第四十三話 天才対白鳥(スワン)・(後編)
そして最終ラウンドが始まった。
財前はトントンと足で青いキャンバスを踏み、
左ジャブを出しながら、距離を取る。
剣持はガードを固めて、財前の左ジャブをパーリングで
弾いて、ゆっくりとゆっくりと間合いを詰める。
そしてお互いの射程圏内に入るなり、左の差し合いが始まった。
うお、これは凄い左の差し合いだ。
両者の左ジャブは鋭くて、スナップが利いている。
しかし左ジャブを出しながら、相手の左はきっちりガード及び回避する。
ほう、こいつは決勝戦の舞台に相応しいハイレベルな攻防だ。
しかし次第に剣持の左ジャブが財前の顔面を捉え始めた。
財前も被弾しながら、左ジャブを出すが、剣持は紙一重のタイミングで
躱す。 そして間髪入れず左ジャブを財前の顔面に叩き込む。
「財前クン~、負けないで!」
「財前センパイ! 顔打たれたら駄目です、マジで駄目です!」
財前の応援団の女子高生達が再び黄色い声援を飛ばす。
というか「顔打たれたら駄目です」ってなんだよ。
この試合はアイドルのコンサートじゃねえんだぞ。
ボクシングの試合だぞ? 顔打たれて当たり前なんだよ。
まあお気楽な女子高生のことはどうでもいい。
いや基本的に俺も女子高生は好きだが、
流石にライバルの試合中には、女子高生より試合を優先する。
……って何の話だ?
まあいい、そんな事より目の前の試合が大事だ。
剣持はウィービングしながら左ジャブを前方に出す。
その左ジャブをブロックされると距離を詰め、
ありったけの力を込めて、右ストレートを放った。
財前のガードをこじあけて威力ある剣持の右ストレートが財前の頬を捉えた。
財前は思わず顔を歪めて後方に下がった。
剣持はそこから追い打ちをかけるように、
左右のワンツーパンチを繰り出す。
表情を強張らせながらも財前はガードを固めて両足の踏ん張りで、
剣持のワンツーをブロックする。
ほう、今のワンツーを防ぐとは、やるじゃねえか。
だがじわじわと剣持のペースになりつつあるな。
さて財前はどう出る?
足を使って一端距離を取るか? あるいは覚悟を決めて打ち合うか?
そして財前が選んだ選択肢は、後者であった。
剣持の右ストレートを財前がヘッドスリップで躱し、一気に懐に入る。
そこからプロ顔負けの強烈な左ボディフックを放った。
そのパンチをボディに喰らった瞬間、剣持は大きく顔を歪めた。
うお、理想的な肝臓打ちだ。
重くて腹に響きそうなパンチだ。 剣持の呼吸と足が一瞬止まる。
「剣持、足を止めるな、足を使って一度距離を取るんだ!!」
赤コーナーのセコンドが即座にそう叫んだが、
それより早く財前が攻勢に出る。
至近距離からの重くて鋭い左右のフックをガード越しに打ち込んだ。
剣持は苦悶の表情を浮かべながらも、
気力を振り絞りパンチをガードする。
そこから財前は左右のショートアッパーを連打。
更に連打、連打、これでもか、という勢いで連打。
こうして生で観ると、本当に上手いアッパーだ。
高校生の試合でこのレベルのアッパーは、そうはお目にかかれない。
そこから更に財前の左右のフックが物凄い勢いで吹き荒れた。
ぐらぐらと揺れながら、剣持はニュートラルコーナーに追い詰められる。
やるじゃねえか、財前。 テクニックだけじゃねえ。
相手を圧倒するパワーと連打も兼ね備えてやがる。
レフリーが試合の状況を観察するように眺めている。
安全性を重視するアマチュアボクシングは、
プロに比べて試合終了が早い。
だが剣持の眼は死んでいない。 冷静な表情で財前の猛攻に耐えている。
次第に慣れてきたのか、財前の豪快な左右のフックを冷静に丁寧に見極め、
剣持は逆に左ジャブを顔面に打ち込んだ。
だが財前もジャブの連打を浴びながら、
強引に前へ進みひたすら豪快なパンチを振るう。
財前も勝負をかけてきたな。 これは我慢比べの戦いになりそうだ。
財前は再度、ガードを固めて、勢い良く前進する。
剣持はこの機会を待っていたかのように、
カウンター気味に左フックを財前の右側頭部に放つ。
だが財前はスウェイバックで華麗に躱した。
う、上手い!
