第四十話 舞台で歌う生徒会長
十六時になると、うちの生徒や有志団体による演劇や演奏が開始された。
演劇の方は「ロミオとジュリエット」やシェイクスピアの「リア王」、
更には脚本を大幅に変更した「浦島太郎」や
「桃太郎」などの作品がよく受けた。
「ロミオとジュリエット」やシェイクスピアの「リア王」は、
高校生の文化祭の演劇にしては、なかなかレベルが高く、
うちの生徒だけでなく、一般客にも概ね好評であった。
そして「浦島太郎」や「桃太郎」などのポピュラーな
昔話を大幅に脚本を変更した演劇もなかなか受けた。
若干内輪受け的な乗りや要素が目立ったが、
まあその辺りは高校生の文化祭の演劇だ。
大体の客は笑って許容してくれたようだ。
そんな感じで演劇部門はそれなりの成功を収めた。
そして演劇が終わり、演奏が開始された。
まあこちらに関しても、高校生の文化祭に相応しいレベルだ。
うちの生徒による演奏は、まあこんなもんだろう、というレベル。
流行りの流行歌を歌い、演奏するが技術がやはり追い付かない。
特に男子生徒は「この文化祭でブレイクしてモテたい!」という
浅はかな思いが透けて見えた。 衣装とかはパフォーマンスは、
頑張ってるんだが、肝心の歌唱力や演奏技術が微妙。
故に大して盛り上がらず、演奏時間が終わった。
これに関しては女生徒も似たり寄ったりのレベル。
でも聴くに堪えないというレベルでもないから、
観客達も演奏が終わると、一応は拍手した。
まあ彼等、彼女等の思い出つくりにはなったであろう。
有志団体による演奏は個人差が大きかった。
上手いバンドと普通のバンドに二極化された。
それでも場はそれなりに盛り上がった。
そしてエンディングセレモニー直前の有志団体ステージで
大トリを務めるバンドが登場すると、異変が起きた。
ステージに目をやると、それぞれの担当楽器を抱えた
男子生徒や女生徒が華麗な衣装、ドレスに身を包み、入場してきた。
それと同時に客席から拍手が鳴り響いた。
そして最後に優雅な足取りで登場したのは、
我が校の生徒会長である氷堂愛理であった。
眩いスポットライトの下、光沢のある黒いロングドレスに身を包み、
髪留めにあしらわれた青い薔薇のコサージュ、
それらの煌めきが氷堂愛理という美少女をより一層強く輝かせた。
そして氷堂は舞台の中央に立つと、スカートの端を摘みあげ、
綺麗な姿勢でお手本のようなお辞儀をした。
「あの人、凄く綺麗ね。 うちの生徒? それともうちのOG?」
珍しいな。 里香が他人の美貌を褒めるとはな。
でも確かに壇上の氷堂は輝いていた。
同性としてその美貌に惹かれるものがあったのかもしれないな。
「ああ、里香ちゃん。 あの人はうちの生徒会長だよ」
「……そうなんだ? 早苗、何で知ってるの?」
「ほら? 私も文実メンバーだったでしょ?
