第四十一話 リング上の白鳥(スワン)
累計2500PV&ブクマ10件達成!
これも全て読者の皆様のおかげです!
文化祭が終わり、またいつも通りの生活が始まった。
振替休日の月曜日を挟んで、学校に行くと、
校門や文化祭用の飾り付けは、綺麗に元通りになっていた。
まあとは言え、校内にはまだ片付け途中のダンボール箱や
木材などが色んな場所に置かれており、ポスターなどもそのままだ。
そして校内全体に、何処か弛緩した空気が漂っていた。
アレだ。 祭りの後特有の空気だ。
それにもう少ししたら、修学旅行だもんな。
そりゃ受験生以外は、勉強する気になれないよな。
だが各学年の一組だけは違った。
そう十月の上旬に茨城国体が開催されるからだ。
国体といえばインターハイ同様に大きな公式戦だ。
ボクシング部だけでなく、男子、女子バスケ部、
男子、女子テニス部、そして竜胆が所属する陸上部も
国体の少年男子、少年女子の部門に参加する。
特に一部の例外を除いたら、三年生にとっては、
この国体が最後の公式戦となる。
大会の結果いかんで、大学のスポーツ推薦などの進路にも響く。
だからこの時期はいやがおうでも部も部員も活気づく。
そういうわけで我がボクシングも非常に活気だっていた。
文化祭の時は焼きそば屋をして、普段とは違う顔を見せた
武田さんと郷田さんも最後の公式戦にかけるべく、燃えに燃えていた。
いやその二人だけでない。
香取も新島も必死の形相で練習していた。
そういう光景を見ていたら、俺もやはり燃える。
幸い右拳の怪我もほぼ完治した。
だから俺も久しぶりに全力でサンドバック打ちやミット打ちをした。
「ほう~流石だな、雪風。 一カ月半のブランクがあるのに、
ミット打ちの距離感がほとんど狂ってないぞ」
「そうっスか?」
俺は忍監督の言葉にそう返した。
まあサンドバック打ちもミット打ちも距離間が重要だからな。
そこが錆びついてないのは、素直に喜ぼう。
「監督、俺もミット打ちお願いします」
「俺もお願いします!!」
と、新島と香取もやる気を見せた。
ほう、良い空気じゃねえか。
新島の普段の態度は、時々むかつくが
こういう風にやる気を見せた姿を見ると、
やはり奴もボクサーなんだと感じる。
そう、俺達ボクサーは言葉で語り合うべきじゃない。
ボクサーならば、拳で語り合うべきだ。
全員が真剣な表情で練習に励んだ。 俺もそれに続く。
そんな感じで毎日が過ぎていった。
そして迎えた十月上旬の茨城国民体育大会。
開会式を終えた後、うちの部員が参加する少年男子の部門の
試合が開始された。 ちなみに少年男子のボクシングの会場は
茨城県立高校の体育館。
まあ高校ボクシングなんてマイナー競技だからな。
ちなみ東京都から茨城県という距離なので、
学校からスクールバスで移動するから、
試合に出場しない部員も休日には、
試合に出場する部員の応援に行く予定だ。
ちなみに一回戦と二回戦が開催される木曜日と金曜日は、
平日の為、俺を含め試合に出ない部員は応援に不参加。
出場する選手たちは公欠扱いで試合に出場。
そしてうちの部員の出場者の大半は、一回戦、二回戦を
無難に勝ち抜いた。 ただフライ級の香取だけは、二回戦で
インターハイ王者と当たり、善戦するも判定負けという結果に終わった。
そして迎えた十月五日の土曜日。
休日という事もあり、出場選手だけでなく全部員が応援に参加。
準々決勝と言うこともあり、各階級で激戦が繰り広げられた。
バンタム級の新島は、夏のインターハイ王者である大阪代表の
影浦蓮とあたり、奮闘するも2R1分23秒RSC負け。
影浦の奴、夏に優勝したせいか、なんか貫禄が出てきたな。
新島だって体育特選コースの特待生だ。
けっして弱くはない。 その我が校の特待生を相手にほぼ一方的に
勝つのは至難の業だ。 こりゃ影浦の奴、覚醒したのかもな。
まあだが俺の一番の関心事はライト級の試合だ。
剣持は一、二回戦を1Rで勝っている。
そして気になる財前も同様に1Rで相手を倒している。
相手は国体出場選手だ。
それを立て続けに1Rで勝つとは、財前は評判通りの
ボクサーのようだな。 こいつは要チェックや!
