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第四十二話 天才対白鳥(スワン)・(前編)



 翌日。

 朝早く学校でスクールバスに乗り込む生徒は、ボクシング部では

 決勝戦に出る武田さんと郷田さん、そして俺の三人。

 それと少年女子A・陸上の100Mメートル決勝に

 出場する陸上部のエースの女の先輩が一人。



 更に国体女子バスケ決勝戦に出場する女子バスケ部の

 レギュラーとベンチ入りメンバーを含めた十五名。

 男子の乗員は俺を含めてたったの三名。



 残りは女子ばかり。 更には体育特選コースの生徒ばかり。

 女子だらけで羨ましいと思うかもしれんが、それはない。

 むしろ試合に出ないのに応援に来ている俺を批難するような視線を

 時々向けられた。 これは地味に堪えるぜ。



「武田くん、その子は試合に出場しないのでしょ?

 なのになんで平日なのに応援に来てるの?」


 と、女子バスケ部の主将キャプテンにそう言われた。

 すると他の女子部員もこちらに視線を向けた。

 なにやら無言の圧力を感じる。

 しかし武田さんは、その空気を緩めるようにこう返した。


「まあそう言うなよ? こいつは怪我さえなかったら、

 間違いなく国体に出場していた。 そして今日の決勝戦は、

 こいつのライバル二人で争うんだ。 それを観たいというのは、

 極自然の気持ちじゃないか?」


「……そうなんだぁ。 へえ、武田くんが他人を褒めるなんて珍しい」


「まあ俺はこいつこそが次期主将キャプテンに相応しいと思ってるよ。

 なにせ今年のインターハイでは、高校三冠王をKO勝ちしたからな」


「え? 俺が主将キャプテン!?」


 いやいやいや、そんな話一つも聞いてませんぜ?


「俺はお前なら向いてると思うぜ?」


「……俺もそう思う」


 武田さんに続いて郷田さんもそうボソっと言った。

 まあ評価してくれる気持ちはありがたいけど、

 特待生やスポーツ推薦入学者を押しのけて、

 普通科の俺が主将キャプテンになるのは、

 少々リスキーと思いますぜ、お二人さん。

 

「へえ、その子。 キャプテン候補なんだぁ~。

 じゃあ結構強いのね。 見た目は少し可愛いけど」


 と、女子バスケ部の主将キャプテンがそう言う。

 どうやら先程までのような刺々しい感じじゃない。

 まあ体育特選コースからすれば、この国体は最後の公式戦

 になる可能性が高いからな。 だから普通科の俺が呑気に

 授業をさぼって、応援していたらそりゃなんかムカつくよな。

 でも武田さんが上手い具合に場の空気を和らげてくれて、

 ようやく居心地が良くなった。 あざっす、武田さん。



「じゃあ、あたし達はここで降りるから。 

 武田くんと郷田くんも頑張って」


「ああ、お前等も優勝しろよ」


「あいよ。 お互いに優勝しようぜ」


 女子バスケ部の主将キャプテンにそう返す武田さんと郷田さん。

 そして数十分後に俺達は試合会場である県立高校前に到着。


「じゃあ行くぞ。 武田、郷田、それに雪風。 降りるぞ」


「「「はい」」」


 俺達は忍監督の言葉に同時にそう返事した。

 そしてスクールバスから降りて、会場に入った。

 武田さんや郷田さんにとっては、この国体決勝戦が

 泣いても笑っても高校最後の公式戦だ。

 二人には悔いのような戦いをしてもらいたいものだ。


 もちろん剣持と財前の試合も忘れちゃいけない。

 下馬評通り剣持が勝つか?

 あるいは財前の技術テクニックで剣持の猛攻を封じ込めて、

 インターハイに続いて、国体も優勝して高校二冠を達成するか?


 よく見ると試合会場に大学関係者、あるいはプロのトレーナーや

 会長と思われる一団がリングサイドに陣取っていた。

 まあ高校三冠王と今年のインターハイ王者での決勝だからな。

 そりゃ高校ボクシング界だけでなく、大学やプロも興味を示すか。

 でもなんか少し面白くねえな。


 ……これが嫉妬という感情か?

 多分そうだろう。 ああ、認めよう、俺は嫉妬している。

 やはり自分以外のボクサーが脚光を浴びるのは面白くない。

 しかし剣持も財前も自らの力でこの決勝戦まで勝ち上がってきた。

 そう、そこは認めないとな。


「財前クン~、頑張って!!」


「財前センパイ! KOお願いします!」


 相変わらず財前の女子人気は凄い。

 だがそれに対して、剣持には黄色い声援は飛ばなかった。

 これは少しおかしいな?


