第三十一話 洗濯板、それは禁句(タブー)
「宣伝広報係り、今どんな状況かしら?」
氷堂にそう問われて、
担当部長の三年生の女生徒が現在の進行状況を報告する。
「掲示予定の八割を消化して、
ポスター制作もほとんど終わっている状況です」
「なる程、その調子で進めてください」
「はい!」
その後も会計監査係り、保健衛生係り、有志統制係りが
進行状況を生徒会長兼文化祭実行委員長である氷堂に伝える。
それに対して、氷堂は的確な指示を飛ばす。
へえ、嫌な女だと思っていたが、こうして見ると確かに優秀だ。
上級生相手にも臆さず、的確に指示を出し続けている。
その姿はまるでできるキャリアウーマンといった感じだ。
なる程な。 この女の性格面は好きになれそうにないが、
能力に関しては本物だ。 こりゃ俺なんかとは物が違うわ。
俺は自分の中で氷堂愛理の評価を少しだけ修正した。
「次、記録雑務係」
「いえ特に何もないです」
記録担当の三年生の男子がそう答えた。
どうやら俺達、記録雑務係の仕事は、
文化祭当日の記録などがメインの仕事で、
普段は都合の良い雑用係りみたいなもんらしい。
まあ俺としては、あくまで苗場さんのサポートが主目的だからな。
真面目な彼女にこれ以上要らぬ負担を背負わせない事が大事。
その後は比較的順調に仕事が進んだ。
俺はゴミ出しや荷物運びなどの雑用をこなしながら、
程よくずる休みして、苗場さんや竜胆とお喋りして時間を潰した。
「でも雪風先輩、すごいですね!」
いつものように元気にそう言う竜胆。
「へ? 何が?」
「だってあの生徒会長に名前覚えられるって凄いですよ!
なんか私にはよく分からなかったけど、先輩が勝った相手が
凄い人みたいですね。 特進科にも知られる存在って凄いです。
それにあの生徒会長相手にああも堂々と受け答えするなんて
先輩も肝が太いですね。 私なんかあの眼を見ただけで委縮しますよ」
竜胆は興味津々って感じでそう言った。
見かけによらず竜胆は、野次馬根性が強いな。
というか俺そんなに堂々としてたか?
俺なりに気を使って話したつもりなんだが……
「……そうか? 俺も結構緊張してたんだけどなあ~」
「でも財閥とかなんか凄い話してたよね。
雪風君の知り合いが生徒会長のライバル?みたいな話なの?」
と、珍しく苗場さんも野次馬根性を出す。
「知り合いというか、この間ボクシングの試合で戦った奴な」
「へえ、なんか凄い偶然ですよね~」と、竜胆。
「ふうん、その人が氷堂さんの家とライバル関係にある感じなの?」
俺は苗場さんの言葉に「そうらしい」と答えた。
まあ剣持の野郎は、嫌な野郎だがエリートっぽい気品に
満ちていたから、野郎の家が金持ちってのは、頷ける話だ。
しかし我が帝政の生徒会長様がその剣持一族とライバル関係に
あるという話は、もうなんというか異次元レベルって感じだ。
どうせ俺には無縁の世界だ。
どうぞ好き勝手やってください、という気分さ。
「あははは、話のスケールが大き過ぎて、私には無縁って感じです」
「うんうん、なんか御伽噺みたいな話よね」
俺も竜胆や苗場さんの意見に同意だな。
「そんな人相手にあんな風に接せれるなんて雪風君って凄いわね。
私も竜胆さん同様に彼女に見られただけで、胃が痛くなるわ」
「まああの女すんげ~高圧的だからね。 後、自己主張強すぎ。
ああ、でも胸元は随分と謙虚ですけどね」
「「ぷっ」」
俺の言葉に苗場さんと竜胆が同時に噴き出す。
それに気を良くして、俺は更に調子に乗った。
「いやあ、天は二物を与えるって言葉あるじゃん?