彼女――氷堂さんは文化祭実行委員長もやっていたのよ」
「ふうん、そうなんだあ~」
「そろそろ始まりそうだね」
来栖がそう言うと里香も苗場さんも会話を止めた。
そして演奏が開始された。 それは妙に聴き覚えのある曲だった。
それもその筈。 演奏されたその曲は俺が大好きな『セカハジ』の
人気曲である『火と林のカーニバル』であった。
氷堂がメインヴォーカル、それと『セカハジ』のカオリちゃんに
なんとなく似た雰囲気の女性がピアノ兼キーボード担当。
それと特進科と思われる男子生徒がギター担当。
多分あいつは生徒会メンバーだろう。 文実でも見たし。
そして最後の一人はうちの生徒らしき男がDJ兼ドラム、
という感じの構成だ。
流石に本家には適わないが、高校生の文化祭のコピーバンドとしては、
かなりのレベルだと、素人の俺でも分かった。
それは周囲の観客も同じだった。
次第に熱狂してゆく観客。 そして演奏はより加速していく。
気が付くと、里香や苗場さんも足でリズムを取っていた。
そしてそれは瞬く間に周囲に伝染して行った。
正直俺はあの氷堂愛理という少女があまり好きではなかった。
その美貌と能力は買うが、一々上から目線な発言も多くて、
文実で少し相手しただけで、神経が図太い俺でも少し疲れたくらいだ。
俺でこうなのだから、他の文実メンバーはもっときつかっただろう。
だから正直今後はあまり氷堂とは関わりたくないと思ってた。
しかしこうしてステージで熱唱する彼女は本当に輝いている。
流石に本家のヴォーカルである浅瀬クンには適わないが、
氷堂は氷堂で美声だ。 それでいて声量もある。
凄いのは氷堂だけじゃない。
ギタリストが刻むビート。
カオリちゃん似の女性が流れるような動きでピアノの鍵盤を叩く。
そして鳴り響くドラムの音。
それら全てが一つに調和して、
巨大なハーモニーとなり、メロディを奏でる。
そして演奏が終わり、氷堂が声高らかにこう叫んだ。
「もう一曲行くよ~? 皆、準備はいい?」
「「「おう!!」」」
そして次に演奏された曲は、俺の大好きな『ドラグーン・ナイト』。
やはりセカハジといえばこの曲だね。
もちろん良い曲はいっぱいあるけど、この曲が一番知名度あると思う。
それは周囲も同じようだった。
「あっ、この曲知ってる。 健太郎の好きな曲よね~。
でも確かに良い曲よねえ~」
うん、前にカラオケで三回続けて歌いました。
あの時はごめんなさい。 今は反省してる。
「うん、私も好き。 特に歌詞が好きかな」
「分かる、分かる。 ネット上では色々言われてるけど、
マジで歌詞が良いよね。 健太郎が好きなのもなんか分かる」
と、会話を弾ませる里香と苗場さん。
似たような会話を周囲の男子生徒や女生徒もしている。
まあやはりこういう文化祭の時は、
誰でも知っているメジャーな曲をやるのが無難だろうね。
そうでないと観客も場の空気に合わせづらいからね。
それにしても氷堂の歌唱力はかなりのものだな。
この『ドラグーン・ナイト』とは日本語の歌詞は当然のことながら、
英語の歌詞も難しい。 だが氷堂は英語の歌詞もまるで、
ネイティブスピーカーのような綺麗な発音でリズミカルに歌い上げる。
これは一見すれば簡単に見えるが、実際やると難しい。
ソースは俺。
なんというかこの曲は日本語と英語の調和が絶妙なんだよなあ。
でもやはり英語の発音は難しい。
俺も何度も何度も練習したからな。 時々は一人カラオケしたくらいだ。
次第に観客も熱狂の渦に飲み込まれていく。
打ちならした拍手が、踏みしめる足が刻むリズム。
その振動が、観客の鼓動が、体育館全体に伝わる。
そして場内の興奮は最高潮に達する。
すると氷室は、ステージから一歩踏み出して――
「……歌える?」
と、静かに観客に問うた。
それに呼応するように観客達も歌いだした。
これはなかなかにくい演出だ。
これと同じ事をセカハジのメインヴォーカル浅瀬クンが
ライブでやったのだ。 分かる奴には分かるにくい演出。
しかしこうして聴いてみると、氷堂も単純な受け狙いとかでなく、
