表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/117

第四十四話 天に二日無(にじつな)し


「郷田さん、武田さん! 優勝おめでとうございます!」


 表彰式と閉会式を終えた郷田さんと武田さんは、

 黒い詰襟の学ラン姿だ。

 うちの高校は十月で男女ともに衣替えだからな。


 今は試合会場だった県立高校の駐車場で、

 スクールバスが来るのを待っている状態だ。

 他の高校の連中も同様にバスの待ち時間に

 会話して時間を潰しているようだ。


「応援ありがとうよ、雪風」


「ああ、俺も高校最後の公式戦でようやく優勝できたぜ」


 と、武田さんがぶっきらぼうに言い、

 郷田さんがやや真剣な表情でそう言った。

 まあそりゃそうだろうな。

 二冠を達成した武田さんも凄いが、

 最後の公式戦で優勝した郷田さんは感無量の表情だ。


「武田さん、二冠達成おめでとうございます!

 郷田さんも最後の最後で優勝するなんて凄いっス」


「おう、ありがとよ」と、武田さん。


「まあ俺も必死だったからな。

 ところでお前の方はどうだったんだ?

 ちゃんと二人の試合を観れたか?」


「ええ、おかげでばっちり偵察できました」


 俺は郷田さんの問いにそう返した。

 まあ二人も優勝できたし、俺もじっくり偵察できたから

 今日の試合の結果には、色々と満足している。


「そいつはよかっ……ん?」


「郷田さん、どうかしたんですか? ん!?」


 他校の生徒と思われる男がこちらに向かって歩いてきた。

 青いブレザーの学生服。 さらさらの黒髪。 少し長いもみあげ。

 身長は俺よりは低い。 そして全身がシュッとした細身の体型。 


 その男――剣持拳至が微笑を浮かべながら、

 俺の傍までやって来た。 しかしこいつも相変わらずだな。

 他人を小馬鹿にしたような笑いまで同じだ。

 

「よう、雪風。 久しぶりじゃねえか」


「……よう、剣持。 優勝おめでとさん」


 まあ優勝したのは、事実だしその部分は素直に賞賛してやろう。

 すると剣持は一瞬真顔になって――


「ほう、お前が素直に祝ってくれるとは、意外だな」


「そうか? というか俺に何か用か?」


「いやお前の顔を見かけたんでな。 

 少し声をかけておこうと思ったまでよ」


「ふうん、あっそ」


「ふふふ、興味のないふりをしても無駄だぜ?

 お前は俺の試合の偵察に来たんだろう?」


 なんだろう、こいつ。

 ここまでアレな言い方されると、ムカつくの通り越して

 なんか面白いわ。 なんか三十年前の漫画の敵キャラみたいだ。


「おい、剣持! 何してるんだ!?」


 そう言ってもう一人、剣持と同じ制服の男子高校生が

 こちらに駆け寄ってきた。 まあ大体誰か分かるよ。


「ああ、影浦か。 何、雪風と少しお喋りしてただけだぜ」


「へ? 雪風って……ああっ!! 本当に雪風……くんだ」


「よう、影浦くん。 インターハイに続き二冠おめでとう!」


「あ、ああ……ありがとう?」


「そういうおめえは選抜には出てこれそうか?」


 俺を見据えながら、そう問う剣持。

 ほう、高校四冠王者が俺如きのことを気にかけてくれるとはな。

 

「まあ拳の怪我も治ったし、選抜は出るつもりだよ」


「ふふっ、そりゃ楽しみが一つ増えたぜ。

 お前には夏の借りがあるからな。 

 是非、大舞台でその借りを返したいものだ」


「おい、剣持。 またお前はそうやって――」


「ねえ、ねえ、影浦くん」


「へ? 何?」


 俺の呼びかけに、少し戸惑う影浦。

 そして俺が次に発した言葉で場の空気が一転する。


「こいつ、学校とか部活でもいつもこんな感じなの?」


「そうだよ。 マジでいつもこんな感じだぜ~?」


「ねえ、ねえ、剣持って友達居ないでしょ?」


「ぷっ!」


 俺の予想外の言葉に影浦は「ぷっ」と噴き出した。

 するとにやりと笑いを浮かべて――


「居ねえ、居ねえ。 ただの一人も居ねえ……ぷっ」


「ああ~やっぱりそうなんだぁ~」


 と、俺は哀れむような眼で剣持を見た。

 すると剣持はむっとした表情になり――


「て、てめえ! なんだ、その憐れむような視線は!?

