第三十九話 情けも過ぐれば仇(あだ)となる
とりあえず俺は自分の心境を語ってみた。
あのプールの一件以来、美奈子と気まずいこと。
前みたいな関係は無理かもしれないが、
普通に挨拶や会話を返すくらいには、関係を正常化したい。
後、美奈子の近況を知っていれば、教えて欲しい。
みたいな事を目の前の二人に告げた。
すると美剣も津山さんも思案顔になり、「う~ん」と唸っていた。
そして考えがまとまったのか、都山さんがゆっくり語りだした。
「なる程ね~。 健太郎くんも健太郎くんなりに美奈子を心配してたんだぁ」
「ま、まあな。 俺達は長い付き合いの幼馴染だしな。
やっぱりこのまま気まずいのは、少し嫌だ……」
「でも健太郎くんは里香ちゃんっていう子と付き合ってるんだよね?」
へ? 香澄さん、なんで里香の事を知ってんだ?
まあ美奈子から聞いたんだろうな。 というか付き合ってねえし!
「いや付き合ってないよ?」
「え? そうなの? なんか話違わない?」
「う、うん。 私も美奈子から付き合ってると聞いたよ」と、美剣。
「いや違うから。 まあちょくちょく二人で遊びに行くけど」
「ん? デートはしてるんだ?」
「う、うん、まあ……」
「で健太郎くんは、里香ちゃんのことが好きなの?」
……直球だなあ。
でも不思議と嫌な気分はしない。
香澄さんはずけずけ物を言うが、
悪意はないから、聞き手としても悪い気はしないんだな。
「まあ……そりゃ嫌いじゃないさ」
「ふうん、でも付き合ってないと?」
「うん、正式に「付き合おう」とはまだ言ってない……」
「なんだそりゃ、健太郎くん。 君、もしかしてへたれ?」
「なっ!?」
歯に衣着せぬ言葉に思わず絶句する。
しかし香澄さんは更にこう続けた。
「それでへたれな健太郎くんは、幼馴染の美奈子も気になる。
でも美奈子とは付き合うつもりはないんだよね?」
「……まあないと思う」
「でも美奈子ともそこそこ仲良くしたい、というわけ?」
「……まあそうかな」
すると香澄さんは小さく頭を振った。
「あ~、健太郎くん。 それあかんやつや!」
「……どういう意味?」
「だって健太郎くんは美奈子と付き合う気はないんだよね?
でも少しは美奈子のことを気にしてるし、
優しくもしたい、そういうわけだよね?」
「あ、ああ……」
すると香澄さんは両肩を竦めて、こう呟いた。
「健太郎くん、そういうのを同情って言うんだよ?」
……。
香澄さんのその台詞に、俺は言葉を失った。
同情か。 た、確かにそうかもしれない。
すると香澄さんは諭すようにこう続けた。
「まあそりゃ同情でも優しくされるのは悪くないよ?
でも嬉しいのは、最初のうちだけだよ。
だから中途半端に優しくするのは良くないと思うよ」
この辺はあのプールの一件でも里香に言われたな。
やはりここは香澄さんや里香の言葉に従うべきなのか?
でもなあ、俺のしていることがそこまで批難されること、
なのかという気持ちもなくはない。
そりゃ中途半端に優しくするのは、良くないかもしれない。
でも長い付き合いのある幼馴染をこのまま無視する
ような感じはやはり嫌だ。 これは俺のエゴなのか?
でも女の立場からすれば、そうなのかもしれないな。
……恋愛偏差値13の俺は少々荷が重いぜ。
「まあまあ香澄。 そこまで言う必要もないんじゃない?
やはり長い付き合いの幼馴染と疎遠になるのは、
美奈子としても、辛いと思うよ」
それまで黙ってた美剣……さんがそう助け舟を出してくれた。
すると香澄さんは「う~ん」と唸りながら――
「まあそれも一理あるねえ。 でも度が過ぎると、
まさに情けも過ぐれば仇となる、だからね。
この辺のバランス調整は結構難しいね。
だから健太郎くんもその辺を考えてね」
「あ、ああ……そうするよ」
「ちなみになんで里香ちゃんに告白しないの?」
「い、いやさ、今少し友達が増えて、俺等のグループが
良い感じなの。 だからここで俺と里香が付き合えば、
そのグループ間の関係が変わることが……怖い……んだよ」
「ふむふむ、まあありがちな話だけど、
確かにその気持ちも分かるよ」
「へえ、香澄さんって結構大人なんですね」
「まあね、伊達にギャルゲーやりまくってないよ。
でも恋人いない歴=年齢だけどね。 にゃはははっ!」
っておい!?
と少しムカつきつつも、彼女の言葉には妙に説得力があるから、
あえて文句は言わない。
「どうだい、健太郎くん。 なんならお姉さんと付き合うかい?」
「お、おい! 香澄、それは流石に無茶苦茶だぞ?」と、美剣。
「いやいやいや、健太郎くんみたいなタイプには、
年上のお姉さんが合っていると思うよ。
上手くリードしてあげたら、彼はもっと良い男になれると思うな」
面と向かって堂々とこう言う香澄さんはある意味大物かもな。
でも失礼ながら、あまりお姉さんって気はしないけどな。
しかしこの人、ずばずば物を言いうけど、
裏表のない感じだから、不思議と聞いてて嫌な感じにならないんだよな。
……こういうのを人徳って言うんだろうか?
