第二話 ネット上では紳士
「ああ~、今夜は結構勉強したぜえ~」
俺は勉強机の椅子に座りながら、大きく伸びをした。
時計を見てみると、夜の二十二時十五分が過ぎていた。
今夜勉強した科目は、英語と現国と世界史、
それと理数系科目も少しだけやった。
帰って来たのが、夜の十九時ですぐに夕食と風呂に入った後は、
ずっと勉強してた。
こう見えて俺は勉強が嫌いじゃない。 成績も悪い方じゃない。
ただし、理数系科目。 てめえは駄目だ。
という感じの典型的な文系高校生である。
いやちゃんと理数系も勉強しないと駄目なのは、分かっているよ?
こう見えて赤点は取った事ない(ドヤ顔)。
……威張る事じゃねえよな。
まあとにかく理数系は苦手なんだ。
だから理数系は赤点取らない程度にしか勉強していない。
まあいいじゃねえか。
理数系できなくても、人間生きて行けるもんな。
あ、でもネットの社会人の友人が――
「俺も学生時代は数学なんか社会に出たら、何の意味もない!
とか思っていたけど、今の仕事で必要になって、
本屋さんで高校の教科書買ってきて、勉強しているわ」
と、ツイッターで呟いてきたな。
……うん。 俺は将来数学と関係ない仕事に就こう!
それはさておき、寝るにはまだ微妙な時間だ。
後、一時間くらいなら起きてても問題ないだろう。
となればやる事は一つ!
俺は机の上の黒いノートパソコンの電源を入れた。
ちなみに俺の部屋は六畳一間。 机にベッド。
参考書や漫画、小説(主にラノベ)、スポーツ雑誌を収納した本棚。
それに黒いそこそこのスペックのノートパソコン、
小型の液晶テレビ、最新のゲーム機が置いてある。
クローゼットには黒を中心とした私服とジャージが飾られており、
壁には邦楽、洋楽のロックスターやギタリスト、海外の有名なサッカー選手、ボクサーなどのポスターが貼られているという感じの部屋だ。
そしてこれからやるのは、ネット・サーフィンだ!
いやもう勉強の後はこれをやるのがお決まりでなあ。
でもやりすぎは注意だ。 実は中学生の頃からネットをしているが、
一時期はまり過ぎてて、睡眠時間削ってまでネットしていた事がある。
まあよくある話だけどな。
だから最近は勉強とか、
何か頑張った後にネットに繋いでいる。
まあとにかくインターネットは、時間泥棒だからね。
上手く調整しないとね。
さて今日は何をしようか?
いつも通り猫、山猫動画を観るか?
それも悪くないが、それは昨日観たからな。
んじゃ今夜は俺が好きな『セカハジ』のSNSコミュニティでも覗いてくるか。
俺はSNSにログインして、
自分が参加している『セカハジ』のコミュニティを覗いてみた。
うむ、今日は書き込みが少ないな。
こういう時は無理に書き込みしない方がいい。
こう見えて俺は『ネット上』ではとても紳士だ。
まあネットしたての中学生の頃は、『セカハジ』の事を『痛い厨二ソング』とか煽って来る輩とコメントバトルを延々と繰り返していたが、そこで悟りを開いた。
要するに相手するから、相手も煽ってくるんだ。
そして徹底して無視していたら、
いつの間にか向こうの方から消えていた。
まあネット上のあるある話だね。
まあそれ以来はネット上でもそういう言い争いを止める事にした。
確かに俺は『セカハジ』が好きで、
コミュニティの人達も同様に『セカハジ』が好きだ。
でもそれと同様に『セカハジ』の事を好きでもない、
というか嫌いな人も多々と居る。
人の好みなんてそれこそ人それぞれだ。
だから意見の合わない人と不毛な言い争いする事自体が無意味だ。
だから好き嫌いで言い争うのではなく、
『いかに好きか』を話の合う者同士ですればいいんだよ。
んな感じで今では達観した感じでネットしている。
だがやはり忘れてはいけないのは、
