第三十七話 女預言者(シビュラ)・竜胆(ジェンシャン)
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「うむ」
女預言者を自称する眼前の制服の上から、
黒いローブを羽織った女は、顔をやや下に向けて、
俺と里香の顔を上目使いで見つめて、
水晶球を両手でさするように触りながら、低く唸った。
「な、なんか少し照れるね」
頬を赤める里香を見つめながら、女預言者は
時々「う~む」とか「ふむ」とか唸っている。
そしてやや芝居がかった口ぶりで――
「ふむ。 ……見える、見える、ぞ……。
おぬし……今、何か悩んでおるじゃろう?」
「え、悩み……? べつにないけど?」
と、素で返す里香。
身も蓋もねえな。 でも女預言者も根気よく会話を続ける。
「……そんなことはなかろう。 異性関係で悩んでいるのではないか?」
「う~ん、まあちょっと……悩んでいるかも?」
「ふむ、やはりそうか……おぬしの身体から、
ぼんやりと薄いピンク色のオーラが見える。 これは異性に対する不安の
象徴じゃ。 端的に言えば、彼氏あるいは想い人が自分にあまり
かまってくれず、不安だが自分からは身動きできない、
みたいな状況じゃなかろうか?」
なんかそれっぽい事を言いだしたぞ。
でもこういう言い方だと、結構誰でも当てはまらないか?
いやでもまあいいか。 ちょっと面白いしな。
「う~ん、まあちょっと、いや結構当たってるかな?
というかストレートに聞くけどさ、ここから恋愛運を
よくするには、どうしたらいいの? 教えてよ?」
「うむ、おぬしは見かけによらず強欲だな」
「ん~? まあ欲しいものは欲しいと言う性質かな?
んでさ、どうすれば恋愛運が上がるの? 早く答えてよ!」
というか里香さん、それをいきなり聞いたら、占いにならないんじゃ?
ネットでいうところの教えてクンみたいになってんぞ。
「ま、まあ待て。 そう急かすな? これからわたしが
タロット占いで、おぬしの運勢を占ってやろう。 ふんっ!」
そう言って(自称)女預言者は、
タロットカードを取り出して、
カードを裏返し、両手を使って時計回りに混ぜ合わせる。
おお、なんか本格的だ。
正直最初は冷やかし半分だったが、少し興味が出てきた。
そして女預言者は、シャッフルをやめて
カードをまとめた。
そこから一枚のカードを出して、カードを裏返した。
そのカードには薄い月明かりの下、
二匹の犬と一匹のザリガニが月を見つめている絵が描かれていた。
これは何のカードだ?
というか俺のタロットカードの知識は、TVゲームでちょろっと
知っているくらいだ。 月が描かれてるから、ムーンか?
「こ、これはどういう意味なの?」
やや不安気にそう問う里香。
すると女預言者は芝居がかった調子でこう告げた。
「これは月のカード。 カードの持つ意味は、
不安じゃ。 故におぬしの恋愛運は、おぬしが相手を
思えば思う程、おぬし自身が不安になっていく。
いずれはその不安におぬし自身が耐えきれなくなる」
「ちょ! じゃ、じゃあ、どうしたらいいのよ!?」
「簡単なのは今の恋を諦めることじゃ!
そうすれば不安からは解放される!」
まあそりゃそうだろうけどさ。
それ言ったら、身も蓋もなくねえか?
「そ、そんなの嫌よ!」
ややむきになってそう返す里香。
「いや悪い事は言わんから、止めておけ!
その方が幸福だぞ? 人間、諦めが肝心だ」
「はあ? 何なの、それ?」
「これはおぬしの運命なのじゃ。
素直に受け入れろ。 それがおぬしの為だ」
「ハア? 何なの? 私はこんなインチキ占い信じないわ!」
「な、何ぃっ!? インチキじゃとっ!?
