第三話 ズーラリアへようこそ!
そして週末の土曜日。
俺は来栖と里香の三人で、
横浜にあるよこはま動物園ズーラリアにやってきた。
ここに来るまでに、二回電車に乗り換えて、
一時間くらいの時間を要した。
よこはま動物園ズーラリアに着いた時点で午前十一時を過ぎていた。
高校生が小一時間かけて、東京から横浜に来て、動物園へ行くのだ。
こうして文字にして見ると、やはり自分でもなかなかイタいと思う。
しかしそれに嫌な顔一つせず付き合ってくれる来栖と里香。
こいつ等、マジでいい奴だな。 今日の飯代は俺が出そう。
ちなみに今日の俺の格好は、
黒Tシャツの上に白いジャケットを羽織り、
下は黒のスキニーデニムに茶色のブーツというファッション。
自分でも言うのもアレだが、そこそこ似合っていると思う。
来栖はグレイのポロシャツに下は青のデニムパンツ、
スニーカーというシンプルなスタイル。
首元にはセンスの良い銀のロザリオペンダントをかけている。
特別お洒落な恰好ではないのだが、
来栖が着るとこういうシンプルなスタイルでも、
とても絵になる。
まあ要にするにイケメンは何着てもオッケーって話だ。
そして里香はきれいめのオフショルダーの白いブラウスに、
下は膝丈の黒フレアスカートというファッション。
おお、里香にしてはスカートがやや長いが、
肩を出している分、足を出しすぎない感じが良い。
いいじゃん、こういうのも全然いい感じよ。
「け、健太郎。 あまり見ないでよ? な、なんか恥ずかしいよ」
と、やや頬を赤らめる里香。
なんだ、里香の奴。 なんで照れているんだ?
「それじゃ入場券売り場で生徒手帳を見せようよ」と、来栖。
そうなのだ。 なんと土曜日は高校生以下の学生なら、
無料で入場できるのだ。
そういうわけで俺達は入場券売り場でそれぞれの生徒手帳を見せた。
「はい、ではどうぞお楽しみにください」
と、入場券売り場のお姉さんが優しい口調で言った。
そして俺はレンタルコーナーで二百円を出して、双眼鏡を借りた。
「でも入場料無料はお得意よね。 ちょっと得した気分」
笑顔でそう言う里香。
「まあね、でも結構混雑してるね」
来栖が言うように、思った以上に混雑している。
どうやら俺だけじゃなかったようだな。
多分、この中に俺以外にも山猫好きが居るぜ。
うふふ、同志を得た気分だ。
まあ、山猫以外にも色んな動物が居るけどね。
「それじゃ何処から回る?」
「んじゃとりまツシマヤマネコを観に行こうぜ!」
俺は来栖の問いかけにそう即答した。
すると来栖と里香が数秒ほど、固まった。
「い、いきなり山猫を観に行くんだ?」と、引き気味に里香。
「おう、やはり最初に観るなら、
日本の在来種のツシマヤマネコに限る」
「……でも園内マップを見たら、
ツシマヤマネコの居る『日本の里』は少し遠いよ?
ここからだとウンピョウの居る『アジアの熱林』の方が近いね」
流石、来栖。 俺に合わせて山猫の知識を得てきたようだ。
園内マップも把握しているし、大した男だ。
だがな、来栖。 ここだけは譲れない。
「い、いや最初はやはりツシマヤマネコを観たいんだが……。
どうしてもと言うなら、俺だけ別行動でも構わんよ?」
すると来栖は両肩をすくめて、嘆息する。
「あのね、それじゃ皆で来た意味ないでしょ? いいよ、分かった。
健太郎がそこまで観たいなら俺も合わせるよ。 里香もいいよね?」
「う、うん。 私は別にいいよ」
と、やや表情を曇らせる里香。
……。 どうやら場の空気をぶっ壊してしまったようだ。
少し反省している。
でもな、初山猫はツシマヤマネコにしたいんだ。
これだけは譲れない。
「わ、悪いな。 来栖、里香、今日の昼飯は俺が奢るからさ」
「え? いいの?」と、少しテンションを戻す里香。
「おお、千円以内ならなんでも奢ってやるぞ?」
「んじゃ俺も奢ってもらおうかな?」
「ああ、最近遊んでなかったから、小遣いにも余裕あるんでいいぜ」
俺は昼飯を餌にして、なんとか場の空気を変えた。
合計二千円くらいの出費だが、
これだけでツシマヤマネコを直に観れて、
二人の機嫌を取れるなら安いものさ。
そして俺達は結構歩いて、
ツシマヤマネコの居る『日本の里』に到着。
そこから俺達はツシマヤマネコを求めて、しばらく歩いた。
そして目標であるツシマヤマネコの居る展示場を発見。
するとなんという幸運か、
飼育係のとっておきタイムだったのだ。
とっておきタイムとは、簡単に言えば、
飼育係さんがツシマヤマネコに関して、説明しながら、
餌を上げるのだ。 まさに僥倖、テンションぶち上がるわ~。
「では皆さん、お待たせしました。
ツシマヤマネコとっておきタイムをやっていきます。
後ろの方、見えますか? 大丈夫ですか?
じゃあ、小さなお子さんはなるべく前に来てくださいね。
……あのう~、ちょっとそこのお兄さん!」
俺の視界には、
檻に入れられたツシマヤマネコが映っている。
ツシマヤマネコの外見は、イエネコに似ているが、
体格は一回り程小さい。
体長60センチというところか。
耳が小さく先が丸くなっているのが特徴だ。
体毛は不明瞭なトラ毛で、背中には淡黄色の斑紋がある。
ここで俺の山猫知識を披露してやろう。
ツシマヤマネコは、対馬だけに生息する野生の猫だ。
約10万年前に当時陸続きだった大陸から渡って来たと考えられ、
ベンガルヤマネコの亜種とされて――
「そこのお兄さん、聞いてますかぁ~?
