第三十五話 渚の来訪
そして開店時間の午前十時を迎えた。
最初の頃は、客の入りはまあまあだったが、
来栖のイケメンっぷりが他校の女子にLINEやSNSで
伝わったらしく、昼頃には二年四組の喫茶店は他校の女子中学生や
女子高校生だらけになった。 来栖のイケメン力はマジで凄い。
でもさ、当然ながら、
これだけの客を来栖だけで応対できるわけがない。
なので俺もお客様である女子中学生や
女子高生に注文を取りに行くが――
「ええ~? なんであたしらはあの人じゃないの~!?」
「あ、うちら待ってもいいんで、オーダーはあの人にお願いします」
「というかあの執事服の人、微妙じゃない?」
「ん? まあまあっしょ」
「うん、まあまあだね」
と、容赦ない言葉を浴びせられた。
そう言えば聞いた事がある。
男のお場合はキャバクラなど行っても、
意中の女の子でない場合でも結構優しくするらしいが、
女性がホストクラブとかに行った場合は、
意中の相手でないと、とにかく容赦ないという話を。
なんか女の怖さの一端を垣間見た気がする。
しかし仕事は仕事だ。 だから俺は辛抱強くこう言った。
「いえ店内も混んでますし、ご注文の方をお願いします」
「ええ~? うちらはいいって言ってんじゃん?」
「ね~、というかうちら客だよ?」
ぐっ。 本当に女って容赦ねえな。
というか注文もしてねえのに、客面するなよ。
だがここは我慢だ、我慢。 耐えるんだ、健太郎。
「あ、健太郎。 俺、手が空いたし注文取るよ」
「あ、ああ……」
来栖はそう言って俺と客の間に入った。
すると客の女子高生たちが途端に機嫌が良くなる。
「ねえ、ねえ、名前なんて言うんですか?」
「まあ名前くらいならいいかな? 来栖零慈だよ」
「彼女は居るんですか~?」
「その前に注文をお願い!」
「はあい、カフェラテ三個にガトー・ショコラ三個!」
「カフェラテ三個とガトー・ショコラ三個でよろしいですか?」
「うん、ねえねえ。 LINEのID教えてよ~?」
な、なんだよ、お前等。 チュール貰った猫かよ!?
俺の時と反応が全然違うじゃねえか!?
よくわからんが、なんか俺のちっぽけな自尊心が傷ついた。
すると「ポン」と後ろから誰かに肩を叩かれた。
「雪風君、ガンバ!」
と、苗場さんに励まされた。
な、苗場さんはマジで優しいな。 なんか泣けてきた。
よし、気を取り直して頑張るぜ。
「あ、ここ、ここ! この教室のはず!」
と、聞き覚えのある声が教室の外から聞こえてきた。
というか声を聞いただけで、誰か分かる。
近所の公立中学のセーラー服に身を包んだ妹の渚だ。
黒髪のセミショート、猫のような大きな目。
身長は中学女子にしては高い161センチ。
でも体型はまあ年相応だな。
すると渚の近くに友人らしき同じ中学のセーラー服を
着た女子中学生が物珍しそうに教室内を覗いていた。
「へえ、結構本格的な感じじゃん!」
「うん、帝政って進学校だから、もっとお高い感じだと思っていた」
「まあ所詮、うちのお兄ちゃんが通ってる学校だもん」
「じゃあうちらでも帝政に受かりそう?
割と本気でこの学校、気に入ったんですけど~?」
「多分、大丈夫。 だってお兄ちゃんでも合格できたんだから!」
おい、渚! 友人の前で兄貴をディスってんじゃねえよ!