 というか影浦! 他所よその学校の奴に余計な事を言うんじゃねえよ!」


「ぷっ……だ、だって事実じゃねえか」


「あ、効いてる、効いてる」


「なっ!? ゆ、雪風! 俺を馬鹿にしてるのか!?」


 お? なんか珍しくムキになってるな。

 やはり図星をつかれると、人間はむきになるようだ。

 ようし、ものはついでだ。 もう少しおちょくってやろう。


「いや……馬鹿にしてなんかいねえよ。

 でもさ、友達一人ぐらいは居た方がいいよ?

 なんいうかさ、その中世の王族とか貴族みたいな

 態度はマジでやめたほうがいいと思うぜ?

 お前、修学旅行とか、ちゃんと班に入れてもらえるか?」


「ゆ、雪風!? て、て、てめえっ!?

 お、俺に喧嘩売ってんな! あ? こ、ここでやってやろうか!?」


 うお、めっちゃ怒っている。 めっちゃ効いている。

 というか剣持のリアクションがなんか面白い。

 こいつも意外と可愛いところあるじゃねえか。


「いやいやいや、そりゃいかんでしょうよ?

 高校四冠王者ともあろう御方おかたが公衆の面前で

 喧嘩するのは良くないよ。 喜ぶのはマスコミ陣くらいだろうさ」


「ぷはははぁっ……や、やべえ! ゆ、雪風くん、めっちゃ面白い!」


 腹を抱えて笑う影浦。

 一方、剣持は右拳を握り締めながら、ぷるぷると身体を震わせていた。

 気が付くと、周囲の視線がこちらに集まっていた。

 そろそろ、やめ時だな。 ん?


「なにやら随分楽しそうだね」


 と、ボタンのない紺色の詰襟学生服の和風美少年がこちらにやって来た。

 来栖が洋風の美形なら、この男は和風の美形。

 身長は剣持と同じくらいか。 さらさらの少し長い黒髪。

 白皙、長い手足。 身体は一見華奢そうだが、着痩せして見える細マッチョ。

 その少年――財前武士が悠然とした態度で、こちらを一瞥する。


「なんだ、おめえは?」


 と、剣持が軽く威嚇する。


「……随分な口を聞くじゃないか」


「いやさ、おめえ、マジで誰?」


 と、真顔で言う剣持。

 おい、おい、おい、剣持マジで言ってるのか?

 ついさっきまで決勝戦で戦っていた相手じゃねえか?

 お前、どんだけ他人に興味ねえんだよ。

 俺より酷いぞ?


「……剣持くん。 勝者の余裕ってやつかい?」


 財前は眉をひくつかせながら、そう言う。


「おめえ、もしかして俺のファンか?

 悪りいな、俺は男にはサインしない主義なんだよ」


「くっ……あまりぼくを舐めるなよ!

 というかきみは対戦相手の顔も覚えてないのか?」


 ややむきになってそう怒鳴る財前。

 いやさ、その気持ちにすんげえ分かるよ。

 でも剣持相手にむきになっても仕方ねえと思うぞ。

 だって剣持だもん。


「武士、なに騒いでるの? 人前でみっともないわよ」


貴美たかみね、姉さん……」


 そう言って颯爽と現れたのは、さっき居合わせたあの美人さんだ。

 どうやら本当に財前の姉ちゃんのようだったな。

 この姉ちゃんが通るだけで、周囲の人間が自然と道を空けた。

 まるでモーゼの十戒のようだ。 この女やはり女王様タイプか?


「武士、今日の試合はお前の完敗よ。 悔しかったら、

 口ではなく拳でやり返すことね。 男ならね」


「……そうだね、姉さん」


「わたしは先に帰るわ。 武士、新潟に帰ったら今まで以上に

 自分に厳しくなりなさい。 真の栄光を掴む為にね」


「わ、分かったよ、姉さん」


「じゃあね、武士。 それと剣持くん」


 そう言って財前の姉ちゃんは踵を返した。

 なんというか絵になる美人さんだなあ。

 というか財前の奴、見かけによらずシスコンっぽいな。

 でもあんな綺麗な姉ちゃんが居たら、そりゃシスコンになるわな。

 う、羨ましい……。


「おい、お前。 さっきの美人はお前の姉ちゃんか?」


 ん? どうした、剣持? なんでそんな事を聞くんだ。


「そ、それがどうかしたかい? 