 夏の時は剣持も財前に負けず劣らず女の声援があったのに。

 まあ今日は平日だし、開催地は茨城だからな。

 大阪からわざわざ応援の為だけに来るには、少々遠い距離だ。


 まあそんなことはどうでもいい。

 俺が興味あるのは、二人のボクサーとしての実力だ。

 そうこう思っているうち、試合が開始された。


 最初のうちはお互いに距離を取り、様子を見ていた。

 しばらくして剣持が左ジャブを連打。 財前がそれをブロック。

 逆に左ジャブで剣持に応戦。 しかし剣持もそれを容易に回避。


 そんな静かな立ち上がりだったが、

 残り一分を切ったところで、剣持が果敢に前へ出た。

 そこから得意の左右のフックを連打する。

 連打、連打、連打、ガードの上からも更に連打。


 一見すると剣持が押しているように見える。

 だが実際のところは、財前はクリーンヒットを貰ってない。

 ブロッキングを主体にした防御ディフェンスで剣持の猛攻を凌いでいる。

 そして僅かの隙を突いて、右のオーバーハンド気味のストレートを

 カウンターで剣持の顔面に叩き込んだ。


 うおっ、これはスゲえカウンターだ。

 この一撃には、流石の剣持も一瞬身体が硬直した。

 そこから財前は左フックで剣持の右側頭部(テンプル)を狙う。

 しかし剣持も右ガードでそれは防ぐ。


 しかしその左フックはフェイクだったらしい。

 次の瞬間、財前のモーションの小さい右ショートアッパーが

 剣持の顎の先端(チン)に命中。



 うお、こうして生で観て見ると、

 マジで綺麗なモーションのアッパーカットだ。

 高校生の大会でこのクラスのアッパーカットは、そうは観れないだろう。

 更に財前は左右のショートアッパーを連打。

 しかしそれは綺麗にブロックする剣持。

 そこで第一ラウンドが終了。



 う~ん、どう観ても財前がポイントを取ってるな。

 まさか財前が剣持相手にここまでやるとはな。

 俺の眼に狂いはなかったようだ。 だが想像以上に財前は強い。

 まさかこのまま剣持が負けないよな?



 第二ラウンド以降も一進一退の攻防が続く。

 ポイントを挽回すべく果敢に前へ出る剣持。

 それを迎え撃つ財前。 



 再び左右のフックを連打する剣持。

 相変わらず強引だが、観ている分には面白い。

 最初のうちは、財前もその強引な左右のフックを

 無難に捌いていたが、次第に押され気味になる。



「武士、下がらないで! その距離は危険よ!」


 急に横からそう声が飛んだので、少しビクッとした。

 俺は条件反射的に声がした方向に視線を向けた。

 するとそこには、この場に似つかわしい女性が立っていた。

 

 俺はその女性を一目見ただけで、胸がどきっとした。

 それくらい飛びぬけた美人さんだ。

 身長はかなり高いな。 170以上ありそうだな。


 非常に整った顔たち。 特に眉目が秀麗だ。 

 雪のような白い肌に、形の良い桜色の唇。

 髪は栗色のストレートのロングヘア。 プロポーションも抜群だ。

 そして黒いブラウスに黒のプリーツスカートという格好。

 なんか喪服っぽい恰好だが、それがまた妙に似合っている。



 しかしなんというかとてもクールな雰囲気な女性だ。

 というかもっとぶっちゃければ、冷たい感じがする女性だ。

 自身が価値のないものと見たら、完全に拒絶するような

 他人を寄せ付けさせないような空気を放っている。



 俺の知人の女性の中で上げるならば、氷堂がこれに近い。

 だがああ見えて氷堂は可愛い部分もある。

 しかしこの女性にはそういう部分がない気がする。



 でもなんというか妙に印象に残る女性だ。

 その女性が「武士」とリングに向かって叫んだ。

 そう言えば財前の下の名前が武士だったな。



 もしかしてこの女性は財前のお姉さんなのか?

 まあ恋人という可能性もあるが、なんかそれは違う気がする。

 よくよく見るとなんとなく財前に似ている部分がある気がする。



「ん?」


 俺の視線に気づいたのか、目の前の女性も一瞬こちらに視線を向けた。

 だが俺の顔を見るなり、

 まるで興味のないのように視線をすぐ元に戻した。

 それはまるで路傍の石を見るような冷たい視線だった。



 普通ならこの反応に対して、ムカつきを覚えるところなんだが、

 不思議とそうはならなかった。 なんだ、この変な感じは?

 むしろもっとやって欲しいかも、という感情が湧き出る。



 ……おかしいな、俺。 でもこの女性は言うならば、

 生まれながらの女王のような印象を受ける。

 そういう女性にもっと虐めて欲しい。



 という感情が俺の中にもあるのか?

 ……おかしいな、俺にはM気質はないと思ってたんだがな。

 い、いかん、いかん。 俺は何を考えているんだよ。

 そんな事より試合を観なくちゃ!



 再び視線をリングに戻すと、剣持が財前をロープ際に追い込んでいた。

 そこからまた左右のフックを連打。 連打、連打、ひたすら連打。

 ん?

 よく見ると剣持の身体が八の字を描くように動いているな。

 この動きは……なんというか、いや俺の考えすぎか?



 そこで第二ラウンドが終了。

 ガード越しとはいえ、剣持のフックの連打を受けた財前は、

 いつのまにか息を切らせて、肩で呼吸していた。


 まあハードパンチャーのパンチはガードしてても、芯に響くからな。

 それに肉体だけでなく、精神もすり減らされる。

 やはり地力では剣持の方が財前より上なのか?

 


「武士! 何なの、そのざまは! わたしを失望させないで!」


 うお、またいきなり隣のお姉ちゃんが叫んだよ。

 というか周囲も驚いて、こちらの方を見ている。

 しかし冷たい感じのお姉ちゃんは動じる素振りも見せずに――


「おまえに負けは許されないのよ! それを肝に銘じて戦いなさい!」



 と、冷気を帯びた声でそう告げた。

 するとリング上の財前は、こちらに向かって軽く頭を下げた。

 うむ~、やはりこのお姉ちゃんは財前の姉ちゃんっぽいな。

 今のやり取りからして、恋人いう間柄ではなさそうだ。

 なんか少しほっとした。 

 ……いや俺に関係ねえよな。



 次が最終ラウンドだ。

 第二ラウンドで剣持がポイントを巻き返したのは、間違いない。

 このまま剣持が押し切るか、あるいは財前が押し返すか。

 いずれにせよ、見ごたえのあるラウンドになりそうだ。




次回の更新は2020年6月28日(日)の予定です。



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