パソコンあるいはスマホの向こう側には誰かが居るという事を。
だから自分の発言には、責任を持たないといけないし、
自分にその気がなくても、『誰か』を傷つけてしまう事もある。
それを忘れてはいけないな。
みたいな事を来栖に話した事があるんだが――
「うん、その考えは素晴らしいと思うよ。 俺も概ね同意だよ。 でも出来たら、『ネット上』だけでなく、『リアル』でもできたらもっと素敵と思うな!」
と返されてしまった。
まあ要するに来栖は――
「その気遣いを俺や里香にもしてよね?」
という意味だろう。 半日考えてこの答えに辿り着いた。
まあおっしゃる通りなんですが、
そうそう上手くいかないのが現実だ。
いや認めよう。 顔を見えない相手なら、
こちらも程よい距離感でコンタクトを取れるから、
自然と気持ちに余裕が出来て、優しくなれるという事に。
多分俺は来栖や里香に色々と『甘えて』いるんだと思う。
まあ大体分かってきたと思うが、俺はリアルでは友達が少ない。
ぶっちゃけ来栖と里香の二人しかいない。
ボクシング部の連中とも、
少し距離を置いて付き合ってるし、向こうも同様だ。
ボクシング部の主力の大半は、
一組の『体育特選コース』の生徒だ。
俺は別にそういうつもりはないが、
やはり『体育特選コース』の生徒からすれば、
普通科や特進科の生徒に学業面では負けているから、
どうしても部活動では負けたくない、という気持ちが強いようだ。
それを普通科の俺が一年からレギュラーで大会に出ている
という事が連中にとっては、あまり面白くないのであろう。
だがな、これでも俺は俺で努力してるんだよなぁ~。
俺がボクシングを始めたのは、中学二年の夏休みからだ。
その頃、中学で色々あって、
俺は真剣に『精神的にも肉体的にも強くなりたい!』という一心から
真面目にジムワークに励んだ。 正直最初の頃は結構練習がきつかった。
それでも俺は『強くなりたい』という一心から、懸命に頑張った。
すると半年くらい経つと、練習の成果か、
スパーリングでも上手く戦えるようになった。
基本的に物覚えは悪い方だが、
一度覚えた事は忘れない性質なので、
そこからはメキメキと実力を伸ばし、
中学生のアマチュアの大会でも活躍した。
つっても両親は正直俺がボクシングをやるのに反対していた。
まあそういう気持ちは分かるのだが、
子供の男の世界もそれなりに大変なのだ。
勿論、ボクシングを喧嘩に使うなんて真似は一度もした事はない。
だがこの年頃の男は、
サル山のボス猿のようにマウントを取りたがる奴が居る。
実際来栖も中学生の頃は、色々あって荒れていた時期があるらしい。
まあ俺も深くは聞かなかったが、あの容姿だ。
女にモテるというメリット以外にも、
同性からの嫉妬は激しかっただろう。
そういう経緯もあり、来栖も中学生の頃は、
空手をやってたらしい。
まあ今はたまに道場に顔を出す程度らしいが、
ああみえて来栖は結構強い。
勿論、高校生になってからは、俺も来栖も喧嘩なんかした事ない。
というかそもそも喧嘩なんかしない。
そして俺も来栖も面倒くさいしがらみから、
逃れたい為に格闘技を身につけたのだと思う。
おかげで今では快適な高校生活を送れている。
他の生徒から少し警戒されているが、友人は二人も居る。
まあ里香に関しても、中学時代に色々あったらしい。
なにせ彼女はとても目立つ容姿だ。
それは同性から好かれると同時に、嫉妬の対象にもなり得る。
人間偏差値44の俺から見ても、女子の世界は本当に怖いと思う。
なんつーか怖さのベクトルが男とは違うんよね。
正直男で良かったと思うよ。
里香もそういう女子のスクールカーストで
散々嫌な目にあったと言っていた。
だから今では同性の友達はあまりおらず、
俺と来栖とだけ仲良くしている。
