第四十六話 何処へ行く?
文化祭も終わり、十月も中旬を迎えた。
衣替えもされ、男女共に冬服に様変わり。
まあ男子の制服は昔ながらの黒い詰襟の学ランだが、
うちの女子の制服は有名デザイナーとかが
デザインしたとかで、受験を控える女子中学生からは、
ある種の憧れになっている、とかいう話を聞いたことがある。
そういや妹の渚も「帝政を受験したい!」とか言ってたな。
まあ、あいつも成績は悪い方じゃないが、
うちはこう見えて結構進学校だからな。 受かるのか、あいつ?
まあそれはさておき。 文化祭が終わってもクラスのお祭り気分は
終わってない。 まあ今週末から修学旅行があるからな。
しかし本音を言うと、俺は今ボクシングに気持ちが揺らいでいる。
右拳の怪我も完治して、国体以降はほぼ毎日部活に顔を出している。
新主将の新島も予想以上に周囲を盛り立て、
部活内の雰囲気はかなり良い。 なんか活気に満ちている感じだ。
まあ俺としては、一カ月半の充電期間が色んな意味で良い薬になった。
ボクシングから離れて、夏期講習に出て、友達と遊んで、
柄にもなく文実に出たりもした。 あれはあれで悪くない経験だった。
しかし剣持や財前が国体の舞台で活躍する姿を目の当たりにすると、
俺の中で様々な感情が沸き起こった。
決勝戦という大舞台で戦う二人に嫉妬もした。
剣持戦後は色々と満足した部分もあり。
ボクシングに対するモチベーションも低下していたが、
しばらくリングから遠ざかると、やはりボクシングが恋しくなった。
俺も来年は受験生。
受験のことだけを考えるなら、
部活を辞めて勉強に専念するのも一つの手だ。
だが仮にそれで志望校に受かったとしても、
その時、俺はこう思うだろう。
――やはり部活は続けておくべきだったのでは?
――受験を口実にボクシングから逃げたのでは?
多分それは一生ついてまわる。
なんだかんだで中二から続けてきたボクシング。
それを納得いかない形で放り出したくない。
だから苦しくても勉強も部活も両立させなくてはならない。
最近は頭の中でずっと同じようなことを考えている。
そして周囲は修学旅行が近いから、浮かれ気分だが
俺は何処か冷めた目でそれを見ていた。
しかし武田さんと郷田さんから――
「今はやる気になってるから、ボクシングに専念したいという
気持ちが強いかもしれんが、ちゃんと修学旅行は楽しめよ?
俺や郷田もちゃんと楽しんだからな。 ボクシングだけが人生じゃねえよ」
「ああ、まあお前は意外に一途なところがあるからな。
でも俺達はボクサーである前に一人の高校生。
だから俺達にも青春を謳歌する権利はあるのさ」
というアドバイスを貰った。
まあそれもそうだよな。
ここで修学旅行を楽しまないと、後々後悔するかもしれねえ。
多分十一月の新人戦は今のままでも勝てるだろう。
だから今は目前に迫った修学旅行を楽しむか。
「雪風君、どうしたの?」
俺の顔を覗き込みながら、そう言う苗場さん。
相変わらず黒髪ツインテールと
知的な感じの細いフレームの眼鏡がマッチしている。
「……いや何でもないよ」
「そう? 最近何か考え込んでいたようだけど」
「まあちょっとね。 でも大丈夫、心配してくれてありがとう」
苗場さんは本当に気遣いができる人だなあ。
彼女が俺達三人のグループに加わって、早二カ月。
彼女のおかげでグループ内の雰囲気もぐっと良くなった。
「確かに最近の健太郎は少し変だったわね。
何か心境の変化でもあったの?」
と、里香がやや探るような眼でこちらを見た。
まあ苗場さんが気付いたんだ。
一年以上付き合いのある里香なら気付いて当然だろう。
「まあ……少しな。 でも今は純粋に修学旅行を楽しもうと思ってる」
「……そう、それは良かった。 ところで健太郎、
三日目の自由行動どうする?」と、里香。
修学旅行は三泊四日だ。
一日目がクラス行動、二日目がグループ行動。
そして三日目が自由行動。 まあ何処の学校も似たようなもんだろう。
自由行動かあ。 特に行きたい場所はねえなあ~。
「里香は何処か行きたいところでもあるのか?」
「う~ん、プニバーサルスタジオとかちょっと良いかも?」
里香さん、遊園地大好きっスね。
でもプニバは大阪っスよ?
それに移動時間考えたら、あんまり遊べないと思うぜ。
「プニバは大阪だし、少し遠いんじゃね?