何たる暴言! おぬし、地獄に落ちるぞっ!!!」
なんか何処かで聞いたフレーズだな。
というかこの女預言者も役に成りきってるなぁ。
「はあ? 何それ? マジムカつくんですけどっ!?」
「この女預言者・ジェンシャンの占いは絶対じゃ!
悪い事は言わん、運命には素直に従え!」
でもジェンシャンって何処かで聞き覚えがあるな。
確か植物とか花とかの名前だった気がする。
なんか昔やったゲームで少し花の名前を覚えたんだよなあ~。
杏がアプリコットで、梅がプラムで、
ジェンシャンは何だっけ? リンドウとかだった気がする。
そこで俺はハッとした。
リンドウ……竜胆。 こいつ、竜胆美雪かっ!?
……まあ実は声で途中から気付いたけどね。
「……もういい! こんな占い絶対信じないし!!
健太郎、行くわよ!!」
「あ、ああ。 でも俺もちょっとだけ占ってもらうよ」
「……分かった、じゃあ外で待ってるわ」
里香は露骨に不機嫌な表情を浮かべて、そう言うなり、席を立った。
すると女預言者こと竜胆は、
俺の方を見ながら、こう問うた。
「やれやれ、騒々しい女じゃのう。
ところでおぬしはどうする?」
「んじゃ一応占ってくれ。 頼む、竜胆」
「うむ、それでは……って竜胆って!?
まさかおぬし、わたしの正体を見破ったのかっ!?」
なんか竜胆って意外と乗りが良いのね。
俺こういうのも好きだよ。
というか声に聞き覚えがあったし、
俺の一年の女子の知り合いは、竜胆くらいしか居ないからな。
そりゃ消去法で大体誰かは見当がついた。
「占い師姿も結構似合ってるじゃねえか」
「そ、そうですか? い、いやあ照れるなあ~」
急に素に戻り、左手で頭の後ろを掻く竜胆。
「でもさっきのは少しいただけないなあ~。
所詮は占い屋ごっこだろ? こういう時は
適当な言葉で相手を誘導して、適当に相手を
安心させるような事を言ってりゃいいんじゃね?」
俺は思ったままそう言った。
だが竜胆も言い分があるらしく、こう反論した。
「いえ基本はそうなんですけど、こう見えて私も
独学ですが占いの勉強を結構したんですよ。 それで神宮寺先輩の
場合は、少し本当のことを告げた方がいいかなあ、と思いまして」
「でもいきなり不安とか言われたら、そりゃ客も気分を害するだろ?」
「まあそうですけどね。 でもどのみち彼女は恋愛運に恵まれないのは
事実ですからね。 こう見えて私の占いって結構当たるんですよ」
え? マジ?
「……マジで?」
「マジです。 まあ彼女の場合は、相手が相手ですし~」
竜胆はそう言ってジト目で俺を見た。
なんだよ、その目つきは?
要するに俺みたいな恋愛偏差値13、人間偏差値44、
更には心が山猫レベルの人間を好きになると苦労するという意味か?
……こうして羅列してみると、改めて酷い自己紹介だな。
しかも占いとかしなくても、こんな人間に好意を抱くことが
色んな意味でアレだと分かる。 ……自分で言ってて少し傷ついた。
「まあだから今の恋を諦めるというのも、
一つの手なんですよ。 彼女ならいくらでも新しい恋を
見つけられるでしょうからね」
……。
なんかこうして他人に言われると、なんか面白くないな。
でもここで竜胆に文句を言っても仕方ねえ。
しゃあねえ、ものはついでだ。 俺も占ってもらおう。
「じゃあ俺も占ってもらえるか?」
「もちろんいいですよ~。 でも少し意外です」
「ん? 何が意外なんだ?」
「だって雪風先輩は占いなんか信じないタイプと思ってましたから」
まあ基本的にそうなんだけどな。
でも竜胆の占いは少しガチっぽいし、
たまには占いを信じてみるのも悪くねえかもな。
「まあ、あくまで遊びだよ? 遊び、それじゃ頼むぜ」
「はい、それじゃ占いますね」
そう言って女預言者こと竜胆は、
タロットカードを再び取り出して、カードを裏返し、
両手を使って、先程のように時計回りに素早く混ぜ合わせた。
このカード捌きはなかなかのものだ。
多分かなり練習したんだろうな。
そして女預言者・竜胆は、しばらくすると
シャッフルをやめて、カードを綺麗にまとめた。
そして一枚のカードを出して、そのカードを裏返す。
そのカードには崖の上を重そうな荷物を担いで、
歩くなんか少し危なっかしい感じの少年が描かれていた。
なんだ、このカード?