 というかぼくには財前武士と名前があるんだ! お前呼ばわりするな!」


「そんなことはどうでもいいんだよ。

 でお前の姉ちゃん、何歳? 何している人?」


 ん? もしかして剣持も財前の姉ちゃんが気に入ったのか?

 その部分に関してだけは、気が合うな。


「ど、どうでもいいだとっ!!

 どこまで人をこけにするつもりだ!?」


「分かった、分かった。 財前……くんだっけ?

 今の質問に関して答えてくれよ。 なあ、頼むよ?」


「うん、俺も知りたいわ」


 気が付けば俺も剣持に便乗していた。

 まあ俺にあの姉ちゃんをどうこうできるとは、

 思わないが、年齢と職業くらいは知りたいな。


「……姉さんは二十歳はたちだ。 東京の女子大の二年生だよ。

 というかきみら、他人の姉でよくそこまで盛り上がれるな……」


「ほう、二十歳の女子大生か。 いいじゃねえか」


「うん、いいね。 まさに女盛りという感じだ」


「お? 雪風、お前にしては良いこと言うじゃねえか?」


「お前にしては余計だ。 しかし俺もあんな姉ちゃん欲しいわ」


「ああ、その気持ち分かるぜ。 

 なんかあの凛とした振る舞いが良いよな」


 俺達はいつの間にか財前の姉ちゃんの話題で盛り上がった。

 すると影浦が呆れ気味に突っ込みを入れた。


「……お前等、なんでいつの間にそんなに仲良くなってんだよ」


「「いや別に仲良くねえから!」」


 と、俺と剣持は同時に答えた。


「いやぜってえ仲良いだろう。 というかハモんな!」


 すると財前がぷるぷると身体を震わせて――


「き、きさまらぁっ!? 何処まで人を愚弄するんだぁ!!

 というかそこのお前は誰だ! 無関係な奴は黙ってろぉっ!!」


 と、大声をあげて切れた。

 ああ、遂に切れちゃったかあ。 ちょっと悪いことしたかな?

 

「まあどのみちこの俺が居る限り、お前等が優勝することはねえ。

 恨むんなら自分の運のなさを恨みな。 同世代に俺と言う

 天才が居た不運を恨め」


 ああ~、剣持くんさぁ~、相変わらず言いたい放題だねえ。

 そんなんだから友達ができないんだよ?

 この俺でも少しは改めてるんだからさ。

 もうちょっと空気を読んだ方がいいよ。 いやマジでさ。



「ふん、天に二日無しというわけか。

 でも確かに現時点では、まだきみのほうが強いかもしれん。

 だがな、来春の選抜大会では今回のようにはいかんぞ?

 ぼくも死ぬ気で練習するつもりだからな!」


「へいへい、まあ頑張れや!」


「ふん。 じゃあな、剣持くん。 来春の選抜大会のリングの上で会おう」


 財前はそれだけ言い残すと、この場を去った。

 ぽつんと残された俺と剣持、それに影浦。


「んじゃ俺も行くよ。 剣持、今度はリングで会おうや」


「おう、雪風。 今度は1Rでぶっ倒してやるぜ!」


 何処までも傲慢な野郎だねえ。

 でもこいつのこういうところ、案外嫌いじゃないかも?

 だけど少しは空気を読む努力しような、剣持。

 じゃないと学校卒業して、社会に出ると苦労するよ? ……多分。


「ま、そうならないように俺も練習頑張るわ」


 俺はそう言って、武田さんや郷田さんのところに戻った。

 するとちょうどいい意味タイミングでうちのスクールバスがやって来た。

 まあ俺達はボクサー。


 だから舌戦でなく、拳で戦うべきだ。

 剣持は言うまでもなく、財前の実力も本物だ。

 こりゃ今まで以上に気を入れて練習しねえとな。

 でも何故か胸がわくわくする。


 やはり俺は恋愛よりスポコンの方があってるのかもな。

 とにかく今、俺の中で何かが静かに燃え上がろうとしていた。

 待ってろよ、剣持、財前。

 来春の選抜大会でお前等を倒すのは、この雪風健太郎だ!


 ……などとちょいスポコン風に言ってみた。

 うん、けっこう悪くない感じだ。



次回の更新は2020年7月5日(日)の予定です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