まあぶっちゃけて言えば、
俺達三人は多分はみ出し者なんだろうな。
でも俺は別にそれでもいい。
適当な感じで仲の良い友達百人より、
色々分かりあえる友人が二人も居る今の状況に感謝している。
だからこそ必要以上に二人に甘えているんだろうな。
でもそれも度が過ぎると、相手の負担になる。
うん、ネットの人間関係も難しいが、
リアルの人間関係も難しいよな。
やめよう、やめよう。
こういう考えをしていると色々気が滅入ってくるぜ。
俺は気分を変えるべく、パソコンからYAU TUBEに繋いで、
『ドラグーン・ナイト』のライブバージョンの動画を大音量で聴いた。
う~ん、やっぱり『セカハジ』はいいぜ。
と俺が一人悦に浸っていると、
俺の部屋のドアが強めにノックされた。
「お兄ちゃん、五月蠅い! 勉強の邪魔!」
パタパタとスリッパの音を鳴らして、
妹の渚がそう叫びながら、
ドアを開いて中に入って来た。
黒髪のセミショート、猫のような大きな目、
年齢相応の体つきの中学三年の妹が怒った表情で――
「私、受験生だからもう少し気を使ってもらえないかな?」
「わ、悪い。 今後気をつけるよ」
「……ホント気をつけてね」
「ああ、今度からはヘッドフォンして聴くよ」
「そうしてもらえると助かります」
「ああ、渚。 悪かったな」
このように俺も家では妹に頭が上がらない。
妹持ちにあるある話だ。
だが用件を終えた渚は、
何故か部屋を出ていこうとはせず、こう聞いてきた。
「そう言えば、お兄ちゃんの友達、最近家に来ないね」
「ん? ああ、来栖の事か?」
「そうそう、あの凄くイケメンな人。
なんであんな人がお兄ちゃんの友達なの?」
さりげなく兄貴をディスってるな。
「なんだ、お前。 来栖に興味があるのか?」
あのイケメンは俺の妹にまで好評のようだ。
友人として、少し鼻が高い。 まあ別に俺の手柄でもねえけどさ。
「いやそこまでじゃないけど、まあちょっとはあるかな?
というかあの人、物腰が柔らかいし、トークもイケてるし、
久々にちょっと会いたいかな、って感じ」
うむ、まったく持ってその通りだ。
だが奴にも欠点は存在する。
それは病的なレベルのナルシストという事だ。
まあ来栖は賢いから、学校内ではそれを隠しているが、
奴と近しい俺はそれを知っている。
学校外では、常に鏡や手鏡で自分の顔を凝視しているくらいだ。
俺の部屋に来た時も部屋の鏡で髪型などを常時チェックしている。
流石の俺も少し引いた。 それで俺は興味本位でこう聞いた。
「来栖って控えめに言って、
ミケランジェロの彫刻のようにかっこいい、
と自分で思ってたりするのか?」
だが奴はそれに怒ることもなく、爽やかな笑顔で――
「いやそれはないね。 俺は俺だし、
でも俺もミケランジェロの作品は好きだよ?」
と、素で返してきたのだ。
これには流石に閉口したぜ。 だから俺はこう言った。
「来栖もなかなか良い性格しているよな」
「うん、だって健太郎の友達なんだよ?
普通の奴じゃつとまらないよ」
と、返されて少し納得した。
でもそういう部分を含めても、来栖は俺の大切な友人だ。
こういう部分は渚や里香には教えられないよな。
「まあ機会があったら、また家に連れて来るよ」
「うん、期待しないで待っている。 んじゃお兄ちゃん、おやすみ~」
「ああ、おやすみ~」
そう挨拶を交わして、
渚はまたスリッパをパタパタと鳴らせて部屋を出て行った。
ふう、なんか少し疲れたな。 今日はもう寝ようっと。
それはそうと土曜日は今から楽しみだな。
ぐふふ、ようやく生山猫が観れるぜ。
そう笑った俺の顔が鏡に映った。
そしてそれは自分で観ても、少しキモかった。
……。 当日はあまり笑わないようにしよう。
次回の更新は2020年4月22日(水)の予定です。