「あはははっ……有り難い申し出ですが、今はお断りしておきます」
「そうか、それは残念。 にゃはははっ!」
「あ、あははは……」
俺は香澄さんの言葉に曖昧に笑い返した。
「しかし健太郎くん、里香ちゃんには早いうちに気持ちを
打ち明けていた方がいいと思うよ? あまり待たせるのも良くないよ?」
ごもっともです。
それに関しては、俺も思うところがある。
だがそれとはまた別に自分の感情を素直に打ち明けた。
「それは分かっているよ。 でも俺は部活をしている身でね。
それでちょっと本腰を入れて、部活に打ち込もうと思っているんだ」
「ふむ、なる程。 ところで健太郎くんは何部なの?」
「ああ、ボクシング部だよ」
「ふにっ!? ボクシング部なの!? なんか凄い!」
「いや別にそんな大したもんでもないよ」
「ねえ、ねえ、『明日の翔』好き~?」
「も、もちろん好きだぜ! ということは香澄さん、アンタも……」
すると香澄さんはとても良い表情でにこりと笑った。
「うん、大好き! 『立て、立つんだ、翔っ!!』でしょ?」
まあその台詞が一番有名だからな。
でも実はその台詞、原作では一回しか使われてないんだぜ。
これ豆知識な。
「そうそう、へえ~香澄さんとはなんか話合いそうだなあ~」
「ならやっぱりあたしと付き合っちゃう?」
と、良い笑顔で言う香澄さん。
正直それも悪くねえかもと一瞬思った。
とはいえそんなことを実行したら、
人間関係が今まで以上に拗れる。 よって却下。
「正直少し心が揺れるけど、それをやったら
色んな意味で人間関係が無茶苦茶になるから、却下します」
「にゃははは、そりゃそうだね。
でも確かに運動部だと、色々大変だろうしねえ~。
部活も恋愛も両立、ってのは結構難しい感じなの?」
「……まあそんな感じです」
「そか、そかぁっ~。 まあそれじゃ健太郎くんと里香ちゃんの
関係に関しては、お姉さんこれ以上言及しないでおくわ」
「そうしてもらえると助かります」
「それと美奈子の件に関しては、まああたし達が
上手い具合に美奈子に伝えておくよ。
まあ確かにこのまま疎遠になるのは、
美奈子としても寂しいだろうからね。 ――でも」
そう言いながら、右手の人差し指で俺を指さす香澄さん。
「くれぐれも程々の距離感を保つようにね。
絶対に変な希望を持たせるような事は言わないこと。
いい? これはお姉さんと健太郎くんの約束だよ?」
香澄さんはそう言って自分の右手の小指を差し出した。
まあそうだな。 それに関しちゃ細心の注意を払うべきだな。
そして俺も自分の右手の小指を香澄さんの小指に絡めて、指切りした。
「ああ、分かったよ」
「うん、嘘ついたら毒針千本呑ますよ?」
「そりゃ怖いな」
「ふふふ、女を怒らすと色々怖いものさ」
「肝に銘じておくよ」
「それじゃあたし達はもう行くね。 行こ、麻弥子」
「う、うん。 じゃあね、雪風くん」
「ああ、じゃあね。 美剣さん、香澄さん」
俺はそう言葉を交わして、軽く右手を振った。
すると美剣さんは控えめに、香澄さんはやや強めに
手を振りながら、この場から去った。
そしてしばらくすると視界から二人が消えて。
俺はこの場にポツンと一人残された。
なんか彼女達と話して、少し気が楽になった。
まあ俺と会話していたのは、殆どが香澄さんだったが。
そうだな、結局最終的に選ぶのは一人だからな。
あまり変な希望を持たせるのも、相手に悪いからな。
とはいえ今すぐ誰かに告白するつもりもない。
なんというか、俺は今のままでも結構幸せなんだ。
俺、来栖、里香の三人グループに苗場さんが加わったことにより、
俺達の関係も少し変化が生まれて、俺達の学生生活は更に楽しくなった。
だからしばらくは今の関係を壊したくない。
臆病かもしれないが、これが俺の本音だ。
というか結構時間経ったかも?
俺は左腕の腕時計に目をやる。
十五時二十分かあ~。 少し早いが教室に戻ろう。
「あっ、健太郎! 早かったわね」
二年四組の教室の外の廊下で既に里香が待機していた。
いや里香だけじゃない、来栖も苗場さんも一緒だ。
皆、約束の時間より早く待ってるのは、流石だ。
「いや皆の方が早いじゃん?」
「まあ意外とやる事なくてね。 だから早く来た感じ」と、里香。
「うん、二日目となるとこの雰囲気にも慣れるからね」
里香の言葉に相槌を打つ苗場さん。
「じゃあ皆、来た事だし、少し早いけど体育館に向かう?」
「そうだな、特にやることもねえしな」
来栖の提案に俺は素直に従った。
すると里香も苗場さんも「そうね」と同意した。
「んじゃ行くか、十六時まで少し時間あるけど、
先に席を取っておこうぜ。 混むと面倒だしな」
「「「うん」」」
そして俺達は体育館目指して、歩き出した。
そう、今はこの四人で居るのが本当に楽しいのだ。
だからもう少しだけこのままでいさせてくれ。
俺は誰に聞かせるでもなく、心の中でそう呟いた。
次回の更新は2020年6月17日(水)の予定です。