「これは何のカードだ?」
「これは愚者のカードですね」
よりによって愚者かよ。
まあある意味俺に相応しいカードかもしれんが。
「愚者のカードの持つ意味は、向こうみず、
無鉄砲、前向きなどです。 これは正位置なので、
前向きなどの良い意味がありますね。 要は今まで通り
地道に頑張れば、良いという意味です」
「へ、へえ~。 んじゃそんな悪い感じじゃないな」
「ですね。 まあこれはあくまで運勢に関してですが」
「ふうん、んじゃ恋愛運は別なのか?」
「はい、でも恋愛運を占うなら追加料金が――」
「あ~、竜胆さん。 お客さんの列が混み始めているから、
占いはお客さん一人につき一度まででお願い!」
と、周囲の案内役の女生徒がそう言った。
客が混んできてるなら、仕方ねえか。
まあ所詮は遊びの占いだ。 そんなに気にする必要はねえだろう。
「あ~、すみません。 そういう事なので、そろそろ終わりです」
申し訳なさそうにそう言う竜胆。
「了解。 でも結構本格的な占いで面白かったぜ」
「ありがとうございます」
「おう、じゃあな、竜胆」
「……うむ、それではさらばじゃ!」
と、また女預言者モードになる竜胆。
竜胆にこういう一面があったとはな。
でも俺はこういう乗りが良い奴は嫌いじゃないぜ。
そして俺は出口から、教室の外に出た。
すると里香が廊下の壁にもたれかかり、不機嫌な表情で立っていた。
「……健太郎はどういう結果が出たの?」
「なんか愚者のカードが出た」
「愚者ってなんか健太郎にぴったりね」
まあ自分でもそう思うが、こう改めて他人に
言われると、微妙な気持ちになるな。
「まあそうかもな」
「で? 結果はどうだったの?」
「ああ、今まで通り前向きに頑張れ、だとさ」
「ふうん、当たり障りのない言葉ね。 私とはえらい違い」
「まあ所詮は高校生の遊びの占いだろ?
そんなに気にする必要もねえだろう?」
俺がそう言うと、里香は少し機嫌を直した。
「それもそうね、まあいいわ。 一度私達の教室に戻りましょう。
どうせ回るなら、皆で回ろうよ。 零慈と早苗も誘ってさ~」
「そうだな。 その方が楽しそうだな」
「うん」
「じゃあ教室に戻るぞ」
そして俺達は二年四組の教室に戻った。
するとちょうど来栖と苗場さんも休憩を取っていた。
そこから四人で中庭の出店を回り、
郷田さんがまた苗場さんに無料で焼きそばを奢ってくれた。
「ふうん、この子も可愛いな。
雪風も意外に青春してるんだなあ」
と、言われて俺は「い、いえ~ははは」と曖昧に笑った。
ちなみに来栖の分はきっちり料金を取られた。
あくまで女の子限定なんすね。
郷田さんはいつも固い表情をしている印象だったが、
女の子相手だとサービス良くなるのは、
男子高校生っぽくて良いな。
その後、適当に出店や各教室の展示物を見回ったところで
文化祭一日目は終わった。 このお祭り騒ぎも後一日で終わる。
だから俺は今この時を友人と共に精一杯楽しんだ。
これが青春ってやつかもな。 ……なんてね。
次回の更新は2020年6月10日(水)の予定です。