そして剣持の試合が始まった。
だがこの試合は下馬評通り剣持が序盤から相手を圧倒する。
剣持は相変わらず鋭い左右のフックを振り回して、
相手をコーナーに追い込み、そのままラッシュをかけてRSC勝ち。
準々決勝も1R54秒RSC勝ち。
この辺りは流石と言うしかない。
もう俺に負けたショックなど微塵もないようだ。
だが剣持は今大会の大本命。
故にこの結果も妥当といえば妥当。
俺が本当に驚かされたのは、次の試合だ。
一見華奢に見えるが、贅肉を限界までそぎ落とした身体、
長い手足。 そしてヘッドギア越しにも分かる甘いマスク。
その少年――財前武士がリングインするなり、
会場から黄色い声援が飛んだ。
「財前クン、頑張ってね!!」
「財前クン、顔を打たれないでねえ~」
「財前センパイ! ガンバです!!」
ほう、剣持に負けず劣らず財前もモテるようだな。
だがそんな事はどうでもいい。
俺が興味あるのは、奴のボクサーとしての実力だ。
俺は試合開始のブザーが鳴るなり、視線をリンク上に釘付けにした。
リンク上の財前は華麗なフットワークで相手の攻撃を回避。
そして相手の隙をついては、カウンターを入れる。
その動きはメトロノームのように正確だ。
剣崎が剛のボクシングとしたら、財前は柔のボクシング。
相手も国体準々決勝まで勝ち上がってきた猛者。
故に財前のカウンターを喰らいながらも、果敢に前に出る。
だが財前はけっして無理はせず、闘牛を躱す闘牛士のように
華麗な身のこなしで相手のパンチをことごとく回避。
こ、こいつは本物だ。
特に防御技術が素晴らしい。
パーリング、ブロッキング、ダッキング、スウェーバックなどの
防御技術を駆使して、
相手のパンチをほぼ完全に防御及び回避してやがる。
次第に相手も焦りだす。
それを待ちかねていたように、反撃に転じる財前。
綺麗なフォームのお手本のような左ジャブを連打。
それが面白いように相手の顔面にヒット。
そして下から突き上げるような右アッパーカットを放った。
それが相手の顎の先端にまともに命中。
財前はぐらりと揺れる相手に対して、左右のショートアッパーを連打。
そして更に連打、連打、五月雨のような連打。
相手はグロッキー状態になり、そこで
レフリーが間に入り、試合終了を告げた。
1R1分56秒RSC勝ち。
剣持の試合が豪快ならば、財前の試合は華麗。
その正確無比かつリズミカルなボクシングは、
まるでリング上で舞う白鳥のように華麗だ。
「きゃあ~、財前クン! 素敵~!!」
「財前センパイ! 凄いです!!」
勝利者コールを告げられながら、黄色い声援を浴びる財前。
だが当の本人は、それもまるで当然と言わんばかりに、
涼しい顔でクールにリングを去った。
やれやれ、なんか少しムカつくな。
だがその実力は本物だ。 それは素直に認めるしかない。
俺はこの場のリングに立てない自分を歯がゆく思いながらも、
胸の鼓動がどきどきと高鳴る。 クソ、俺も負けてられねえ。
見てろよ、剣持、財前。
俺も来春には必ず同じ舞台に立ってやるぜ。
その後、ライトウェルター級とウェルター級の試合が開始。
郷田さんは一進一退の攻防戦の末に判定勝ち。
ウェルター級の武田さんは2R1分23秒RSC勝ちで
主将、副主将と共に準決勝に駒を進めた。
翌日の日曜日。
ライト級の剣持と財前は揃って2RでRSC勝ち。
この両者で決勝戦を戦うことになった。
これは目の離せない戦いになりそうだ。
明日は平日だが、俺はどうしてもこの戦いが見たい。
だから月曜日は学校をさぼって、この試合を観に行く。
また郷田さん、武田さんも共に判定勝ちで決勝進出。
これで二人の応援を名目に剣持と財前の試合が観れる。
ありがとう、郷田さん、武田さん。
そして決勝進出おめでとうございます。
高校生最後の公式戦を悔いのないように戦ってくださいね。
その後、俺は忍監督に自分の心情を打ち明けた。
すると監督も「まあ一日くらいならいいか」と許可をくれた。
まあ家に帰って、親にその事を告げたら、
「サボりは駄目よ! ちゃんと学校に行きなさい」
と、母親に反対されたが、俺もしつこく食い下がった。
そして四十五分後に母親もとうとう観念した。
「なら勝手にしなさい。 でもしばらくは病気以外で休んだら駄目よ!」
と、言う事で一応は承諾してくれた。
悪いな、お袋。 だが俺はどうしてもこの試合は観たいんだ。
でも火曜日から真面目に学校行くから、明日だけは許してくれよ。
次回の更新は2020年6月24日(水)の予定です。