そして剣持に僅かな隙が出た。
財前は計算通りと云わんばかりに、
身体を内に捻り、鋭く速い右ストレートをライトクロス気味に放った。
カウンターにカウンターに合わせる高等技術だ。
決勝戦に相応しいハイレベルな攻防戦だぜ。
次の瞬間、「パシン」という乾いた事が会場内に響き渡る。
財前のカウンターが決まった、
……かのように見えたが、実際は違った。
財前のライトクロスは剣持のクロスアームブロックでガードされた。
まさか瞬時にあのような真似をするとは……。
やはり剣持拳至というボクサーは生半可な天才じゃない。
そして剣持は僅かにバックステップする。
そこから閃光のような速さでワンツーパンチを打ち込んだ。
剣持のワンツーが財前の顔面にクリーンヒット!
財前が思わず腰をキャンバスに落としかけたが、ギリギリの所で踏ん張った。
ここが正念場だ、という具合に剣持も前へ出て至近距離で打ち合う。
お互い激しいパンチの応酬を繰り返し、
歯を食いしばりながらパンチに耐える。
無酸素運動の我慢比べ。
これは本当に苦しい。 経験したものなら、その苦しさは分かるだろう。
しかし両者は一歩も引かず、余力を振り絞って最後まで打ち合った。
そして試合終了。
最後まで目の離せない戦いとなったが、
僅かの差で剣持の判定勝利となった。
これで剣持は高校四冠か。 ますます差をつけられたな。
だが敗れたとはいえ、財前も剣持相手に大善戦した。
「財前クン、おしかったわよ~。 落ち込まないでね!」
「財前センパイ! マジでカッコよかったです。 マジで感動しました!」
そう声援を受けながらも、涼しい顔でリングを降りる財前。
まあ女の子にモテるところは、少々いけ好かねえが、
この目で見て財前武士というボクサーが本物と分かった。
華麗にリングで舞うその姿は、
まるで白鳥のよう華麗だった。
やれやれ、こりゃ来春の選抜大会のライト級は激戦必須だな。
来春の選抜に出場するには、十一月の新人戦。
更には来年一月の関東選抜大会を勝ち抜く必要がある。
なんか燃えてきたぜえ。 待ってろよ、剣持、財前。
その後、順調に試合が消化されていく。
ライトウェルター級の郷田さんは第一ラウンドから
激しい打撃戦を繰り広げて、最終ラウンドにダウンを奪い、
そのまま逃げ切り、判定勝ちで全国大会で初優勝を果たした。
続くウェルター級の決勝戦。
この試合も決勝戦に相応しい激戦となった。
試合序盤から激しい打撃戦が展開され、一進一退の攻防が続けられた。
そして中盤を迎えたところで、武田さんが戦術を切り替えた。
武田さんは鋭く重い左ジャブを連打、連打、ひたすら連打。
それが面白いようにパンパンパンと相手の顔面に入る。
相手もジャブを貰いながらも懸命に打ち返すが、武田さんは難なく躱す。
次第に相手の呼吸が乱れる。
それを待ちかねていたように武田さんは前へ出た。
左右のフックを振り回し、上下に打ち分けて的確に相手の急所を打つ。
相手がたまらず後ろに下がる。
それと同時に武田さんも距離を一気に縮める。
早い回転のショートアッパーの連打で相手の顎を的確に打ち抜く。
棒立ち状態になりながらも、相手も歯を食いしばり耐える。
だが武田さんの攻勢は止まらない。
相手も懸命に耐えるが、3ラウンドを迎える頃には完全に限界を超えていた。
そしてポイントも大差がつき、
残り三十秒という所でレフリーが腕を交差させる。
武田さんの3ラウンドRSC勝ちが宣告された。
これで武田さんはインターハイに続いて、国体も制して二冠を達成。
これで主将と副主将共に優勝。
二人は高校生最後の公式戦で、最高の結果を出した。
おめでとうございます、武田さん、郷田さん。
他人事ながら、俺も少し感動した。
なんか燃えてきたぜえ~。
俺も必ずもう一度全国の舞台に立ってやる。
よくわからない熱気とパワーが俺の全身に駆け巡る。
まあまずは毎日の練習だ。
結局何をするにしても、毎日の積み重ねが重要だからな。
剣持、財前。
見てろよ、来春の選抜大会ではお前等の好きにはさせないぜ。
次回の更新は2020年7月1日(水)の予定です。