確かにあの女はそれに該当するけどさあ。
ある意味女性として一番大事な部分は与えられなかったようだね。
あれだっけ? 洗濯板とか言うやつ?」
「ゆ、ゆき……雪風先輩、うしろ~」
「ゆ、雪風君、う、う、後ろに……」
ん? なんか二人の表情が凍り付いているぞ。
俺は二人に言われるまま後ろに振り向いた。
そしてその瞬間、凍結した。
「あっ……あっ!?」
「悪かったわね。 洗濯板で!」
と、氷堂が西棟の校舎の一階の窓から、
こちらを凍てつく眼差しで睨んでいる。
なんか里香がキレた時とは違う怖さだ。
なんというか氷堂は絶対零度の氷の女王という感じの怖さだ。
ヤベえ、その眼力だけで殺されそうな雰囲気だ。 ごくり。
落ち着け、こういう時は偶数を数えるんだ。
「2、4、6、8……」
「……何数えているの?」
ゴミを見るような眼でそう言う氷堂。
「あっ、しまった!?」
どうやら動揺しすぎて、口に出してたらしい。
すると氷堂は両腕を洗濯い……胸の前で組みながら、こう言った。
「どうやらあなたの事を買いかぶってたようね。
あなたがこんな低俗な陰口を叩くなんて、私の見込み違いのようね」
「い、いや別に悪口ではないぞ」
「ゆ、雪風先輩! そ、それは流石に無理ありますよ!」
と、後ろから小声で囁く竜胆。
「……人の身体的特徴を馬鹿にするなんて最低だわ」
氷堂が吐き捨てるようにそう言った。
まあこれに関しては同意だな。 俺が少し悪かった。
「いやでもそれはそれで需要があるんだぜ? 一部のマニアとかにさ!」
「ハアァッ!? というかマニアって何よ!! ぶっ殺すわよ!!」
氷堂は氷の女王モードから、感情を露わにしてブチ切れた。
というか女の子に「ぶっ殺す」なんて言われたの初めてだな。
見かけによらず過激な女のようだ。
「ふうん、そうなんだ。 じゃあ苗場さん、竜胆。 教室に戻ろうぜ!」
「あの言葉に対して、その返しですかっ!?」
「だ、駄目。 急激なストレスでお腹が痛くなってきた」
「そうか、苗場さん。 とりま保健室へ行こうか」
「ゆ、ゆき……風君、お、お願いだから、も、もう喋らないで!」
本当に苦しそうな表情でそう喘ぐ苗場さん。
ん? 苗場さん、どうしたんだ?
でもこういう時は保健室へ行くしかないよな?
「んじゃ氷堂さん、俺は苗場さんを保健室へ連れて行くから」
そういう訳で、雪風健太郎はクールに去るぜ。
「ま、待ちなさいよ!」
と、後ろから氷堂が大きな声で呼び止めた。
……やっぱり無理だったか。
仕方ない、苗場さんは竜胆に任せるか。
「竜胆、苗場さんを保健室まで連れってもらえるか?」
「え? は、はい。 分かりました。 苗場先輩行きましょう」
「う、うん」
そう言葉を交わし、二人はこの場から去った。
まあ俺が火をつけたからな。 後始末くらい自分でするぜ。
俺は氷堂が立つ校舎の一階の窓まで近づいた。
氷堂は相変わらず冷たい目で俺を見ている。
「……あなた、なかなか度胸があるわね?
流石ボクサーというべきかしら? それとも只の無神経?」
「……多分後者だよ」
「ふっ。 本当に良い度胸しているわ。
でも少し気にいったわ。 雪風くん、さぼり時間は終わりよ。
さあ、第一会議室に戻るわよ。 あなたに少し仕事してもらいたいの」
「うっす。 分かりました」
さてどうしたものか。
額面通りに受けるなら、氷堂は俺に多少の好意を持ったと
も思われるが、この手の女は自尊心が異様に高い。
だから仕事を手伝わせるふりして、皆の前で俺に恥をかかせる。
という意趣返しも十分に考えられる。
だがそれも仕方ない。
まあ最初に煽ったのは、こちらだからな。
だからこの火消しは他人には任せられない。
そうこう考えながら、俺は氷堂の後を追い、第一会議室がある
西棟の四階を目指して、口笛を吹きながら歩き続けた。
次回の更新は2020年5月24日(日)の予定です。