移動時間に乗り物の待ち時間を加えたら、
多分あんまり時間的余裕はねえと思うぞ?」
「まあ……そうよね。 でも他に特に行きたい所ないのよねえ~」
まあ里香の意見はある意味日本の女子高生の本音だろう。
確かに京都という街は、歴史があり観光地としても有名だ。
外国人の評判も良く、日本が世界に誇れる観光都市だろう。
しかし只の一介の高校生には、色々と荷が重い。
神社とか寺とかなんて興味のねえ連中はとことんねえ。
歴史の重みや文化的価値とか言われてもピンとこねえもんな。
ようは楽しく騒いで、思い出を作れればいいんだ。
そういう意味じゃ京都より沖縄とかの方がいいかもな。
でも俺としては、沖縄はパス。
理由?
飯匙倩が怖いんだよ。
子供の頃、飯匙倩に噛まれた人の写真を
みたことあるが、あれが軽いトラウマになっている。
故に俺は今後も沖縄にはあまり行きたくない。
そういう意味じゃ京都は無難な旅行先といえるかもな。
「俺も似たようなもんかな。 来栖は行きたい所とかある?」
「う~ん、俺も特にないかな?」
「なんか話がまとまらないわね」と、里香。
なんか先行き不安になってきたな。
なんか結局、京都市内のカラオケとかで時間潰して、
適当にお土産買って終わり、とかなりそう……。
しかし苗場さんがそこに一石を投じた。
「でも京都は結構楽しいと思うよ?
お寺とかもいいけど、鴨川なんかもいいよ」
「あっ、あれだろ? カップルで行くと別れる
ジンクスがあるって川だろう?」
「「「……」」」」
し~ん。
俺の一言で三人は急遽押し黙った。
え? え? なにこの空気?
い、いや俺もネットで知った知識を言っただけだよ?
「……健太郎、もうちょっと考えてもの喋ろうよ?」
「……あい」
来栖にそう言われて、俺はしゅんとしながらそう言った。
すると追い打ちをかけるべく、里香がこう言葉を放った。
「健太郎、そういうところだぞ?
というか早苗がせっかく良い感じに話題を振ったのに
なんでそういう返しをするのよ?」
「い、いやマジですまん。 ただネットで聞いたことがあって……」
「ううん、いいのよ。 里香ちゃん、私は気にしてないよ」
「まあ早苗がいいなら、私もいいけど」
「で、でも実際鴨川は良いと思うよ。
京都市内の高校生はよくカップルであてもなく
鴨川を歩くらしいのよ。 そういうのって良くない?」
「……確かにいいかも? ちょっとロマンチック。
でもねえ、結局は一緒に歩く相手が重要と思う」
そう言いながら、こちらを見て、ジト目になる里香。
ま、まあな。 確かに「心が山猫レベル」で「恋愛偏差値13」
の奴と一緒に歩いても、ときめきもくそもねえよな。
なんかごめんなさい。 生まれてきてごめんなさい。
でも俺自身は自分のこと結構好きです。
「じゃあ鴨川も候補に入れておこう。
特に何も考えず鴨川をみんなで歩くのも良いかもね。
苗場さん、他に良さそうなところあるかな?」と、来栖。
「有名どころは清水寺とか銀閣寺、南禅寺だけど
これはクラス行動の時に行くわね。
後は映画村とか。 これも二日目に行くけど」
まあその辺が定番だよな。
でもなんかテンプレって感じだな。
あ、そういえばお袋と渚になんか頼まれてた。
「あ、ろーじ屋だっけ? あぶらとり紙?
なんかお袋と妹に頼まれてんだけど~」
「ろーじ屋のあぶらとり紙ね。 有名よ。
私も欲しいかな? 里香ちゃんは?」
「ああ、なんか有名なやつよね? 私も欲しいかも?」
「ならついでにろーじ屋のカフェでお茶しない?
なんかろーじ屋祇園店ならカフェでお茶できるみたいよ?」
「あ、それいい。 なんかお洒落な感じ。
というか祇園かあ~、祇園と言えば――」
「舞妓さん!」「舞妓はん!」
と里香と俺がほぼ同じ答えを導き出した。
すると里香は右手の人差し指でこめかみを抑えながら――
「ううっ……健太郎と同じ発言するのって微妙にへこむ」
と、露骨に落ち込んだ。
なんなんスか、その反応は? 少し失礼ですよ?
と言いたいんだが、言えないんだなあ~、これが。
何せ普段の言動がアレだからね。 あはははっ……。
「……それと秋の嵐山とかも良いみたいよ?