というかお前の成績じゃ、うちの普通科すら厳しいぞ。
よく分からんが、全校生徒に代わって俺がキレてみた。
「あ、お兄ちゃん!」
「おう、渚」
う~ん、さっきはムカついたが、俺は寛大だ。
だからさっきの暴言は許して、普通に接してやるさ。
「へえ、意外に似合ってるじゃん」
マジマジと俺の執事服姿を見る渚。
すると連れの友達らしき二人組もこちらを凝視する。
「へえ、渚のお兄さん、結構イケメンじゃん!」
「うん、噂じゃ酷いけど、全然イケてる感じ!」
……。
この子達は良い子だな。
渚の奴、良い友達を持ってるじゃねえか。
「というかスタイルいいっすね? 細マッチョですか?」
と、黒髪ストレートの女の子がそう聞いてきた。
この子はなかなか可愛いな。 少し好みかも?
「ん? ああ、こう見えてボクシングしているからな」
俺はさらりとそう告げた。
「へえ、ボクサーなんですか? なんかかっこいい!?」
……。
うむ、本当に良い子――
「うそっ!? あっちの人、あり得ないくらい美形なんですけどっ!?」
「何処、何処~? 嘘っ!? マジじゃん!?」
興味が一瞬にして、俺から来栖に移る女子中学生二人組。
……。
ま、まあこんなもんだよな。 俺なんてこの程度ですよ、へっ……。
「ん? ああ、渚ちゃん。 お久しぶり!」
「お久しぶりです、来栖さん!」
来栖は渚の姿を確認するなり、そう挨拶を交わした。
「え? 何? この人、渚の知り合いなの!?」
「うん、というかうちのお兄ちゃんの友達!」
「どうも、来栖零慈です。 よろしくね」
「「はいっ!!」」
う~ん、分かりやすぎる反応だ。
まあ客には、変わらないから一応はもてなすが――
「渚ちゃん、注文は?」
「う~ん、私はタピオカミルクティーとチーズケーキ!
あ、御代は兄につけておいてください!」
「おい、さりげなく俺のツケにしてんじゃねえよ!」
「え? お兄さんの奢りじゃないんですか~? 残念~」
と、渚の隣の茶髪のツインテールの女の子がそう言った。
というかお前も奢られる気満々かよ、いい性格してるね!
「ちょっと、健太郎、零慈。 何してるのよ?」
と、メイド服姿の里香が銀のトレイを片手にこちらにやって来た。
すると渚やその友達たちがマジマジと里香を凝視する。
「な、何? この子達?」
「ん、ああ、うちの妹とその友達だよ」
「え? 健太郎って妹居たの?」
と、左手を口に当てて、驚く里香。
なんなんすか、そのリアクションは?
俺に妹が居たら、駄目ですか?
「あ、もしかして里香さんですか?」
「え、ええ……そうだけど?」
すると渚は満面の笑みを浮かべて――
「いつも兄が世話になってます! 私は妹の雪風渚です。
どうか今後とも兄を見捨てず、仲良くしてください。
というか里香さんがこんな美人とは思わなかったです!」
「うん、顔も超可愛いし、スタイルも超いい。 モデルみたい」
と、渚の隣で頷く茶髪のツインテール。
「でもメイクとかあまりしてなくて、この可愛さってヤバくない?
もしかしてホントにモデルさんだったりします?」
黒髪ストレートの子が目を輝かせて、そう言う。
「え? え? 違うけど?」
「マジっスか!? 女子高生になれば、私もそんな感じに成れますか?」
「さ、さあ~?」
「というか注文どうするんだ?」
「……そうね。 この子達の御代は私につけておいて」
俺の問いにさっそうとそう答える里香。
ん? もしかして褒められまくって、浮かれている感じ?
意外と里香もチョロいな。
「ちなみに今日の私の食事代は健太郎が持つから。
これも請求先は健太郎ってことで!」
……。
チョロくないですね。 しっかりしてますね。
今月の小遣いは、今日、明日でなくなりそうだな。
とほほほ……。 要らぬ発言からこんな目に合うとは……。
今後はもう少し考えて発言しよう。 わりとマジにそう思った。
次回の更新は2020年6月3日(水)の予定です。