ちゃんとセカハジの事が好きで、
リスペクトしているということが分かる。
こう言っちゃ失礼だが、氷堂にも可愛いところあるんだな。
なんか個人的な印象では、彼女は娯楽などには否定的で
いつも有名な海外小説の文庫本を読むのが、唯一の娯楽。
というイメージがあった。
しかし考えてみれば、彼女も十六、十七歳の女子高生。
そりゃ好きな流行歌の一つや二つやあるだろうさ。
ほんの少しだけ、彼女の印象が変わった。
とはいえ向こうは財閥だかなんだかの令嬢。
こちらは只の庶民。 しかも心が山猫レベルの男子高校生。
『明日の翔』では、主人公・矢渕翔と財閥のご令嬢である
ヒロイン・黒木葉子はボクシングを通じて親交を深めていったが
残念、これは現実。
現実ではただの男子高校生と財閥令嬢が親交を深める事などない。
まあ氷堂は俺にほんの少しは興味を抱いていたようだが、
俺はそれに付き合うつもりはない。
彼女と俺とでは言うならば、住む世界が違うのだ。
だがこれは文化祭の最後のステージだ。
この演奏が終われば、文化祭は本当に終わる。
だからこの最後の瞬間くらいは、周囲の観客と一緒に
なって、この熱狂に身を委ねてみよう。
俺はそう思いながら、
眩しいステージで歌う氷堂を最後まで見据えていた。
そしてエンディングセレモニーも終わり、各クラス、あるいは
文実メンバー達は最後の後片付けをする。
迎えた二十時すぎ。
後片付けも終わり、本当の意味で文化祭が終わった。
クラスの出し物の方はそこそこ以上の成果を上げた。
この後、クラスの皆で打ち上げに行くらしい。
俺も誘われたから、来栖や里香、苗場さんと一緒に行くつもりだ。
まあ今日くらいは多少遅くなっても、親も大目に見てくれるだろう。
とはいえ各自、念の為スマホで通話、
あるいはラインで親と連絡を取る。
でも殆どの連中が親の許可を得る事に成功。
その後は幹事役の女生徒が駅前のカラオケボックスで
人数分の部屋を確保して、全員でカラオケボックスに移動。
そしてそれぞれ仲の良いグループに分かれて、
ジュースを片手に乾杯する。
「健太郎、お疲れ様!」
「おう、里香。 お疲れさん」
と右手に持ったグラスを里香のグラスにチンと合わせた。
同様に来栖と苗場さんとも同じ事をする。
まあこれをするのは、打ち上げの定番だからな。
「でもなんだかんだで、楽しい文化祭だったね」
「うん、一年の時より断然楽しかったわ」
来栖の言葉にそう答える苗場さん。
そういや一年の時の文化祭って何してたっけ?
全然覚えてねえや。
「でもせっかくだから皆で歌おうよ」と、来栖。
「うん、そうしよ」と、里香。
その後は皆で順番に歌っていった。
俺も今日は空気を読んで、はしゃぎすぎるような真似はせず、
無難にセカハジの『ドラグーン・ナイト』、
『火と林のカーニバル』『マーメイド・メロディ』などを歌った。
来栖も里香も苗場さんも凄く楽しそうであった。
だが俺の本音はボクシングに心が傾きつつあった。
もう少しで茨城国体が開催される。
うちの部からもフライ級の香取、バンタム級の新島、
ライトウェルター級の郷田さん、ウェルター級の武田さんが出場する。
俺も応援に行くつもりだが、主目的は剣持、それと財前の偵察だ。
剣持に関しては、今更言う必要もないが、
財前もハイレベルなボクサーだ。
国体には間に合わなかったが、俺も来春の選抜大会には出るつもりだ。
その為には十一月の新人戦を勝ち抜き、
来年一月の関東選抜大会で結果を出さなくちゃいけない。
まあもう少ししたら、修学旅行や中間テストがあるが、
それが終われば、ちょっと本気でボクシングをするつもりだ。
やはりこのまま忘れられるのは、少々面白くないからな。
それとはべつに俺の中で何か爆発したいようなパワーが沸き出てくる。
どうやら充電期間は終わったようだ。
だが今日くらいは皆とゆっくり過ごそう。
俺はそう思いながら、里香や苗場さんの歌声に耳を傾けながら、
カラオケボックス内の壁によりかかっていた。
次回の更新は2020年6月21日(日)の予定です。