紅葉がとても綺麗みたい。 嵐山には三日目に泊まるけど」
苗場さんが話題を変えるべくそう言った。
「へえ、それちょっといいかも?
でも私は京都市内に行きたいかな?
京都駅から嵐山ってどれくらいかかるの?」
「ちょっと待ってね、里香ちゃん。 今調べるから」
そう言ってスマホで検索する苗場さん。
なんか苗場さん一人に任せるのも悪いな。
俺もスマホで調べよっと! 京都駅から嵐山っと。
「あ、俺も調べたけど、JRを使えば早いみたいだよ?
京都駅からJR嵯峨嵐山という駅まで普通なら17分、
快速なら11分で着くみたい。
そこから二十分くらい歩いて、嵐山駅に着くみたい」
流石、来栖。 仕事が早い。
それでいて簡潔で分かりやすい。
「それとバスを使えば運賃も下がるみたいね。
京都駅から市営バスに乗って、嵐山公園まで約40分。
少し時間がかかるけど、運賃は230円ね。
これなら財布にも優しいわね」
ほへえ~、苗場さんもやるねえ。
というか運賃230円は安いな。
確かに財布にも優しい。 なんか苗場さん、主婦っぽい。
「それじゃあ私はバス移動がいいかな?
三日目の自由行動の後の集合場所は、嵐山のホテルよね?
なら時間まで京都市内で遊ぼうよ?
早苗、京都市内なら鴨川以外で何処か遊べる場所ある?」
流石、里香。 自分は何もせず他人任せ。
生まれながらの女王気質。 そこに痺れる~、憧れる~。
でも苗場さんは嫌な顔一つせず、冷静に受け答えする。
「そうねえ~。 京都市内なら鴨川のある四条や三条が
地元の高校生の遊び場みたい。 三条通から四条通までに
ある新京極とかも人気スポットらしいわ」
「ふうん、なんか京都もそこそこ遊ぶ場所あるみたいね。
でもなんか地名とか言われても、いまいちピンとこない。
京都も意外に複雑ね」
まあそりゃそうだろう。
なんせ国際文化観光都市だからな。
伊達に世界で人気のある都市第一位に選ばれてはいない。
にわか仕込みの俺達の適う相手じゃない。 ……多分。
「そりゃそうだろうさ。 逆に京都の奴に
渋谷とか、新宿とかでなく、錦糸町とか町田とかについて
聞いても、多分微妙な反応すると思うぜ?」
「……なんか微妙な例えだけど、一理あるかも」
やや不満げな顔をしながらも、一応は納得する里香。
いやまあ別に錦糸町とか町田をディスってるわけじゃないよ?
俺個人としては、錦糸町や町田もけっこう好きだもん。
「じゃあ京都市内で遊んでから、
バスで嵐山へ行って紅葉を見るかんじにする?」
「……そうだね。 なんか秋の嵐山の紅葉はマジで綺麗らしいから、
見ておいて損はねえかも? まあ適当に京都市内で遊んで、
飽きたら、嵐山で紅葉鑑賞って感じでいいんじゃね?
ただ単に遊ぶなら別に京都である必要もねえし、
今回は観光メインでいいんじゃね?」
俺は苗場さんの意見に賛同しながら、
自分の意見も付け加えた。 よく分からんが四条とか三条とかで
遊んでもそれなりに楽しいと思う。
でもせっかく京都に行くんだから、普段とは違う何かをしたい!
みたいな感じ?
「健太郎にしては、いいこと言うわね」と、里香。
「うん、俺も賛成だね!」と、来栖。
「それじゃ大体こんな感じでいいかな?」
「「「うん」」」」
「朋美ちゃんもそれでいいかな?」
「え、わ、わたしはみんなに合わせるよ」
苗場さんに言われて、そう曖昧に頷く田村さん。
そういえばこの人も同じ班だった。
なんかごめんね、俺達だけで決めてさ。
というか笹本も同じ班だったな。
「笹本もそれでいいよな?」
「えっ!?」
急に俺に声をかけられたせいか、露骨にびくっとする笹本。
い、いやさ、そういう態度はなんか俺が虐めてるみたいだから、
ちょっとやめてくんね? お、俺でも傷つくことあんのよ?
こ、これでも一応人間なんだよ? ……一応ね。
「ぼ、ぼくもみ、みんなに合わせるよ。 あ、あはははっ」
「了解、了解」
こんな感じに一応自由行動で行く場所も決まった。
まあ三泊四日の短い旅だが、ちゃんと青春を謳歌しよう。
ボクシングを頑張るのは、修学旅行の後でもいいだろう。
……多分。
次回の更新は2020年7月12日(日)の予定です。