前の方は小さいお子さんに譲ってくださいね」
「ちょ、ちょっと健太郎!
恥ずかしいから、こっちに来なさいよ!」
里香が慌てながら、そう叫んだ。
……やべえ、少し自分の世界に入り過ぎて、
周囲が見えてなかったわ。
俺は左手で頭を掻きながら、
飼育係さんに「す、すみません」と謝った。
すると三十代と思われる男性の飼育係さんが
笑顔で「いえいえ」と返した。
そして俺は仕方なく、来栖や里香が居る真ん中の列に加わった。
来栖は苦笑して、里香はぷいっと顔をそむけた。
……。 里香の好感度が五下がった。
ギャルゲーならなら間違いなくそうなっただろう。
だが残念、これは現実。
実際は多分好感度三十くらい下がってると思う。
後、人間偏差値も二くらい下がってそう。
……これ以上下がるのは流石にまずい。 仕方ない、ここは我慢しよう。
我慢して、飼育係さんの話をちゃんと聞いて、
ツシマヤマネコが餌を食べるのを観るだけで我慢する。
決して「俺も餌やりたいっス」なんて死んでも言わない。 ……多分。
「ではさっそく始めていきますね」
そう言って、飼育係さんが餌の入ったタッパを片手に。
ツシマヤマネコについて、色々説明を始めた。
タッパに詰られた鶏肉の匂いを嗅ぎつけるなり、
眼前のツシマヤマネコが覚醒した。
「おい、ワレ! さっさと餌寄こさんかい!」
みたいな感じで眼前のツシマヤマネコが檻の中でそわそわする。
ちなみに知っているかもしれんが、元来猫は肉食獣である。
それも魚より肉を好む。
猫=魚というイメージは、
日本という国が肉より魚を食べていて、
その余り物を野良猫などに与えてたからであって、
猫自身は元々肉好きだ。
まあ中には水を好む山猫スナドリネコのように、
魚肉を好む品種も居るが、
基本的に猫は肉食獣だ。
これ、テストに出ないけど、重要だから覚えておけよ?
「日本には対馬に約七十匹のツシマヤマネコが居ると言われており、
日本の各地の動物園で約三十匹のツシマヤマネコを
飼っておりますが、年間に十匹のツシマヤマネコが死んでいる
と言われ、約十年後には、ツシマヤマネコは
絶滅している可能性が高いと言われてます」
飼育係さんがトングで掴んだ鶏肉を眼前のツシマヤマネコに
与えながら、そう言う。
そうなのだ。 ツシマヤマネコは絶滅危惧種なのだ。
日本に居るもう一匹の山猫のイリオモテヤマネコも同様だ。
というか世界中の山猫の大半が絶滅の危機に瀕している。
そう考えると、
こうして生で観れるだけでラッキーと言えるだろう。
「そういった経緯もあり、全国の動物園や繁殖場で
ツシマヤマネコを飼育及び保護してますが、
ツシマヤマネコは非常に繊細な生き物なので、
パートナー選びが非常に難しくて、
なかなか繁殖するまで至りません」
ふん、ふん、ふん。 強いけど繊細か。
まるで俺みたいだな。
「里香、聞いたか? ツシマヤマネコは非常に繊細だってよ。
強くて、繊細だなんてまるで俺みたいだな?」
「「繊細? 健太郎が?」」
と同時にハモる来栖と里香。
すんげー異論のありそうな顔をしている。
……そんな目で見るなよ。
「まあでもめんどうくさいところは同じかも……」
「うん、健太郎も心が山猫レベルって感じだしね~」
来栖の言葉にそう返す里香。
「お、おい! いくらなんでも言い過ぎだぞ?」
「あ、そこのお兄さん、あまりお喋りしないように!」
「あっ、すみません」
俺は飼育係さんに注意されて、素直に謝った。
その後も十分くらいで説明が終わり、
俺は自分のスマホでツシマヤマネコの生写真をパシャパシャ撮った。
すると近く幼女に
「あのお兄ちゃん、大人なのに子供みたいにはしゃいでる~」と言われた。
……子供は思ったままの事を言うから苦手だぜ。
気が付けば、時刻は午後の一時を過ぎていた。
なので俺達は『オセアニアの高原』の近くにあるレストランに向かった。
来栖は笑顔だが、里香がやや不機嫌気味な表情だ。
まあ大体の原因は俺だ。 うん、正直反省している。
というわけでここは奮発して――
「ここは俺が奢るよ? なんでも好きな物を頼んでいいぜ!」
と言うなり、里香がぱっと表情を明るくさせた。
「マジ? なら遠慮なく! 私はハンバーグセットで!」
「じゃあ、俺はビーフカレーで!」
お? 里香の奴、がっつり食う気だな。
でも一番高いステーキセットを頼まない辺りは可愛いぜ。
一方の来栖は控えめにビーフカレーとか、空気読んでくれている。
ならば俺は遠慮なく一番高いステーキセットを頼むぜ。
「んじゃ俺はステーキセットで。
二人も好きなドリンク頼んでいいぜ?」
「わあ、ホント~? 健太郎、ちょっと見直したわよ」
「いえいえ」
まあさっき流石に暴走気味だったからな。
今後は自重するよ。
まあ食事代だけで結構な出費だが、
どうせ試験明けは部活中心の生活になるからな。
遊びに行く余裕もなくなるし、今日で散財するのも悪くない。
次回の更新は2020年4月23日(木)の予定です。