずお土産代一万円ゲット。
一応俺も一万円の小遣いを持ってるので、合計二万円。
なんかちょっとリッチになった気分。
「にゃ~ん」
と、飼い猫のキジトラ猫のガラも俺にすり寄って来た。
お? お前もお土産欲しいか?
なら生八つ橋のマタタビ味とかがいいか?
まあそんな物売ってないだろうし、あったとしてもクソ不味そう。
「お兄ちゃん、ちゃんとよーじ屋のあぶらとり紙を買ってきてね」
「ういうい。 家族用のお土産は生八つ橋でいいよな?」
「まあそれが無難よね。 健太郎、風邪を引かないようにね」
「いや大丈夫だよ。 たかが三泊四日の旅行だぜ?」
俺は心配そうにそう言うお袋にそう返した。
「アンタは興奮して遠足熱を出すタイプだから心配なのよ?」
「いや俺もう高校生だし! 小学生みたいに言わないでくれよ!」
「頭の中身と言動は小学生みたいなもんでしょ」
バッサリとそう斬り捨てるお袋。
ひ、酷い! 親父にも言われたことないのに!
でもある意味当たってるな。 だから反論できねえよ。
流石は俺のお袋だ。 俺のことよく分かってんな。
「健太郎、しっかり楽しんでこいよ」
「ああ、親父。 分かったよ、それじゃ俺はもうそろそろ行くぜ」
「「「いってらっしゃい」」」
そして俺は最寄り駅の成戸から東京駅へと向かう。
幸いにも乗り換えの必要もなく、電車一本で東京駅に着く。
東京駅のホームに降り立つと、人混みの中にちらほらと
帝政の制服を着た集団が見えた。
俺はそのままホームから長い長い階段を上り、
新幹線の乗り場を目指す。 まあ流石は天下の東京駅。
まだこんな時間だというのに、周囲にはたくさん人がいる。
そしてしばらく歩いて、ようやく新幹線口に到着。
おお、居る、居る、帝政の生徒だらけじゃん。
「健太郎!」
その帝政の集団の中から俺を呼ぶ男の声がする。
俺を名前で呼ぶ男の同級生などほとんど居ない。
そしてこの美声、 声を聞いただけで分かるぜ。
「おはよう、来栖」
「うん、おはよう、健太郎」
「里香たちはもう来てるのか?」
「うん、あそこに居るよ。 里香、苗場さん!」
「あ、おはよう、健太郎」
「おはよう、雪風君」
と、里香と苗場さんもこちらに寄って来た。
まあいつもの面子だが、この三人相手なら変に気を使う必要ないからね。
その後、俺達はしばらく他愛のない会話をして、時間を潰す。
すると俺達が乗車予定の列車が時間通りに到着。
その後、みんな先生方に誘導されて、
それぞれのクラスに割り当てられた車両へ乗り込んでいく。
そして俺達も自分達が座る席を探す。
一列に五席かあ。 そういえば新幹線ってそうだったな。
三席と二席に分かれている形だ。
さて、どうした席順にしようか?
「三席は里香、苗場さん、それと田村さんも同じでいいかな?」
「う、うん。 わたしは構わないよ」
と、来栖の問いに控えめに答える田村さん。
となると残りに二席に俺と来栖が座る形か。
でもそうなると同じ班の笹本が一人あぶれるな。
……どうしよう?
「あ、雪風くん、来栖くん。 ぼ、ぼくは適当に空いている
席に座るから、二人はそこの席に座ってよ」
「笹本くん、ホントにいいの?」
「う、うん。 じゃあ、ぼく適当に席を探してくるから!」
来栖の問い、そう答えてこの場から去る笹本。
まあ笹本からすれば、苗場さんは別として、
俺や来栖、里香に囲まれた席じゃ気が休まらないだろう。
それに加えて、俺達に気を使ってくれたんだと思う。
な、なんか悪いな。 笹本、お前いい奴じゃん。
「あ、私、窓側がいいかも?」
ナチュラルにそう言う里香。
まあ確かに新幹線と言えば、窓際の席だ。
なにせ途中で富士山が観られるだからな。
俺なんかも家族で新幹線乗ったら、必ず窓際の席に座る。
だけどそれは家族間だから許される行為。
こういう場で残りの二人に確認せず、いきなり言うのは
少しアレですぜ~、里香さんよ~。
「じゃあ、私は真ん中ね。 朋美ちゃんは通路側でいい?」
「う、うん。 わたしはそれでいいよ、早苗ちゃん」
しかし苗場さんは嫌な顔一つせず、里香の要望に応えつつ、
ベストな席順を瞬時に決めた。 自身を真ん中に置くことで
苗場さんは里香とも田村さんとも話しやすい。
更には田村さんの立場からすれば、里香の隣は避けたいだろう。
そこで彼女を通路側の席にする心優しい気配り。
苗場さん、アンタ凄げえよ! アンタ、もしかして聖女!?
「な、何? 雪風君?」
「い、いやなんでもないよ」
と、ガン見してたら、苗場さんに軽く引かれた。
こ、これは地味に堪える。 もし――
――え? 何? その勘違いした感じの表情は?
――雪村君とはあくまで友達なんだけど~?
――なんかそういう風な目で見られると、正直気持ち悪い。
みたいな事を苗場さんに言われたら、俺は再起不能になるだろう。
言うならば、右のカウンターを急所に喰らったようなもんだ。
まあ苗場さんは本当に良い人だ。 お、俺はそう信じてる。
だからこんなに残虐な言葉は多分吐かないだろう。
でも彼女に「え? ちょっとキモいんだけど?」みたいな
反応をされると、かなり効くね。 いやマジで……。
「雪風君、もしかして具合が悪いの?」と、苗場さん。
よ、良かったぁ~。
ちゃんと普通に口聞いてくれたよ。
なんかすんげ~安心した。
「ちょ、ちょっと寝不足でね」
「そう、なら少し寝た方がいいよ?」
「そ、そうだね。 でも富士山が見えそうになったら、
起こして欲しい……かも?」
「うん、分かったわ」
「苗場さん、色々とありがとうね」
「ううん、気にしないで!」
や、やはり苗場さんは良い人だぁ~。
この人はやはり聖女か? あるいはこの世に舞い降りた天使なのか?
などと考えていると、里香と視線が合った。
すると彼女は不機嫌そうに「ふん」と鼻を晴らした。
り、里香さん、露骨に不機嫌そうですね。
それを隠さず堂々と不快感を露わにするところも流石。
苗場さんが天使としたら、里香は生まれながらの女王。
この二人に囲まれている俺ってもしかして勝ち組?
「ちょっと健太郎、なにニヤついてんの? なんかキモいよ?」
「……ああ、悪いな。 お、俺はもう寝るよ」
「ふ~ん、あっそ」
と、ぷいっと顔を窓から見える景色に目を移す里香。
……いやこういう風にストレートにキモいと言われるのも、
普通に効くな。 わりとマジでへこみそう……。
でもなんで里香はこんなに不機嫌なんだ?
俺が苗場さん相手にデレデレしてたからか?
……ま、まあ多分そうと思う。
恋愛偏差値13でもそれくらいなんとなく分かる。
まあ拗ねるところは可愛いんですが、
「キモい」って言葉をストレートに言うのは止めてね。
男子にとって女子の「キモい」発言はRPGゲームの
即死魔法並みの効果があるんですよ。 ……いやマジで。
まあいいや、疲れているのは事実だ。 少し寝よう。
次回の更新は2020年7月15日(水)の予定です。